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白薔薇外伝1-年月は残酷で、けれど優しく流れていく-

作者: 雨宮ナギ
掲載日:2026/02/27

本作をお読みいただき、ありがとうございます。

 今回は、クラウスという一人の男の一生を、彼自身の語りを通して描く物語に挑戦しました。王都での人々との交流、老年期の静かな時間、そして人生の最終章――それらを丁寧に積み重ねることで、「生きるとはどういうことなのか」というテーマを少しでも伝えられればと思っています。


 誰かの人生は、劇的な瞬間だけでできているわけではありません。

 ささやかな日常の中で交わす言葉や笑顔、それぞれの関係性が積み重なることで、初めて“物語”になるのだと、執筆しながら改めて感じました。


 この作品が、読んでくださった方のなにか小さな感情に触れられたら嬉しいです。

——あの日、王都へと転移させられた瞬間に、胸の奥で何かが千切れる音を、私は確かに聞いた。


 彼女の魔力の残滓が私の身体から離れていくのと同時に、その温もりも、声も、面影すらも、指の隙間をするりと落ちていくようで。

 私は地面に倒れ込みながら、ただひたすら、自分の無力さを呪っていた。


 セシリア様。

 あなたは、私のすべてでした。


 ——でも、それを口にすることも、結局できないまま。

 私は“生かされてしまった”。


 あの日の報告を終えたあと、私は長い長い沈黙の季節を過ごすことになる。




 気づけば、私はほとんど眠れなくなっていた。

 夜が来るたび、あの人の声が蘇る。


「クラウス……あなたは、生きてくださいまし」


 優しいのに、背中を押すのではなく——残酷なまでに私を未来へ突き放す声。


 暖炉の火を見つめていても、紅茶を淹れていても、街の喧騒の中に紛れても、彼女の面影はふとした瞬間に私を攫っていってしまう。


 私は気づけば、セシリア様の部屋に足が向いていた。

 もう誰もいないと分かっているのに、扉を開ける手は震える。


 白薔薇が描かれたティーカップ。

 読書中に使っていた銀の栞。

 窓辺にかけられた薄桃色のカーテン。


 すべてがそこにあるのに——彼女だけがいない。


 その事実が、毎夜、私の胸を締めつけた。




 人々が私を呼ぶ名は、徐々に変わっていった。


 「白薔薇の君に仕えた少年」

 「彼女の遺志を継ぐ者」

 「白薔薇の影」


 最初は——嫌だった。

 私は白薔薇ではない。ただ一人の孤児にすぎない。

 けれど、気づいたのだ。


 人は彼女を忘れまいとしている。


 ならば私は、その記憶をつなぐ一本の糸になればいい。


 そう思うようになってから、私の人生は少しずつ形を持ち始めた。




 セシリア様の活動していた孤児院。

 あの場所は、私にとっても原点だった。


 私は彼女の遺志を継ぎ、院を拡張し、読み書きや魔法を学べるようにした。

 といっても、立派な教育者ではない。ただ、彼女に教わったことを、少し子どもたちに伝えているだけだ。


「先生、なんで白薔薇の君は死んじゃったの?」


 ある日、幼い子どもにそう聞かれた。

 胸が痛んだが、私は静かに答えた。


「……誰かの大切を守るためだよ。

 でもね、それは悲しいだけの話じゃないんだ。

 守られた人が、その先を生きることで……その人はずっと続いていくんだ」


 言いながら、これは誰に向けた言葉なのか、自分でも分かっていた。


 ——私はまだ、あなたを生きている。




 気づけば、いつの間にか私は“若者”と呼ばれる時代をとうに過ぎていた。


 鏡に映る自分は皺が増え、髪には白が混じり、昔の面影は遠い。

 それでも、胸の奥で灯る白薔薇だけは消えていない。


 冬のある日、老いた私のもとへ、昔の孤児院の教え子が訪ねてきた。


「先生、あなたのおかげで、私は幸せでした。

 ——白薔薇の君が守った未来を、私は生きています」


 彼女の言葉に、思わず目を伏せた。


 セシリア様。

 あなたが守った未来は、確かにここに息づいています。




 ある夜、私は暖炉の前でゆっくりと椅子にもたれかかっていた。

 もはや身体は思うように動かず、旅にも出られない。

 ただ、静けさが友であり、過去だけが温かかった。


 ふと、胸元のペンダントを指でなぞる。

 セシリア様が最期に残した、小さな白薔薇の銀細工——。


「……セシリア様。

 私は……長く生きました。

 あなたと出会った日のことも、手を引かれた日のことも、

 そして、名前を与えてくださった日のことも。

 何一つ……忘れませんでした」


 声が震える。

 もう誰に届くわけでもないと分かっている。


 それでも。


「あなたがいたから、私は人を信じることができました。

 ——あなたが生きてくれたら、それでよかったのに、なんて。

 いまでも思ってしまう自分がいるんです」


 暖炉の火がぱちりと弾ける。


 目を閉じると、白いドレスが揺れ、月光の下で微笑む彼女が見える。


「セシリア……様……」


 静かに、静かに、意識が薄れていく。


 気づけば私は、温かな手に包まれていた。

 幻かもしれない。

 それでも、その手は確かに私を導いていた。





白薔薇の君 セシリア・フォン・アルバーン

白薔薇の影 クラウス・ルーベン



 彼らの絆は、時を越えてなお消えることなく——

 まるで冬空に咲く白薔薇のように、いまも静かに光り続けている。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 クラウスという人物は、壮大な英雄ではありません。どこにでもいるようで、しかし確かに世界のどこかには存在していそうな、そんな“ひとりの人間”として描くことを意識しました。


 物語終盤、彼が老年期を迎え、王都で多くの人々に囲まれながらも静かに人生を閉じていく姿を書きながら、自分自身も「最期を迎えるとはどういうことか」を考えさせられました。誰かに思い出され、名前を呼ばれ、笑い合った記憶が残る――それだけで、人生はきっと温かいのだと思います。


 読者の皆さまが、この物語を通してほんの少しでも心が温まったり、何か大切なものを思い出すきっかけになっていれば幸いです。

 また別の作品でもお会いできることを願っています。


 お読みいただき、ありがとうございました。

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