第5章:クールな王子の独占欲(前編)
試練の2日目、私はルキとともに再び王城の大広間に呼び出された。
昨日のカリオン王子との試練は、肉体的にも精神的にもハードだったけれど、私の中に確かな“覚悟”の光を灯してくれた。
今日はいったいどんな試練が待っているのだろう。
「今日の担当は、長男ゼフィロス兄上だ」
ルキの声はどこか落ち着きがなく、昨日の彼とは打って変わって、そわそわしているのが見て取れた。ちらっと横目で私を見ては、すぐに視線をそらす。その仕草は、まるで何かを隠しているようでもあり、あるいは不安を抱えているようでもあった。
……? なんか今日、ルキ、様子がおかしい? でも、私の視線を感じると、彼はすぐにいつもの笑顔を取り繕う。
そう思う間もなく、正面の階段をすっと降りてきた人物がいた。
ゼフィロス王子――ノアリウム界の長男。
黒髪に縁なしの銀眼鏡、すらりとした長身。文官のような静かな装束は、彼の知的な雰囲気を一層際立たせている。一見するとクールで無感情に見えるけれど、その瞳の奥には、内に秘めた熱い炎があるような、不思議な魅力を放っていた。
昨日、カリオン王子を制した時の彼の威厳を思い出し、私は自然と背筋を伸ばした。
ゼフィロス王子は、静かに私を見つめると、口を開いた。
「夢咲ほのか嬢。昨日の試練は合格だったと聞いた。カリオンの無礼の数々、深くお詫びする」
「……はい。なんとか。いえ、別に、無礼だなんて……」
彼が真剣な顔で頭を下げそうになったので、私は慌てて否定した。カリオン王子は、最初は怖かったけれど、最後は私を認めてくれたのだから。
ゼフィロス王子は、私の言葉を聞き、わずかに口元を緩めた。その微笑みは、普段の彼のクールな印象を覆すほど、優雅で魅力的だった。
「僕は剣も筋力も持ち合わせていない。ただ、心を見る。僕の試練は――“君の中の恋”を解剖することだ」
「え……えっ!?」
彼の言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。恋を解剖!? それってどういうこと!?
「つまり、君が“ルキに恋をしているかどうか”を、僕なりに検証させてもらう」
ゼフィロス王子は、私の動揺など意に介さず、淡々と続けた。彼の目には、探求者のような好奇心と、真実を見極めようとする強い意志が宿っていた。
「待って!? それ、めちゃくちゃ怖いんですけど!?」
自分の恋愛感情を、目の前で冷静に分析されるなんて、想像しただけで恥ずかしいし、怖い。私は、隠してきた私の“推しへの愛”を、このクールな王子様に見透かされてしまうのだろうか?
「怖いのは“真実”だよ。だが、それが試練の本質だろう? 君が“星の鍵”としてこの世界にふさわしいか、僕の視点から判断させてもらう」
彼の言葉は、どこまでも理路整然としていて、反論の余地がない。私は観念して、大きくため息をついた。
こうして、私はゼフィロス王子に連れられて、王城の一角にある静かな図書の間へと案内された。
そこは、まさに夢のような空間だった。壁一面、床から天井まで、どこを見ても本、本、本。古びた革表紙の書物から、きらびやかな装丁の魔導書まで、ありとあらゆる本が整然と並べられている。
部屋の中央には、ふかふかのソファと、暖炉からパチパチと薪の燃える音が聞こえる。窓の外には、ノアリウム界の幻想的な星空が広がり、テーブルには香り高い紅茶が用意されていた。まるでヨーロッパの古城にある書斎に迷い込んだような、優雅で知的な空間だった。
「どうぞ、座ってくれ」
ゼフィロス王子が、ソファに座るように促す。私はおずおずと座り、彼の次の言葉を待った。すると、彼が言ったのは意外な一言だった。
「まずは、雑談をしようか」
「……え?」
私の予想では、いきなり「あなたの初恋は?」とか「ルキ王子のどんなところに惹かれますか?」とか、そんな質問攻めが始まると思っていたのに。
「愛とは、理屈を越える感情だ。ゆえに、理屈をもって分析するには、まず君自身の輪郭を掴む必要がある」
彼の言葉は、まるで哲学者のようだ。深すぎて、私の頭では理解が追いつかない。
「ちょっと何言ってるかわかんないけど、つまり……普通におしゃべりするってこと?」
私が困惑して尋ねると、ゼフィロス王子はわずかに口元を緩めた。その表情は、どこか人間味があって、親しみやすさを感じさせた。
「……そういうことだね。たとえば、好きな食べ物とか、好きな色とか。なんでもいい、君自身のことを教えてほしい」
「うわあ、王子様が“好きな食べ物”って言った!」
思わず、心の中で叫んでしまった。クールで知的な王子様が、そんな日常的な言葉を口にするのが、なんだかギャップ萌えで可愛く見えてしまったのだ。
「……これは、試練に必要な対話だ」
なぜか彼の耳がほんのり赤くなっていて、私は思わず吹き出して笑ってしまった。彼も、意外と可愛いところがあるんだな。
おしゃべりは、不思議と心地よかった。彼は私の話に真剣に耳を傾け、時折、質問を挟んだり、相槌を打ったりする。彼の口調は常に丁寧で、私の話を遮ることもない。
「焼き芋? それはどんな調理法なんだい?」
「秋に地面に埋めて焼くんです。土の中でじっくりと熱が通って、ホクホクしてて、甘くて、ちょっと焦げた皮の匂いが最高で……」
私の説明に、ゼフィロス王子は真剣な顔で耳を傾けている。まるで、今から論文でも書くかのように。
「……なるほど。それは確かに“好意”という名の情動を呼び起こす料理かもしれないね」
「言い回しが学者すぎる~!」
彼の独特な言葉選びに、私はまた笑ってしまった。彼との会話は、堅苦しい試練というよりも、まるで気の合う友人とのおしゃべりのようだった。
普段の生活では、名家の娘として「おしとやかに」「控えめに」と言われて育った私にとって、こんな風に飾らずにいられる時間は、とても新鮮で楽しかった。
彼の前では、無理に自分を作る必要がないと感じた。