第9章:迫りくる闇と、王子の覚醒(前編)
ノクト王子との危険で甘い試練を終え、私の心は乱れていた。
ルキの純粋な愛、セレス王子の切ない優しさ、そしてノクト王子の甘く危険な誘惑。
四人の王子たちの間で揺れ動く私の心は、まるで嵐の海に浮かぶ小舟のようだった。
けれど、その日の夜。
私の部屋にやってきたのは、待ち望んでいた人物だった。
「……ほのか。明日は、僕の試練を受けてくれない?」
そこに立っていたのは、ルキだった。彼の赤い瞳は、私を不安げに見つめていた。彼の表情からは、他の兄弟たちとの試練で、私が心を奪われていないか、確認したいという焦りが感じられた。
「うん。もちろん」
私は迷わず頷いた。彼に会いたい。彼のそばにいたい。他の王子たちに心が揺れても、私の心の中心にいるのは、いつも彼だった。
「ありがとう。……明日は、二人だけで行きたい場所があるんだ」
ルキはそう言って、私の手をそっと握った。その手は、他の王子たちの手とは違う、柔らかくて、そして、温かかった。
まるで、スマホの画面越しで見ていた彼が、本当に私の目の前にいるのだと、改めて実感させてくれるようだった。
翌日。ルキに連れられて、私は王城の裏手にある、星の泉へと向かった。
そこは、ノアリウム界でも王族しか立ち入ることのできない、聖なる場所だという。泉の水は、星の光を反射してキラキラと輝き、その美しさは、言葉にできないほどだった。
「ここが、僕が生まれた場所なんだ」
ルキは泉のほとりに立ち、静かにそう言った。彼の表情は、どこか遠くを見つめているようで、その横顔からは、深い孤独が感じられた。
「ルキが……生まれた場所?」
「うん。この泉は、この国の魔力の源。そして、僕が生まれた場所でもある。だから、僕の試練は……この場所で、僕の全てを、君に伝えることなんだ」
ルキは私の手を取り、泉のほとりの大きな岩の上に座らせた。そして、彼は私の隣に腰を下ろし、静かに、そしてゆっくりと、語り始めた。
「ほのかは、知っているかもしれないけど、僕は、他の兄弟たちとは少し違う。僕の母は、この国の者じゃないんだ。遠い星の国の民で……その国の歌を歌っていた歌姫だった」
ルキの言葉に、私は息をのんだ。彼の儚げな美しさ、そして、あの神秘的な歌声の秘密が、今、明かされようとしている。
「母さんは、この国に来て、父上と恋に落ちた。でも……母さんの国と、僕たちの国は、ずっと仲が悪かった。母さんは、自分の歌で、両方の国を繋ごうとした。でも、結局、叶わなかった。母さんの歌声は、力を持つが故に、争いの種になってしまったんだ」
ルキは、悲しそうに目を伏せた。彼の声は震えていて、その過去の重みが、私の心にも伝わってきた。
「そして、母さんは、この泉で……僕を産んで、消えてしまった。母さんが最後に歌った歌は、僕の体に、そして魂に、全て刻み込まれている。だから、僕の歌は、母さんの魂なんだ」
彼の言葉は、あまりにも切なく、私の胸を締め付けた。ルキの完璧な歌声は、そんな悲しい過去を背負っていたなんて。
私は、そっとルキの手に自分の手を重ね、彼の孤独に寄り添うように、その手を強く握った。
「ルキ……辛かったね。でも、一人じゃないよ。私……ずっと、ルキの歌が大好きだった。ルキの歌声に、何度も救われたよ。ありがとう」
私の言葉に、ルキは驚いたように目を開けた。彼の赤い瞳に、涙が滲んでいるのが見えた。
「ほのか……君にそう言ってもらえるだけで、僕は……」
ルキは、言葉を詰まらせた。
そして、ゆっくりと私を抱きしめた。彼の腕は、私を壊れ物のように大切に抱きしめ、彼の胸の鼓動が、私の胸に直接響いてくる。
「僕の試練は、ここからだよ。君に、僕の歌を、そして僕の魂を、全て捧げる。だから……目を閉じて、僕の全てを……歌を受け取って」
ルキはそう囁くと、私の額に優しくキスをした。そのキスは、今までで一番甘く、そして切なかった。
彼の美しい声が、静かな泉のほとりに響き渡った。
それは、この世界の言葉ではない、魂に直接語りかけるような、神秘的な歌だった。
メロディは優しく、そして、その歌詞は、愛と、悲しみと、そして、希望を歌っていた。
歌声が、私の心の奥底に染み込んでくる。
ルキの孤独、彼の母の悲しみ、そして、それでもなお、愛を求める彼の魂が、私に直接語りかけてくるかのようだった。