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お喋り男の放浪譚

作者: 雉白書屋

 とある村に、お喋り好きの若い男がいた。

 いや、好きなんてものじゃない。その喋りっぷりときたら、嵐に揺れる木のごとし。鳥が枝にとまろうと思う間もなく、逃げ出す始末。

 ぺらぺらぺらぺらぺらぺらと、朝も昼も夜も飯時も喋りっぱなし。畑仕事の最中もだ。仲間からいい加減にしろと顔を殴られても一時、止まるだけでまたもぺらぺらぺらと始末に負えない。

 当然、みんな、そっぽ向くわけだがそれでも彼は止まらない。

 無言で気まずい空気が流れるよりマシでは。ラジオ感覚。それはそれで良いBGMといった考えを持つ者もいるかもしれないが、その話す内容というのが自分の事ばかり。

 もしや、生まれた時からの記憶をすべて持っているのか? と、ゾッとするが終始、波を打たない、つまらないどうでもいい話。

 気味悪がられ、疎まれ、無視され、それでも男は相手が人の形さえしてればいいようで喋り続けた。実際、自分の話を聞いてもらえているわけだからまあ、満足といったところ。

 しかし、ある時、男は思った。それは若さゆえの欲や向上心からかもしれない。何にしても村人には幸運な事だった。


 ――もっと、大勢に話を聞いてもらいたい。


 一度その想いに気づけばもう居ても立ってもいられなくなった。

 男は荷物を纏め、村を出た。見送りはないが、それは男が嫌われていたからというわけではない。夜だったのだ。それも嵐の夜。

 にも拘わらず男はもぺらぺらぺらと歩きながら独り言を言っていたが、村人にはそれが男の声か風の音かわからなかっただろう。見送りのない旅立ちであった。

 

 男は歩き続け、山を登った。この先にも村がある。そう遠くないとはいえ大嵐だ。辿り着いた時にはもう朝で、嵐は去り、その爪跡も男の姿もまた凄まじかった。

 早起きした村の者が男を見てギョッとした。

 男に近づき訊ねる。

 

 どうしたんだいボロボロで? 山を越えて来たのかい? あの嵐の中を? 無事でよかったね。俺は早起きしてちょっと見て回っていたんだが村中酷いもんさ。まあ、過ぎ去ってくれて良かったけどね。


 否。嵐はここに在り。

 嵐の前の静けさという言葉の由来はこの男ではと思うほどの静寂。そしてそれは遥か遠くへ。喋り出した男のその勢いはまさに嵐のそのもの。

 浴びせられたほうは髪は逆立ち、口は拉げ、目も開けられない、そんな喋りの大嵐。

 山の中では男の話を聞いてくれる者はいなかった。当然だが、嵐であろうがなかろうが、動物は人間に近づこうとはしない。特に、喋り続ける男などには。ゆえに溜まっていた分、その勢いは凄まじかったのだ。


 村の者は恐怖に駆られたのかパニックになり、わぁー! と声を上げ男の頬を叩いた。が、止まらない。止まれるはずがない。それもまた恐ろしく、終いにはもういいもういい勘弁してくれ! と涙ぐみ拝む始末。

 ……が、それでも駄目なので、喋り続ける男の肩を押し、その村の者が作っている帽子を被せ、村から追い出した。特産品にしようと思い、作ったものだが振るわず、それでもその鳥の巣みたいな頭にはいいだろうと。


 と、意外にも素直に村から出て行った男だが、それは帽子をくれたことに感謝したからではなく、もっと大きな場所で話を聞いてもらいたいと思ったからだ。

 ここは元いた村と大して変わらない。おまけに嵐の後始末で皆、忙しなかった。


 男はまた歩き、歩き、少し休み、歩き、眠り、寝言を言い、歩き、そして町に来た。

 既に日は落ち、月が空を陣取っていたがむしろ好都合。その灯りの大きさでどこが栄えているか一目でわかる。

 男が足を踏み入れたのは町の酒場。男の姿を見て酔った町の者が笑い、なんだぁその帽子は、と話しかける。


 それが開始の合図。ここでも男の喋りっぷりは凄まじかった。酒場にはいくつかテーブル席があり、そこに座るいくつかのグループが喋り、騒いでいたが、その全てを足しても男のお喋りには及ばない。

 大きな声でうるせえと怒鳴ればそれ以上の大きさでぺらぺらぺらぺら。嵐と力比べ、いや喉比べした男だ。怒鳴られたくらいでは止まらない。

 始めは面白い奴が来たもんだと皆、笑っていたが次第に鬱陶しくなり苛立ちそして喧嘩に。

 だが、殴られても喋るのをやめない男だ。ある意味、強靭な精神。そしてその精神は強い肉体に宿るとでもいうのか男は喧嘩も強かった。おまけに、その最中も喋り続けるものだから恐ろしいこと、この上ない。

 酒場の店主は酒を持てるだけやるからと言って酒場から追い出した。

 粘ったところで、ここではもうこれ以上話を聞いてもらえないだろう。こうなってはつまらない。では朝になり町の者が起きるのを待とうか。

 ……いいや、あの騒ぎが広まり、皆、自分を避けるかもしれない。出だしで躓いてしまったな、と男はグイッと酒瓶を傾け、夜空に浮かぶ星々に話しかけながらまた歩いた。



 歩き、歩き、また山の中。すると明かりが見えた。誘蛾灯に寄せられる虫のように酒に酔った男はフラフラとその光の方へ。


 こいつは驚いた。酒が足りなそうだと思ったら酒の方から来るとは。と、笑ったのは山賊の親分。子分たちもそりゃいいやと大笑い。

 男も笑った。そして勿論、喋る喋る喋る。

 しかし、山賊たちが耳を傾けていたのも最初だけ。これはあの町の名産らしいと酒の話から始まったのは良かったがもう十分。いや、元より聞く気もない。命乞いならまだ聞けたかもしれないが苛立った今ではもうそれも無理。

 剣を向けられると、さすがの男も黙った……かに見えたが喋る喋る。命の危機から来る恐怖で饒舌になる事はままある。実際、山賊の親分はこれまで、そういう者を見てきた。小便と涙と鼻水を垂れ流し、家族がいるだなんだと必死になって命乞いする様を。

 しかし、この男は違う。ぺらぺらぺらぺらぺらと。尽きることない、家族はおろか自分の話ばかり。

 もういい黙らせろと手下に一声。

 男の声の五月蠅さに訊き返される事、二度。手下どもはようやく剣を振りかざした。男は手に持っていた酒瓶をそのうちの一人に投げつけ、落とした剣を拾い上げる。

 バッサバッサと斬り伏せた……とはいかない。村の出。若さと畑仕事で力はついているが剣術などは学びの外。尤も、相手も山賊。剣術というよりは暴力。

 斬って喋って斬られて、喋って逃げて斬って、喋って斬られて、と喋ることは忘れずに戦いもそこそこに男は逃げ延びた。



 山を下り、歩き、歩きで着いたのは前よりも大きな町。ここなら喋るのにいいじゃないかと男は笑う。ちょうど昼時、田舎者が珍しいのかちらほら視線を向ける者が多数。

 町の広場。人がごった返す中、息を大きく吸った男。

 さあ、喋るぞ……と、どうしたことだろうか。力が抜ける。この傷のせいだろうか、と目を向ける。切傷から出た血が、よりボロボロになった服に染みている……。

 バタリと倒れた男に駆け寄る人々。

 一体この人はどうしたんだ? 何があったんだ?

 ああ、聞かせよう実は……と思ったところで男は気絶した。


 さてさて、男が目覚めた場所は町の診療所。ベッドの上で辺りを見回した男は女医と目が合う。

 そして、目覚めたのね、良かったわ、と、お決まりの台詞の後、どうしたのその傷はと聞かれれば待ってましたと言わんばかりに喋る喋る。ぺらぺらぺ――と、女医に手で口をふさがれ一言頂く。病室ではお静かに。

 男が素直に従ったのは治療してもらった恩からか、それとも手から香る消毒液とほのかに甘い匂いの余韻に浸っていたかったのか。さあ、どちらだろうか。


 男はその後、女医が容体を見に来るたびに喋ろうとしたが、途中で塞がれ、消化不良。仕方がないので、いつ退院できるのか、どうしたら早く治るのか、など喋るために女医の話を聞くようになった。

 聞いては喋って、聞いては喋って。そのうち、あはははははは、と二人の笑い声が外まで漏れるようになった。

 

 やがて、退院した男は先に進んだ。

 歩き、歩き、歩き、歩き。町に着くと喋り、また先に進みと進めば進むほど遠くから来たという事で話に耳を傾けてくれる。しばらくは。

 そう、日が経てば新鮮味が無くなり馴染みもする。仕事にありつき、金を稼いで暮らすが、やがて物足りなくなった男はまた歩き歩き、歩き、立ち止まり、悩み、声を掛けられ、喋り、また歩き。

 

 そしてまた喋り出した。喋る喋る。みんなが男のもとへ集まり、笑い、頷き、目を丸くし手を叩く。

 調子づいた男はまた喋る。だが、やがて男は口をつぐんだ。

 彼らがふと口にした言葉の意味が分からず、我が耳を疑ったのだ。

 しかし、わからないのは当たり前だった。

 歩き続けた男はある時、ついに陸の終わりまで来てしまい、立ち止まった。

 どうしたものかと悩む男。すると船乗りに声を掛けられ、働く代わりに船に乗せて貰えることになり、海を渡り、外国にまでやって来たのだ。

 ゆえに、彼らの言葉がわからなかったのだ。

 それでも彼らは物珍しさから自分の話に耳を傾けてくれ、笑ってくれる。しかし、男はそれではどうも物足りなく思った。

 ちゃんと自分の話を聞いてほしい。じゃあどうすればいいか。考えた男は彼らの言葉を学ぶことにした。

 彼らと同じ服を着て同じものを食べ、働きつつ学び、聞き、学び、学んだ。

 多くを学んだ男はまた歩いた。歩き、歩き、海を渡り、歩き、愛し、歩き歩いた。


 道中も喋り、笑い、笑い、そして辿り着いた。故郷に。

 

 村に帰って来た男は驚いた。人がワラワラと集まって来たのだ。

 だが、驚いたのは彼らの方だ。あの嵐の夜に行方不明になったまま姿を見せず事故か何かで、男はもう死んだものと思っていたのだ。


 何があったんだ。どうしたんだ。どこに行ってたんだ。何だその帽子は。何だその酒は。どうしたその傷跡は。何なんだその見たことない服は。日に焼けたなどうしてだ。隣のその女性は誰なんだ。どこで出会ったんだ。まさか結婚するのか。どうして黙っているんだ。


 話を聞きたがる村の者たちを前に、男はニッと笑うと、口を開いた。


 男が何を話したか、またどうでもいい自分の話だけか否か。その後どうなったか。

 何にせよ、この話がこうして後の世まで残っているのだから、そう悪い事にはならなかったのだろう。

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