第2章:扉の鍵を持つのは、君だけだ (後編)
私はゆっくりと顔を上げ、レオンをまっすぐ睨み返した。
「私は、彼を信じる。
あなたに捨てられて、ひとりぼっちになった私を救ってくれたのは、彼だった。
彼は、私の心の光だった」
私は、彼の赤い瞳をまっすぐに見つめ、一言一言、噛みしめるように言葉を紡いだ。
「あなたに捨てられて、心が壊れそうになった時、推しが現れてくれて——
そのとき初めて、“自分を選んでもいい”って思えたの。
今まで、誰かの期待に応えるためだけに生きてきた私に、ルキは“君は君でいい”って教えてくれた。
だから、私はもう、誰かの都合で生きない。」
「私の意志で、“彼の世界”に行く」
レオンは私の言葉を聞き、一瞬、目を見開いた。その表情には、焦りとも、悔しさともつかない感情が浮かんでいた。
彼の顔にこんな表情が浮かぶのを見たのは初めてだった。
奪い去ろうとする手
「行かせない!」
彼は突如として私に手を伸ばし、私の腕を掴んだ。その手は驚くほど強く、無理矢理私を引き寄せようとする。その力に、私は思わずたたらを踏んだ。
「お前は、この世界の、俺のものだ!勝手に俺から離れていいと思うな!」
彼の声は、焦燥と、今まで見せたことのない激しい独占欲に満ちていた。その瞳には、もはや冷たさではなく、私を閉じ込めようとする熱い執着が宿っている。まるで、私が彼の唯一の所有物であるかのように。
「は、離してっ!」
私は腕を振りほどこうともがく。こんな彼、見たことがない。まるで豹変したかのような彼の姿に、恐怖を覚える。
「何を怯えている?俺がお前の婚約者だった男だぞ!お前が俺の傍にいれば、何不自由なく暮らせるんだぞ!
それよりも、あの得体の知れない男を選ぶのか?正気か!」
レオンは私の腕を掴んだまま、さらに力を込めて引き寄せた。彼の顔が、すぐ目の前にある。その瞳は、私を捕らえ、逃がさないとばかりにギラギラと光っていた。
「私はもう、あなたの婚約者じゃない!あなたには関係ない!」
「関係なくない!お前は俺から逃げられない!」
彼の顔が、さらに近づいてくる。まるで私を完全に支配しようとするかのように、その強い意志をむき出しにして。
開かれる扉
そのとき、私が握りしめていたペンダントが、強く、まばゆい光を放ち始めた。足元には、淡い星の光が満ちていく。まるで、昨日ルキが現れた時と同じように。
「君は……!」
レオンが驚愕に目を見開く。彼の手の力が、一瞬緩んだ。その隙に、私は腕を振りほどいた。
私の周囲を、銀の蝶のような粒子がキラキラと舞い始める。空間がねじれ、まるで目の前に、別の世界への扉が開き始めたかのように感じられた。
レオンは信じられないものを見るように、光に包まれる私を見つめる。
「馬鹿な……本当に開くのか?そんな力、お前が持っているはずがない!」
「持っているわ!私が、この力を手に入れたの!」
ルキの声が、再び私の心に響き渡る。昨日よりもずっと近く、強く、私の心を鼓舞するように。
《来て、ほのか。君が望むなら、僕はその世界を変える。君の選んだ道を、僕が照らそう》
彼の声は、私に勇気を与えてくれた。もう迷う必要なんてない。私の行くべき道は、たったひとつだ。
「……行くよ、ルキ!」
私はそう言って、光の中へと身を投げた。躊躇いなんて、もうどこにもなかった。かつて私を縛り付けようとした者たちも、私を傷つけた者も、もうどうでもいい。私の意志は、はっきりと決まったのだ。
次の瞬間、全身を包んでいた重力がふっと消え去った。体が、ふわふわと宙に浮くような感覚に包まれる。
——私は、“推しの世界”へ、旅立った。