第5章:クールな王子の独占欲(後編)
「君の心には、確かに“ルキへの恋”がある。
だがそれはまだ、熟してはいない。未完成だ。——ゆえに、他者が触れる余地がある。
君の心が、まだどこにも完全に属していないという証だ」
彼の言葉は、私の中に残るルキへの恋を認めつつも、まだそれが絶対的なものではないことを示唆していた。
そして、彼自身の私への感情が、その“余地”に入り込もうとしているかのように響いた。
「ちょっと待って。今のってつまり……?私が誰と契約するか、まだ決まってないってことですか?この試練で、私の心が別の方向に行く可能性も……?」
「当然だろう?試練はまだ、始まったばかりだから。君が真に心を許す相手が、誰になるのか。それは、君自身が決めることだ」
ゼフィロス王子の目が、ふとだけ、ルキと似ていると思った。
兄と弟だから、当たり前なのだけど。けれど、彼の瞳の奥にあるものは、ルキの情熱的な輝きとは全然違った。
理性で恋を“理解しよう”とする、切ない知性——そして、その理性を超えようとする、秘められた熱い感情が、彼の瞳の中で静かに揺れていた。
そのとき、図書室の扉が音もなく開いた。
「……終わったみたいだね、兄さん。随分と時間がかかったようだけど」
そこに立っていたのは、ルキだった。彼の表情は、どこか強張っていて、私たちの方をじっと見つめている。
彼の目は、私とゼフィロス王子の距離を測るかのように、何度も往復していた。
「兄さん、彼女に何かした?……触れたりとか。随分と親密そうに見えたけど?」
ルキの声は、普段の甘いトーンとは違い、低く、少しだけ刺々しい響きがあった。
その問いかけは、まるで私を独占したいという、彼の切ない独占欲がにじみ出ているかのようだった。
ゼフィロス王子は、ルキの視線を受け止め、冷静に答えた。
「それは試練の一環だ。彼女の感情の波動を読み取るために、必要な接触だった。もちろん、無理強いはしていない。君も知っているだろう、この試練の形式は」
「……っ、でも、顔が赤いよ、ほのか。まるで兄さんに何かされたみたいに……」
ルキは私に駆け寄ってきて、私の頬にそっと触れた。彼の指先が触れた瞬間、私自身の頬が本当に熱くなっていることに気づいた。
「えっ!?わ、わかる!?私、そんなに顔に出てた!?」
私が慌てて顔を隠そうとすると、ルキは自分の顔を私の目の前に突き出した。
「僕の顔、見て。ほのかが他の誰かと親密にしているのを見るのは、こんなにも胸が苦しいって、初めて知ったよ」
まさかの嫉妬全開だった。彼の顔は、私の頬よりもずっと赤く染まっていて、その瞳には、隠しきれない焦燥と、私を独り占めしたいという激しい感情が渦巻いていた。
こんなルキ、見たことがない。アイドルとしての完璧な姿からは想像もできない、人間らしい感情の揺れに、私は少しだけ戸惑い、そして、胸が温かくなった。
「試練って、こんなに心臓に悪いとは思ってなかったよ……。色んな感情がぐちゃぐちゃで、私、どうすればいいんだろう」
私がポツリと呟くと、ルキは私の手をぎゅっと握った。彼の掌は、図書室の温かさよりもずっと熱くて、少し震えていた。
その震えは、彼がどれだけ不安で、どれだけ私を想っているかを示しているようだった。
「でも……ほのかが誰を選ぶとしても、僕は……君の味方でいたい。それが、恋ってもんだから。僕が君を選んだんだから、君にも自由に選んでほしい。それが、僕の願いだ」
ルキは、ゼフィロス王子から目を離さずに、そう言った。その言葉には、私への深い愛情と、そして兄への複雑な感情が入り混じっていた。
ルキの目が、ゼフィロス王子と静かに交差する。二人の間には、言葉にならない緊張が走っていた。
それはまるで、これから始まる三角関係の幕開けを予感させるかのようだった。
王城の窓から吹き込む風が、少し冷たく吹いた。まだ何も始まっていない。
だけど、確実に何かが——私の心の中で、そして彼らの間で、揺れ始めていた。