僕の不登校サークルが美少女たちに侵されているんだが・・・
「僕の不登校サークルが美少女たちに侵されているんだが…」 オカザキ
あの10月をよく覚えている。10月は、あいつらと出会った月だから。あいつらが、あん時、くすぶっていた僕の憂鬱を吹き飛ばしてくれたから。あいつらが、僕に、世界を大切にすることは、自分を大切にすることだって教えてくれたから。だけど、もう、ここには誰もいないけど。
「いけえーバスケ部!!」
窓の外から体育祭の声が聞こえる。なんだか身体が重くて、目を開けてみると、白い天井、金髪、黛いろはの顔があった。
「ZZZ」
寝ている黛いろはは、まつ毛が長く、小さく膨らんだ唇からよだれが垂れている。てか、ちょっと待てよ。なんで黛が、僕の上で寝ているんだ?黛といえば、僕の学校で一番美少女であると入学式で話題だった。そんな彼女が体育祭をサボって僕の上で寝ているだと!?
ベットに思春期の男女、2人、何もないわけがなく・・・と、特になく。寝返りをした黛は、僕の胸元に倒れ込んだ。
「うーん、むにゃんむにゃ、拙者はいい夢を見ているのでござる。邪魔するでない」と黛が、何か言っている。
「起きなさーい」と首につっこもうとしたが、あまりにもすやすやと寝ているので、おこせない。ぷっくりとした白い頬に指をしずめてみる。しずんだ指を肌が押し返してくる。調子に乗った僕は、黛の胸元からのぞける胸に手を伸ばす。白桃のようにたわわな胸の山なりに指を入れたくなった。ピトッと触れた瞬間、小さな手が飛んできて、僕は保健室のベットから落とされた。ズサササササ!
「おい!お前!」と僕は腫れた頬を片手に、黛をじっとみる。
「何奴だ!頭が高い!頭が高いぞ!」と黛いろは。
「なんだその口調」と僕。
ジュルッとよだれを吸って黛は、僕の方をみる。「お主だれ!?何してるのでござるか!?」とびっくり仰天のご様子。
「タカキすぐるというものだけど」と照れながら僕は言う。
「ここどこ!?どこでござるか!?」と黛いろは。
「ここは、坂ノ上高校の学内保健室だけど・・・」とポリポリと頬をかく僕を、じっと黛が見る。二重の大きい目にじっとみられるとなんだか気恥ずかしくなってくるから不思議だ。
「というか拙者、なんで坂ノ上高校の保健室でタカキ殿の上に乗ってるでござるか!?」と黛があたふたして、僕の上でゴソゴソと動くので、彼女の生脚が僕の股間に当たりそうで、当たりそうで・・・。あっ、でもギリギリ避けた。
「知らんがな・・・」と僕がそっけなく言うと、黛は、「なんで、なんで拙者、こんなところにい・・・」と言いながらぽんぽんと僕の胸を叩く。その時、ガラガラと保健室のドアが開いた音がして、僕はびっくりしてとっさに、黛いろはを布団の中に入れた。黛は、僕の両腕に包まれ、黛の唇は、僕の手に隠された。黛いろはは、モゴモゴと何か言っているようであったが、無視して、そうっと耳を澄ます。
すると、スリッパの擦る音が近くでした。だんだんと足音が近づいてきているではないか!胸をドキドキさせながら足音が過ぎ去るのを待つ。パサッ、パサッと僕のベットの前で、足音が止まった。布団をはがされまいと必死に布団を手で握る。
「ちょっと〜何してんの」と女の人の声。
あっ捲られると目を閉じた瞬間、その声の主は、僕がいるベットの下に手を伸ばした。
「もう!なんで、こんなところにいるのよ」と言いながら、少し太めの脚が立ち上がる。その手には・・・なんだか茶色い生き物・・・もしかしてリス?
「ふおふお!?」と布団のすみから見ていた黛いろはが僕の手の中でつぶやく。「静かにして」と僕は強く黛いろはの口を押さえた。
「もう、リス子ったら、私の元から逃げるなんて」と女の人は人差し指でポンとリスの頭を叩く。リスは、次の瞬間、彼女の手から肩に素早く駆け上っていって、女の人の長い髪に茶色いしっぽをまぎれこませた。推定Fカップの豊かな胸にキラキラと輝く星のアクセサリーが浮かんでいる。白衣の上からでもわかる大きなお尻から少し太い足がスラリと伸びる。鏡きょうこはまだ坂ノ上高校に入ったばかりの新米の保健室教諭である。そんな鏡がリスを保健室で、飼っているなんて、知らなかった!
鏡きょうこが、鼻歌混じりで保健室を後にしたのを見計らって、一気に黛いろはは、ベットから抜け出した。
「ふぅー助かったああ」と僕。
すると「お主!密室をいいことに、拙者の身体に触れたでござるか!?殿方に一度触れられたからには、もうお嫁に行けないでござる・・・。どうしてくれるのでござるか?」と黛は、頬を膨らましながら僕に指をさしてきた。あっちが僕のベットに入ってきた上に、せっかく助けてやったのに、指をさされて汚名を着せられるなんてムカつく。でも、僕に、人差し指を差し向ける黛は、やっぱり言われているだけあって、よくみると可愛い。色素の薄い長いまつ毛に飾られた黒目がちの大きな目に、ぷるんとした小さい唇。くるんとした猫っ毛が愛おしい。卵形の輪郭にきめ細やかで色白の肌はニキビひとつない。しっかし、なんでこんなに可愛い黛いろはが、体育祭にも出ないなんて。それも僕なんかの上にまたがっていたんだろう?
「ちょっとお主、何か言ったらどうなのでござるか?」と黛は僕の顔をじぃっと見る。
「・・・まあ悪かった。でももしあの女の人に2人でベットにいるところを見られたらどうすんだよ。」と僕。
「2人でベットにいたら何が困るのでござるか?」と何が悪いのと言わんばかりに首を傾ける黛いろは。
「いや、それは色々あるだろ?ほら、フジュンイセイコウユウとかな。男女が同じところにいて密着していると、言われちゃうだろ」
「フジュンイセイコウユウ?」と黛いろはは、顎に人差し指を乗っける。
「と、とにかく、誤解されるだろ!!」と僕。
「そうなのでござるか」となぜか納得した様子の黛いろは。
「じゃあこうやってタカキ殿に、近づいたらダメでござるか?」と黛は、僕の腕に胸を押し付けてきた。うわっ、ちかい。上目遣いが子犬のようで、なんとも可愛いらしい。それにおっぱいが当たって・・。さっき横になった時に見えた黛|の柔らかい胸の触感を腕に感じてしまう。黛は、全く気にしていないようだが、健康な16歳の男子高校生としてはなんとも辛い・・・。
「だめじゃないけど・・・っていうか、お前なんでこんなところにいるんだよ、今日は体育祭だろ?」僕は、恥ずかしくて黛|の腕を払った。
「拙者、出たくないでござる。」と少し悲しそうに床をみつめる黛いろは。
「なんで・・・」と僕。
その時、ドンドンと保健室のドアを叩く音がして、「オラー!」という声に続いてドアをけってバリバリと破る音がした。
「おい、少年、ここに黛いろはという女はいるかね?」と長い黒髪をたなびかせながら新堂まおりが僕に話しかけてきた。
「まおりん!?」と黛いろは。
「黛くん!なんでこんなところに!ってかなんで男と一緒!?」と新堂は目をまんまるにして僕と黛いろはを交互に指さしてくる。
「いや、これは・・・」と僕があたふたしているところに鏡きょうこ先生がやってきて、「これはどういうこと!?」と壊れたドアを見ながら言った。
「あっ、あっ」と新堂は焦っている様子。
「先生、まおりんは、悪くないでござる。まおりんは後先考えずにつき進んでしまうだけでござるよ」と黛いろは。
「あっ」と気づいた時には遅かった。黛は、なんのフォローにもなっていないばかりか、その上、新堂が犯人と言っていってしまっていた。
新堂だけでなく、僕と黛まで、なぜか放課後に居残ることになった。先生に言われた通り、1年C組のクラス教室で反省文を三人並んで書くことになった。そういえば、1年C組のクラスに入るのは、おおよそ5ヶ月ぶりだ。久しぶりの教室は、入る最初こそ、緊張して喉がカラカラだったが、「お主は、入らないのでござるか?」と黛が、はいっと温かい手を差し出してくれたおかげでなんとか入れた。大きな窓からは校庭がよく見えて、体育祭の校友会テントやクラスの旗が残っていた。黛は、本当に、体育祭に出なくてよかったのだろうか?坂ノ上高校の体育祭は、県内で1、2を争う盛り上がりであり、美少女たちがこぞって参加し、美しさと足の早さを競う通称べらリレーは目玉競技となっている。まことしやかな噂では、|このべらリレーは芸能関係者から注目されているらしく、毎年スカウトの人たちが目を光らせているらしい。反省文を書く黛いろはの横顔には、なんの後悔の色もないが、少し心配になってきた。
「お前、本当に出なくて良かったのか?」と僕は黛の方を見る。
「んん?何にでござるか?」と黛|はペンを顎に当てる。
「体育祭だよ。体育祭!まあ僕は詳しく知らないけど・・・」と僕。
体育祭と聞いた黛は、ちょっとむすっとして「タカキ殿には関係ないでござる」と言って、つんと唇を尖らせた。
真面目に課題に取り組んでいた新堂もペンを止めて「本当になんで出なかったのかい?黛くんには、クラスの皆が、期待してたのに・・・」と言った。
「きたいとか、そういうのわからないでござる・・・」と新堂から黛は、目を|逸らした。
職員室の机に反省文を無事に出した僕は、たまたま帰り道が一緒だった新堂と帰ることになった。
「本当に災難だったな。少年!」と新堂まおりは言った。夕日に照らされた新堂の顔は、少し困り眉で、一重にもかかわらず大きく釣り上がった目が印象的だった。
「新堂さんこそ」と僕が言うと「本当に悪かったな。巻き込んでしまって」と新堂は軽くお辞儀した。少しの沈黙の後、「すごく言いにくいんだがな」と新堂まおりが口を開いた。
「なんですか?」と僕。
「実は、黛くんは、体育祭だけでなく、最近は、学校にもめっきり来なくなってしまったんだ。私と黛くんは中学校の同級生でな。中学の時は、楽しくやっていたからな。心配になってしまって、黛くんに干渉しすぎてしまってな。お恥ずかしいところをお見せしたようだ。黛くんは君にだけはなついているらしいからな。どうか黛くんと仲良くしてやってくれないか?」
「仲良くっていうか。今日あったばかりですし・・・。」と僕。
「今日、あったばっかり?」と不思議そうな新堂まおり。
「そうですよ、今日、僕が保健室で寝てたら・・・」とまあこれ以上は言わないほうがいいと思って僕は途中でいうのをやめた。
「ううむ、それは本当なのかね?中学の時から黛くんのことは知っているが、初対面の人には、人見知りをしてしまうはずなのだが。」と新堂まおりが、あごに指をおきながら空を見上げる。
「えっ、そ、そうなんですか?」と驚きが隠せない僕。
「中学の時は女子校だから特に、男子には免疫がなく、あんなにくっついたりしないはずだがなあ。」と不思議そうな新堂まおり。
「へ、へえ」と僕は少し気恥ずかしくなってしまった。黛は、僕にだけ心をひらいている?そんなことあるのか?
「とにかく少年、頼んだぞ。」と新堂が僕の肩を掴んだ。
「わかりました」と僕。
新堂まおりと別れる頃には、夕日は完全に沈んで、ぽつりぽつりとついた灯りが僕の足元をふんわりと照らしていた。今日は、なんだか疲れた。家にいてぼうっとしたりゲームばかりしたりするのとはやっぱりなんか違うんだろうな。なんか少しずつ変わり始めた気がした。いつもみた景色がだんだんと色味を持つような気がした。それは黛いろはと新堂まおりのおかげなのかもしれないな。今日はいい夢が見れそうだと思った。
家に帰ると母親も父親もおらず、ダイニングテーブルにサランラップがかかった肉じゃがと母からの置き手紙が残っていた。
今日は遅くなるので、食べてね」
いい年してハートつけるなよと毒づいてみたものの、食いもんが他にあるわけではないので、ありがたくちょうだいし、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けてTVでもつけて食べようと思った。リモコンに手を伸ばす。てきとーにチャンネルを回していると日焼け止めのCMに目が止まった。
最高、美肌、実現。黛マキも使っています!とテロップがデカデカとのり、白いドレスをきた女性の顔がアップになっていた。白いドレスを着た女性は、色白で、茶色い瞳をしていた。弾けるような笑顔や口角がくるんと上がっているところが、誰かさんに似ているような似ていないような?まあ、気のせいかと思って、スマホを手にする。「仲良くしろって言われたしな・・・」と携帯の連絡先をスクロールしてみても、マ行の欄に黛いろはの文字はない。あちゃ〜。そういえば、今日、一日中、ドタバタしすぎて携帯番号の一つも聞いてない。でも明日から3連休で、明日学校に行ったところで、黛いろはがいるとも思えない。
その時、もつ手がゆるんで、スマホが落下し、足への激痛が僕を迎えた。
「痛えええ」と僕は足を抱えた。よくみると足の甲が軽く赤みがかっている。
「これじゃ、仲良くできないよ・・・」と僕は、ぼそっとつぶやいた。
休日の使い方は難しい。特に僕のような男には・・・。友達と遊ぶと言っても友達自体いないし、国が決めた休日というくくりも、よくわからず、正直、人が多い日としか思っていない。でも今日、10月の第二週の土曜日は特別だ。なんてったって今日は!今日は!『冥土の土産にメイド。』の如月さつきちゃんの誕生日なんだから!如月さつきちゃんのことは、僕が中学生の時にTwitterでアカウントを見つけて以来ずっと好きだ。如月さつきちゃんはメイドであると同時にアイドルであって、週に1回は、メイド喫茶かアキバの劇場でライブをしている。如月さつきちゃんは、ファンサもユニットの中で一番だし、お金がなくってあんまり通えない僕に対しても、いっつもハイテンションで優しく接してくれる。何より如月さつきちゃん自体も中学の時に不登校経験があるらしく、どこか親近感を感じてしまうんだ。ついにこの日になったかと思ったらなんだか興奮して鼻息が荒くなってしまう。如月さつきちゃんのことを考えていたら、足はいつの間にか秋葉原に向かっていた。
「ええっと確か、『冥土の土産にメイド』は〜」とマップで位置を探す。『冥土の土産にメイド』はドンキの隣の雑居ビル5階に堂々と店をかまえている。ビルのエレベータに乗ると大きなポスターが貼られていて、そこにはSATUKI KISARAGI! HAPPYBIRTHDAY!と書かれていて、如月さつきちゃんがうさ耳のメイド服をきて両手をあごに添えている写真が載っていた。
「くぅ〜かわいいっっ!!」と僕は如月さつきのあまりのかわいさについガッツポーズをしてしまった。いつもはスタンダードなメイド服をきているっていうのに、今日は特別にうさ耳つきである。本当にきてよかった。
エレベータがあくと「おかえりなさいませ、ご主人様!」と知らないメイドさんが元気よく迎えてくれた。
「あっあっ、一名で」と人差し指を立てる。久しぶりにメイド喫茶に来たから少しキョドッてしまった。おかえりと言われるとやっぱり嬉しい。僕にも待っている人がいるのかと思って、いつもの寂しさがちょっとやわらぐ。今日は誕生日イベントなので内装もいつもとは違って少し豪華だ。天井からキラキラした飾りがたれ下がっている。黒板には白いチョークで、さつきちゃん誕生日おめでとうという文字と如月さつきの似顔絵が書かれている。そうかついに来たのか!この日が!と心の中で大いに盛り上がる。
メイドさんにひきいられて、席に座ったのはいいが、なんだか後ろから視線を感じる。気になって、後ろを振り向いてみると、青木ゆずが、パクパクと口を開けながら僕のことを指差しているではないか!?青木は、僕にみられているのに気づいて、つけてた猫耳を両手で隠した。顔が真っ赤っかだ。青木がきているメイド服は黒を基調としていて胸に大きな白いリボンがついている。何より気になるのは両手につけている猫の手袋である。白いふわふわの生地にピンクの肉球が埋まっている。
「タカキ!?にゃにしてるにゃ?」と目をまんまるにする青木ゆず。数秒経ったあと、自分が言った言葉を思い出して、青木は何秒かフリーズした。
そして「ちょっと来いにゃ、あっ来なさい!」と青木は僕のシャツを引っ張って外の非常階段によこした。
「なんでいるの?」と青木は眉をひそめて僕につめ寄ってくる。
「いや、こっちのセリフだよ。確か僕の高校ではバイト禁止なはずだろ?」と僕がいうと「ううっ、このことは内緒にしてよねッ」と青木はどうやら痛いところをつかれたようだ。青木ゆずは中学からの同級生であり1年C組のクラスメートでもある。中学でよくクラスメートにゆずと呼ばれて僕が振り向いてしまって、実は青木の方だったってことがよくあった。まあ、腐れ縁ってやつだ。そんな青木が、アキバのメイド喫茶で働いているなんて!!
「ううっ、よりによってタカキにみられるなんて、ほんと、ついてない」と落ち込む青木ゆず。
「僕だってみたくて見たわけじゃないよ。まさか青木が、猫耳メイドだなんて」と僕。
「あああっ」と恥ずかしさで、頭から湯気が出て、顔をおおい隠す青木ゆず。
「秘密にしてやってもいいけど・・・」と僕は、じっと青木を見る。
「いいけど?」と青木ゆずは、真剣なまなざしで僕を見る。
「人にお願い事を頼む時は、それ相応の対応っていうのがあるんじゃないか?ねえ青木さんよぉ」と僕は少しいたずら心を生やして言ってみた。
すると青木は「と言いますと」となぜか敬語になって答えてきた。
「許してにゃんって言えば許してやらなくもない」と僕は腕を組み、自信ありげに言ってみた。
少し目を開けて青木を見ると、青木ゆずは目を白黒させていた。ちょっと無茶なお願いをしたかな?と思って「ああ、やっぱり・・・」と言い直そうとした。
「ゆ、許してにゃん」
あの青木ゆずが、りんごのように顔を真っ赤にさせながら猫語で許しをこんがんしている!?頼んでないのに、猫の手まで顔の近くに持ってきて・・・。萌え死にさせる気か!
「きゃー、死ぬかと思った。こんだけやったんだから、言わないでよねッ」と青木は、強い目力でこっちを見てくる。
「お、おう」と僕。
「もう、戻ったら。あなたには愛しの如月さつきさんがいるんでしょ」と急なそっけない態度の青木ゆず。
「ああ、そういや、そうだな」と僕はドアに向かってつま先を向けた。
「もうっ」と青木ゆず。
「ん?何か言った?」と僕が振り向こうとすると「もういいッ」と僕の背中を猫の手で押した。
席に座るとメイドさんがグランドメニューを渡してきて僕に耳打ちした。
「あと少しで如月さんがきますよ」
そうか。ついに如月さつきに会えるのか・・・。3ヶ月間貯めた甲斐があるってもんだ・・・。僕の心臓が高鳴るのを感じる。
その時ブーツの靴音がして、靴音の方向に振り向くと、そこに、夢にまで見た如月さつきの姿があった。
「タカキきゅ〜んきてくれたの!?うれぴょん」と如月さつきがうさぎのように跳ねて現れる。
「さ、さつきさん・・・」と思わず感心してしまった僕。
「見てみて、今日はうさぎさんなのよ!ぴょん!!」と後ろを向いて僕にお尻のモフモフを見せてくる如月さつき。今日の衣装はいつものメイド服にうさ耳としっぽをつけたイベント仕様らしい。
「本当にきてくれてありがぴょん!注文は何にするぴょんか」とうさぎの耳のように手を頭の上に置く如月さつき。
「じゃあ、妖精さんのカレーライスで」と僕。
「作って参りますぴょん!」と如月はメニューを手にし、跳ねながら僕の前を後にした。
ハート型のカレールウの容器に、毒々しい色の液体が入っていて、その横に白いご飯が置いてある。これがいわゆる妖精(運営)さんが作ったカレーライスだ。メイドさんが魔法をかけると色が変わり、紫色からピンク色になる。
「あなたのハートに萌え萌えきゅん」
如月は両手でハートマークを作り、胸の前で掲げた。いつものように全力笑顔で、唇から八重歯がのぞける。開いてみせたハート型の容器には、ピンクに変色したカレーが並々に注がれている。でも、なんでだろう。あんまり嬉しくない。如月さつきの顔を模した、誕生日イベントのケーキを前にしているっていうのに。いつもだったら会えた感動で泣いてさえいる。だけど、僕の頭に残るのは、青木の恥ずかしそうな顔。「ゆ、許してにゃん」と僕にせがむあの猫耳の青木ゆず__
「どうしたの、タカキきゅん?元気ないね」と如月さつきが至近距離でこちらの顔をのぞいてきた。ところが、あの胸の高鳴りはどこへやら。心ここにあらずと言った感じ。
「タカキきゅんが楽しそうでないと悲しいよ」となき真似をする如月さつきだったが、僕には未だ響かず。それよか、僕の眼は、如月を透かして、青木を探していた。どこだ、どこにいる。青木ゆずっ!A席には・・・って、おらん。あれは、ねこむぎ先輩だ。シルエットは似ているが、、髪型が違うっ。次ぃ!B席は・・・あっいたっ!妖精さんのお部屋から、青木ゆずが、食べ物をご主人様に届けに来ている!青木は、猫の手で器用にトレーを運びだす。ご主人様を見つけると、目を大きく開き、キラキラと輝かせた。そして「お帰りなさいませっ、ご主人様っ」と甲高い声を店内に響かせた。僕はその甘ったるい声に、ドキッとする反面、僕に向けてられていないことにムカっとして、ご主人様を睨みつけた。ご主人様は、ご主人様で、輝く頭をかきながら、嬉しそうに青木ゆずを迎えた。「ご主人様が帰ってきて、嬉しいにゃん」と青木ゆずが猫の手を片手だけ下げて言った。
それを見て「ゆずちゃ〜ん」と鼻の下をのばすご主人様。それが気に入らなくて、だんだんと握りこぶしに力が入ってくる。
「ゆずちゅぁーん、チェキとろぉ」とご主人様が、青木の肩に手を伸ばそうとしたその瞬間に、気づいたら僕は、パシッとご主人様の手を取っていた。
「なんだよっ、お前っ」と僕を睨むご主人様。「・・・」と僕。その2人の間に挟まれた青木ゆず。ご主人様が手をゆるめた隙に、「逃げろっ」と僕が言って、僕らは走って、メイド喫茶をでた。
青木ゆずは、はあ、はあと上がる肩を抑えて
「なっなんで、頼んでもないのにぃ・・・」と僕の方を見ながら言った。
「メイドさんに、触るのは、御法度だろ。ああいう輩が僕は許せないんだよ。別にお前だからとかってわけではないからな。勘違いするなよ」と僕は後ろからの追っ手を確認しながら言った。
青木ゆずは、あっと何か思い出したような顔をして「ねえ、よかったの?如月さんとの時間を無駄にして」とこちらを探るように言った。
「ああ、いいんだよ。正義のためだ。メイド喫茶の風紀が乱れると、のちのち如月さつきさんにもメイワクがかかるだろ。ファンたるもの、ひろい視野で見なければしょうがないぜ」とやれやれと言った感じで言ってやった。すると青木からパンチが飛んできた。なっなんで、殴られたんだ?助けてやったって言うのに・・・。なんて恩知らずなやつなんだ。僕は、頬を撫でながらムッとして「なんなんだよ」と言うと青木は、「ばかッ」と僕の耳を掴みながら言ってきた。「な、なんで」とうなだれる僕に、「別にぃ」と言って、後ろを向いた。さっきは気づかなかったが、よく見たらお尻のフリルのところに、ちょろっと垂れた尻尾がある。僕は触れたくなったが、なんかまた怒られそうなのでやめた。「そういえばさ、今日このまま、帰るの?」と聞いてみると「えっ、なんで」と青木ゆず。「いや、暇なら飯でも行こうかなって」と答えると「何、別に行ってあげてもいいけどっ」との返答がきた。それから、僕たちは駅前のファミリーレストランに向かった。
「今日はおごりなのよね?」と青木は、入って早々聞いてきた。
「来てそうそう言うことかね」と僕はこれだからガキは嫌だなと思いながら、メニュー表をいじくった。
「大事なことよ」と青木ゆず。
「あー、おごりだ、おごり、好きなだけ食べるが良い」と僕が言うと「まあ、当然ね」と青木が満面の笑みを浮かべながら言っていた。それを見た僕は焦って「まっ、まあ理解できる範疇で頼むよ」と言い直してみると、目の前で、青木が小悪魔な笑みを浮かべていた。僕は嫌な予感がした。早速、青木は、店員を呼び出すと、テーブルに貼ってあったメニューを上から読み始めていった。「シェフの気まぐれピザと田舎風ナポリタンそれに、老舗ホテル監修絶品カレーライス♪それと・・・」と無邪気によむ青木を見かねた、僕は「ちょっと待ってくださいね」と店員の手を止めさせた。そして、青木ゆずの服のそでを引っ張って「なっ、何をしてんだ。そんな頼んで本当に食うのか?」と耳打ちした。「食うもん!食うったら!」と僕の近づいてきた顔を押しのける。
僕は「青木さん、青木さん、さすがにやりすぎではないですか。」と下手に出てみることにした。「う〜ん、もういいです」と店員にいちべつし、青木ゆずはくるっとこっちに向き直し「おごりっていうからついてきたのにぃ。口だけ男ですかぁ」と言ってきた。「別に、口だけってわけじゃないけど・・・ってか、なんでさっきから怒ってんの?」と僕は問いただす。
「えっ」とふいをつかれたように見えた青木ゆず。「今日一日ずっと怒ってたように見えたけど、僕がなんかした?」と僕は下を向きながらいう。
「いや、別に怒ってないけど・・・」と青木ゆずはテーブルのへりをクルクルと指でなぞりながらいった。
「まあ、あるといえば・・・」と口にする青木ゆず。なんだ!なんなんだ!と僕は身を前に乗り出してかまえた。
「あなたの・・・」
「あなたの?」
「あなたのは・・・」
「僕の歯?」
「いや、違うわ。じゃあ率直に言いましょう。あなたが鼻の下を伸ばしているところが嫌。如月さんに対して!」
青木ゆずは、今までたまっていたものがスッキリしたようで、胸をなでおろした。
「へっ?」と僕は鼻の下を触ってみた。ここが人中と言われるみぞだが、僕は生まれつき、長めだ。もしや、僕の顔が、親ゆずりのサル顔だと言いたいのか!?それとも、もしかしてこいつは僕が、人の中心がそれているとでも言いたいのか!?あんまりに意外な答えに驚きが隠せなかった僕はただただ口元を動かしたり触ったりしていた。
それをみた青木ゆずは「変な顔っ」と僕の顔をゆびさし笑っていた。笑いすぎて涙が出ている。涙をふきとりながら「ばかね」と笑う彼女はなんか、可愛くて、てか、さっきは気づかなかったけど、メイド服をちょっと前は着てたっていうのに、いつの間にか、私服に変わっていた。あの短時間で着替えたのか。うわっ、メイド服もよかってけど、私服も私服でいいな。黒リボンのパンプスに、黒タイツ、レースのスカート、タイトなインナーからは、胸がチラリと見える。
あっ、つい、なめ回すようにみてしまった。しまったっ。と気づいた時には遅かった。いつの間にか平手打ちが飛んできて僕は、吹っ飛んでいた。
「何よっ、今日ここへ呼んだのもエロい目で見るためっていうの?」と青木は、胸元を隠した。
「ちっ、ちがうよ。これはだな。男の本能というか。目の前に、胸があると目で追ってしまうというか・・・」とあたふたとべんめいすると「やっぱりエロい目で見てたのっ!?」と青木は、眉をつりあげて指をさしてきた。「・・・っまあ、そういう見方もあるけど。今日呼んだのは、そういうためではなくて」と僕は、必死にべんかいする。「どういうためよ」と腕をくむ青木ゆず。耳を僕の方に向けて、ちょっとは聞いてやろうという姿勢が感じられる。
「お前ってさ、黛いろはっていう女の子知ってる?」と僕がいうと、いったん飲んでいた水のコップをテーブルの上に置いた。
「なんで、その名前を、タカキから聞くのかしら?」と眉間をおさえる青木ゆず。
「えっ、もしかして知り合い!?だっったら話が早いや」と僕は昨日から考えていた言葉を言おうとしていた。
だが「いや、知り合いじゃないわ」と青木ゆずが食い気味で言ってきた。
僕が「ほんと?名前を知っているのに?」と問いただすと「ほら、彼女有名じゃない。あのモデルの黛マキの妹ってね」と青木は淡々と言ってみせた。
僕は驚いて「えっ、黛って、そうなの?」というと「そうよ。知らなかったの!?知らないのなんて、学年であんたぐらいよ。入学式そうそう話題だったんだからっ」と青木は答えた。えっ、知らないの僕だけ!?あっ、そういえば、入学式もろくに出席してなかったんだった・・・。しっかしまさかあの黛いろはが、黛マキの妹だなんて!どうりで可愛いわけだ。甘ったるい目元もそこはかとなく似ている。「その黛さんがなんなの?」と青木ゆず。
「いやっ、ちょっと言いにくいんだけど、連絡先を教えて欲しくて」と僕。
「なにっつ!如月さつきさんをさしおいて次は黛いろはってわけ!?しんっじられないっ」と急にたち上がる青木ゆず。「いやっ、そういうわけじゃないんだ。実はとある人から仲良くするように頼まれてね」と僕。「とある人?」と青木が聞いてきたので、「黛の友だちなんだけど、最近、黛が学校へ行かないからって相談を受けてね。決してやましい気持ちじゃないんだ」と答えた。「なんでよりによってあんたみたいなインキャ野郎にぃ?ありえないっ!妄想じゃないの?」とずけずけと言ってくる青木ゆず。
「失礼だな。れっきとしてここに証拠が・・・」とかばんを手にしたはいいが、よく考えたら黛や新堂らと僕がしゃべった記録なんてどこにもない。新堂に黛を頼まれたことですら証拠がないじゃないか。彼女らと僕をつなげるものなんて何にもないんだ。ただのそこらへんの、僕のような不登校インキャと黛や新堂のようなキラキラした人間とは生きてきた世界線がまるで違うんだ。たまたま話しかけられて親しくなっただけで、調子に乗って、つながりまで持とうとして。僕は、またあの悪夢を繰り返す気か。
「いや、妄想だったのかも・・・」と僕は、作り笑顔で笑った。
「ごめん、ごめん、インキャの妄想に付き合わせて、んっじゃあ帰ろうか。」と立ち上がると青木ゆずが、僕のシャツのそでを引っ張っていた。
「・・・怒った?」と僕の顔をのぞいてくる。
「へ?怒ってないよ。」と僕。
「怒ったんでしょ。」としつこい青木ゆず。
「いや、怒ってないって」と僕も少し語気を荒げていう。
「ぜっったい怒った!」とまだまだ言ってこりない、青木ゆず。
「だから怒ってないって」と僕も僕で少しムカついてきた。
「あれやるから許して」と青木ゆず。
「へっ?」と頭をかしげて、言った後、しばしの沈黙が流れる。青木ゆずの顔は、眉間にしわができている。まさか、一発芸でもやろうとしている!?
「許してにゃん」
「えっ?」
またもや、しばしの沈黙。青木ゆずは心なしか、だんだんと顔が熱くなっている模様。パタパタと顔を手うちわであおぎ始めた。
「そういえばぁ〜」とまるで何もなかったように、次の話をしようとする青木ゆず。多分、心の中で蒸し返すなよ、蒸し返すなよと唱えているに違いない。
「許すも何も始めから怒ってないよ」と僕。とりあえず猫語に反応されなかったのにほっとしたのか、元の調子で青木ゆずは喋り始めた。
「インキャ野郎っていったのは、謝る。ごめん。タカキにとってナイーヴな話なのに・・・あんたって別にインキャって感じでもないよ。ちょこっと可愛いとこあるし」と青木ゆず。
急にまじめに謝ってきた青木ゆずにだんだんと笑いが堪えられなくなってきた。
「あははっ、そんな気にしなくていいのに」という僕。
それを見て「なっ何笑ってんのよぉ!?やっぱムカつくぅ。前言撤回っ!」と青木ゆずは、僕にゆびさして言った。
数日後、僕はまた保健室へ足を運んでいた。僕も通ってはや3ヶ月、慣れたもんで、すぐに、自分のお気に入りのベッドを選びつくことができる。カーテンからもれる光に邪魔されずに、適度にこもれび日を感じて寝ることができる、窓側の左ベッドがお気に入りだ。今日も例にもれずそこへ行ったのだが、なんかがおかしい。そこには見知らぬ人影があって、僕は目を細めてじっと見てみた。あれっ、よく見たら、足を組んで青木ゆずがベッドに腰かけているではないか。
「青木どうしたんだ?」と僕がかけ寄ると「私、いいこと思いついたんだよねっ」と青木ゆずは、きらりと目を光らせて僕をみた。う〜ん嫌な予感。こいつが、いいと言って良かったことなんてあったっけと考えてみたが、一応しゃべろうとしている手前、口出しはしないことにした。
「いや、タカキきいたら驚いてひれふしちゃうよっ」という前からニタニタと笑う青木ゆず。最初からこうハードルを上げると痛い目見るぞ!と思いながら「早く言え!」と僕は急かした。
急かされたことにムッとしながら青木ゆずはとある計画について話し始めた。
「私ねえ。ずっと思っていたんだけど、うちの学校って自由度高いじゃんっ」と青木ゆず。
「ああ、それで」と僕。
「それで、生徒の自主性を高める試みかなんやで、学生が自由にサークルを作れるのよ!」と青木ゆず。
「う、うん。そのことは知っているけど。それが何?」と僕はベットのしわを整えながらいう。
「あら、勘が悪いわねえっ」と青木ゆず。
「悪かったな。それで?」と僕は回す。
「それで」とここぞとばかりに足を組み直す青木ゆず。脚の間から白いパンツが見える。
「それで、私、不登校サークルを作ろうと思うの!」と急に立ち上がる青木ゆず。その目はキラキラと輝いていた。上を見ながらガッツポーズを浮かべる。
「ふとうこうさーくる?なんやそれ」と聞きなれない言葉に驚く僕。
「不登校ってのは、タカキくんや黛さんみたいに、学校へ行けない子をさすの」と青木ゆずは説明する。
「ああ、そういう意味ね」と僕。
「不登校を集めてサークルを作るの!タカキくんもタカキくんで、保健室と家の往復だけなんていつも辛いでしょ。黛さんだってそうよ。だから新たにコミュニティを作ることでみんなの居場所を作るのよ」と意気揚々と話す青木ゆず。
「コミュニティね。聞き触りのいい言葉だけどさ。要するに、社会不適合者の集まりってわけだろ。傷のなめ合いになっちゃうんじゃないの?ていうか、そんなんでサークルとして認めてもらえるかなあ。サークルっていうのは何かをこころざして行かなきゃならんわけだろ。それがないし。一応顧問を立てなきゃなのにそんなサークルに手を挙げてくれる先生なんかいないだろうし」と僕。せっかく考えてくれたのに、こんなふうに真っ向に否定するのもなんか白けるかと思いながらも言葉がどんどんと出てくるので、それに任せていった。横目に、青木ゆずが落ち込んでいるように見えてなんか言葉をかけようとした。
青木ゆずはパッと顔を起こし「いいや、傷のなめ合いでもいいから。することに意味があるのよ!早速動きましょう」とやる気に燃え始めていた。
「あっちょっと」と止めようとしたが、もうそこには青木ゆずの姿はなかった。
久々に学校の掲示板の前で足を止めた。校友会案内だとか、試験情報だとかが、ざっくばらんにはられていた。そこで唯一、目を引いた。それが、青木のつくった自作ポスターだ。そこに書かれていたのはこんなことだった。
不登校サークル 部員募集!
ザンテイメンバー サークル長 ゆずる
青木ゆず
黛いろは
顧問 未定
どんなひとが入って欲しいか 学校へ行けなくてつらいひと、学校の人間かんけーに不安があるひと
勝手に僕の名前が入っている・・・。それもサークル長だし・・・。勝手なやつだと思っていたが、ここまでとは・・・。不登校はこんな掲示板見ないし、まずサークルにもこないんじゃないか?とかいろんな疑問がわいてきた。ああ、そういや、することに意味があるからとか言ってたな。それでいいのか?
僕が眉間に指を押さえてうんうんとうなっていると、隣からなんかいい匂いがして、ちらっとその方へ目をやった。そこには、黛いろはの横顔があった。
「何見てるのでござるか?」と後ろに手を組みながら、掲示板をのぞく。
「いや、別に」ととっさにポスターを隠してしまった僕。
「何、隠しているのでござるか?見えないでござる」と僕の手をどかそうとする黛いろは。
「いや、たいしたことないから」と僕は、必死に手を重ねる。
「見せるのでござる!!」と黛は、強いちからで手を引きはがそうとする。やれやれ、どいつもこいつも僕の周りの女は力が強い。僕の両手は当然のように負けた。
「わわっ、ついに始動なのでござるか」とポスターを見ながら、目をキラキラと輝かせる黛いろは。
「あれ、知ってたの?」と僕。
「もちろんでござる。青木氏から前もって聞かされていたのでござる」とあたり前のように言う黛いろは。
「えっ、マジで?」
「なんか問題でもあるのでござるか?」
「いや、不登校なんて、称号さ、不名誉じゃないの?ほら、青木に聞いたけど、黛さんは、僕とはまるで違うわけじゃん。不登校っていうか、黛さんはちょっと学校をお休みしているくらいで」
「不登校の定義なんかあるのでござるか?拙者は、貴殿と一緒に、これから活動できるのが、ただうれしかったでござる。タカキ殿が嫌というならしょうがないでござるけど・・・」と黛がモジモジと悲しそうに、下を見つめる。
「い、嫌ってわけじゃないんだ」
「ならいいってことでござるか!?やったでござる!」と黛が、一転して、子供みたいにはねて喜ぶもんだから、僕までなんだかうれしくなってきちゃって。最初はサークルを勝手に作られてメンバーに入れられるなんて、メイワクとすら思っていたけど、別にそんな悪くないかもなって思ってきちゃって。あの時は、青木ゆずが言った、コミュニティって言葉が気に入らなかったけど、何かに所属するっていうのもいいかも?とか思っちゃったりして・・・。
その時、「ちょっと」と後ろから声がしてふりむくと、20歩前に、青木ゆずがいた。青木ゆずとわかると、黛いろはは、「あ〜ゆずゆずでござる!」と手をふった。「ゆずゆず!?」と黛の顔を見たが、彼女は、青木の方をみるばっかりだった。
「よかった。みんなそろったのね」と青木ゆずは、まるで戦隊ヒーローもののヒロインみたいな口ぶりだ。
「みんなそろったとこだし。ちょうどやってほしいことがあったのよねっ」と青木ゆずは付け加える。
「やってほしいこと?」と首をかしげる黛いろは。僕は僕で、青木のはつらつとした笑顔を見ていると、嫌な予感が体中をかけめぐった。案の定、僕の予想は当たっていて、青木ゆずは自分のかばんから大量の枚数の書類をとり出した。
「ま、まさか」と僕。
「その、まさかよっ」とウィンクする青木ゆず。
「もしかして・・・」と僕。
「そう、あなたたちにこのチラシを配ってほしいのっ!だって、サークルとして成立させるには、一に、部員を4名以上、二には、顧問の存在が必要なのよっ。まずは手始めに、みんなに、こんなものがあるよって宣伝することからよっ」
「マジかよ」と僕はきょうがくした。
「それは・・・」と黛いろはがやっと反論してくれると思って期待に胸をふくらませた。ほら、ほら、黛さん、ガツンと言ってやってくださいよと内心思いつつあった。
すると黛はいったん息を吸って大きく吐き出すとともに「すっごくいい案でござる!さすが青木殿は考えることが違うでござる。」と青木の手をとって言った。感心したようなまなざしだ。
あらまと頭を抱える僕に「なにを悩んでいるのでござるか?みんなに知ってもらうことで、部員と顧問の先生の確保までできるのでござるよ?一石二鳥とはこのことでござるよ。乗らない手はないでござる。」と黛がもうだしんしてくる。
「どうするのっ」と青木ゆず。
2人はだんだんと僕に距離をつめ近よってくる。なんだか美少女2人に見つめられ、近づかれるとなんか恥ずかしくなってきて、ついに僕は言ってしまった。
「まっ、悪くはないかもな」と。
2人はニヤニヤと笑って「そうでしょ!」と言った。まさか、こんな形でおし切られるとは・・・。2人で結託でもしたのだろうか。なんだか、そうやって考えると先が思いやられるな。このまま続くと、大変なことになりそうな予感・・・。しっかし、このサークル計画ほんとに大丈夫か?
僕が廊下でチラシを配っていると、とある人がその一枚を手に取った。保健室の先生、鏡きょうこである。「フトウコウサークル?」と書面を読み上げる。そして一呼吸おいた後、はチラシを指先でつかんで、パラパラとおうぎで叩くように見せて言った。
「一体、君は何をしようとしているのかな」
「えっ、まあこれは」とあたふたしながら必死に弁明しようと言い訳を考えた。
「ちょっと職員室に来なさい!」ときょうこ先生は僕の耳をひっぱって、職員室に呼び寄せた。
「えええっ、不登校者でサークルを作る!?」
きょうこ先生の甲高い声が職員室に響き渡った。
「ああ、そうです。」と僕。
「先生、何が悪いんですか」と食ってかかる青木ゆず。
「先生も話をきけば、面白いと思うでござるよ」と自信満々に黛は口を開く。
なんで、3人が職員室に集まっているかというと、僕は部長であるが、原案を考えたりチラシを作ったりしたわけではないため、他の部員が集められるという運びになった。そして、結局、チラシに名前が書かれていた、僕、青木ゆず、黛いろはの計3名が呼びだされることになったのだ。
はあとため息をこぼすきょうこ先生。保健室登校で見ていた生徒の起こしたことであるから、自身の監督不行き届けとでも思っているのだろうか。眉間にしわをよせ、考え込む。
「う〜ん、やっぱり認められないわよ。だってまずフトウコウっていうのは登校していない生徒のことでしょ。そんな生徒が、わざわざサークルなんかにくるかしら?それだけで破綻しているような気がするわ。」
ああ、それ僕も思いました、といおうとしたが、2人の手前やめた。
「それに、ここに、学校生活に不安がある人と書いているけど、うちの学校には学生相談室があるじゃない?基本的には、そこで十分だと思うのよね」とチラシを指さしながらきょうこ先生は言う。
そうですよね。悩みとかはプロのカウンセラーに任せるべきですよね、と言おうとしたが、2人の真剣なまなざしを見て、またやめた。
「鏡殿」と黛いろはが、パッと手を上げた。ぐうの音も出ないかと思ったが、どうやら、そんなことはないみたいだ。
「何?黛さん」ときょうこ先生が黛いろはの方をみる。
一ぱくおいた後、覚悟を決めて黛いろはは口をひらく。
「拙者、鏡殿のひみつ知っているでござる」と黛いろは。
「なっ、何よ」と焦るきょうこ先生。
「鏡殿、保健室で、ケーキを勝手に食べていることでござる」としれっと言ってしまう黛いろは。
「っっなんでそれを!?」と分かりやすくあせってものを落とすきょうこ先生。
「ふふっ、ひみつでござる。先生のひみつよりは重くないでござるけど。もし、保健室でケーキを食べているなんて知られたらどうなるでござるかね。懲戒免職?」と黛は、怪しい笑みを浮かべる。
「っっどうすれば言わないでくれるの?」と痛いところを突かれた、きょうこ先生はろうばいしている様子。
「拙者が思うに、このサークルを応援することと、それと・・・」と黛いろは。
「それと?」ときょうこは首をかしげた。
「このサークルの顧問になってもらうことでござる」と黛は、ぬけぬけといってみせた。
「は?」とついきょうこ先生は言ってしまった。
「いいのでござるか?今ここでいいふらすこともできるのでござるよ?ほらこうやって鏡殿は、ケ・・・」と黛いろはが大声で言おうとすると
「やめて。やる、やるから」としぶしぶきょうこ先生はりょうしょうした。正攻法でいけないからといってそんなのありかよっ!?と僕は横目でみながらずっと心臓が、バクバクしていた。結局のところ丸くおさまったが、やっていることはきょうかつと変わんないじゃないか。恐ろしいやつだと思った。いっつも、ござる、ござるとか言って、ふわふわしているように見えてそうでもないのか・・・。
「あっでも」ときょうこ先生が切り出す。
「なんでござるか?」と黛いろは。
「わたしもまだこのサークルの存在意義がよくわかっていないの。そんなんじゃ顧問をできる気がしないし。とある女の子がいてね。その子が、最近学校へ行けていないみたいで、本人も勉強についていけないことに悩んでいるみたいで・・・。相談室に通うのも辛いみたいで・・・。このサークルがあることで、実際にどんな作用があるのか見てみたいのよ」とさすが鏡きょうこ先生、ただで転ばない。
「相談室に通わずに家にずっといると・・・」と青木ゆず。
「そう!だからあなたたちに、その子の家まで行って、ちょっとしゃべって欲しいのよね。」と鏡きょうこ。
「それって本当は先生の仕事ですよね?面倒くさい仕事を引き受けてもらいたいと・・・」とちくりと僕はさす。
「わたし、そんな風にいってないわよね?変な受け取り方はしないでもらえる?わたしはただ年上のわたしよりも同学年のあなたたちの方が彼女も喜ぶと思うのよ」ときょうこ先生。
僕をおしのけて青木ゆずが「ってことは、私たちがもし、その子に会いに行って、その子を不登校サークルの一員にすれば、先生が顧問になってくれるってことでしょ。部員と顧問の問題がサークルを運営するにあたってネックだったのに、それが一発で解消するじゃないですかっ!」と目を輝かせて言った。
「まあそうなるわね。まあできるかわからないけど」とたかをくくるきょうこ先生。
「まあ、やるしかないでござる。鏡殿、さっそくその子の住む家の住所を教えてもらえるでござるか?」と目に炎を浮かべる黛いろは。
「あーえっと、所田市の・・・」ときょうこ先生は説明し始めた。僕たちはメモをとって、放課後、実際に、彼女の家へ行くことにしたんだ。
「えっと確か駅の向こうだから〜」とメモを見ながら向こうの通りを指さす青木ゆず。Y字路につき当たりどちらに進むかをせまられた。
「右!右でござる」とメモをのぞき見て黛は言った。
「いや、違うね。ここは左よっ!」と左側をさす青木ゆず。
「右!」「左!」と両者一歩も引かず。僕はただ、ふたりの争いをぼうかんしていたに過ぎなかったが、あまりにも長くこんなことをやっているので、あきあきしてついに、メモを取り上げた。
「あ〜もう、これはこっちだろ」と右へ進んだ。
すると「ほら、みろでござる」と黛いろはが、自慢げな顔をする。
それをみた青木ゆずが、「何よっ、テキトーに言って、たまたまあたったくせにぃ」と黛にかみ付いた。あーめんどくさい。僕は2人のヒートアップした戦いの間に入ることにした。
ほら、あと少しだからお二人さん仲良くしなさいなと言った感じで。すると二人はキィっと僕をにらみつけ、同じタイミングで「タカキ(タカキ殿)はどっちの味方なのっ(でござるか)」と言ってきた。「えーまあ、どっちの味方とかないけど・・・」と目を泳がす僕に、どちらも不満がおで、近づいてくる。二人とも手を絡めてくるので、どっちもの胸があたりそうになって「っっちかい、ちかい」と僕は両手でせいしした。美少女のいりょくと言ったら、すごいものがある。
「ほら、もうあそこがあの子の家だからさ。もう動きましょ」とあっとうされながら向こうを指さした。
「まっ、そうねっ」と青木ゆず。
「そうでござる。思わぬ足止めを、くらってしまったでござる」と黛いろは。三人は歩き始めた。だんだんと住宅街が広がってきて、まがりかどの先の家があの子の家だと気づいた。
「おおきい!」と青木ゆず。
「すごいでござる!」と目を大きくみひらく黛いろは。
「新築コンクリート打ちっぱなしの家かあ。リッチ!」と僕。皆がいちように驚いたところで、黛いろはが、家にそなえ付けられている、インターフォンを鳴らした。
ピンポーンと言うけいかいな音の後に「失礼するでござる!このお宅に、えっと名前なんて言うでござるか?タカキ殿!」と黛いろはは、僕の方を見た。
「名前覚えていないのに、インターフォン押すなよ!」と僕は、黛の身体をどかす。
「望月みずきよ」と後ろから声がする。皆が一緒に振り返る。
「私が望月みずき、いったい何のようなの?」と女子が、けげんな顔で僕らを見る。その女の子は低身長で、厚手のコートをはおっているにも関わらず、中は薄手のキャミソールを着ていて、乳首のラインが見えそうだ。顔は小顔で、目をのぞいて、低めの小さい鼻もピンクのくちびるも小さく、小動物のような顔立ちをしている。瞳は、茶色で、肌の色素が基本的に薄く、外国人とのハーフと言われてもおかしくはない。
「ああ、もしかして、望月さんですか!ここに住んでる?これは、これは」と青木ゆずは家を指さしていちべつする。
「そうよ。うちの学校の人?私の家に、何しにきたの?」と望月みずきは耳にしていたイヤホンをとる。
「望月さんにいい提案がありまして・・・」と青木ゆずは両手をこすり合わせる。わざとらしいしぐさを横目で見ていた望月みずきは、「いい提案?何それ」と冷たく言いはなつ。
「入れてもらうことはできませんか?」
「同級生をいつわった新手の商法なの?それか宗教の勧誘?」と望月は、相変わらず怪しんでいる様子。
「そんな怪しいものでは・・・。私は、同じクラスの、1年、青木ゆずと申します。ほらっ、挨拶して!みんな!」と青木ゆずは僕と黛いろはに、呼びかける。
「ああ、僕は、多分同じクラスかな?1年、高樹ゆずるです」と頭をかきながら僕はいう。
「拙者は、黛いろはでござる!拙者を呼ぶときは、まゆずみでも、いろはでも構わないでござる」と黛いろは。
「拙者・・・?変なの。」といって望月みずきは、クスッと笑った。望月みずきは、笑うと口の横に、エクボができるみたいで、すごくく愛らしい。あんなムスッとしていないで、ずっと笑っていればいいのに・・・。
「まゆずみ?どこかで聞いたことあるわね。もしかして・・・」と少し考え込むような姿勢をする望月みずき。僕は心の中で、ああ、言わないでくれ。黛のことを、モデルの妹として、色メガネで見ないでくれと目を閉じた。
すると青木ゆずが、望月が言い終わる前に、「この人も同じクラスメートなのよ。あなたも、座席表ぐらいは見たんじゃない?だからこの人のこと、知ってるんじゃない?」といった。これは、青木ゆずなりの黛いろはへの配慮かもしれないと思った。
「ああ、そうかも」と望月みずき。一人名前を知っていると言うだけで、少しホッとしたのか、「ここにいても寒いから、とりあえず入れば」といってドアを開けた。
「やった!やった!やったでござる!」と黛が跳ねる。
「ちょっとあんまりはしゃがないで。近所迷惑になるでしょう」とピシャリと言う望月みずき。さっきの笑顔がうそのようだ。その時、冷たい風がピューと3人の前に吹きつけた。
「っっつめたい」と青木ゆずがきていたコートを引きよせる。
僕はその時、決めたんだ。この女を『氷の女王』と呼ぼうと。
本当にこの人は、不登校サークルなんて、ふざけたサークルに入ってくれるのだろうか。きょうこ先生もよりによってこんな気難しい女の子をわざわざ選ぶなんて・・・僕の頭に、きょうこ先生が、「だから選んだのよっ」とウィンクしている姿が浮かんだ。あ〜、あの人だったらやりかねない。氷の女王サマっ、どうか、そのお心の氷を溶かしてっ!と祈りながら、望月みずきが、出したお茶を飲んでいた。ふと棚を見ると伏せられた写真たてが置いてあった。他の写真は、ちゃんと飾られているって言うのに!しょうがない、僕がやるか!と思って、写真たてを起こそうとしたが、望月が話し始めたのでやめた。
「それで、提案っていうのは?」と望月は飲んでいたお茶をおいた。
「あっ、えっと。いや、部長からお願いします」と青木は僕にふってくる。
「えっ、ええ」と僕が、急にふられてドギマギしていると、「は?」と望月が僕をにらみつける。
「ああ、えっと、望月さんと友達になりたいなあと」と僕。
「は?」と青木が、にらんでくる。「ちょっと」と青木にそでを引っ張られ、彼女に顔を近づけた。
小声で「何いっているの?部長さんよお!サークルのことでしょうが、言わなきゃいけないのはさあ」と青木は、眉間にしわをよせながら言ってきた。
だから僕も小声で「いや、最初から、サークルに入れっていうのは、なかなかハードルが高いって。さっき望月さんがいっていたように、宗教団体かと思われるよ。とりあえず、まずは、友達になるところからだよ」と答えた。
「う〜ん、まあ、部長がそういうなら・・・」と青木ゆずは不服そうだったが、いったん、りょうしょうしたよう。とりあえずジャブを入れてみて、相手がどう出るかだ。僕は、ちらっと望月の表情を見た。望月はあいもかわらず、ムスッとした表情をしていた。
「あの〜、どうでしょう?」と僕が、探りをいれてみると「何で急に?」と矢のごとく望月みずきから返答がきた。
「あ、えっと」と僕がまごまごしていた。それを見かねて、「友達になりたいからでござるよ。それ以下でもそれ以上でもないでござる」と黛が、望月の手を取って言った。
「友達になるのに、理由なんているのでござるか?」と黛は、望月の目をじっと見る。大きな目でいっしんに見られて、緊張したのか、望月は、手をふりはらった。
照れているのか、顔をまっかにしながら横を向いた望月はこういった。
「まあ、そ、そうね。あなたたちと友達になるのも悪くないわね」と。
「やったでござる!また友達が増えたでござる!」と喜んでいる黛いろは。
「うん、まあ喜んでくれるならよかった」と照れながら、はにかむ望月みずき。僕は心の中でズキューンと音がした。これが、いわゆる、ツンデレというやつか・・・とくらっていると、青木ゆずも同じように胸を押さえていた。どうやら二人で、望月のツンデレのいりょくでうち落とされたようだ。
「それで、いったん聞きたいんだけど・・・」と切り出す望月みずき。3人とも耳
をかたむける。一呼吸おいたあと、意をけっしたように望月みずきがしゃべり出す。
「と、友達ってまず何をするの?」
「友達って言ったらねえ、ほら何するんだっけ?部長っ!」と青木ゆずが雑にふってくる。
「まあ、そうだな」と考えてみるものの、僕は、友達を作った経験がほとんどないからか、全く案が浮かばない。う〜ん、このままだと望月みずきも、提案に乗ってくれないばかりか、僕たちを信用してくれなくなってしまう。
「え〜友達が何をするかも知らないの?そんな人たちとは、友達になれないわ。残念ながら、他を当たってくれる?」といいはなつ望月みずきの顔が浮かんだ。ああ、どうしようと悩んでいると「友達というのは・・・」と黛いろはが話はじめる。おお!黛いろは!ドカンと言ってやってくれと僕は期待して身を乗り出していた。
「まずは、原宿に行くのでござる!」
「うん、うん。そうだよな。黛くん!友達というものは、まず原宿にいって〜」と言ってみた。だけど、よくよく考えたら、僕自身、原宿には、足を一度もふみいれたことがない事に気づいた。えっ、ハラジュク?それって原っぱにヤドって書くところ?うわさにきくところによると、渋谷っていうところの隣にある、あのカルチャーの発信地みたいなところ?と心の中で思っていた。青木ゆずの方を見てみると、青木ゆずも「そうよね。とりあえず原宿よねっ」と口では言いつつも、目が泳いでいる。お主、もしや原宿に行った事ないだろっ、アキバのメイドのくせに(←アキバのメイドをカルチャーの中心だと思っている)と心の中であくたいをついてみた。
「とりあえず、ハラジュクへ向かうぞ!」と知らないくせに先頭を立つ青木ゆず。
「出陣じゃ〜」とこぶしをあげる黛いろは。それを横目に、何となく僕は、「イェー」とこぶしをあげてみた。すると、「何それ」と望月みずきに、一蹴されて、僕は、涙目を浮かべた。
僕らは原宿駅東口で降りた。駅前には、すごい数の人があふれていて、「ここが、かの有名なハラジュクというところか〜」と僕が感心していると
「えっ、もしかして原宿きた事ないの?」と望月みずきが僕の方を向いて言った。あっまずい。きた事ないのがバレる。
そう思って「いやっ、最近来てなかったからさ、原宿もこんな有名になったものかあと、どこか新鮮で、しみじみとしてしまってねえ」と僕。
すると「どこのジジイよっ」と青木ゆずが横やりを入れてくる。
「原宿はねえ、お姉ちゃんとよく来たのでござる。もう、忙しくてめったにくることはできなくなったのでござるが・・・」と唯一の原宿経験者にも関わらず、悲しい思い出を語る黛いろは。さて、本日のゲストである、望月みずきはどんな顔をしているかなあと思って彼女の方を見た。望月みずきも初めての原宿に感動したらしい。目をかがやかせながら原宿の街並みを、みている。
「どうですか?原宿は?」と僕がふると「まあ、悪くないんじゃない」とさすがのツンデレ具合。一向は、経験者である黛いろはをひっとうに、原宿で有名なプリクラというものを撮りにいく事にした。
「ここは、都内最大のプリクラ屋さんでござる!」と紹介する黛いろは。目の前には、数多くのプリクラ機がここぞとばかりに並ぶ。爆盛れ!kawaiiをつくるプリティメイカーから始まって、前から、昭和レトロの名曲を流しながら、加工ができるレトロスペクティブ、原宿限定、有名キャラクターとコラボしたプリクラ機など多種多様なプリクラ機が並んでいる。
「こんなにたくさん種類があっても大して変わらないだろ」と僕はプリクラ機の幕をまくりながら言う。
「そんな事ないでござるよ。それぞれに長所があるでござる」と黛いろは。
「写真撮るのに、ここまでこったつくりが必要か。企業努力だなっ」とメタ的な考察をする青木ゆず。
「ええ、もちろんでござる。全ては差別化をはかるために、企業が頑張った結果でござる」と黛も青木にのる。
「それにしても華やかねえ」と楽しそうに、ながめる望月みずき。
「っていうか、コスプレまであるのねっ!」と望月は無邪気に、ハンガーにかかった服をめくる。
「望月さんは、コスプレしたいの?」と僕が言うと
「いや、別に。そう言うのもあるのかと思っただけだし」とツンっとする望月みずき。
「でも確かにすごいなあ」と僕も、ハンガーラックにあるコスプレを見てみる。
「女子高生の制服から、ナースや、メイドまで!」とふと青木をみると
「何よっ、何見てるのっ!」とにらまれたので、お返しに「まあ、青木は猫耳がないとダメか〜」と言ってやった。すると、青木は顔をまっかにさせながら、パクパクと何か言っていたが、ざっとうの中では何も聞こえない。
「でも、女性高校生ばかりね。私たちもだけど」と望月みずき。まわりをみると確かに、女子高校生ばかりだ。コスプレの近くに化粧台があって、女子高校生たちが、占領して前髪をコテで巻きあげたり、化粧をしている。とある女子高生は、マスカラをあげるときに、口があいてしまっていて、こっけいだ。男子の目線を一切気にしないで、自分がいかにプリクラの中で可愛く映るかとしか、考えていないようだ。なんか見てはいけないものを見たような気がする。これがまさに女子の花園なのか?僕一人が男子で、とっても浮いている気がした。
その時、黛いろはが「ほら、何しているでござるか?タカキ殿!」と腕を組んで、プリクラ機の中まで僕を引き入れた。
プリクラ機の中はとってもまぶしくって、目がチカチカした。
「これがカメラ?」と望月みずきは機械を、指さしてのぞきこむ。
「そうでござる。これは、拙者たちの顔をとって加工することができる万能品なのでござる」と黛いろはは、解説する。
「へえ」と僕が言うと、望月みずきが「えっ」とまたしても疑ってきたので
「あっ当たり前のことすぎて気にしてなかったなあ」と僕はあせって言った。プリクラ機の中から「ようこそ!プルプルで、ナチュかわなあなたを叶える美的プリクラへ!」と言う声がした。
「ナチュカワって何?自然なカワウソのことか?」と僕。
横から「何言っているでござるか。本当にタカキ殿はわかっていないでござるね。普通に考えてみるのでござる。女子がなりたい姿を叶えるプリクラ機でござるよ。女子はどうなりたいでござるか?」やれやれと黛いろは。
「まあ、ああやって、化粧台で、必死に自分をとりつくろっているぐらいだろ。女子はそりゃあ、可愛くなりたいんだろ」と僕。
「そう。ナチュかわの“かわ“は可愛いの意味に決まっているでござる」と黛いろはは、これだから男子は、といったように両手をあげる。
「タカキは、そんくらいのこともわからないのねっ」と青木ゆず、またもや目が泳ぎきっている。絶対こいつ分かってなかっただろ、知ったかぶりしやがってと思ったが、言わなかった。
プリクラ機は、「それじゃあ、好きなフレームを選んでね!」とカメラの上の画面から8パターンのフレームを出してきた。一つずつ指でクリックするたび、それぞれフレームのイメージ画像が出る。南の島を題材にしたフレームでは、モデルとみられる二人の女性が、さるのまねをして、その上からウッキッキと言うデコレーションが浮かんでいた。
「何これっ」と青木ゆず。
「最初にフレームが選べるのでござる。このイメージ画像にしたがって、撮るポーズを決めることができるるのでござる」とまたもや黛いろはの丁寧なありがたい説明が続く。
「へー、私は、これがいいな。さくらんぼのやつ」と望月みずきがさっそく、くいついた。実際に、指で選んで、イメージをみると先ほどの女性二人が頭をくっつけて、その上から、さくらんぼのかぶりものを模したスタンプが乗っかっている。
「何その、変なさくらんぼ」と僕。
望月みずきは、ムッとしてこちらをみた。「あー、それはカップル用でござる。二人用だからあんまり今回は適していないでござる」
「カップル・・・」と望月は、口にすると、そのくちびるを指でなぞった。その意味がようやくわかったようで、目を大きくみひらきながら顔をまっかっかにしていた。それに、ブホッと湯気すらでていた。
「あ〜蒸発しちゃったっ」と青木ゆず。
「望月殿は、純情なのでござるか」と首をかたむける黛いろは。
「まあ、そうみたいね」と僕。
「うるさいっわね!隊員ならえ、はやくフレームを選べ」と望月みずき。
「イェッサー」と一同。
小声で、僕は「あいつ、意外とノリノリだな。」とこっそりつぶやいた。
結局、選んだフレームは、猫の絵文字がついているものとか、ハロウィン限定で、かぼちゃが浮かんでいるやつとか、比較的シンプルめなものになった。それは黛いろはいわく、「シンプルイズザベストでござる!盛れるのはシンプル一択でござる」ということらしい。
「3・2・1」とプリクラ機から突然、カウントダウンが入る。
「えっ」と皆、動揺していると
「写真を撮るのでござる!皆のしゅう、それぞれの配置につけっ!ストップでござる!!!」と黛いろはの大きなかけ声がした。
下にある足あとみたいなのが、配置かな?ちょうど4人分あるし、足あとに自分の足を乗せてみよう!と思ってたところで、シャッター音が機内に、鳴りひびいた。あっ、まずい。やってしまった。と思った時には遅かった。その後のレビューで、僕は目を閉じてしまっていることに気づいた。プリクラ経験者の黛は、さすがの猫のポーズで見事に、顔や目の輪郭もはっきり写っている。
目が2倍くらい大きくなっている!?と僕がびっくりしていると「タカキ殿!これが俗にいう“盛れる“というやつでござる」と黛いろはが耳うちしてくれた。
「なるほど、お主も悪よのう」と悪代官風で答えてみたが、黛は、頭の中を「?」のマークでうめた。さてさて、他のみんなはどうなっているのかな?と好奇心が動くままに、みてみた。猫といえば、青木ゆずは(僕にとってだけだけど)、どんなポーズで魅せてくれるのかな。多分、その時の僕は、秋○康のようなプロデューサー顔をかましていただろう。青木ゆずは、両手をグーにして、片手だけちょっと曲げている。既視感だ!猫の手すらないものの、これは完全に、猫の手を再現しようとしている。やっぱり完全に板についているんだなあ。そして望月みずきはというと〜、まさかの顔が心霊写真のようにぶれている。
「つい動いちゃったのかなあ?」と思っていると、どこか青ざめている顔の望月が隣にいた。
「ど、どうしたの?望月さん?」と僕が、顔をのぞき込むと
「きゃー」と望月みずきは、叫びながら後づさりし、床に尻餅をついた。
「えっ」と一同に不穏な空気が流れる。だくだくと望月みずきの額から汗が流れる。
プリクラ機に指をさしながら、「これ、これっ」と言う望月みずき。我々は、望月みずきが指さす方向に、目線をもっていった。そこには、先ほど撮ったプリクラに映る望月いろはがいた。
「あ〜、顔が上下にぶれているでござるね。撮る時に、たてに動いてしまうとこうなることがあるのでござる」と黛いろはが冷静に答える。
「そうだよ。望月さん!怖がることないよ。」と僕も望月みずきに笑顔をむける。
「バカねえ、立ちなさいよっ」と青木ゆずが手をさしだした。しかし、その手を無視して、望月みずきは、ずっと画面を見つめている。まるで目が離せないっていった様子だった。
「違う!違う!」とすごい剣幕で、首をよこにふる望月みずき。
「何?」と僕が言うと
「あの顔、知ってる。私、知ってる」と望月みずきは、口に出した。
プリクラから、徒歩3分のカフェに移動した一同。テキトーに、飲み物を頼んだ。僕が、みんなの分の飲み物を取ってきている間に「ええっ、死んだお兄ちゃんっ!?」と、席で、大声をだす青木ゆず。店内が一瞬しんっとする。
「ちょっと静かに」と望月みずきは小さい声で青木ゆずに注意する。僕は、飲み物を持ち、走って、皆の元に駆け寄る。
「あ、ごめん。でも、まさかプリクラに望月さんのお兄さまが映り込むなんて・・・。私、聞いたことないんだもんっ。だから驚いちゃって」と青木ゆず。
「本当なんでござるか?拙者にはそうは思えないでござる」と黛いろはが言う。
「と言いますと」と青木ゆず。
「だってよくあることでござる。ああやって撮った時、ピンボケして、加工した後、光の反射のようなものができるって言うのは、プリクラあるあるの一つでござる」と黛いろは。
続けて僕も「望月さんとそのお兄さんっていうのは、血のつながった兄弟でしょ?だったら顔が、似ているだろうし、たまたま似た角度で、撮れちゃっただけじゃないの?」といった。
「似てないわよ」そういって、望月みずきはガサゴソとかばんをあさり、携帯を出した。
そして「ほら、ごらんなさい」と僕らの目の前に、スマホの画像を出した。そこに写っているのは、メガネで、少しぽっちゃりとした男で、眉毛はつながっているし、不精ひげは生えっぱなしといった感じだった。そして、鼻の穴は広がっていてそこから鼻毛がちらりとみえた。望月みずきは、目が大きくクリクリしている上に、鼻が小さく口角がきゅるんと上がっていて、アイドルのような顔立ちであり、地味なお兄さんとは似ても似つかない。
「えー、本当に兄弟なのっ!?」と青木ゆず。
「ちょっと、失礼でしょうが」と僕は青木ゆずの腕をこづく。
「ええ、いいの。別によく言われてたことだし。小学生いや、幼稚園の頃から、あなたとお兄ちゃんが全然似てない、だから血がつながってないんじゃないかって、友達とかから」と望月みずきは少し悲しそうな目をした。
「いや、傷つける気じゃなかったのっ・・・」と青木ゆずは下を向く。
「拙者は、このプリクラにうつったのは、このお兄さんだとも思わないでござるよ」と黛いろは。
「この画像と、プリクラに映った幽霊、全然にてないでござる。りんかくとかも細いし」と黛いろはは、スマートフォンに映った画像とプリントシールを見比べる。
「あー確かに、お兄さんはちょっとぽっちゃりで、丸顔だもんね」と僕。
「・・・わかったわ」とスマートフォンに目を持っていく望月みずき。そして、30秒ぐらい経った後、やっと見つけたといったように、僕らに見せてきた。
一同震撼!そこに映っているのは、プリクラに映った幽霊とうり二つの少年だった。
「えっ、これは?」と僕。
「これはお兄ちゃんの中学生時代よ」と望月みずき。
「さっき見せてくれた人と違くないっ?」と青木ゆず。
「いや、同一人物よ」と望月みずき。
「こんなガリガリじゃなかったでござる。それに、つめえりの服を着ていて、すごく好青年な雰囲気でござる」と黛いろはは、不思議そうに指さす。
「本当に、同一人物なの?」と僕は望月みずきをみる。
「そうですよ。病気の影響で、太っちゃって。その上、学校にも行けないもんだから、どんどん無頓着になってしまって・・・」と望月みずき。
「へえ、じゃあ本当に同じ人なのねっ」と青木ゆず。
「そうです」と望月みずきはうなずく。
「にしても、もし、幽霊になって、妹のプリクラに写るなんてどういうことなのかな?」と僕。
「それは、過去に何か思い残すことがあったとかでござるか?妹が楽しそうにしているから、うらやましくてのっちゃったみたいなことがあるのかもしれないでござる」と黛いろは。
「まあ、現世にとどまる理由とかはありそうだな」と僕。
「何か、妹に言い残したことがあるとか?」と青木ゆず。
「望月さんは、何か心当たりはないの?」と僕は望月みずきに問いかける。
すると「・・・」と考え込んだ後、望月みずきは「そういえば・・・」と話始めた。
「そういえば?」と僕。
「私、兄の死に目に会えなくて。ずっと後悔してたんです」と望月みずき。
「じゃあ、最後に何か言いたいことがあったかもってことっ?」と青木ゆず。
「そうなるわ」と望月みずき。
「いいこと思いついたでござる!」と急に、黛いろはが立ち上がる。そして「これが不登校サークル改め望月殿の兄を成仏させる会の始動でござるね!」と指をさし、元気にいう黛いろは。
「不登校サークル?望月殿の兄を成仏させる会?」と頭の中が?マークでうめつくされる望月みずき。
「いや、こっちの話で」と僕は望月みずきに言いながら、黛いろはのそでを引っぱる。
そして小声で「おい、ちょっと黛、まだ早いんじゃねーの。これからどんどんと敵の城を落としていくつもりだったっていうのに。先走りすぎだろ!」と僕は黛いろはにいった。
すると黛いろはは、「なんでも先手必勝でござる!ちょっと無理矢理ぐらいに、囲いこむっていうのが、拙者らの腕でござる」と黛いろはは、腕をトントンとたたく。
「いや〜、突然すぎるだろ。ほら望月さんのほう見てみろよ。動揺しているじゃないか」と僕は望月みずきの方を指さす。
「え〜そうでござるか?望月殿はどう思う?」と、黛いろはは、望月みずきの方をみる。
「と、友達っていうのはそういうことをするの?」と望月みずき。
「えっ?」
「いや、その、友達っていうのは、フトウコウなんちゃらみたいなのに入るのかなあって」
「えっ」と思わぬ返答に驚きが隠せない僕。黛いろはは、ニヤリと笑い、こういった。
「そうでござる。友達というものは、一緒に行動するために、集団を作るのでござる。その形の一つが不登校サークルなのでござる」と。
僕も、それにのっかって「そ、そうだな。友達っていうのはそういうもんだよな。なあ、青木」といってみた。
すると「ええ、そうねっ」と青木ゆずが、これまたあせりながらいった。
「やっぱりそうなんだ・・・」と望月みずきは、考えこむ。
「そうよ!そう!友達になるっていうことはそういうことっ!」と青木ゆずはポンっと望月みずきの肩をたたく。
「わかった。じゃあ不登校サークルとやらに入ります」と望月みずき。僕は思った。『氷の女王』は意外とちょろい。どれだけ冷たい心を持っているといえども、やっぱり、友達への憧れというのはあるんだ。
「お!ついに入部ですか!」と僕。
「望月殿、待っていたでござる」と黛いろはは、泣きながら、どこからか取り出してきたくす玉を引っ張る。くす玉の中の幕には、「入部おめでとう」の文字が並ぶ。
「入部おめでとう!」と青木ゆずは、望月みずきのからだを抱く。
「えっ、ああ、ありがとう」と望月みずきは、うずまきのような目をして、状況がよくわかっていない様子。
その後ろで、黛いろはが、これで、部員もゲットしたし、顧問も決まったし、サークルを成立させることができるようになるのでござるか!やったでござる!とぴょんぴょんはねた。その時、バンっと大きな物音がした。皆が後ろを振り返ると、そこには、バキバキに割れたカフェの自動ドアがあった。ガラスの形が歪んでいるというか、ドンキで外側から殴るだけじゃできないような割れ方で。どう見ても、人間がやったとは思えない代物だった。
「きゃー、なんなのっ」と青木ゆずは、耳を押さえながらしゃがみ込んでいる。
なんだか、おかしいな。と思って望月みずきの方をみると、望月みずきが、青ざめて、震えている。
「大丈夫でござるか?」と黛いろはは、望月みずきの肩を抱く。
「ううう、触るなあ」と望月みずきは、黛いろはの手をふり払い、まるで、別人になったように、野太い声で叫んだ。
「えっ」と動揺する黛いろは。
「お前、誰だああ」と望月みずきは、白目を剥き、指をさしながら、叫んだ。
「え、どうしたのでござるか?」と黛いろはは、後ずさりする。
「お前は誰だと聞いているんだ」と望月みずきは続ける。
「あ、拙者は、黛いろはでござる。望月殿の・・・望月殿の・・・」と黛いろはは言いかける。僕は、黛いろはが何を言い出すのかとおもって心臓がバクバクした。
「望月殿の、友達で、ござる!」と黛いろは。
「友達?そんなの望月みずきにいないだろ。ていうか、なんだよ。その、変な口調」と望月みずき。えっ、今さら口調に触れるの?遅くない?でも、望月みずきと呼んでいるってことは、望月みずきではない?まさか、望月はのりうつられている!?と僕は思った。
「今までは、望月殿には、友達という存在はいなかったかもしれないけど。今は!拙者は友達でござる。それは青木殿も、タカキ殿も一緒でござる!それなのに、望月殿の体を乗っ取るなんて許せないでござる!でていけ!悪霊退散!!!」と黛いろは。
「ともだち・・・ともだち、望月みずきのともだち」と望月みずきは、口に出した後、目からポロポロと涙をこぼし始めた。
「泣かないで」と青木ゆずが、取り出したハンカチで、望月みずきの頬にたれる涙を、ふき取る。あれ、ちょっと待って。青木ゆずまで、涙がこぼれはじめている。どんな状況だよっと僕はつっこんでしまった。
「大好きだから、戻ってきて欲しいでござる」と黛いろはが望月みずきに抱きつく。次は、望月みずきにつきとばされるのではないかと不安になって、僕は、「黛!やめとけ、離れろっ」と叫んだ。
「・・・だいすき」とつぶやいた後、望月みずきは、倒れ始めだ。そして黛いろはに、からだを支えられながら、カフェの床にそっと置かれた。望月みずきは、目を閉じて、まるで死人のような安らかな顔をしていた。
「なんか、すやすや寝ているみたいだね」と僕。
「どうしよう。このまま目を覚まさなければ」と青木ゆずはあせり出した。
「どうされましたか?」とカフェの店員が話しかける。
「いや、別に。少し体調が悪いようなんで」と僕はフォローする。
「そうですか。病院へ行くか、救急車を呼びますか?」と店員。
「いいです。大丈夫です」と僕は答えた。
「というか、お客様のご迷惑になりますので、移動していただいてもよろしいですか」と店員。その言葉にイラッとした僕はつい、いってしまった。
「まだ、望月が眠っているでしょうが」と。
すると、カフェの店員は「あっ、はい」といって去っていった。
望月みずきは未だ目を覚まさず、みんな心配し続けていた。
青木ゆずは、「どうしよう、このまま目を覚まさなかったら」とろうばいしていた。
黛いろはは、黛いろはで、「まだ知り合ったばっかなのに・・・なんででござるか。もっと楽しい思い出がこれから、不登校サークルでつくれたはずでござる。なんで、なんで・・・」とおえつしながら続ける。
「あの時、プリントシールに、お兄さまらしき人物がうつっていたでござる。お兄さまが望月殿を乗っ取っているとしたら・・・どうして妹の幸せを一番に考えられないでござるか?自分が現世で存在したことを証明することしか興味ないでござるか?お兄さまならお兄さまらしく、妹の楽しい人生を祝福してあげるべきでござる。なんでそんな当たり前のことができないでござるか」と黛いろはは、涙をこぼし、その涙がぺちょっと望月みずきの頬についた。頬に涙がしんとうし、望月みずきの肌は光り輝いた。
「もう、救急車を呼ぼう。待ったところでしょうがない」と諦めて、救急車を呼ぼうと後ろに振りむくと、その瞬間、望月みずきが、まぶたを開けた。
「きゃあ!望月さんっ!!!みんな!見て望月さんが目を開けたわよっ」と青木ゆずは近寄っていった。
望月みずきの体にもたれかかっていた黛いろはも、パッと目を開けて、起き出した。
「えっ、やっと・・・」と黛いろはは、残った涙を指でふきとりながらいった。
「大丈夫なの?望月さん?具合は悪くない?」と僕が聞くと
「だ、だいじょうぶ」と望月みずきは、なんとか、正気を取り戻していった。
「というか・・・。何が起こったの」と驚いて目をこすりながら周りを見回す望月みずき。
「今、本当にっ、なにかに乗っ取られていたのよっ?気づかなかったっ?」と青木ゆず。
「えっ・・・。どういうことなの?」とまあ、本当に何が起きたかわからない様子の望月みずき。
「言いにくいのでござるが・・・。」と黛いろはが切り出す。
「?」と望月いろはは、首をかしげる。
「多分、望月殿は、お兄さんにからだを乗っ取られていたのでござる」と黛いろは。
「は?」と困惑する望月みずき。確かに、記憶がない状態で何が起こったかわからず、その上、自分の死んだ兄貴にあなたが乗っ取られていたよと簡単に信じるものはいないだろう。そんなのオカルト映画の主人公にしかないと普通、思うだろう。だから僕は、丁寧に話をつなげることにした。
「望月さん、今の数十分、記憶がなかっただろ?」と僕は、まずは望月みずきに問いかけた。
すると望月みずきは「ああ、まあ。なんか空白の時間だったわ」と答えた。
その後、僕は「さっき、お兄さんが、プリクラの中に映り込んでいた事は覚えている?」というと「そうね。確か、原宿へ皆でいってプリクラを撮ったわよね。そして、その後、カフェに入って、プリクラシールの中に、私の顔じゃなくって、私の亡くなった兄がうつってた。そこまでの記憶はあるわ」と望月みずき。
「そこで、我々は友達になるために、不登校サークルに、望月さんを入れようという話になったんだ」と僕。
「へえ」と望月みずきは全く覚えていないという様子で答える。
「そうしたら、窓ガラスが割れたんだ」と僕がいうと
「窓ガラス?」と疑問が浮かんだ望月みずき。
急に、僕を押しのけて青木ゆずが喋り始めた。
「そう。あそこの、自動ドアでねっ。急なことでびっくりしてたんだけど、その時、あなたが急にひょうへんして・・・」と青木ゆずはあの時のことを思い出しながら喋った。
そこに入ってきた黛いろは、「拙者が触ろうとしたのでござる。そしたら、望月殿は、一気に別の人格へと変わったのでござる」といった。
「別人格?そんなことなんてあるの?」と望月みずきは、未だよくわかっていない様子でいう。
「そうよ。急に声が低くなってっ。まるで違う人になったんだからっ」と青木ゆず。
「そんなあ」と望月みずきは、驚いて口を手でおおいかくした。
「お兄さまでござる!絶対お兄さまが、望月殿のからだを乗っ取ったのでござる!」と指差す黛いろは。
「へ?お兄ちゃんが!?」と望月みずき。
「そうよっ!お兄さんよっ!妹をうらやんで、からだを奪ったのよっ!許せないっ」と青木ゆず。
「お兄ちゃん・・・、なんで・・・」と天井をみつめる望月みずき。
「今は、望月さん自身だけど。またのっとられたら・・・どうしよう」と青木ゆず。
「時間が経って。また望月さんじゃなくなってしまったら・・・とか考えたら、もううかうかしてられない!どうにかお兄さんの幽霊を成仏させなきゃ!」と青木ゆず。
「そうだね」と僕。
「まずは、成仏させるには」と僕は、考えてみる。
そうして思いついたのが、この世への執着をなくすことだった。
「この世への執着っていうと例えばなんなの?」と望月みずき。
「そうだなあ・・・例えば、現世で好きだったものに取りつかれて、この世をさまよっているとかな。まあ、とにかくこの世に何か心残りがある場合が多い」と僕。
「でも、妹に何か言いたかったことが、あるかと思ったら、なんか違ったじゃないっ?」と青木ゆず。
「そうでござる。あんなふうに妹の中に入って、好き勝手するなんてひどいでござる」と黛いろはは、怒っている。
「確かに・・・なんかこの事件には色々複雑な事情がからみあってそうだな」と僕はあごに手を置いて考え込む。
「よおしっ!望月さん家へお兄さんの人生をたどりにいこうっ!そうしたら、見えるものがあるはずよっ望月さんいいかしら?」と青木ゆず。
「うん、まあ、いいけど・・・」と望月みずきはどこか不満顔である。
「何かこまることでも?」と僕が聞くと
「ううん。でも・・・」と望月みずき。
「でも?」と僕は、聞き返す。
「とある部屋だけは、入らないで欲しいんです」と望月みずき。
「とある部屋ってなんでござるか」と黛いろはがきく。
「それは、私の部屋の隣の部屋です」と望月みずきは答えた。
「何があるのっ?」と青木ゆず。
「それは秘密です」しずしずと望月みずきが答える。
「とにかく、絶対入らないでくださいね。約束ですよ」と望月みずきは念をおす。とりあえずりょうしょうして、皆で望月宅にうかがうことにした。
「見てみて!広すぎるでござる!!」と黛いろはが、手を広げてくるくると回る。
「おい!おいっ。人んちでそんなにはしゃぐんじゃない!」と僕。
「タカキも見てみなさい!玄関も異常に広いし、大理石だし、その前には螺旋階段があるのよっ!こんなの興奮するに決まっているじゃないっ」と青木ゆずは鼻息が荒くなっている。
僕は、これだからガキは嫌だな、こんな緊迫した状況でひとんちでこんなに、楽しそうにするなんて・・・と思っていた。案の定、望月みずきは、なんでこんな人たち家に呼んだのだろう・・・と悩ましげに皆を見ていた。
「ごめん。こんな奴ら連れてきちゃって」と先んじて僕は望月みずきに謝った。
「何がっ、こんな奴らよっ、ほんっとききずてならないわっ!」と青木ゆずがキイっと僕をにらみつける。
「いや、いいのよ。私、嬉しいの」と涙を浮かべ始めた。
「なんで?」と僕は思わぬ返答に驚く。
「だって、今まで、友達なんて一人もいなかったし、自分の家に、誰かを招くなんて考えられなかった。それに、みんながここへきてくれた理由は、私のことを考えてくれたからでしょ?兄からのとりつきを心配してくれた結果でしょ?私、そんなこと思ったら嬉しくて・・・嬉しくて」と望月みずき。
「きゃー嬉しいでござる!」と黛いろはが、望月みずきに抱きつく。
「絶対に、あなたのこと助けるからねっ」とさっきまで部屋の中をぴょんぴょんと跳ね回っていた、青木ゆずが、望月みずきの肩を抱く。
おい、おい。まあ、仲良いのはいいことだけど・・・。こんなんで、一体全体うまくいくのだろうか。と僕は、ずっと思っていた。
一向はまず、望月みずきの兄の部屋から散策することにした。亡くなってから一ミリも動かしていないという部屋に、とりあえず、かっぽう着と三角巾、マスクをして、ゴム手袋をはめて入ることにした。
「結構汚いでござる」と入っていきなり、辛辣なことを言い放つ黛いろは。
「汚いわっ。せっかくこんなに綺麗なお宅なのに・・・」と青木ゆず。
二人とも酷いなあと思いながら、僕も入ってみると、確かに、めちゃくちゃ汚れているではないか!?兄貴の部屋というよりゴミの掃き溜めという方がだいぶ近い印象であった。全く足の踏み場がなく、ゴミ袋だらけで、その中から変な匂いがした。
「なんなのっ、これっ!」と青木ゆずが丸まったティッシュをゴム手袋越しに掴む。
「なんか変な白い液がこびりついてるしっ、それに、臭いわっ」と青木ゆずは、鼻をつまみながらいい続ける。
「あっ、あああ、かせっ」と僕は少し思うところがあり、そのテイッシュをゴミ袋にしまった。なぜか僕まで恥ずかしい思いをしてしまった。他人のテイッシュの処理をさせられるなんて、なんて日だと思った。
「とにかく、まずは掃除をしよう!」と僕はタンタンっと手を叩いた。
「そうねっ。掃除をするしかないわっ。こんなのっ、お兄さんのことを知る以前の問題だものっ」と青木ゆず。
「掃除苦手だけど、やらなきゃダメでござるか」とヘナヘナと黛いろはは、床に、座り込む。
「汚いの。本当にごめんなさい」と望月みずきはいった。
「よっしゃ、やるぞお!ほらっ黛いろはも立ちなさい!」とどこからかやる気を出し黛いろはの肩を引っ張る、青木ゆず。
僕はやれやれと手を動かし始めた。本当に、底が見えないぐらいに、色々なものが埋まっている。歯ブラシ、雑誌、文庫本、謎のビニール、謎のシリコンボール。一体何をしていたんだろうと思っちゃう代物がたくさんあった。
「お兄さんは、この部屋にずっといたんですか?」
「そうです。ほとんど学校へ行かずに、不登校に近い状態で外には出ないでです。私はお兄ちゃんが、いつ寝るか、いつご飯を食べているかも知らなくって、なんてゆうか、ご飯もお兄ちゃん一人、部屋で食べてて別別だったものですから・・・」と望月みずき。
「へえ、兄弟なのに、あんまり関わりがなかったんだ・・・」と僕。
「そうなんです。小学生までは仲が良かったんですけど。だんだんと、習い事の違いで、疎遠になっていって」と望月みずき。
「そうなんだ、ごめんね。悲しいことを思い出させちゃって」と僕。
「いいんです。昔の話ですし」と望月みずき。
「しっかし、こんなに頑張ってゴミ袋に詰め込んでいっても、全然減らないねっ」と青木ゆずは汗をぬぐう。
「本当でござる。これじゃあいくらかかっても意味ないでござる。お助け人をよぼう!」と黛いろはは、電話を取り出し、呼びはじめた。
15分ご、助っ人が登場した。それは、部活帰りの新堂まおりだった。
「どうしたんだ!諸君!」と黒い髪をたなびかせて、新堂まおりが現れた。
「あ!まおりん!早かったでござる」と手をふる黛いろは。
「まあ、君らのために、全速力で走ってきたから」と新堂まおりはグッドサインをする。
「全速力にしてもバスで、20分のところ、走って、15分なんて偉業でござる!さすがまおりん♪おっとこまえでござる!」と黛いろは。
「あっ」と僕は新堂まおりに軽くいちべつする。
「おう!久しぶり!少年までいるとは!」と新堂まおりは驚いたように僕をみる。
「えっ、どちらさま」と目をキョロキョロさせながら望月みずきがいう。
「申し遅れました。黛くんに呼ばれて伺った新堂まおりと申すものだけど。確か、望月みずきくんだよね?よろしく」と新堂まおりは、片手を差し出す。
「あ、よろしくお願いします」とキョドりながら片手を差し向ける望月みずき。
「望月くんとは同じクラスだから。これから、お会いする機会が増えるだろう」と新堂まおり。なぜか青木ゆずは姿を見せない。
「そういえば、青木は、どこにいったの」と僕がキョロキョロと周りを見回してみた。
「まあ、トイレでござるよ。ほとんど休憩時間がなかったでござるし」と黛いろは。
「そうかなあ」と僕は不思議な気持ちになっていた。その時の新堂まおりの眉がピクッと動いた。そのことにもうすこし注意を払えば、あんなことにはならなかったのに・・・。
新堂まおりの助っ人力は下手な助っ人外国人選手よりも高かった。まず、新堂まおりはテキパキと皆に指示をだし、役割分担をさせた。綺麗好きの望月みずきは、整理整頓と、燃えるゴミ燃えないゴミの区分をすることとなり、黛いろはは、整理整頓が苦手なため、ゴミ拾いとほうきと掃除機を使って、掃除をすることになった。この部隊の中の唯一の男性として体力を見込まれ、僕は、家具の移動やごみの搬出などの力仕事を任された。新堂まおりは、現場監督として、とどこおった部隊の仕事をうまく補助したり、詰んだ部隊を円滑に回したりしていた。なんやかんや、2時間ぽっちで、荒れ果てた部屋は、見事に形を変え、普通に人が住めるレベルの部屋にまでなった。
「まさかこんなに綺麗になるなんて・・・」と感動している僕。
「さすがまおりん♪5人兄弟の頼れる長女♪」と黛いろはは、いう。
「えっ、新堂さんって、5人兄弟なの!?」と僕はつい驚いてしまった。あまりにも頼れるから兄弟はいるだろうと思っていたが、まさか5人もいるなんて想像もできなかった。
「そうだよ。少年は知らないだろうが、私には5人の兄弟がいてね。私以外全員男なんだ」と新堂まおり。
「へえ、男兄弟なんだ」と僕がうなずいていると、後ろで何かの物音がした。
「なんか変な音しなかった?」と望月みずき。
「そうね。なんか怖いでござる。もしかして幽霊でござるか?」と黛いろは。
「幽霊!?」とさっきまであんなに頼りになった新堂まおりが、全力で動揺していた。
「えっ、新堂さん。幽霊怖いの?」と僕が聞くと、
「いや、少年が心配することには・・・」と新堂まおり。
「まおりんは、空手で黒帯だし、剣道も師範代レベルでめっちゃ強いのでござる。だけど、幽霊にだけは弱いという、とても特殊な女の子でござる!」と黛いろはが解説を挟む。
「いや、別にそんなに弱いってことは・・・」と新堂まおりが、ていせいしている間に、「わっ」と後ろから黛いろはが驚かした。すると新堂まおりはビクッとして、ズサササーと後ずさりした。
「えっ、やっぱり怖いんじゃ・・・」と僕。
「・・・」と顔を赤くする新堂まおり。いつもはキリッとしていて姉御肌っていう感じなのに・・・。お化けとかそういうのには、弱いんだなあ。思わぬ弱点を知れて不覚にも、可愛いと思ってしまった。本人に言ったら殴られそうだけど・・・。
「とりあえず音がなった方に行ってみるか」と僕。
「えっ、まあ」とあまり気乗りしていなさそうな新堂まおり。
「新堂さんは、怖くないんでしょ?」と僕も悪ノリをかます。
「ええ、まあ」と新堂まおり。
僕らは、僕を先頭に、廊下に出て、物音がした方に走った。
「多分、2階から音がしたよなあ?まさか、2階の物置小屋だったりして・・・」と嫌な予感がする。そう2階の物置小屋とは、望月みずきから再三行ってはならないと言われた場所だったのだ。僕は、勝手に悪魔降臨術でもやっている部屋なのかと邪推していたが・・・。本当に悪魔が出てきて、こうやって物音を立てていたらどうしよう!ついに、物置小屋までたどり着いた。
「ここ開けていいの?」と望月みずきに確認を取ると「えっ、本当にここから音がしたんですよね?」と望月みずき。
「僕の耳が確かならここから音がしたけど・・・」と僕。
「うーん」と考え込む望月みずき。
「て言うか、一体この部屋に何が隠されているというんだよ?それ次第だよ、開けるのは」と僕。
「ここにあるのは・・・あ〜言いたくない」と望月みずき。
「言ってよ!もうここまできたんだから」と僕。
「えっ、ああ、まあ、言いますけど・・・」と望月みずき。
「早くいえ」と僕は急かした。
「水鳥の羽!」と大きな声で望月みずきがいった。
「何でござるか。それ」と黛がいうと、
「えっと、友達ができるためのおまじないのものですよ!」と照れながら望月みずきが言った。
「望月は、友達が欲しかったの?」と僕がいう。
「ええ、そうよ!欲しかったから、隣町の占いの館で買ったんですよ!その水鳥の羽を置く場所っていうのは、人がいないところなんです。今、皆が、入ったら、その水鳥の羽が飛んでいってしまう・・・」と望月はいたって真面目にいう。
「でも、もう、私たちが友達ではないか!」と新堂まおり。
「ま、まあそうですけど」と望月みずき。
「いいよね?もう緊急事態だし。もしかしたら、この間に、また望月さんが乗っ取られてしまうかもだよ?なんでも怪しいものは潰して行ったほうがいいんじゃ」と僕は後押しする。
「まあ、前私が乗り移られた時も、あなたは何もできなかったじゃあないですか」とピシャリと望月みずきは言い放つ。
「え〜、でも」と僕が引き下がらないので、「でもあ〜まあしょうがないですね」としぶしぶ承諾する望月みずき。
「よし、住民の許可も得れたし、開けるぞお」と引き戸を開けようと手をかけたが、手が汗で滑って、開けることができない!
後ろから黛いろはが名乗り出て「拙者がやるでござる!」と手を挙げた。
「うんっ〜うんっ!」と力みながら黛いろはがやっても未だ開かず。
「やっぱり力が強い人じゃないとダメでござるね」と黛いろは。
「そうだね」と言いながら僕はとある人の方向を見る。しかし、目線を外される。
「あれ、確かここに、空手の黒帯で、剣道も師範代の人がいたよなあ」と僕は、もう一度、新堂まおりを強く見つめる。
「少年、そんなに熱い視線で私を見るな」と新堂まおり。結構、誤解を招きそうな表現だ。
「よかったら、新堂さんに、開けてほしいな」と僕は甘える。
「あっ、まあやるしかないか」と新堂まおりはそでをまくる。
「まおりん!さすが!一回頼まれたら断れないタイプ!」と黛いろはは、おいつめる。
「おしっ」と気合を入れて、新堂まおりは、引き戸に触った。
「まおりん!いっけーいけ!」と黛は、なぜかチアリーダの服を着て黄色いポンポンを両手に応援し始めた。
「開けええええええ」と新堂まおりが、すごい力で引き戸を引っ張ると、ついに引き戸は、開いた。
「あ、やっと開いた」と僕は呆然と立っていた。
「一体何がはさまったらこんなに開かなくなるんでしょう」と望月みずきが、ハイハイの格好で、原因を調べ始めた。ハイハイの格好ではどうしても、望月みずきの短いスカートから黒色のパンツが見えそうで、僕は、ついかがんでしまった。すると隣からゲンコツが飛んできた。
「少年、そういうのは良くないぞ」と新堂まおりが、言った。
「さすが、風紀委員・・・」と僕は、膨らんだタンコブをなでながら言った。
「あっ」という声がしてそっちを見ると、望月みずきが、ベットの下を指をさしている。のぞいてみるとそこには、青木ゆずが息を殺して隠れていた。
「なっ、何をしてんだ!」と僕は青木ゆずにかがんで話しかける。
「えっ・・・」と青木ゆずは、まだバレていないと思っていたようである。なんて鈍感な女なんだ。
「とりあえず出てこい」と青木ゆずの腕を引っ張る。青木ゆずは、青木ゆずで、「いやっ、いやっ」と引っ張られた手を戻そうとする。
後ろから新堂まおりが顔を出して「おい、出てこんか」と言った。それはまるで鶴の一声とというもので、青木ゆずは、めんどくさそうな顔をしながら、ベットの下から出てきた。
「なんで、君は、みんなが掃除で頑張っているというのに、一人でこんな狭いベッドの下なんかに隠れて。そんなに掃除がしたくなかったのかね?」と新堂まおりは、青木ゆずをなじる。
青木ゆずは、「・・・」と何もいうことがないと言ったような様子。というかさっきから、新堂まおりと青木ゆずの間で、バチバチと光線が見える。何か二人の間で確執があるのか?
すると、黛いろはが、前にでて「喧嘩をやめるのでござる!」と言った。黛いろはは、まるで自分をとりあう男子生徒を止めるような出たちだったので笑った。
「け、喧嘩?誰と誰がっ?」と青木ゆず。
「あまりてきとうに言うでないぞ。黛くん!」と新堂まおり。
「この二人は、ずっと喧嘩し続けているでござる!確か、あれは2ヶ月前・・・」と黛いろはが過去のことを回想し始めた。黛いろは曰く、新堂まおりと青木ゆずは、二ヶ月前、隣の席で、毎日のようにしゃべっていたのだが、ある日を境に、何も喋らなくなったと言うのだ。一体なんで喋らなくなったのか、黛いろはは、不思議で、周りのクラスメートに、事情聴取したらしい。青木ゆずの右隣のA子は、新堂まおりの潔癖症が生み出した不仲だと言っていた。しかし、新堂まおりの左隣のB子は頑なに、それを否定し、あくまで、青木ゆずが、新堂まおりにものを貸したばっかりに帰ってこず、新堂まおりが激怒したといっていた。黛いろはは、黛いろはなりに独自の見解を立てたらしい。A子は、青木ゆずの親友であり、どうしたって青木ゆずの肩をもつに違いないと。そうした上で、事件の真相とは、青木ゆずの元々もった、だらしなさが巻き起こした悲劇だと。かくいう黛いろはも、他の友達から青木ゆずからの被害者情報を聞いたことがあったらしい。しかし、隣同士ではなくなるうちに二人は、疎遠になり、結局、青木ゆずに非があるものの認めず、今に至ると言うわけだった。
「えっ、まだあの時のことを蒸し返すのっ?」と青木ゆず。
「まだあの時のことって・・・青木くん、相も変わらず反省の色がみられないな」と新堂まおり。
「そうでござる!それはひどいでござる!」と黛いろはは、青木ゆずに指をさす。
「黛さんは、私のこと知らないでしょっ!口を出してこないでよっ!なんも知らないくせに・・・」と青木ゆずは、しっかりと応戦する。
「何も知らないくせにって、そんな突き放す言葉、選ぶんじゃないでござる!拙者は、ただ、青木殿のことを思って・・・」と黛いろは。
「私のことを思ってって・・・。恩着せがましいったらありゃしないっ!黛さんがそんな人だとは思わなかったわっ。学校へ行かなくなったのも、環境のせいじゃなくって、黛さん自身の問題でしょう?自分で向き合わなくってどうすんのよっ!まだ、おねえさんのことを引きずってるの?自分がお姉さんと同じようにタレント業をやってたのに、お姉さんに抜かれたからっ?」と青木ゆずは一心不乱に言いたいことを口にした。彼女が気づいた時には遅かった。彼女が言いたいことは、黛いろはを強く傷つけることを。
「あっ、ごめん」と青木ゆずが言ったが、その声は黛いろはの足音に、たち消えた。「・・・っ」と言って、顔を押さえながら、黛いろはは、外に出ていった。
「あのっ」と急に、望月みずきが手を上げた。
「何っ」と青木ゆずが言う。
「一体どんなことがあったのか、ちゃんとわかんないと話せないので、ちゃんと何があったか事細かに、話してもらっていいですか?」といたって冷静な望月みずき。
「は、はあっ」と青木ゆず。
「わかりました」と新堂まおり。
「それに、タカキくんは、黛さんの後を追って」と望月みずきが、指示を出してくる。
「えっ、急に!?」と僕がこたえると、「ほらっ、早く!」と望月みずきが急かしてくる。
「ああ、わかった」と僕は、しぶしぶ黛いろはの後を追った。黛いろはは、廊下を抜けて、玄関を通り、外に出たらしかった。
「それから、どこへ行ったのかなあ」と僕が、周りを見ても、黛いろははどこにもいないのだ。僕は焦って、望月宅から徒歩10分のところにある歩道橋の近くまで探しに行った。
歩道橋は、ガタンゴトンと通る電車を見下ろすことができる。僕は8分毎に走る電車を横目に、黛いろはのことを考えていた。
黛いろはと出会った頃を思い出したり、黛いろはと出会ってから、黛いろはやそれを取り巻く関係性も大きく変わったなあとか。そんなこと。黛いろはのおかげで、退屈な人生も花やいだというか。何か恩返しをしなければ、ならないというか。一歩、一歩、階段を登っていって、歩道橋の真上に近づくうちに、電車の全体像があらわになる。夕陽が近づく。その光が、まぶしくて、目をそらしてしまう。その先には、階段の隅に集まったゴミたちがいっぱいあって、ポテチの袋をぐしゃぐしゃにしたものとか、ガムの切れ端とかが落ちている。「うえ〜きったねえ」とふと口にしてしまった。そしたら、遠くから、「えっ」という女の声がして、僕は、急いで、歩道橋の上まで歩を進めていった。
歩道橋の上には、女の人がいた。夕日をバックにこっちに近づいてくるが、逆光で、誰だかわからない。
「タカキ殿!」という口調を聞いて、初めてその女の人が、黛いろはであることに気づいた。
「もしかして、黛さん?」と僕も近づいた。
「そうでござる!ここから、綺麗な景色が見えるのでござる!」と黛いろはは、手をかざしながらいう。
「本当だな。ここから見ると電車とか見れるんだな、今は秋だから紅葉も、線路を取り囲むように生えてて美しいな。この電車はどこへいくんだろうな」と僕。
「うーん、どこだろ?都心の方でござるかね?」と目で電車を追う黛いろは。
「ねえ、タカキ殿?」と黛いろはが話しかけてくる。あまりの顔の近さに、少し照れてしまった。黛いろはのプルプルな唇、二人をあかあかと照らす夕日、夕日のせいか少し赤くなる黛いろはの頬。僕は一瞬目を閉じていた。雰囲気に飲み込まれた結果だった。唇を尖らせてみた。そこにプルプルを重ねてくれるかなって期待してしまった。そんな期待もさしおいて、黛いろはは、僕に言った。
「ここから聞こえる電車の音って、うるさく感じないでござるよね」と黛いろは。
「えっ」と僕は思わず声を出した。その時、電車がガタンゴトンと通り、その後、黛が言った言葉が電車の音でかき消された。
「今なんて言ったの?」と僕が聞くと
「拙者は、同じこと、二度も言わないでござる」と黛いろはが、後ろを向いた。心なしか、黛いろはの頬がすごい赤くなっている気がした。黛いろはの頬が赤くなっているのは、夕日のせいじゃないかもって、その時、思ったんだ。なぜ思ったかはわからないけど。
帰り道、黛いろはをできるだけ車道側を避けて歩かせながら、僕は、黛いろはの身辺の話を色々した。幼少期からお姉さんと比べられ続けていたこと。お姉さんは、スタイルもいいし、顔も超一級に可愛いいし、なんなら勉強も良くできて、自分にはとうに及ばないこと。昔から姉妹で、ベビーモデルをやっていたのだが、10代後半で、大きな差ができたこと。両親も姉に対してだけ甘くて、姉に、今も嫉妬していること。テレビで姉のCMとか見てて、私ももしかしたらこの位置に立ってたかもしれないと思うと、悲しくなること。そんな自分の姉への嫉妬をピシャリと言い当てられて怖くなって今、外に出てしまったこと_。黛いろはの小さい口に入りきらないような、たくさんの暴露話は繰り広げられた。あまりにも卑屈な黛に、僕はこんなふうに言った。
「別に黛のせいじゃないだろ。青木が、自分の非を認めたくなくって、そこにいたなんの関係もない人に、当たってしまったようなもんなんだから。その内容のことは、気にしなくっていいさ」と。
「そう・・・でござるか・・・」と黛いろはは、少しホッとしたような眼差しをする。
「ほら、もう帰ろうぜ!みんな、待ってるよ!」と僕が言うと
「そうでござるか・・・」と黛いろはは、内心いきたくなさそうであった。
だから僕は、「お前がいないと盛り上がらねーよ!お姉ちゃんは確かに、何十万人のテレビの視聴者を笑顔にしているかもしれねーけど、お前は、お前で、新堂や望月、僕を楽しませて笑顔にさせているんだろ。いや、青木だってそうだ。楽しんでいる一人だろ。黛が、甘えやすくて、甘えたにすぎない。お前は5人も幸せにしているんだぞ!それも、直接!誰にだってできることではない。お前の有名なお姉ちゃんでも代わりが効かないんだぜ」と言った。
「タカキ殿は・・・拙者のこと・・・」と黛が話し始める。僕は、耳を澄ませる。
「好きなのでござるか?」と黛。
しばしの沈黙。両者、顔を見合わせる。
「は?」と僕。
「好きで、ござるかっ?」と黛いろはは、繰り返す。
「えっ、まあ、好きっちゃ好きかな?」と僕は意味がわからず、疑問形を疑問形で返す。
「照れるでござる!早く言ってくれればよかったでござるのに・・・。なんで心の中に置いておくのでござるか!この〜タカキ殿のいけずう」と黛いろはは、ツンっと僕の肩をつつく。
「いや、別に」と僕。ん?なんかおかしいぞと変な気配を感じとった。後ろから、なんか見られているような気がしていた。僕は、とっさに、後ろに振り返った。そこにいたのは、計3名、新堂まおり、望月みずき、青木ゆずだった。
僕が「おい!」と声をかけると、「あっ」と三人は茂みから声を出す。
「いや〜、あまりにも帰ってくるのが遅いから、お二人は、何しているのかなって思ってついてきたんだ。そしたら黛くんとタカキくんがこんなことになっているなんてな」と新堂まおりは、黛の方を見る。黛は、頬をぱっと赤くさせ、顎に手を置き、「んっ」と言ってみせた。
「おい!僕は別に告白したわけじゃないぞ!」と僕はべんめいする。
「いいじゃないっ。あんたらお似合いよっ」と全然話を聞いていない青木ゆず。
僕は、この中で唯一の常識人に期待して、望月みずきに目配せを送って言った。
「望月さんも、そう思うの?」と。
それを無視して、望月みずきは言い放った。
「いいじゃないですか」と。
「おめでとう♪」と新堂まおり。
僕はさっきから、新堂と青木ゆずの間になんらかの確執があるように思えて、僕の話に、内容をすり替えようとしている気がする。二人とも、全く目が合わないが、僕が外出している間に、一体何があったんだろう。
僕はついに切り出した。
「さっき、僕がいなかった間に、なんかあった?」
「・・・」と新堂まおり。
「・・・」と青木ゆず。
相変わらず、険悪なムード・・・。僕は、この雰囲気を変えようと
「望月さん!先ほど!なんかまとめてたよね?結局、この二人どうなったの」と言ってみた。
すると望月は、渋々と口をひらく。
「ええ、先ほど、私が、青木さんと新堂さんどちらもからお話を聞いたんですけど・・・」
「それで結局?」と僕。
「まあ、結局、どちらも食い違うばっかりで、なんとも判断がつきにくいのです」と望月みずき。
「はあ、そうなんだ・・・」と僕。
「新堂さんは、私が消しゴムを盗んだって聞かないのよっ!たまたま隣の席になって、消しゴム貸してもらったのも、本当よっ。でもっ!私は盗んでないにゃ。あっ、盗んでないわっ!なんか言っても聞かないんだから!」と青木ゆずはいう。こんなに、緊迫した状況でも、にゃという語尾がついてしまうなんて、可愛いやつだ。つい僕も顔が、ほころんでしまった。
「青木くん!まだいうのか!君は本当にわかっていないやつだな!一回貸したのはそうだよ。その後が問題だ!その後、君は、返さなかったじゃないか!」と新堂まおり。
「返したわよっ!」と青木ゆず。
「返していない!」と新堂まおりも負けじと応戦する。
「返した!」「返してない!」の応酬が数分続いた。僕たちもなんだか辟易としてきてしまった。
「ああ、わかった。わかった」と僕は二人の真ん中をとった。
「何よっ!(何だよ)」と二人がキイっとこちらを睨む。
「こういうのは、どうだろう?新堂さんは、消しゴムを借りパクしてたと思っていた。でも、青木は消しゴムを返していたんだろ?」と僕が二人に確認すると
「ええ、そうよ(ああ、そうだ)」と二人とも言った。
「ならば、こうも考えられるんじゃないか?本当は、二人とも悪くなくって、実際には、その消しゴムを青木が返した時に、ちょうど風が吹いて、飛んでってしまったっていうのは」と僕。
「はあ?」と青木ゆずは僕を睨みつける。
「いや、ものは考えようっていうか」と僕。
「ちゃんと真実を明らかにすべきだろ!君は、そんなに事実を歪めて楽しいか?」と新堂まおり。
「いや、そういうことじゃなくって、真実は闇の中っていうか。そこに、本質はないっていうか」
二人に責められた僕は、たじたじになってしまった。
「闇の中にある真実を明らかにすべきだと思わないのかね。君は!私は、タカキくんは、そういう正義の人間だと思っていたよ。だから、君に、黛くんを頼んだというのに。なんか残念だ」と新堂まおり。
僕はその言葉に少しプツンと切れてしまった。その後、僕は心ここにあらずの状態で喋り続けた。
「確かに、そういう真実を明らかにしたいという気持ちもわかるよ。僕だって!でも、その真実に何が待っているんだ?どちらかを善悪と判定することになんの意味があるんだ?例えば、もし、望月さんが、消しゴムを取っていたとする。だったら、望月みずきは悪者になるのか?それで望月さんを除け者にしていいのか?望月が、不登校サークルを作った理由、そんなのは、僕は望月さんではないからわからない。あくまで僕の予想だが、望月さんが書いた不登校サークルの募集要項に書いていた、“学校の人間かんけーに不安がある人“っていうのは、望月さん自身のことなんじゃないか。隣同士じゃなくなって疎遠になったって言ったけど、新堂さんのような風紀委員という立場があって、部活もバリバリやっている人から、些細なことで、悪者のレッテルを貼られたら、どうやってこれからそのクラスで、人間関係を営めばいいっていうんだい」と僕。熱心に喋りすぎて息が上がってしまったが、どうにか、その息を抑えてまた喋り出した。
「それに、黛いろはのことだってそうだ!不登校がなんだ!べらリレーに出なかったことが何だ!不登校が悪か?不登校の生徒を正して学校へ向かわせるのが、正義か?美醜で比較するなんて間違ってるだろ。だからこそ、こうやって黛は姉との比較で、悩んでいるわけだし」と僕は言い出した時こそ大きな声で明快に喋っていたのだが、熱くなっている自分に恥ずかしくなって段々と声が小さくなっていった。そして僕は、望月の方を向いてこう続けた。
「あと、望月、不登校のレッテルなんて貼らないで、正面から僕らと対峙してくれないか」
新堂も望月も唖然としていた。こんなによく喋る男だなんて思っていなかったのだろう。いつも、コンビニのおじさんぐらいしか喋っていなかったからかな?こう喋る機会が与えられると僕は、たくさん喋ってしまう。僕は、今、思っていたことをただぶちまけたにすぎないので、とっても気恥ずかしい感じがした。
「そうか、君はそんなふうに思っていたのか・・・」と新堂まおりは、頷く。
「なんか、ごめんなさいねっ」と青木ゆずは、謝る。
「そうだな、本当に悪いな。私はそういうふうには思っていなかったんだけども・・・そう思われるような言動をしていたか・・・」と新堂まおりはまた考え込む。
「よく考えたらみんなを心配させたわけだし。本当にごめんなさいっ」と皆の方を向きながら謝る青木ゆず。
そして、青木ゆずは、黛の方に、向き直して、「黛さんにも、変に当たり散らしてごめんなさいねっ」と言った。
「えっ、ああ、別にいいでござる。全然気にしてないでござる」と謎にキョドる黛いろは。僕は心の中で、いや、めっちゃ気にしてたろ!と思ったが、口には出さなかった。
「今日は、なんかいい日でござるね」と、歩きながらのびをする黛いろは。
「こう心の中がほっと和らぐような気するでござる」と黛いろはは、付け加える。
「そうだね。今日は、お天気がいいからかな?ほらみてみろよ」と僕は空を指差す。
夕日はあっというまに沈んでしまったが、夕陽の光が空全体に広がって、青と紫とオレンジの重なりが、美しいマジックアワーを作っている。
「ほえー、綺麗だねっ」と青木ゆず。
「そうだな。綺麗だな」と新堂まおり。
「あんないろんなことがあったのに、空は、綺麗なんだな」と僕。
「いろんなことがあったからこそ、綺麗なんじゃないの」と望月みずき。
「ああ、そうかもな」と僕は、空を見上げる。マジックアワーは、そんな僕たちをみさげて、皆を、包み込む夜になった。僕は、一息ついて
「あれなんか、忘れてね?」といった。
「あっ」と一同思い出す。
「そういえば、あのお兄さん!どうしたんだっけっ」と青木ゆず。
「まあ、多分成仏したんじゃないでござるか?部屋の掃除もしたことでござるし」とテキトーな黛いろは。
「また幽霊に、乗り移られたらどうするの?」と望月みずき。
「えっ、ああ、確かに」と僕。
「えっ、お兄さん?幽霊?何のこと?」と新堂まおりは急にオドオドしだす。
「あーそっか新堂さんには話してなかったなあ」と僕。
「えっ、すごい気になる。少年!何を隠しているんだ」と新堂まおり。
「いや、隠しているってわけじゃないけどさ、後で話すよ」と僕。
「そうか」と新堂まおり。
「うーん、何かやばい気がしてきたな。家に帰って、成仏のやり方を調べるか」と僕。
「あーまあ、やるかっ」と気乗りしなさそうに青木ゆずがいうから
「いや、青木、掃除もしてねーじゃん」と僕は、笑いながら言った。
それを聞いて青木ゆずは、むすっとしながら
「うるさいな!今からやるって言ったでしょ!」と言った。
変なことにムキになる青木ゆずが面白くって、皆で笑った。
僕らは急いで望月の家に帰ると、お兄さんの部屋で、早速、解決の手掛かりになるものを探し始めた。
「のっとられた?望月くんの体を!?そんなことあるの?」と今更驚いている新堂まおり。ま、掃除をさせるだけさせた僕らが悪いんだけどな。
「そう、だから、望月の体を乗っ取られないために、お兄さんの成仏に向けて、いろんな手段を模索しているわけ」と僕。
「じゃあ、私も皆と一緒に兄貴の遺品を探せばいいのか?」と新堂まおり。
「そうでござる!」と黛いろは。
「ああ、わかった」と新堂まおり。どうしても、恐怖が隠しきれないと言った様子だ。
「大丈夫でござる!幽霊と言っても、お兄さんだし、乗り移るタイプだから、ほとんど望月みずき本体でござる!」
「言い方わるっ」と僕。プルプルと新堂まおりが震え始めた。
「新堂さんが震えちゃってるよっ!どうするっ?」と青木ゆずは僕に助けを求めてきた。
僕は、「本当に怖がってるな。どうにかしないと、一旦家に帰るとか」と新堂まおりの方をみた。
新堂まおりは、女の子座りをして恥ずかしそうに俯き始めた。よくみたら下半身がびちょびちょに濡れているではないか!?まさか、失禁したのか!?幽霊を怖がりすぎだろっ。
「どうしよう!あら!とりあえずトイレにいったら?」と望月みずき。
「はい」と新堂まおりは、ヘロヘロと立ち上がる。
「きゃあああ」とトイレから女の悲鳴がきこえた。つい10分前に、新堂まおりが入ったばっかりだ。
「どうしたのかしら」と望月みずきはトイレに近づき、コンコンとトイレのドアを叩く。
「新堂さん、どうしたの?」と望月みずきは優しく話しかける。
「開けて」と新堂まおりはいう。
「じゃあ鍵を開けてちょうだい!」とガシャガシャ扉を動かす。
無言で扉は開き、中から、倒れ込む新堂まおりが出てきた。よく見るとズボンが脱げて、パンツが見えている。新堂まおり自体は、放心状態といった様子。
「なに!?まおりん、どうしたのでござるか?何かみたのでござるか?」と黛いろはは、後ろから新堂まおりに語りかける。
「あれ!あれ!」と新堂まおりは窓の外を指差す。
「なにっ、なに?」と指を指した方向に目をやる、青木ゆず。
外にあったのは、細長い看板のような影であった。
「何あれっ、変なの?」と青木ゆず。
「外にみにいってみるか」と僕がいうと
「そうね、そうしたほうがいいかも。私と青木さんは、新堂さんのこと、看病しているから!早くいってきて」と望月みずき。
「えっ、なんで私!?」と動揺する青木ゆずに、「いいから、いいから」と言って青木の肩を掴む望月みずき。
「そうだな、ここは、新堂さんを望月さんと青木に任せて、外を確認していこう!」と僕。
「そうするしかないでござる!早速向かうでござる!」と黛いろは。
外に出ると、ピューと冷たい風が吹いて、「さむい!寒いでござる!」と黛いろはが、いったので、僕がそっと、マフラーをかけてやると、「タカキ殿!ありがとうでござる」とマフラーに顔をうずめて、少し微笑んだ黛いろは。その顔の赤さが、白いマフラーにうつってしまいそうだった。
家の庭に出て、生垣の近くまで歩いた。するとだんだん、お目当てのものが見えてきた。
「タカキ殿!あれではないでござるか?」と黛が元気よく指をさす。
「あ!あれだ!ちょうどトイレの近くにあるし、あれに違いない!」と僕。よくみたら、白い看板のようなものだった。こんなもので、新堂まおりは腰を抜かしたのかと思うと不思議で。もしかしたら、新堂は、トイレの曇りガラスからこれをみて、白い幽霊とでも思ったのかもしれない。そう考えると笑ってしまう。
「白い看板が立っているだけでござる。何の変哲もないでござる」と黛いろは。
「本当に、そうだな」と僕。
「逆立ちでもしたら何かわかるでござるか?」と黛いろはは、白い看板を前にウンウンとうなる。
「うーんどうだろうな。見方を変えるっていうのは、いいと思うんだけど」と僕も、黛をならって、顔をかたむける。
「うーんなんかに似ている気がするんだよな」と僕。
「そうでござるね。ゲームにこんなのがあったような気がするでござる」と黛。
「白い・・・看板・・・。ああ!待てよ、わかった気がする!」と僕は、白い看板がうまっている地面を、足で減らした。すると、地面の中から丸みのある白いものが顔をだす。。僕は、もっともっと、土を減らす。すると全体像が現れてくる。
「ああ!わかったでござる!やじりでござるか?」と黛いろは。
「やじりだよ。ってことは・・・」と僕。
「矢印!!」と僕と黛いろはは顔を見合わせた。黛は、あまりに興奮しすぎだことが恥ずかしかったみたいで、照れて目をそらした。僕は、何だか宝探しを探すような気持ちで、ワクワクしていて、「僕!望月に聞いてシャベルの場所持ってくるね!もしかしたら、ここの下にお兄ちゃんの秘密が眠っているかもしれない!」と興奮しながらいった。
走り始めた途中で立ち止まって、「ごめん、寒くない?」って黛いろはに、聞くと、黛は、僕を抱きしめて、「こうしてたら寒くないでござる」と上目遣いで言ってきた。
黛は、ポッと顔を赤らめると「早く行くべきでござる」といって僕の背中を押してきた。僕は黛の手の熱を、背中に感じながら、走ってシャベルを取りに行った。
一体どういう意味なんだろ?なんで抱きしめたんだろ?寒かったからかな?とか考えながら寒空のなかを走った。
望月が言うには、シャベルは、庭の植え込み横のロッカーに置いてあるらしい。それを聞いて、僕は、急いで、ロッカーからシャベルをとりだし、地面を掘り出すことにした。
この下には絶対何か埋まっていると謎の確信を持ちながら掘り進める。まずは、やじりの全体があらわになって、黛も「矢は下をさしているでござる!タカキ殿いけ!いけるでござる!」と興奮してきたのか、声を大にしていう。
そして、ついにかまぼこのような円形が見えてきて、黛いろはも手で応戦する。
「おしっ、出すぞ!」と僕は、土の中から、それを引っ張る。
「いけ!」と黛は、手で土を減らしながらキラキラとした目で、出てくるものを待つ。
「これは!?・・・もしや」と僕が、言うと
「宝箱でござるか!?」と黛。
地面に埋まっていたのは、黛の言うとおり、金縁のついた黄金の宝箱であった。
「これは期待できるでござる!もしかしたら徳川埋蔵金とかではないでござるか?一攫千金も夢じゃないでござる!」と黛。僕は、黛が、さすがに目的とそれすぎていて笑ってしまった。
「んなわけないだろ!とりあえずあけるぞ!」と僕は、開け方を確認する。
「これは、もしや鍵つきでござるか?」と鍵穴を揺らす黛いろは。
「そうみたいだな」と僕は鍵穴をのぞく。中は空洞で暗闇が広がっていた。
「どこにこれの鍵があるのでござるか?」と黛は、周囲を探す。周りを見ても、何にもない。新しい鍵を作ってもらわないといけないか?と一瞬よぎったが、いったんは、家に戻って妹の望月みずきに、聞いてみることにした。
「えええ、宝箱!」と望月は驚く。まるい目にそって、まつ毛がブワッと持ち上がる。
「徳川埋蔵金じゃないっ」とまたもや、黛と同じようなことをいう青木ゆず。目が、お金のマークになっている。全く、僕の周りにいる女は似たような女ばっかだ。
「そうでござる!庭裏にあったのでござる!これが!その矢印の先にあった宝箱でござる!」と黛は、宝箱を見せる。
「すごい!やじるしの先とかよくわかんないけど、そんなものがうちに?」と目を丸くして、宝箱に手を触れる。
「そうなんだよ!多分、中には、なんか秘密のものが入っていると思うんだ」と僕。
「んで、多分、お兄さんのものだと思うんだ」と僕は続ける。
「あ・・・兄がそんなもの残すようにはどうも思えませんけどね・・・」と望月みずき。
「お兄さんは生前どんな人だったでござるか?」と切り込む黛いろは。
「私の兄は・・・名前は、望月のぞむというんけど・・・」と話し始める望月みずきは、どこか悲しそうな瞳で昔の話を語り出した。
「お兄ちゃんとは小学校高学年ぐらいまでは、よく遊んでいて、いつも公園の遊具とかゲームで遊んだりしてたの。お兄ちゃんは、そん時はすっごい、優しくって、私の好きな遊具とかゲームをゆずってくれたり、友達に頼み込んで持ってきてくれたり、親切だったから仲良しで。でもお兄ちゃんが、確か、中学に入る頃からか、だんだんと疎遠になっていったの。まあ、趣味とかも全く違うようになっていうのもあったけど、それ以上に、お兄ちゃんが、攻撃的になっていったの。お兄ちゃんの攻撃性というのは、ザ・不良といったわかりやすいものじゃなく、もっとジメジメしたささいなものだった。お兄ちゃんは中学までは、カフェで見せた通り、結構、見た目に気を使ったりしていたから、好青年に近かった。それも、人に対する態度もそれはそれは丁寧だった。もちろん学校の成績はトップレベルで、人当たりもよく、先生への敬意も忘れなかったし、みんなに、いい印象を与えたの。だからこそ、学校の中でも、近所の中でも、お兄ちゃんの存在は、好意的に受け取られていたの。でも、私は知ってた。お兄ちゃんは見た目通りな模範生徒ではないことを。だって、お兄ちゃんは、自分が優等生なのをいいことに、CD屋でCDを万引きしたり、中学校で飼っていたモルモットを弱らせたり、あの頃のお兄ちゃんはそれは、ひどいものだったんだもん。もちろん、一切バレないの。それを見越してやってた、そのいやしさが、彼には、あった。
高校へ上がった頃から、持病が悪化して、もう何にもやる気なくなったのか、容姿も顔つきも大きく変わって、生活が、荒んで、退廃的になっていったの。風呂も入らないし、歯も磨かない。挨拶はしないし、学校にも行かない。もちろん家族と食べていた食事も、一人っきりでとるようになった。母親は心配して、心理カウンセラーの先生に、お兄ちゃんを見せにいったの。何か思い悩んでいるんじゃないかって。でも、お兄ちゃんは、その前で、一言も喋らなかったそうよ。人の不幸で飯を食っている奴は許せないって、そんなやつと一言も喋る義理はないって頑なだった。
私は思ったの。あの頃のお兄ちゃんはどこにもいないんだって。あの頃のお兄ちゃんは、人の痛みに敏感だったし、何よりも痛みを優しく受け止めてくれた。ああ、自分の痛みを、他者への受容にあてるんじゃなくって、他者への攻撃にあてちゃったんだって。今もそうよ、幽霊になって、窓ガラスを割って、妹の中へ入って、ぐちゃぐちゃにして。死んでからも同じよ。確かに、若くして病気になってかわいそうだったわ。でも私はその行為全て、とても病気のせいにはできないわ」
「もしかして、望月さんが、不登校になった理由もお兄さんにある?」と僕が聞くと、
「まあね、お兄ちゃんを見て、見た目を取り繕ってもしょうがないってわかったし、お兄ちゃんのように見た目を取り繕うのが美徳だとされる学校には行く必要がないかなって思ったの」と望月。
「なるほどね」と僕。
「拙者も姉がそんな感じでござる」と黛いろは。僕はその発言に驚いて、深く聞きたくなったが、そうすると、黛が傷つくのがわかるので、胸の中にしまい込んだ。
どこか大人びた考えを持つ望月みずきに驚きながらも、兄の人となりを、それとなくしれた僕は、もう今日は、時間も時間だし、満足で、帰ろう!といおうとした。
すると、青木ゆずは、「とりあえず、聞けたことだし、お兄さんの部屋まで行って鍵を探そう!」と異常なやる気をもって言ってきた。
「えっ」とみんな固まる。何たって、一人は寝室で寝ているし、僕も、黛も望月もクタクタだったから。
「掃除した時何もなかっただろ?だから帰ろうよ」と僕が、いうと
「ああ。そうだっけっ?」と青木ゆず。ああ、そうだったこの女は、皆が掃除している中、一人で、入ってはいけない部屋に入って、身を隠していたんだった・・・。そう考えると呆れてくるが、宝物を前にして、僕も何だかいてもたってもいられなくなった。
「よしっ、じゃあ、今20じだけど、21じまでは、捜索しよう!いいな。21じだぞ?21じになったら帰るんだからな!」と僕は言った。
黛はため息をつき、望月はヘロヘロと女座りになっていた。だけど、それを横目に、青木ゆずは、いつにもなく光り輝き、徳川の夢に溺れた。
「おお!タカキ!やるじゃん!わかってんじゃんっ!ぜって〜見つけようなっ!」といって肩を組んでくる青木ゆずは、本当に、少年漫画の主人公のような瞳をしていた。
「ああ、はいはい」と僕。あいつ、マジで調子いいなと思いながらも、僕は、どこか青木ゆずの喜ぶ顔が、見たいと思ってしまったのだった。
「なんか近いでござる!」と後ろから小さい手が、二人の背中を支えた。それは黛いろはだった。何だか困惑気味な表情で、僕と青木ゆずを交互に見てくる。
「えっ、僕と青木ゆずが?そういうこと?」と聞いてみると
「そうでござる!えっとこれってなんて言ったでござるか・・・ああ!そうでござる!ふじゅんいせいこうゆーでござる!」とまるで新堂のような口ぶり。
「どうしたんだ?黛らしくないな」と顔を近づけてみると
「あああーー」と顔を赤らめて目を逸らし「別に気にしないでござる!いってみただけでござる」と早口で言ったので、黛いろはも疲れすぎて変になったんだろうなと勝手に思った。
またもや、望月兄の部屋へ入った。次こそは、ちゃんと綺麗にしたけど、望月兄の部屋はどこか居心地が悪いのだ。最初に部屋に入った時は、汚さに目を取られて、部屋の配置バランスなど気にも止めてなかったのにもかかわらず、今は、カーテンなのか、壁紙なのか、床の色なのか、全てアンマッチな感じがしてならない。
「もしかして、のぞむさんって、家具とかにこだわりないの?」と聞いてみると
望月は、「そう。お兄ちゃんは、何にも興味ないの。だから、あんな宝箱持っているはずないのよ」と言った。
「ほお。本当に、お兄様のものでござるか?いささか怪しくなってきたでござる」と黛。
「それはそうだな」と僕。
「でもとりあえず、どこのメーカーか調べる?」と青木ゆず。
「えっ、宝箱の?そんなの調べれるの?」と僕が尋ねると
「はあ!?そんなことも知らないのっ!今は画像検索が使えるでしょうがっ!宝箱の画像を撮って検索エンジンにかければ一発よ!どこからかったのかとか、意外とレアモノだったら限られるわ」と青木ゆずは自慢げに話す。
「おお!そうだな。もしかしたら譲渡品かもしれないけど。足がかりになるもんな」と僕。
早速、青木ゆずに言われた通り、検索エンジンに照らした。すると検索結果は、似たような宝箱がたくさん出てきて、どれがどれだかわからなかった。
「宝箱って、あんま個性ないもんな」と僕が、笑うと
「そうだねっ」と青木ゆずは、ぷりぷりと怒っていた。
「でも待つのでござる!」とそこから割り込んできた黛いろはが、話し始めた。
「もしかしたら、譲渡品ってことは、人が人に受け渡したものってわけでござるな。ということは、お兄様がどなたからか、もらったものでござる!ならば、お兄様のパソコンとかにのお友達を洗えば出てくるのではないでござるか?」といつになく鋭い黛いろは。
「ああ、そうだな。望月さん、お兄さんのパソコンを見せてもらっても・・・」と僕がいうと「ああ、確か、兄は、ここの押し入れに入れてたはずだけど・・・」と望月。
僕たちは早速、押入れを開けて中に入っているものを漁り始めた。押入れの中にはものがいっぱい詰め込まれていて、どこにお目当てのものがあるのかさっぱりわからなかった。僕らは、手分けして探すことにした。黛は上の段、青木ゆずは下の段、僕は、下の段に押し込まれている布団をどかしたり、ゴミを集めたりすることにした。少し手を突っ込むとペットボトルや紙ゴミが出るわ出るわで、大変だった。
「うんっ?なんか、冷たっ、硬い金属みたいなものが当たったっ!」とゴソゴソとものの間に手を入れた青木ゆずが言った。
「おお!それは!さすが!」と僕はやっと帰れると思って、青木のトレジャーハントぶりに祝福を送ってやろうとした。
しかし、引っ張り出してみてみると、それはただのプレート板だった。なんで、こんなところにプレート板があるんだろう?とかお兄さんは一体この部屋で何をしようとしていたんだろうと頭の中が疑問でいっぱいになった。
「何だあっ〜ただのプレート板ではないかっ」と落ち込む青木ゆず。
「何でプレート板がここにあるのでござるか?」と黛いろは。
「いや、知らねーよ」と僕。
「もしかして!UFOを呼ぼうとしていたのかもしれないでござる!」と黛はすっとんきょうなことを言って見せる。
「UFO?何でだよ!別にプレート板とUFOカンケーねーし。それに、お兄さんはオカルトに興味なかっただろ」と僕。
「いや、わからないでござる。拙者は、昔のオカルト雑誌を見たことがあるのでござる。そこに、プレート板で擬似UFOを作って本物のUFOを呼び出すというモノがあったでござる。お兄さんは、学校で友達がいなかったから、オカルトに身をやつし、宇宙に友達を作りたかったのではないでござるか?そしてオカルトに興味ある人っていうのは、あんまり大々的に言わないでござる!妹のみずき殿にはわからないように工夫していたかもしれないでござる」と自信満々にいう黛いろは。
「はあ。そうかなあ?考えすぎじゃないの?それよりパソコンを見つけよう!その件についても検索履歴を見ればわかるだろ」と僕。
「そうでござるね!とりあえずこの中のものを整理することでござるね!」と黛。疲れていた時から一転明るくなっている。やっぱり宝探しっていうのは、楽しいもんだからかな?
一時間たったのち、やっとパソコンを見つけた。書類の山をかき分けた末の偉業だった。見つけた青木ゆずは、嬉しさで飛び上がっていた。
「これでっ!やっとっ!鍵のありかに繋がるってわけねっ」と青木ゆずはパソコンを開き始める。
パソコンは充電が全くなく、まずは充電することにした。その間に、望月みずきが、お茶を沸かしてくれるというので、一同はとりあえず、みんなダイニングテーブルに腰掛けることにした。
「結構古いパソコンだから時間かかるかもねっ。まだ、赤い充電マークだしっ」と青木ゆず。
「そうでござるか・・・」と黛いろは。
「でも、今日は本当に長いなあ・・・」と僕。
「もう、流石に、疲れたでござるっ!帰宅でござる!」と黛いろは。
「え〜、あと少しで充電が終わるのよっ?」と青木ゆず。
「もう、なんか眠くなってきちゃったよ」と僕。
「まあ、いろんなことがあったわけだしね。それに、いつも外に出たりしてないでしょ?体が慣れていないんじゃないの?」と望月みずき。
「ああ、そうだな、いつも、家の中で、ダラダラとネットゲームをしたり、外に出たからと言って別に、ただ一番近くのコンビニに行くだけだしな」と僕。
「へえ、私と同じね」と望月みずきは小さい声でいう。
「望月さんも、そんな生活をしていたの!?」と僕は驚く。望月みずきみたいな、生真面目で、しっかりした人が、そんなすさんだ生活をしているとは!?
「そうよ。私の場合は、ネットゲームじゃなくって、動画配信サービスだけど」とポロッという。
「へえ」と僕。
「あれ、おかしいわよね。一般人が作った動画を、お金をかけてみるなんて。私いっつもなんでこんなの見てるんだろうって虚無になる時があるのよね。でも動画は続いてくし、私は目を離せないの」と望月みずき。
「現実逃避してるのではないのでござるか?」と黛。
「ああ、そうかも」と望月みずき。
そんなところで、パソコンからぴこんっと充電完了の音がなった。
「ああ!終わったんだっ!」と青木ゆずが、くるりとパソコン側に向きを変えて、電源ボタンを押し、立ち上がりをまつ。
「拙者もついつい動画を見て現実逃避してしまうのでござる」と黛いろは。
「はあ、あなたも?」と望月みずき。
「みんな各々、多かれ少なかれ、悩みはあるのでござる」と黛いろは。
「まあ、そうね。それに、その物事の捉え方は人それぞれだから、悩みの大小では、測れないしね」と望月みずき。
「あ!」と希望に満ちた声がした。ついにパソコンがゆっくりと立ち上がり、画面が明るくなったようだ。黛と望月もその声に、驚いて後ろを振り向く。
「これで、やっとっ!」と青木ゆずは、嬉しそうに、クリックボタンを押した。
すると、パスワード場面が出てきて、青木ゆずは一気に絶望の淵に立たされた。
「あああ!なんでなのよっ!」と青木ゆずは、頭を抱える。そうだった・・・。普通パスワードなるものがあるに決まってるのに・・・忘れていた・・・。僕は、ハッとして、望月の方を見た。
「望月さん!お兄さんのパスワードとか、聞き覚えない?」と僕。
「ええっ!パスワードなんて、知らないわ」と望月。
「なんか、ありそうな4ケタ!ほら!お兄さんの誕生日とか!」と僕。
「あ、えっと、6月12日だけど・・・」と望月。僕はすぐさま、青木に伝える。
「0612だよ!」と僕。
「0612?0・6・1・2〜ってあ!無理だあ」と青木ゆずはうなだれる。
「お兄さんの携帯の下4ケタは?」と僕は望月に尋ねる。
「えっとお、8253」と望月みずき。そしてそれを、青木がパソコンに打ち込む。
エラー音が流れて、「ああ、また無理だったっ」と青木ゆずは、がっくりと肩を落とす。
「うーん、なんかもっと心当たりある番号ないのっ?」と青木ゆずは、望月みずきの肩をツンっとさす。
「ああっ」と望月が急に、喘ぎ声のような声を出した。どうしたんだろう。
「えっ、こそばゆかったっ?ごめんっ」と青木ゆず。
「いや、あんまり触られると思ってなかったから。気にしないで」と望月。望月は、顔が赤く、なんだか息が上がっているようにさえ見える。
「大丈夫?望月、体調でも悪いの?」と僕が、望月みずきの額に手をやると、プシューと蒸発した音がして、望月みずきが、テーブルの上に、倒れ込んだ。
「えっ、本当に大丈夫なの?まあまあ温度高いけど」と僕。
「っっっ恥ずかしい」と望月みずきは、小さい声で言った。
「とりあえずベットによこたわった方がいいかも」と僕は望月の体を起こして、運び出そうとした。急に、体重移動させられて動揺したのか、望月は、変な方向に、体をねじった。そして、そのせいで、僕は、たまたま望月の両胸を両手で掴んでしまった。望月のおっぱいは目視よりも、実際触ると大きく感じ、触感は柔らかくって、もんだ手がおっぱいに飲み込まれそうだった。
「あっ」と僕。
「っっ!きゃああ。何触ってんのよ!」と手をバタバタする望月。
「いやっ、わざとじゃないんだ!」と僕。
「だったらその手をどかしなさい!」と僕の手を掴む望月みずき。耳が奥まで真っ赤だ。僕はこのまま、望月の真っ白な首にかぶりつきたかったが、怒られそうなので、やめた。僕は手を離した。
「いや、手がのみ込まれていきそうになって」というと犯罪者を見る目で、こちらを睨みつけ「きもい!」と僕にいい放った。僕は、地面がバリバリと割れて、そのまま奈落の底に落ちていくような気分になった。
「そんなに言わなくっても、事故だし」と涙目の僕。
「その手をやめなさい!」と望月は、僕の手を指差した。僕は、胸の感触を思い出そうと小指を曲げ胸を揉む動かし方をする。
「この変態がああ」と次の瞬間、起きてきた新堂まおりが、僕の頬に飛び蹴りを喰らわせてきた。
僕は、その衝撃で、卒倒した。なんて馬鹿力なんだ!?あんな可愛いフリルのパンツを履いているくせに。(←さっき新堂が、足を上げた時にみた)さすが、剣道部部長!いや、いや、感心している暇はない。めちゃくちゃ痛い。頬の肉が削がれたような気がして、一応、頬を撫でて確認してみたら、頬は健在だったので、安心した。
「なんてことをするんだよ!」と僕。
「きみ!乙女にそんなことをしてはならんと、義務教育で習わなかったのか!私は、少年に、きちんとした対処をしたまでだ」とまるで、曹操のカタキをとったみたいに、言ってきた。
「そうでござる!そんなのは、許されるべからずでござる!それにタカキ殿は・・・」と黛。
「なんだ?」と僕。
「タカキ殿は、一人に決めた女がいるのではないでござるか?」と黛はぎゅっと拳を握る。
「えっ、そんなこと言ったっけ?」と僕。
「ほら、言ってみるのでござる」と黛の顔が近づいてくる。
「ええっ!言った覚えないって」と僕。
「思い出すのでござる」と黛の艶っぽいグロスを塗った唇が、もう顔のほど近くまできて、僕は、いうしかなかった。
「ええっとお、あれだよ、あれ!青木ゆずだよ!僕が決めた女は」と僕は青木ゆずの肩をとっさに組んだ。
「は?誰がお前の女じゃっ」と言いつつもどこか嬉しそうな青木ゆず。
黛のカウントダウンに耐えきれずパッと言った言葉だったが、その言葉を発した途端、黛いろはの顔がみるみるうちに曇っていった。
「黛?どうしたの?」と顔を覗き込むと、「ううん。もう、いいでござる!」と黛は、首を振って、部屋から出ていった。
「ああ、やってしまったな。少年!早く、黛を追え」と新堂が背中を押す。
「あ〜、えっ、僕!?」とまた自分に向かって、指をさすと、「当たり前だよ。少年、君だけが、黛くんを癒せるのだ」と確信を持っていう新堂まおり。
「そうかな?とりあえず行ってみるか」と僕は、ダイニングルームを後にした。
寝室には、布団の隅で、体育座りをする黛いろはの姿があった。
僕は近寄ってみることにした。「なんかよくわからないけど、傷つけちゃったみたいだな」と言いながら、黛の肩をとろうとした。しかし、敷布団に足を持ってかれて、転倒してしまった。
気がつくと、黛の上に、覆い被さっていた。黛の胸と僕の顔の距離は、10cmぐらいで、僕はもう少しで、黛の胸にスライディング着地をすることだったことに気づいた。それはギリギリ避けたものの、今は、黛のフローラルの香りがムンムンと鼻腔に広がり、股間を刺激する。僕は目を真っ赤にさせながら、必死に、腕で体を支え、匂いを嗅がないように、母ちゃんの顔を思い出して、おっぱいを連想しないように気をつけた。
上を見ると、黛の顔が、あって、心なしか赤くなっているような気がする。次の瞬間、黛は、僕の背中に手を回し、胸を押し付けてきた。
「タカキ殿、いいのでござるよ?」と言って、あの艶々の唇を僕の顔に近づけてきた。
「えっ、えっ!?嘘だろ」と僕が、動揺している間に、ドアがパッと開いてみんなが入ってきた。
「ちょっと変態!何、手を出しているの!」と望月みずき。
「これだっから、二人にしとくのは不安だったんだよ!ほら大丈夫?黛くん?」と新堂が手を黛に、差し出す。
黛は手を取らず、下を向きながら小声で「別に襲われたわけではないでござる」と言った。
「本当に?言わされてるんじゃないの?」と新堂。
「言わされてないでござる。たまたま、タカキ殿が滑って、ここに落ちちゃっただけでござる!」と黛がいう。
「本当に?そんなに庇わなくても・・・前科もあるんだし」と望月は僕をキッと睨む。
「前科ってひどいなあ」と僕。
「とにかく!タカキ殿は無罪でござる!みんな責めないでほしいでござる!」と黛。
「そうか・・・とかく、次やったらば、飛び蹴りですまぬぞ」と僕を牽制するような新堂まおり。
「ああ、はい」と僕は正座をする。僕の股間の膨らみをいつ指摘されるのかと、内心、ドキドキだったが、ギリギリ指摘されずにすんだ。
「まっ、もう21じ半だから、帰ろうかっ」と珍しく、引きが早い青木ゆず。
「望月には本当に迷惑をかけたな、こんな時間まで、」と新堂。はあ、もう帰りかあと、僕が安心して、ぼーっと寝具をただただ見ていると「何!ボケッとしてるのよっ」と後ろから青木ゆずに背中を押されて、脳が刺激され、思考回路が上手くうごくようになった。そして、思いついたのだった。
「ちょっと待って!みんな!望月さん、あなたの誕生日は?」と僕は、望月に大声で、語りかけた。
「はっ、えっ。9月19日だけど?」と望月。
「よし、青木!0919だよ!」と僕。
「えっ?もう終わりじゃないの?てか、なんの番号なのよっ」と完全に熱が冷めた青木ゆず。
「ほらっ、パスワードだよ、パスワード!お兄さんのパソコンの!」と僕。
「あ、ああ。でも本当に望月さんの誕生日なの?」と青木ゆずは、眉間にシワを寄せて僕を見る。
「うん。多分そうだ。とりあえずやってみてくれ」と僕。
「まあ、やってみるけどさ〜」と青木ゆずはパソコンを広げ、パスコードを打ち始めた。
「ぜろ、きゅー、いち、きゅー、っと」と青木ゆずが打った途端、パソコンは、一気に、デスクトップに画面が変わった。
「やった!!!」と青木は、僕の手にハイタッチをかまし、喜び始めた。
「よしよし」と僕は、メールの画面を開いた。
「すごいなあ!タカキ殿!、なんで、みずきくんの誕生日だと思ったんだ?」と新堂まおり。
「いや〜、実はさっき、整理している時、やけに、妹との思い出の品が多いと思ったんだよ。例えば、望月さんが、小学校の頃遊んでいたであろう、リボンのクマのぬいぐるみが、押し入れの手前に入っていたろう?あれは生前、お兄さんが、あれを、何回か取り出していないとあんなに手前にはないんだよ。お兄さんは、整理をするような人間ではないし、多分、ものの置き順も、出した順だと思うんだよ。だから、お兄さんは、高頻度で、リボンのクマを出している=妹の望月さんとの思い出を大切にしていると思ったんだ」と僕。
「はあ、私たちって仲悪いと思ってたのだけど。お兄ちゃんは、仲良くしようと思っていたのかしら?」と望月みずき。
「う〜んどうだろ。思っていても、行動は違うから。お兄さんは、意外と天邪鬼だったりして。上手くいかないことはおうおうにあるんだよ」と僕。
「はあ、なるほど。少年は、やっぱりただの変態ではなかったか・・・」と新堂。
「ただの変態ってなんすか。変態キャラやめてください」と僕。
その祝福ムードの奥で、一人だけ笑っていない人がいた。それは、黛だった。
「う〜む、これからは拙者が、やるでござる」と前に出て、パソコンをいじり始めた。
「ほら!あんまり手荒に扱わない!」と僕が怒ると、
「ごめんなさいでござる」とちゃんと謝ってきた。なんか今日の黛は、上手く掴めない。素直なのか、素直じゃないのかよくわからない。まあ、とりあえず、黛のことは置いといて、僕はマウスを動かし始めた。受信履歴にはびっしりとメールが来ている。アニメイトの会員証明書の発行の手引きとか、コミケの案内とか、アニオタのお兄さんらしい文字が並ぶ。
「やっぱり、受信履歴じゃあ、多すぎて埒があかないわね!送信よ!送信!送信には、友達と会話した記録がのっているはずだわっ」と青木ゆず。
「そうだな」と僕は、マウスを動かして、送信履歴をタップする。そこには、女の子にメールを送った履歴が!?
と思ったらただの望月みずきへの事務メールだった。家に届いた書類などの詳細だとか、両親が帰ってくる日など、本当に些細な話ばかりだった。
「やっぱり友達と言った友達がいないわねっ」と青木ゆず。
「多分お兄さんは、一緒に暮らす望月が知らないってことは、友達がいたとしても、ネットが中心だと思うんだ。ネットで知り合った友達と使うチャットアプリって言ったら・・・」と僕。
「LIME!(でござる)」と皆、声を合わせた。
「さっそく、みてみよう!」と僕。
案の定、LIMEアプリは入っていて、携帯と同期していた。
「よっし、調べるぞ!」と僕は、るんるんしながら、LIMEアプリを開く。LIMEアプリのパスワードはホーム画面のパスコードと同じなため、難なく開き、僕は、彼の身辺を調査するために、トーク画面を見る。最新のトークには、家族のものが並ぶが、その中にクドウ氏という名前が見つかった。クドウ氏はご丁寧に、トップ画面を載せていて、そこに写っているのは、釣りをするおじさんだった。
「望月さん!このクドウっていう人のことなんか知ってる?」と僕は望月にクドウ氏のトップ画面を見せる。
「クドウ?某少年コミックの少年の名前しか・・・こんなおじさんみたことないわ」とすっとぼける望月。
「そうか。しらないか」と僕は、お兄さんと、この怪しい男、クドウのトーク画面を見てみる。きっと、宝箱の鍵のありかや、謎のプレート板についてなんか話しているはずだと思いながら、スクロールしていく。最近あった嬉しかったことや、仕事についての日常話が主だが、途中からトークに流れている雰囲気がガラッと変わり、少し変な話をしていた。その最たる例が、シーシュポスの神話の話だ。昔、シーシュポスという男がいて、そいつが、神を欺いた罰で、巨大な岩を山頂まで運ばされた。そして、運んだ末、あと少しで山頂に着くというところで、岩の重みでそこまで転がり落ちてしまう。この苦行が永遠に繰り返されるというなんとも胸糞が悪い話だが。その内容がクドウから送られてきている。それへの返信が、笑の一文字というのにもなんとも引っかかる。何が面白いんだ?僕は、お兄さんのこともクドウ氏のこともよくわかんなくなってしまった。しかし、一応、念のため、望月さんに聞いてみることにした。
「あの〜望月さん!シーシュポスの話が、トーク画面に書いているだけど、なんか、意味あったりする?」とダメもとで聞いてみた。
「えっ、シーシュポス?」と望月は、不思議そうに僕をみる。
「そうなんだよ。確か神話だったような気がするんだが」と僕。
「待って!たしかそんなタイトルの本を持ってたような気がする!」と望月は、立ち上がり歩き出した。
「ええ!?ほんと!」と僕。
「確か、銀色の装丁で・・・」と望月は、お兄さんの部屋に入って、戸棚を漁り始める。
「そうだ!これだ!」と目当てのものを掴み、取り出した。その手には、アルベール・カミュのシーシュポスの神話という本があった。
「おお!」と新堂も感動していた。
「その中に、なんかヒントが入っているでござるか?」と黛いろはも、興味津々と言ったご様子。
「そうだね〜」と僕はペラペラとページをめくってみる。古本特有の焼けが気になるが、それ以外は一見、なんの変哲もないように思える。
「あーとめてっ!今なんか変なのが!」と青木ゆずが、指をさす。
「うん?なんか挟まっているな?」と青木ゆずがさした、不審な110ページを開いた。110ページだけ変な窪みができている。紙と紙の間に100円玉が入っているような謎の凹凸。
「よしっ!紙と紙の間にカッターを入れて取り出そう!望月さん!カッターを」と僕。
「はあ」と戸棚の中にあったカッターを取り出す望月みずき。
早速、カッターの刃を出して、紙に沿って切り始める。だんだんと銀色の円形が見えてくる。
「おお!これは!」と喜んだのも束の間、なかなか出てこなくって苦労する。
「ああ、もう少しなのにっ、カッターがうまく入っていかないなんてっ」と青木ゆずがいう。
そして苦労の末、やっと110ページは、鍵を吐き出した。
「これは!宝箱を持ってきてくれ!」と僕は、指示をだす。
「あるでござるよ!」と満を持して黛が運んでくる。
「おしっ、照らし合わせてみよう!」と鍵穴の形と鍵山の形を比較する。
「おおっこれは!少年!行けるのではないか!」と新堂が、鼻の穴を大きくしながら、差し込むのを待つ。
「おらっ!行くぞっ!」と僕は、ついに、差し込み口に、鍵を入れた。
「回れ!回れ!回るのでござる!」と黛いろは。その祈りのかいもあってか、簡単に、鍵を回すことができた。
「やった!やったでござる!」と喜ぶ黛いろは。
中を覗くと、そこには、香水の瓶ようなものが入っていた。ハートのチャームが横についており、中身の液体の匂いは、甘ったるく、完全に女性ものだった。
「お兄さんって香水とかつけるの?」と一応、望月に聞いてはみるものの、「知らない」という簡素な答えが返って来てしまった。
「香水を送るような人なんて、恋人ぐらいじゃないのっ」と青木ゆず。
「ほう」と僕は、考え込んでみた。
「待って!少年、香水に、なんかついているではないか!」と新堂が、香水を取り出して、香水の瓶の底についている紙を、拾い上げた。
「うーんと字が汚すぎて読みにくいけど・・・多分、み、ず、き、へ、い、い、お、と、な、に、な、っ、て?って書いてあるな」と新堂。
「みずき殿へ、いい大人になってって書いてあったでござるか!?それは、つまり・・・」と黛。
「まあ、つまり、妹へ送ったってわけだ」と僕。
「この可愛い香水を私に・・・」と望月は、香水をまじまじと見ながら、俯いた。心なしか、少し嬉しそうな様子だった。
「やっぱりお兄さんは、望月さんのことを大切に思っていたみたいだね」と僕。
「でも!結局、送れなかったんじゃ、送らなかったことと一緒じゃない。それに、大切にしてるよって、言ってくれなきゃ、されているかどうかわからないわ。そんな大事なことも言わずに死ぬなんて卑怯よ」と望月は悲しそうな瞳で床を見つめる。今にも泣き出しそうである。
「まあ、まあ、なかなか人間ってのは、素直になれないものでござる。お兄さんだって、しょがないでござる。不完全さを愛さねば。かくいう拙者だって・・・」と話し始めた黛。
「こういう黛は、なんだって?」と僕が尋ねると
「えっえっ、いやっ、タカキ殿には関係ないでござる」と照れて、顔を真っ赤にする黛。
「そうなの?」と僕が顔を覗くと
「そうでござる!こっち見ないで欲しいでござる!」と手で頬を押してきた。
「ああ、ごめんごめん」と僕。
「そうね。私も、大人にならなければならない時期なのかも・・・」と望月。
結局、謎の鉄板の正体は、わからなかったが、みんな、宝箱の鍵が見つかってほっこりとした。望月は、お詫びに、お手製のカレーを振る舞ってくれた。そのカレーは、芋や、にんじん、牛肉が、ごろごろっと入ったとっても、美味しいものだった。みんなで、食卓を囲むのってこんなに楽しいものなんだと僕は、思った。
「本当に、今日は来てくれてありがとう。あなたたちのおかげで、肩が少し軽くなったみたいなの!」と玄関先でいう望月みずき。
「望月殿、愛しているでござる!」と望月の体をだきしめる黛いろは。
「えっ、えっ」と照れながら動揺する望月。
「望月さんこそ!ありがとう。今日一日、付き合ってくれて」と僕。
「本当に迷惑をかけたな」と新堂。
「サークルで待っているんだからねっ絶対きなさいよっ」と青木ゆず。
「はいっ!」と嬉しそうに相槌をする望月みずきであった。こうして、大変ハードな一日も終わりを告げた。秋の夜は、肌寒かったけど、なぜか心はポカポカで、今までに感じたことない安らぎを感じていた。真っ暗な街を、等間隔に置かれた街灯が照らしていた。その街灯に導かれるままに、僕らはいつの間にか駅に着いていて、みんなはそこで、お別れをした。青木も黛も新堂も、いつになく血色のいい肌をしていて、満ち足りた顔をしていた。僕も、こんな顔をしているのだろうか?そうだったらいいなとふと思った。
「ええっ!んでっ。つれてきちゃったわけなの!?」ときょうこ先生は、職員室全体に大きな声を響かせる。他の先生が、キィっときょうこ先生の方を見てくる。それを気にしたのか、きょうこ先生は、小声で、「本当に?」と聞き直してくる。
「そうですっ!」と自信満々にいう青木ゆず。
「えっ、でも本当に、望月さんはいいの?」ときょうこ先生は、望月の方へ目をやる。
「このサークルに入ることですか?」と望月は、聞きかえす。
「そうよ。こんなできたばっかりの、怪しいサークルよ?」とひどい言い方をするきょうこ先生。
「ええ。だって、先生!考えてもみてください。先生が、何度、私の家に訪れても、私の意思は堅かったわけですし、絶対、学校へなんていく気はなかったのです。でも、みんなに会えて、こう今、学校へ来ているわけですし。まあ、学校へ行くことが正義だと思っているわけではないですけど。結果として、先生のご期待に添えたわけですから。今回の件が、サークル活動の実績なのではないですか?どこも怪しくないし、このサークルは、出来たばっかとはいえど、しっかりとしています!私が証明します!」と思わぬ後押しをしてくれる望月。
「先生、認めてくれるでござるよね?」と黛いろはが、媚びるような目で、きょうこ先生を見つめる。
「んんっ、えっと〜」と悩んでいるきょうこ先生を、目で追い、逃さない黛いろは。
「ねえ、どうなんですかっ!」と青木ゆずは、きょうこ先生の机をドンッと叩いた。
「あっ、ああ、わかったわ!わかったわよ!」とついに諦めたきょうこ先生。
「もちろん、きょうこ先生は、約束どおり、顧問ってことでござるが、いいのでござるか?」と黛。
「あっ、そんなこと言ったっけ?」
「言ったにゃ!。あっ、言ったわよっ。私が証人だわっ」と青木ゆずが手を挙げる。
「僕も、聞きました」と僕も手を挙げる。
「もちろん、拙者もでござる!」と黛も手を挙げて乗っかる。
「あっ、そうね。こう望月さんを連れ戻してくれたわけだし。まあいいわ!やりましょう!」とついにきょうこ先生のOKが出た。
「嘘っ!やったっ!ついにサークル、設立ねっ!」と喜ぶ青木ゆずに、「今日は、祝いの儀を行うでござる!」と黛が加わる。
その裏で、望月みずきが、「ふふ」と笑っていた。
「ああ!望月殿が笑ったでござる!」と黛。
「あらっ、明日は、雪が降るんじゃないっ」と青木ゆず。
「そうだな。ほらみろ!虹だ!」と僕が職員室の窓を指さす。職員室の窓いっぱいに、大きな虹がかかる。
「わわっ、キレー」と青木ゆずは、目を輝かす。
「幸先がいいでござる!」と黛いろは。
「いち、にー、さん、4色ね」と望月みずき。
「いーや、7色よっ」と青木。
「目が悪いの?4色よ」と望月。
「ほら、ほら、お二人さん!虹の見え方は人それぞれなんだよ。実際、国ごとに虹が何色なんかは、変わるわけだし。人の認識なんて、画一的なものではないんだ」と僕は言った。
「サークルのイメージカラーは、虹色にしたら?」とみんなの後ろからきょうこ先生が提案する。
「それ、いいでござる!」と黛いろは。
「あらっ、いいこと言うじゃんっ!旗とか作っちゃおうよっ」と青木ゆず。
「旗?なんか応援でもすんの?」と僕。
「いいじゃん!いいじゃん!応援しようよ!みんなに、フレーフレーってねっ」と青木ゆずは、ウィンクをする。
「本当に、テキトーね」と望月みずき。
「別に、テキトーでもいいじゃんっ!楽しければさっ!人生短いんだから楽しまなくっちゃっ!ねっ?」と青木ゆず。
「そうでござるね!」と黛いろは。
職員室を後にした我々は、とりあえず、開き教室で、サークル設立を祝うことにした。
「やっと、ここに、サークルを設立できたことを、誠に嬉しく思うっ!」と、政治家のような口調でいう青木ゆず。
「本当に、ここまで来るのは長かったでござる」と政治家サポーターのように、泣く黛いろは。
「まあ、そうだな。そう、望月さんが、いなかったら、サークルが成り立たなかったんだ!本当にありがとう」と僕は、望月さんの方に体を向けて、いう。
「えっ、別に。私は、普通のことをやっただけだし」と目をくるりと動かす望月。
「そういえば、みんな、望月さんのことを、望月さんって呼んでるけど、さん付けってとっても遠い人って感じじゃないっ?」と青木ゆず。
「そういや、そうだな。あまりにも、丁寧すぎるか」と僕。
「じゃあ、もっちーっていうのは、どうでござるか?もちもちもっちー♪」と陽気な黛。
「もっちー。いいわねっ!これからはもっちーって呼んでもいい?」と青木ゆずは、望月に尋ねる。
「えっ、もっちー?あっ、まあ、なんでもいいけど」と顔を赤らめてうつむく望月みずき。
「もっち〜!可愛いでござる!もっち〜!」と黛は連呼する。
「おい、もっちーって言いたいだけだろ」と僕。
「タカキ殿、うるさいでござる」と黛いろは。
望月の新たな呼び名も決まり、無事に祝いの儀(?)も終わって、皆は、それぞれ帰路についた。僕は、いつもの帰り道が、なんだか違う景色に見えて、不思議と色づいているのに気づいた。道の真ん中に広がる水たまりも、前は、避けるだけだったのに、立ち止まって観察したりして。風で波打つ水たまりの動きをずっと見てた。すると、キラキラとした水面に見えたりして、なんだかドキドキしたんだ。僕は、走り出した。この気持ちをずっと持っていたくなった。風に乗ってどこまでも行きたくなった。軽快なステップを刻む足に動かされるまま、ずっと走って行った。商店街を抜けて、公園を抜けて、どこまでも。羽が生えたような気がした。こうして、あの因縁の場所まで来てしまった。
「おいっ」と後ろから聞き覚えがある男の声がして、ビクッとして「はい!なんでしょう」と目を閉じながら、振り向いた。
「お前、どこかで見た顔だな。あれっ?もしかして、タカキか?」とその男の隣にいた男がいう。
「えっ」と僕は、目を開いて相手をちゃんと見た。そうだ、こいつらは・・・諸悪の根源!全ての元凶!悪魔、高梨兄弟だ。この二人は、双子なのだが、二卵性のため、全く顔はにていない。だけど、性格は、どっちも卑怯で、最悪なのだ。僕と同じ学校に通っているのだが、先輩の権限を悪用して、ひどいことをたくさんしている。僕もまた、今、その毒牙にかかろうとしている。
「あのションベンタカキか!おう!久しぶりだな!だいぶ見ねーなと思っていたが、こんなとこで会うとはな。もしかして運命?なんちって」と高梨兄がいう。
僕は、どうしても、ションベンタカキという言葉に過剰に反応してしまう。それは、4ヶ月前に遡るのだが。僕は学校帰りに、尿意を催し、どうしても、ションベンがしたくなったのだ。そして、近くのゲームセンターに駆け込んだ。必死にトイレを探し回り、やっと見つけてドアを開き、入ろうとしたら、故障中であったのだ。我慢できなかった僕は、その場で、おしっこを漏らしてしまった。それはまあ、単なる恥ずかしい事故だが。その後がまずかった。ちょうど、そのゲームセンターには、この双子がいて、両者は、二匹の飢えた狼のごとく、餌になるような人物を探していたのだ。そして鉢合わせしてしまった。ズボンをぐっしょり濡らす青ざめた少年と、パチンコで負けてイライラしていた獰猛な男たちが、トイレの前にて邂逅したのだ。高校三年生と高校一年生の体格の差と言ったら、チワワとドーベルマンぐらいの違いがあって。特に、野球をしていたがっちりとした体を持っている双子の前では、差は歴然だった。僕は、萎縮し、濡れたパンツを押さえながら、逃げようとした。もちろん、すぐに捕まるわけだが。僕を軽々と持ち上げて、高梨兄は言ったのだ。「ションベンタカキ」と。なぜ、僕の名前を知っていたのかはわからないけど。多分、カツアゲのカモリストやなんやらに、書いてあったのかもしれない。僕は結局、とりあえずこの場が済めばと思って、お金を差し出してしまった。家に帰って、一度お金を渡すと一生金ズルにされるということを知って、僕は、この兄弟には、一生会わないようにしようと思ったんだ。そして、多分、口止め料を払っていないので、今に、学校では、僕のことを言いふらしていると思って、学校へ行くことができなくなったんだ。僕は、ちょうどその時、僕は、高校デビューに失敗して、自分のことを陽キャだと思って会話の中心を奪ってクラスメートから嫌われていたから、それもあるけど。ゲーセンおしっこ事件は、結構、不登校になった理由、大きな部分を占めていた。
「おい!、なんか言えよ!」と高梨弟が、僕の肩を押す。僕は、ゴロンと後ろに倒れる。
「いやっ、えっと」と僕は、なんとか、この状況をすり抜ける方法を必死に考える。だが、全く浮かんでこない。
「おい、またションベンでも漏らすんじゃねーか?もうションベンくせーのはごめんだぜ」と高梨弟。
「次、ションベンもらさんようにしよう」と高梨兄。
「えっ」と僕。
「おらっ、お前、上半身押さえろ」と高梨兄。
「おうっ」と高梨弟は、僕の上半身を押さえ始める。
「えっ」と僕は、今何が起こっているのか状況を整理する時間もなく、キョロキョロと見渡す。
「はい!おちんちんパーンチ」と高梨兄が、僕の下半身に向けて、拳を入れようとした。その瞬間、足が飛んできて、高梨兄は、青空に投げ出された。
「なんなんだよっ」と高梨兄がおきあがろうとすると、その目の前には、新堂まおりがいた。
「だれだ、お前!」と高梨弟。
「私は、新堂まおりだが」と新堂が名乗る。
「しんどう?新堂って、まさか!お前っ」と高梨弟が、目を丸くして、高梨兄を小突いた。
「新堂って言ったら、あれだな。新堂道場だろ。町一番の剣道道場。特に、新堂ハンジは強くてなあ」と頭をポリポリとかく高梨兄。
「新堂ハンジは、私の兄だが」と新堂まおり。
「あらっ、新堂ハンジの妹さんでしたか。それは、それは、お見それいたしました。もう僕らは先に帰らせていただきますね」と高梨兄弟は、逃げようとする。
二人の前に通せんぼのように立って「君たち、弱いものいじめは良くないと思わないか?」と新堂は言った。
「そうですね」
「代わりに強いものいじめしたらどうだ?君らには、新堂道場に招待させていただこう!ハンジをはじめ、猛者たちと対戦するといい」と新堂まおりはニヤリと笑った。
「それだけは、ご勘弁を〜」と言って高梨兄弟は、逃げ去っていった。
「もう、これだから、不良は嫌なんだ。正攻法で勝つということを知らない。君もそうは思わないかね?」と新堂は、後ろを振り向いた。
「あっ、ありがとう、あっ、ごめん。こんな姿を見せちゃって」と僕は、小さい声でいった。僕は、ちょうどズボンが少し下がりパンツが見えていたので、恥ずかしくなってズボンをあげた。こんなダサい姿を見て、新堂はどう思っているのだろう?ださい不良にいじめられて、パンツを見せている僕なんかのことを。
新堂は、「感謝は、あいつにするんだな」と後ろをさした。
「へっ」と僕は、新堂のさす方向を見る。そこには、黛いろはの姿があった。僕にむかって軽くいちべつする。
「えっ!黛!きてたの?」と僕が驚いた顔をすると「いや、少年!きてたどころじゃないぞ。黛くんが、私を少年のところへよこしたんだから」と新堂がいった。
「えっ、黛が!?新堂を?」と僕は黛の方を見る。黛は、こくんと頷き、優しく微笑んだ。
「そうだぞ!少年はちゃんと感謝すべきだ!では私は先に行くから」と新堂は、風の中に消えていった。
僕と黛は二人っきりになった。二人っきりになるのなんてあの保健室であった以来で、なんだか緊張しちゃう。太陽は落ちかけ、二人の影は、足元でゆらゆら動く。
「あ、黛、ありがとう」とたどたどしく僕はいった。
「うん。無事でよかったでござる」と黛。
「ごめんね。こんなダサい姿見せちゃって。軽蔑したでしょ?」と僕は探るように、黛を見る。
「ケイベツ?そんなこと、しないでござる。とにかく、タカキ殿が、何事もなくってよかったでござる」と黛。なんだか今日の黛は、あんまりテンションが高くなくって、言葉も少なく、少しいつもと雰囲気が違う。
「体調悪い?」と僕は黛に尋ねてみる。
「えっ?なんででござる?」と黛。
「なんか雰囲気違うからさ」と僕。
「えっ、どう違うでござるか?」と黛。
「ほら、いつもは、たくさん喋ってガヤガヤしているだろ?今日は、そんな感じ、ないからさ」と僕。
「へえ。いつもそんなにうるさいでござるか?」と黛いろはは、上目遣いで聞いてくる。なんかこんなに一身に見つめられると僕も照れてしまう。
「そんなに見つめられると恥ずかしいよ」と僕
「あっ、ごめんなさいでござる」と黛いろは。
「黛はいつも、うるさくないけど、今日は、一段と静かだよ」と僕。
「そうでござるか、タカキ殿は、今日の拙者の方が好きでござるか?」と黛の顔が近づく。
僕は、好きという言葉に動揺してしまい「まあ、まあな」と少しキョドりながら答えた。
「そうでござるか」とうつむいた後、「拙者は、どの日の、タカキ殿も好きでござるけど」と黛はサラッと言った。
「えっ」と僕は、聞き過ごせない言葉が気になって、いった理由を聞こうとしたが、その余裕はなかった。
「ウフッ」と黛は軽く笑って、急に、歩き出し、僕の前でくるりと回ってみせた。
するとちょうどその時、木から落ち葉が、どさっと落ちてきて、黛の足元は、落ち葉まみれになってしまった。
黛は、いたずらっ子のような顔をして、手で落ち葉を目一杯拾い上げ、僕にそれをかけてきた。パラパラと落ちてくる茶色い葉っぱの間から黛の満面の笑顔。
僕は、それを見た時、なぜか今、死んでもいいと思ったのだ。そのくらい衝撃的だった。スローモーションで黛の姿が、目に強く焼きついた。
僕は、パサっと黛いろはに落ち葉をかけ、報復をしかけたが、それはなんと言おうと照れ隠しだった。僕の真っ赤になった頬を、落ち葉の赤色で誤魔化した。そんな僕を見透かすように、黛は、薄茶色の瞳で僕を一瞬見つめる。僕は、ハッとした。その瞬間、僕の衣服が全て溶かされ、すべてがあらわになっているような気がした。
「ねっ、ついてるでござるよ?」
近づいた黛は、僕の鼻についた落ち葉を、人差し指と親指で優しくとった。
「ウフッ」
黛が微笑んだ。その微笑みだけで、僕の全ては許されるような気がしていた。ゲームセンタ―でションベンを漏らしてしまう愚かさも、好きな子にいじめられているところを見られる失態ですら、全てが、秋の夕焼けに溶けた。
「好きだ!」
僕は、言ってみたはいいものの、その後、どのような顔をしていいか、わからなくって、ムスッとした顔をしていた。
「えっ」と黛。黛は、一瞬、驚いたようにみえたが、その後、顔が段々とほころび、微笑みに戻った。僕は、黛のキラキラと光る眼を見ても、黛が何を考えているかわからなかった。僕は、黛は、もしや、僕が言ったことを聞いていないんじゃと思って、再度、告白をしようとした。
「はっ!」と息を吐き、もう一度、言おうと、目を閉じた次の瞬間、唇に柔らかい感触がした。僕は、もしかしてっ、まさか!とドキドキしながらゆっくり目を開けた。唇の先にあったのは、黛の指だった。
「えっ」と動揺する僕。
「うふふっ」と小悪魔のように微笑む黛いろは。
「お前っ!」と僕は、なんか言おうとするが、うまく言葉にできない。
「タカキ殿、なんか言いたいのでござるか?」と黛いろは。上目遣いで僕をジィッと見る。僕は、ブレザーの開きから覗ける胸に注意を取られる。
「タカキ殿、もしかして、なんか期待していたのでござるか?」と僕は、黛に、ズンズンと押し込められる。
「いやっ、そんなわけないだろっ」と目をそらす僕。
「キスとか」と黛が、不意に口にした。
その言葉に、僕は、どきんと胸が脈打つのを感じた。聞いた途端、黛の唇ばっかについ目が入ってしまう。相変わらず、ツヤッとして、ぷっくりと膨らんでいる。
「興味ないでござるか?」と黛は可愛く首を傾げてみせる。
「まあ、なくは、ないけど・・・」と僕。
「そうでござるか」と黛は聞いたはいいが、その後なんのアクションも起こさずに、立って歩いて行った。僕は、結局、してやられたのだった。黛めっ!僕のドキドキを返せよ!と空に叫んだが、そのまま、風の中に消えた。