第8章:運命の血と、罪深き甘やかし(後編)
その夜。
なぜかノクト王子から“個別試練”の招待が届いた。
「護衛は不要。“ひとりきり”で来い。君の本当の姿を見せてほしいからな」
……断れる雰囲気じゃない。彼の視線に捕らえられたら、もう抗えない気がした。
私の心臓は、恐怖と期待の間でどくどくと脈打っていた。
未知の体験への不安と、彼が一体何をしようとしているのかという好奇心。
案内されたのは、城の地下にある秘密の温泉。
蒸気がふわりと漂い、淡い照明が幻想的な光を灯す中、ノクト王子は、軍服のままベンチに腰かけていた。
その白い肌と漆黒の軍服のコントラストが、彼の危険な魅力を一層引き立てている。
「来たな。よし、今日は“君をとことん甘やかす会”だ。存分に、この俺に甘えるがいい」
「な、なにそれ!?試練って言ったじゃないですか!?」
「これも試練だ。君がどれだけ、俺の甘さに耐えられるかのな。とりあえず、俺の膝枕に寝ろ。湯冷めする前に、温まっておけ」
「え!?えええ!?そんな、いきなり……っ!?」
彼の強引さに抗う間もなく、私は湯けむりの中でノクトの膝に頭を乗せていた。
彼の太ももは、意外なほど筋肉質で、心地よい弾力があった。彼の体温が、じんわりと私の頭に伝わってくる。
「……心臓の音、でかいな。まさか、俺にときめいてるのか?それとも、俺の存在に、怯えているのか?」
ノクト王子の声が、耳元で響く。彼の指先が、私の髪をゆっくりと梳いているのがわかった。
「っ……う、うるさい……!別に、ときめいてなんかないです……!」
私は必死に否定したが、自分の心臓が大きく鳴っているのが、彼に筒抜けになっていると思うと、顔が赤くなるのがわかった。
「可愛いな、お前。そんなに素直な反応をするなんて。君が“俺のものになったら”、甘やかしすぎてダメにしそうだ。何もかも、俺に依存させてやる」
ささやきは低く、でもどこか切実で——“遊び”だけではない熱がそこにあった。
彼の言葉は、まるで麻薬のように私の心を蝕んでいく。彼に身を委ねたら、もう二度と抜け出せなくなる、そんな危険な予感がした。
ノクト王子との“試練”は、まさに甘く危うい“誘惑”だった。
彼は言葉巧みに私の心を揺さぶり、触れる指先は私を蕩かす。理性で抗おうとすればするほど、彼の魅力に引き込まれていく。
だが、その夜。
寝室に戻ると——ルキが、扉の前で私を待っていた。彼の瞳は、心配と不安で揺れていた。
「……ほのか。今日、君が誰と過ごしてもいい。どんな試練を受けても、僕は……文句を言わないつもりだった。でも——」
ぎゅっと、抱きしめられる。彼の腕は、先ほどのノクト王子とは違う、ひたすら優しく、そして切ないほどに私を求めるものだった。
「“最後に戻る場所”は、僕であってほしい。君の心が、僕の元へと帰ってきてほしい。それだけが、僕の願いなんだ。君が誰かのものになるなんて、考えられない」
その声に、私は——涙が出そうだった。ルキの純粋な想いが、私の胸を締め付ける。愛されている。争われている。
だけど、それだけじゃなくて——誰かの運命を、私が“変えてしまう”かもしれない。
私の存在が、この国の命運を変える。教国の要求。王子たちの思惑。
そして、私自身の選択。その全てが、私に重くのしかかる。
でも、私の心は、恋を選びたいと叫んでいた。王子たちの誰かに惹かれ、このままこの世界で生きていきたい。
選ぶのか。選ばれるのか。それとも——すべてを壊してでも、奪いたいのか。
四人の王子の視線の中で、私は眠れぬ夜を迎えた。彼らの視線が、まるで星の光のように私を照らし、私の心をざわめかせる。
私の運命は、一体どこへ向かうのだろう。