第9章︰迫りくる闇と、王子の覚醒(後半)
その時だった。
空気が、一瞬にして変わった。
甘く、柔らかな空気が、氷のように冷たく、そして鋭い殺気に満ちていく。
「見つけたぞ、ノアリウムの王女!」
泉のほとりに、一人の青年が降り立った。
彼は、ノアリウム界の者ではない。
その身にまとうのは、見慣れない奇妙な紋様が刻まれた、深い紅色の装束。
そして、彼の瞳は、獲物を狩るかのような、冷たい光を宿していた。
「貴様が、星の鍵の少女か。我らが教国の王女として、迎えに来た。さあ、大人しく、我らと共に来い」
青年の言葉に、ルキが私を庇うように、その体を前に出した。彼の表情からは、今まで見たことがないほどの、激しい怒りが感じられた。
「…何者だ。ここは、お前が立ち入っていい場所じゃない」
ルキの言葉に、青年は不敵な笑みを浮かべた。
「俺は、教国の王子。名を、アスタ。星の鍵の聖なる伴侶となるべき存在だ。そして、お前は……鍵に寄り添う、邪魔な存在。消えろ」
アスタの言葉と同時に、彼の掌から、漆黒の魔力が放たれた。それは、ルキを狙って放たれた、危険な魔術だった。
「っ!?」
ルキが、私を守るように、その身に魔力に受けた。彼の体が、衝撃で吹き飛ばされる。
「ルキ!!」
私は、思わず叫んだ。ルキは、泉の水に体を打ち付け、苦しそうに顔を歪めている。
「……くそ……」
ルキは、私を守ろうと、再び立ち上がろうとする。だが、アスタは、彼に容赦なく、次々と魔術を放った。ルキは、その度に吹き飛ばされ、体に傷を負っていく。
「ルキ、やめて! もうやめて!!」
私は、ルキが傷つくのを見るのが辛くて、アスタに叫んだ。だが、彼は私を一瞥すると、冷たい笑みを浮かべるだけだった。
「お前が大人しく俺と共に来れば、この男は傷つかずに済む。さあ、選べ。この男の命か、お前の自由か」
アスタの言葉は、私に究極の選択を迫った。ルキは、私を守ろうと、体を張ってくれている。私が、彼をこれ以上傷つけたくない。
私は、決意を固めた。
「わかった。私が行く。だから……ルキに、手を出さないで!」
私の言葉に、ルキは絶望したように目を見開いた。
「ほのか、ダメだ! 来るな!」
ルキが、私を呼ぶ声が聞こえる。彼の声は、悲しみに満ちていた。
私は、アスタの前に進み出た。彼は、満足そうに微笑むと、私の腕を掴んだ。その手は、冷たく、そして、支配的だった。
「では、行こうか、我が王女」
アスタが、私を連れ去ろうと、体を浮かせた。その時、私の手の中で、ルキがくれたペンダントが、激しく輝きを放った。
「誰が、君を連れて行っていいと言った」
ルキの声が、聞こえた。彼の体から、赤い魔力が、激しく放出されていた。その魔力は、私とアスタを包み込み、そして、アスタを吹き飛ばした。
「なっ……」
アスタは、ルキの魔力に驚き、後ずさる。
「僕は、君を誰にも渡さない。たとえ、この命に代えても。僕が……君の星になる」
ルキの言葉と同時に、彼の体から放たれた魔力が、星の泉に流れ込み、泉の水が、激しく輝きを放った。そして、ルキの体が、光に包まれていく。
「ルキ!?」
私は、驚きと、そして、不安で、彼の名前を呼んだ。
光が収まると、そこに立っていたのは、一人の青年だった。
彼の姿は、今まで見ていたルキとは違う。銀色の髪は、星の光を吸い込んだように輝き、彼の体には、王族の証である、金色の紋章が浮かび上がっていた。
彼の瞳は、まるで燃え盛る炎のように、赤く輝いている。
彼は、ノアリウムの王子としての、真の姿を現したのだ。
「さあ、お前が僕の敵となるなら、相手になってやろう。そして……」
ルキは、私に優しく微笑むと、私の頬にそっと触れた。
「僕を、もう一度、愛して」




