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第4章:肉体派王子と危険な共鳴(後編)

 場所を移したのは、王城の一角にある、訓練場のような広い円形の空間だった。


 足元は白い石畳で、周囲には星の光を湛えた柱が規則正しく並んでいる。神殿のような、厳かな場所だ。


 その中心に、私とカリオン王子が向かい合って立つ。ルキと他の王子たちは、少し離れた場所から、静かに私たちを見守っていた。


 そして私の前には、依然として剣を構えたままのカリオン王子。彼の体から、見るからに強大なオーラが放たれている。


「来い。何も持たずとも、構えずとも、お前が本当にここにいるなら、俺の波動は感じ取れるはずだ。隠す必要はない。お前の全てを曝け出せ」


「……!」


 カリオン王子の言葉と同時に、空気が変わった。それは、訓練場の空気だけではない。

 私の周囲の空間、そして私の内側にまで、彼の強大な波動が直接、流れ込んできたかのように感じられた。


 彼の気配が、鋭く、重く、空間ごと私を刺してくる。まるで、見えない剣で心をえぐられるような感覚だった。全身の細胞が、彼の放つ圧倒的な“力”に、恐怖で震え上がる。

 心臓が早鐘のように鳴り響き、冷たい汗が背中を伝う。


 目の前の彼はまるで、戦場そのものだった。その存在だけで、私を押しつぶそうとしている。


 だけど、私は、一歩も退かなかった。ここで逃げたら、また私は、誰かの影に隠れて、誰かの言いなりになる人生に戻ってしまう気がしたから。


 そんな未来は、もう嫌だった。


「怖いよ……!でも、私は……もう誰にも、力を見下されたくない!私だって、ちゃんとここにいるんだから!私だって、変われるんだ!」


 私の叫びは、震えていたけれど、それでも確かに、私の意志がこもっていた。


「ほう?その揺るぎない覚悟……悪くない」


 カリオン王子の声が、わずかに興味を帯びた。彼の目から、先ほどの嘲るような色が完全に消え去っている。


 その瞬間だった。

 カリオンの剣が、一歩だけ踏み込んだ。風を切る音が、鼓膜を震わせる。


 ——風圧。剣の切っ先が、私の首の横、ほんの数センチをかすめて止まっていた。一瞬でも動いていたら、私の首は危なかっただろう。

 その刃が放つ冷気と、彼の体温が、すぐ隣にあるように感じられた。彼の息遣いが、私の耳元で聞こえるほど近い。


「……っ」


 私は息をのんだまま、固まっていた。彼の剣は、私の肌を傷つける寸前でぴたりと止まっている。彼の動きは、あまりにも精密で、まるで予測されていたかのように正確だった。


「目、逸らさなかったな。よくやった、地上の娘。貴様、見所がある」


 カリオン王子は、剣を構えたまま、私の目を見つめて言った。その声には、先ほどまでの冷たさはなく、どこか評価するような響きが含まれていた。


「な、何のつもり!?いきなり剣を突きつけてきて、何がわかるっていうんですか!」


 私の問いかけに、カリオン王子はフッと笑った。それは、侮蔑の笑いではなく、どこか満足げな笑みだった。


「試しただけだ。お前の眼差しと、覚悟を。地上の民は脆いと聞くが、お前は違うようだな。その瞳の奥に、確かな光がある」


 彼はゆっくりと剣を鞘に納めると、すっと私の目を見つめた。さっきまでの嘲るような雰囲気が少しだけ、和らいでいる。彼が私を見つめる瞳には、これまで見せたことのない、奇妙な光が宿っていた。


「なるほど。少しは気骨があるようだな、地上の娘。お前のような者が“鍵”として選ばれるのも、そう無理はないのかもしれん。だが、まだ信じたわけではないぞ」


「……え、それ、ちょっと褒めてる?」


「少しだけな。だが、この俺が認めた以上、次も期待してやる。せいぜい、俺の期待を裏切るな」


 彼は短い言葉でそう言うと、わずかに口角を上げた。その顔は、やはりルキに似ていて、なんだかドキリとした。強面で皮肉屋だけど、たまに見せる表情には、推しの面影がちゃんとある。


 次の瞬間、彼がふいに私の手首を取った。その太い指が、私の脈を探るように触れてくる。

 ひんやりとした彼の指先が、私の肌に触れた途端、電流が走ったかのように、心臓が大きく跳ね上がった。


「波動の確認だ。心を乱すな。お前の心の奥底まで見通してやる」


「乱すなって、あの……ちょっと近い……!それに、そんなこと言われたら余計……!」


 カリオン王子の顔が、すぐ目の前にある。

 彼の整った顔立ち、透き通るような白い肌、そしてどこか冷たいように見えて、熱を帯びた瞳。触れている手首からは、彼の力強い心臓の鼓動が伝わってくるかのようだった。


「黙れ。動くと感じにくい。お前の波動は、俺の波動と深く共鳴している……それが、何よりの証拠だ」


 彼は冷静な声でそう言うけれど、その声は私の耳元で囁かれているようで、余計に落ち着かない。彼の吐息が、私の頬にかかる。私の中の何かが、彼の存在に引き寄せられるようにざわめいた。


「そ、そう言われると余計……!私、熱出てませんか?顔、赤くないですか!?」


 私の頬が、カーッと熱くなっていく。なんだろう、この距離。目の前の彼は、ただ無表情に心拍を読んでるだけかもしれないのに——私の心の方が暴れそうだった。脈拍、絶対おかしくなってる!バレてないかな!?


「……悪くない共鳴だ。いや、むしろ、予想以上だ」


 カリオン王子はぽつりと呟いた。彼の目が、私を見つめる。その瞳の奥に、何か温かいものが宿っているように感じられた。


「戦う者の芯に、意志の火が宿っている。それは俺の波動と共鳴する要素だ。お前は、思っていたよりもずっと強い……そして、魅力的だ」


 彼の手が、私の手首から離れた。その瞬間、急に冷たくなった空気と、消えた温かさに、少しだけ寂しさを感じてしまう。


「次の試練も——来い。逃げずに、な。そして、俺を驚かせてみせろ」


 その言葉は、どこか挑戦状みたいで。でも、胸の奥にすっと火を灯してくれるような、そんな温かさもあった。彼が私を認めてくれた。

 それは、誰にも認められなかった私にとって、何よりも大きな意味を持つことだった。


「うん。次も負けないから。絶対に!」


 私がまっすぐ彼の目を見て言うと、カリオン王子は口元を緩めた。


「期待しておこう。……地上の鍵よ。お前の強さ、この俺が引き出してやる」


 そのとき、初めて見せたカリオン王子の微笑みは、なんだか“戦う者同士の信頼”みたいで、それ以上の、心を揺さぶるような優しさだった。

 彼の顔に、こんな穏やかな表情が浮かぶなんて。私の中で、カリオン王子への印象が、ガラリと変わった瞬間だった。


 試練、第一関門。無事(?)突破。


 私の中で何かが少し、強くなった気がした。あのレオンに「地味で冴えない」と言われた私が、異世界で、こんなにも強い王子に認められた。それだけで、私の心は少しだけ、誇らしくなった。


 そして——ルキが、その様子を遠くから、ずっと静かに見ていたことには、私はまだ気づいていなかった。

 彼の表情が、ほんの少しだけ、複雑に揺れていたことにも。

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