第4章:肉体派王子と危険な共鳴(前編)
「まずは俺が試す。異論はあるまい、ゼフィロス兄上」
カリオン王子は、兄である長男ゼフィロス王子に向かって、有無を言わせぬ低い声で問いかけた。
その声音には、私をいち早く試したいという、隠しきれない好戦的な気配が滲み出ている。
「……ない。ただし、必要以上の無礼は慎め。彼女は客人であり、“鍵”の可能性を持つ者だ」
ゼフィロス王子は、あくまで冷静に、そして釘を刺すように言った。その視線はカリオン王子に向けられているが、言葉の裏には私への配慮も感じられた。
「へっ、わかってるよ。だが、生半可な気持ちでこの場にいると、怪我をするぞ、地上の娘」
カリオン王子は、鼻で笑うように短く返事をした。だが、その表情からは「わかってる」どころか、「どうなることやら」とばかりに、挑発的な雰囲気が漂っている。
こうして、私の“初試練”の相手は、筋肉&皮肉の塊・カリオン王子に決定した。
どこからどう見ても威圧感のかたまりだ。肩幅は私の倍、背丈も優に190は超えてるし、腕なんか……柱かよ。その巨大な体躯が放つ圧は、そこにいるだけで空気を震わせるかのようだった。
私の推しであるルキが細身で儚げなのに対し、カリオン王子はまさしく“力”を体現しているような存在だ。
そして、彼が私に向けて放った第一声がこれだった。
「ふん。地上の民は貧弱だと聞いていたが……なるほどな。見るからにひ弱な娘だ。よくもまあ、こんな場所まで来たもんだ」
「はあ~~!?」
私は反射的に語尾を荒げてしまった。せっかく異世界に来たのに、いきなりこの言い草はなんだ!?初対面なのにこの失礼なやつなんなん!?
私の地味な外見を侮辱されるのは慣れているけれど、まさか異世界に来てまで言われるとは!私の心の地雷を完璧に踏み抜いてきた。
「君がこの国を導く“鍵”だと?その軟弱な細腕で、誰を守れるっていうんだ?そもそも、鍵がそんなひょろい見た目でどうする」
カリオン王子の目は、私をまるで獲物でも見るかのように値踏みしている。その視線に、今まで誰にも見せなかった私の反骨精神が刺激された。
「細腕だからって甘く見ると火傷しますよ王子。私だって、やるときはやるんですから!見た目で判断しないでください!」
「口だけは達者だな。面白い」
「王子もね!見た目だけが取り柄のくせに、中身はただの皮肉屋じゃないですか!」
私が売り言葉に買い言葉で言い返すと、カリオン王子は一瞬だけ目を見開いた。まさか私が言い返すとは思っていなかったのだろう。
彼もまた、私を“地味で冴えないお嬢様”と侮っていたに違いない。
ルキが慌てて止めに入ろうとしたが、ゼフィロス王子が静かに手を挙げて制した。
「“共鳴の試練”は、あくまで心と心の波動を確かめるもの。戦闘であれ、言葉であれ、形式は自由とされている。カリオン、お前の判断に任せる」
ゼフィロス王子の言葉は、カリオン王子の挑発を正当化するかのようだった。つまり、彼の罵倒も、私の言い返しも、全ては試練の一部だと。
「——ならば決まりだ」
カリオン王子は、ゆっくりと腰の剣に手をかけた。チリン、と鞘から抜かれる音は、妙に澄んでいて、場の空気を一層張り詰めさせる。
黒銀に光るその剣は、見るからに重たそうで——でも、刀身に刻まれた模様が美しかった。彼の粗野な見た目とは裏腹に、繊細な美しさを兼ね備えているようだ。
「共鳴の試練、第一段階。お前には、“覚悟”を見せてもらう。俺の問いに、逃げずに答えろ」
彼が剣を構えた姿は、まさしく戦場の支配者といった風格だった。この人、本当に王子なの?どちらかといえば、熟練の戦士って感じなんだけど。
「……まさか、戦えってこと?」
私が警戒して問いかけると、カリオン王子はフッと鼻で笑った。
「違うな。逃げずに俺と向き合え。それだけでいい。俺の放つ波動に、お前の魂が耐えられるか、見るだけだ。臆することなく、俺の眼差しを受け止めろ」
……じゃあせめて、剣しまって?(本音)。目の前に刃物を構えられて、逃げるなと言われても、恐怖で足がすくむ。
だけど、この一歩を引いたら、私はまた元の“地味で冴えないお嬢様”に戻ってしまう気がした。
私は、ルキがくれたペンダントをぎゅっと握りしめた。彼の「君を信じてる」という言葉が、私の背中を優しく押してくれる。
「いいよ。逃げない。私は、ここに来るって決めたんだから。あなたに馬鹿にされても、もう誰かの言いなりにはならない!私を試すなら、とことん試してごらんなさい!」
私の目に宿った強い光に、カリオン王子はわずかに目を細めた。彼の表情から、嘲りが少しだけ消えたように見えた。
「よろしい。その意気だ、地上の娘。さて、始めるとしよう」