発見
裕一は東京都足立区の乙藤誠の住所を訪ねた。東武伊勢崎線の五反野駅から一キロほど歩いた住宅地の小さなアパートだった。一階と二階にそれぞれ二部屋、計四部屋のアパートで、乙藤の部屋は階段を上がった二階の突き当りだった。ノックをしても反応はなく、どうやら留守のようだった。玄関ドアには最近見かけることが少なくなったドアポストがあり、ポスティングのチラシなど混じってローン会社発行の封書が挟まっていた。彼は金に困っているのだろうか。
在宅していた隣の住民に乙藤のことを訊ねると、一週間ほど帰宅していないようだと言っていた。自分の部屋の前を通るので、出入りすれば必ずわかるのだという。一週間も帰宅していないのであれば、待っていても仕方がなかった。会うためには工事現場を地道に訪ね歩くしかないようだった。ただ、これまでは加倉田に音源を渡した警備員を特定できていなかったが、どうやらその人物が乙藤誠らしいと判明したことで彼を探すことに集中すればよくなったのは進展といってもいいだろう。
裕一は仕事の合間をみて、引き続き中野区内を自家用車で流した。たまに渋滞現場に出くわすが、なかなかキャット安全警備の警備員には出会えなかった。探偵業務の片手間であり、しかも裕一の目的地がそもそも渋滞場所である以上、非効率なのは仕方なかった。
カーナビが新たな渋滞地点を表示した。裕一は青梅街道の鍋屋横丁交差点を南下し、マンションや飲食店が軒を連ねる片側一車線の鍋屋横丁通りで渋滞箇所を認識した。そこでは道路工事が行われていた。現場に立つ警備員の姿を注意深く確認すると、例のグレイを基調とした制服が視界に入ってきた。キャット安全警備の警備員であった。彼はトランシーバーで相方と交信しながら、慣れた手つきで赤と緑の旗を振って車両の動きを制御していた。
裕一は一旦工事現場を通り過ぎてから、ハザードランプを出し路肩に停車させ、車から降りて工事現場まで歩いて戻った。
誘導員の動作は一見単調に見えるが、信号の色と信号までの距離を測って進行させる台数を制限したり最後尾の車の特徴を相方に伝えたりする。状況を冷静に見極め、それを瞬時に言語化して相方に伝える能力がなければ務まらない。動いている車を相手にするのだから、判断が一瞬遅れただけで事故につながりかねない。
規模の大きな工事現場など、相方との距離が遠くなればなるほど連携は重要になってくる。相方の姿が見える距離ならば相手からの情報がたとえ不正確でも何とか対処できるが、遠すぎて相方側の状況が推察できないような場合は相方の言葉に頼るしかない。そのような場合には特に集中力と判断力が求められる。それを長時間維持できなければ、現場に立つことはできない。
裕一は交通誘導員に近付いて、制服の上に着用している蛍光チョッキの『キャット安全警備』という社名を確認した。
裕一はしばらくその場に立って彼らの仕事ぶりを見つめた。こんな渋滞のさなかに話しかけても相手にされないだろうし、そのせいで事故に発展する恐れもある。
話しかけるタイミングをつかめないまま時間は過ぎていった。またとないチャンスにもかかわらず、裕一にはまだやりかけの仕事が残っており、このまま工事が終了する時間まで待っているわけにはいかなかった。裕一は探偵事務所の仕事を極力早く終わらせ、午後五時には再びこの場所に戻ろうと決めた。
その時、交通誘導員が信号機の向きを変えた。手旗誘導から信号機誘導に切り替えたのだ。交通誘導員は持ち場を離れ、歩道の端に移動し腰を下ろした。もしかしたら休憩時間なのかもしれない。裕一はチャンスとばかりに交通誘導員の一人に近づいた。
「休憩時間ですか?」
突然話しかけられて誘導員は驚いた顔をしたが、「ああ。現場の作業員たちが休む時は、俺たちも一緒に休憩をとるんだ」と教えてくれた。確かに作業員たちもそれぞれカラーコーンの内側で腰を下ろして憩んでいた。
「休憩の邪魔をするつもりはありませんので、端的にお聞きします。じつは御社で働いている警備員を探しています。乙藤誠さんという方なのですが、いまどこの現場にいるがご存じないでしょうか?」
不審がられるのは承知の上だった。案の定、その交通誘導員は警戒した目で中腰姿になっている裕一を睨んだ。
「じつは今年の三月に父の葬儀に出席いただいたのですが、挨拶もできなかったので、探しているのです」
乙藤を探していることは事実だった。交通誘導員は裕一の話を信用したのか表情が改まり、「おっちゃんは入院しているよ」と言った。乙藤誠は同僚からおっちゃんと呼ばれているらしい。
「何かあったのですか?」
裕一は予期せぬ回答に戸惑った。
「先週、中野駅近くの工事現場で旗振りをしている時、車に突っ込まれたんだよ」
旗振りという言葉は、誘導員たちが自虐的に使う言葉だった。乙藤誠は路上で誘導をしている時、指示に従わない車に突っ込まれたらしい。
「乙藤さんは無事なのでしょうか?」
入院ということは命に別状はないと思われたが、話ができる状態かどうかが気になった。
「元気にしているよ。見舞いに行って拍子抜けしたぐらいさ」
二人は見舞いに行くほどの仲だったらしい。裕一はいい人物に当たったと思った。
「ではどうして入院を?」
「骨折だよ。左大腿骨だったかな。おっちゃんは一人暮らしだからさ、身体が不自由だとどうせ何もできないだろう。しばらく病院でゆっくりしたほうがいいんだよ」
骨折して身体は不自由になったが、思考や会話には支障がないようで、裕一は少し安堵した。誘導員は乙藤誠が入院しているという練馬区内の病院を教えてくれた。
「ところで、御社の元アルバイトで、加倉田良一という若い男性を知っていますか?」
「ああ、知っているよ。半年も持たずに辞めたはずだけどね。バンドを組んでいることは聞いていたがテレビに出ていて驚いたよ」
乙藤が加倉田に音源を渡したことがわかれば、すべてがつながることになる。
「乙藤さんと加倉田さんは親しかったのでしょうか?」
「さあ、そんなことは知らないよ。興味もないし」
警備員は素っ気なく言った。
「ところで、乙藤さんに突っ込んできた車は過失だったのでしょうか、それとも故意だったのでしょうか?」
「故意?」その警備員は笑い出した。「まさか。借金取りの中にはおっちゃんを嫌いな人もいるかもしれないけど、轢いて得する人間はどこにもいないんじゃないかな」




