第一章 四話 「暗室、君と息をする」
ルノ、アイレの二人は廊下を駆け抜ける。
だが兵士達が後ろから追って来ている状況だ。
互いの速度は拮抗しており、
中々差をつけられずにいた。
「逃がすな!追い込めぇえ!!!」
「おぉおおおおおお!!!」
――このままでは捕まるのも時間の問題……
何か…何か……
「あ!ルノあそこ!」
アイレの指指先は扉を指していた。
廊下の壁にある扉だ。
そこに飛び込むつもりなのだろう。
できれば追手を振り切りたいところだが…
――よし、それなら…
ルノは振り向き兵士に向かって光線を放つが、
魔法に耐性のある武具、防具を纏っている兵士には
大して効果がない。
「無駄だ!魔法は効かんぞ!!」
「…おい、やつらはどこだ!?」
ルノの魔法を盾で防いだ事により発生した煙が、
兵士達の視界からルノ達を隠した。
二人は直前に見つけた扉に飛び込んだ。
「まだ近くにいるはずだ!逃すな!!」
兵士達の足音が少しずつ遠ざかっていく。
目下の窮地を脱した二人は深く息をした。
「……」
「…行ったみたい……だね」
「うん」
呼吸を整えた二人はゆっくりと部屋を見渡す。
天井は低く、梁は煤けて黒ずみ、
長い時を経た埃が張り付いていた。
室内は闇に沈み、
一歩先すら判別できぬほどの闇に支配されている。
「ルノ、ランタンまだある?」
「あるよ」
逃亡中、ずっと片手に持っていたオイルランタンを
点けようとするが、使った事のないルノには
火の灯し方がわからない。
「???」
「はは、それ難しいよね。ちょっと貸して」
言われるままにアイレにランタンを手渡す。
「ここを開けて……中に油が入ってるんだ」
アイレは素早くランタンの底を確かめ、
オイルが十分に入っていることを確認した。
「芯があるでしょ?
これが火を吸い上げてくれるんだ。だから――」
金属のつまみを指先でひねり、
芯の先端を少しだけ露出させる。
「こうやって……ほら、ちょっとだけ出すんだ。
出しすぎると煙ばっかりになるから注意だね」
「へぇ……」
ルノは食い入るように覗き込み、小さく頷いた。
アイレは腰から火打ち石を取り出し、
軽く擦って火花を散らす。
芯先に小さな炎が宿り、
やがてオイルに吸われて揺らめいた。
「よし、ついた」
「すごい…。物知りだね、アイレは」
ルノの瞳が暗がりの中で煌めく。
「まぁね、冒険者になるんだから、
これくらいは朝飯前だよ」
アイレは炎を庇うようにホヤを被せ、
頭上にランタンを掲げる。
すると橙の光が辺りを照らした。
「さて、ここは…」
壁際には巨大な壺や樽、
そして金細工を施された
異様に豪奢な壺が並んでいる。
床石はところどころに割れ、
継ぎ目からは藁が散らばり、
踏み締めるたびに乾いた音を響かせる。
奥には朽ちた椅子や机が折り重なり、
長きに渡って人の手が触れていないことを
物語っていた。黄金の意匠を施した扉のような板が
片隅に立てかけられ、
まるで失われた祭壇の残骸のように
沈黙を守っている。
どこからか微かな風が吹き込み、
壺と樽の間をすり抜けていくたびに、
藁や木片が擦れる音が聞こえる。
生き物の気配はない。
だがその静けさは安らぎではなく、
むしろ部屋全体が息を潜め、
何かを待ち受けているかのような
緊張を孕んでいた。
闇に沈んだその空間は、倉庫である以上に、
忘れられた記憶そのものの墓標のようであった。
「なんだろう、ここ……物置かな?」
「アイレ、あれ」
「ん?」
ルノが指刺した方には食卓を囲えそうなほどの
古びた机の上に、
何やら淡く発光している緑の液体が入ったビンが
一つ置かれていた。
二人で歩いて近寄り、それを見る。
アイレはランタンを腰に巻いてビンを持ち上げた。
「これポーションだよ!実物を見たのは初めてだ!」
「…ポーション?」
ポーションとは――
小瓶の中で淡く光を揺らめかせる、不思議な液体。
口に含めば温かな力が血脈を巡り、
ひび割れた肉を縫い合わせ、
凍りついた魂さえも優しく溶かしていく。
薬とも酒とも違う、錬金術の結晶。
一滴で生と死の境を越える、
冒険者にとって最も頼れる友である。……らしい
「アイレ…ポーションって?」
「うーん、簡単に言うと……
これは体力を回復してくれる飲み物…かな?」
それであれば消耗しているアイレにはもってこいの
ポーションだが、あまりにも都合が良すぎる。
逃げた先にポーションが一つ、この部屋の様子から
見るに頻繁に使われている様子もない。
ポーションの様な貴重そうなアイテムを
こんなところに置いておくとは思えない。
罠?にしてはまわりくどい…か。
と、ルノは思考する。
考え込んでいると隣からゴクゴクという音の直後、
「ぶはーっ!」なんて飲み物を飲んだ際の定番の台詞
が聞こえてきた。
――え、飲んだの?
「これあんまり美味しくないね」
直後アイレの身体中を淡い緑の光が包み、
一瞬の後に消えると、
アイレの傷ついた身体は綺麗に治っていた。
「あ、ごめん。ルノの分無くなっちゃった」
「…別にいいけど。大丈夫?なんともない?」
アイレはきょとんとした顔の後、
腕を回したり、握り拳を作ったり、ジャンプしたり
して見せた。
「うん、大丈夫そう」
「ならいいけど……」
「それよりさ、ここ他にも何かありそうじゃない?
今のうちにちょっと探してみようよ」
アイレは相変わらず何を考えるかわからない。
…確かに倉庫みたいだし、
他に何か使えるものがある可能性は高いだろう。
もしかしたらまだポーションもあるかも……
二人で部屋中を探索してから2分程経過した頃。
「ルノ、これ見て」
アイレの方に寄ってみると四角形が沢山描かれた
大きな紙が壁に貼られていた。
「これ、この施設の地図みたい。
そして…ほら、ここ。断定はできないけど…
道中を思い出してみると……
多分この部屋がここだよ」
アイレの指差した場所は
紙の上の方にある四角形だ。
この部屋を出て左に進むとある階段を登れば
外に出られそうだ。
「……すぐそこじゃん」
「もうすぐみたいだね…」
二人は顔を合わせて笑い合った。
少ししてルノがアイレに問う。
「…どうする?すぐに出口に向かう?」
「うーん………
いや、もう少しこの部屋を調べてみよう。
外に出れても奴らは追ってくるだろうし……
油断せずにいこう」
「……そうね」
二人は部屋の探索に戻った。
ポーションは無かったが、
剣や斧などの様々な武器が樽から見つかった。
「おぉー!これ使えそう!…っとと、」
アイレは樽から大剣を取り出し振り回す。
剣の重さに身体を引かれ、躓きそうになっている。
「…使えるの?」
「うーん、どうだろう……学院で少し習ってたけど、
あんまり得意じゃなかったからなぁ……」
剣の重さに慣れたのか、アイレは器用に大剣を
扱っている。その手際は剣術の事など何も知らない
ルノから見ても、とても鮮やかなものだった。
魔術学院というのが施したものなのか、
彼の才能によるものなのか、
ルノにはわからなかった。
アイレは大剣を鞘に納め、背負う。
ルノも好奇心からか片手斧を取り出し、
見様見真似で振り回す。
「うーん、重い……あ…」
ふと力が抜けてしまい、
斧が手を離れ虚空へ飛び出した。
斧は壁に弾かれ、カキンッ!という金属音を立てて
床に落下した。
「あはは、斧は辞めときなよ。
ルノなら…そうだな……」
アイレは樽の中をゴソゴソと漁り、
何か小さい物を掴むとルノに手渡した。
柄をもって鞘から抜いてみる。
「これ、ナイフ?」
「正確にはダガーかな。
これならルノでも使えるし、
相手に武器を持ってる事を悟られ難いし、
どうかな?」
刃渡は…9センチ程だろうか。
ダガーを少し見つめた後、片手斧の時のように
振り回してみる。
軽い、これなら使えるかも。
「ルノは純粋な魔術師っぽいし、
あまり使わないと思うけどね。
ま、土壇場で使える手としては……
悪くないんじゃない?」
ダガーか…確かに兵士達は魔法を警戒していた。
これがあれば兵士達の意表を突くことが
できるかもしれないし、何かと役立つだろう。
「……そうだね、持っておく」




