第3章:星の城と五人の王子(後編)
そして、彼ら兄たちがそろって発した第一声は――。
「この娘が、“星の鍵”だと?」
……え、そんなに驚く? 明らかに私を見るその視線には、期待よりも戸惑いや、不信感が色濃く浮かんでいた。
特に、次男のカリオン王子は、露骨に不機嫌な顔をして、私をジロリと睨んだ。
「ルキ、まさかこの世界の均衡を“地上の民の娘”に委ねるつもりか?冗談はやめてくれ。我々には、もっとふさわしい血統の者がいるはずだ!」
顔は推しに似ているのに、声がなんかガチで怒ってる。その威圧感に、私は思わず身をすくませた。これが、異世界の王子様たちの“歓迎”ってやつなの?
「だって、彼女は僕を選んでくれた。僕が唯一、心を許した“契約者”なんだ」
ルキは、私を守るように、一歩前に出る。彼もまた、兄たちの反発に、少しだけ肩をすくめているようだった。
「契約?また君は勝手なことを……。だが、報告は受けている。星の扉は確かに彼女に反応した、と」
長男のゼフィロス王子が、静かに眉をひそめる。彼の声は低いけれど、その威厳はカリオン王子よりもずっと重く感じられた。
まるで、彼の一言で全てが決まってしまうかのような、絶対的な存在感。
「ならば、異論はあれど——試練を受けてもらおう。それがこのノアリウム界の掟だ」
ゼフィロス王子は、私たちをじっと見据え、静かに告げた。その言葉に、ルキが私のほうを振り返り、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「し、試練……?」
私の心臓がドクリと跳ねた。何それ、聞いてないよ!
「言ってなかったけど、この国では“鍵”としての資質を試す儀式があって——」
「言ってなかったどころじゃないよ!?それ最初に言うやつだよ!?なんならプロポーズするより前に言う案件だよ!?そんな大事なこと、私に一言もなかったじゃない!」
私は思わず声を荒らげてしまった。推しが目の前にいるのに、こんな醜態を晒すなんて!でも、それくらい、私はパニックだった。
ゼフィロス王子の言葉は、容赦なく私の心に突きつけられた。
「試練の内容は、王たちとの“共鳴”だ」
「共鳴って……?どうやって共鳴するの?」
私は目をぱちぱちさせる。共鳴?どうやって?
「それぞれの王子と一定時間を過ごし、“魂の波動”を重ねていく。その中で、本当にこの世界の運命を委ねるべき者が選ばれる。これは、ノアリウム界の存亡に関わる重大な儀式だ」
彼の言葉の意味を理解した瞬間、私の顔は青ざめた。
「……まさか、ルキ以外の人とも……?」
「そうなる。これは個人の感情を挟む問題ではない。“星の鍵”は、この世界の未来そのものだからな」
ゼフィロス王子は淡々と答えた。私の視線が、他の王子たちの方へ向く。
戦士タイプのカリオン王子は、腕を組み、私を品定めするような視線を向けている。
中性的な美貌のセレス王子は、私を心配そうに見つめていた。
そして、影のようなノクト王子は、相変わらず無表情で、何を考えているのかまったく読めない。
ルキが視線を伏せた。彼の銀色の髪が、その表情を隠す。
「でも……僕は信じてる。君の心は、最後まで僕を選んでくれるって」
そう言って、ルキは私の手をもう一度強く握った。その手は、まるで「大丈夫、僕がそばにいる」と言っているようだった。
……それ、なんて修羅場型恋愛リアリティショー。
まさか異世界に来てまで、こんなドロドロの展開に巻き込まれるとは。私の推し活は、ここまで過酷だったのか。
だけど、不思議と私の胸の奥には、“受けて立ちたい”という強い気持ちが芽生えていた。婚約破棄されて、自信をなくして、もう誰にも必要とされていないと思っていた私。
でも——この手を取ってくれた“推し”がいたから、今、私はここにいる。
私はもう、あの地味で冴えない、誰かの言いなりだった私じゃない。ルキは私に、自分で選ぶ自由を教えてくれた。
私はルキの手を握り返し、彼の赤い瞳をまっすぐ見つめて言った。
「……いいよ。やってやろうじゃない、試練。ただし、ひとつだけ覚えてて」
私の声は、震えていなかった。むしろ、今まで感じたことのないほど、はっきりと響いていた。
「私はもう、誰かの言いなりになんてならない。誰にも私を決めさせない。自分で選ぶ——誰を信じて、誰を愛するかを」
私の言葉に、ルキの目が、ぱっと輝いた。その顔は、まるで太陽のように眩しかった。
「うん。だから君が“星の鍵”なんだよ。君のその強さが、この世界に必要なんだ」
こうして私は、異世界の王子たちとの“恋と運命の試練”に挑むことになった。
……まあ、まさか初日の試練で、カリオン王子を相手に、剣を振るう羽目になるなんて、誰が想像しただろうか。私の異世界生活は、想像以上に波乱万丈になりそうだ。