現と幻(3)
団長執務室の扉を閉める。部屋から出ると、紺碧の男に出会う。ほぼ190㎝の俺よりは低いけど、背の高い男、通称ルーカス・アズール。愛称ルーク。
俺を見つめながらルークは近づいて来て問いかける。
「休暇から帰ってきたのか? そのツラを見るに、まだ立ち直ってないらしいな」
俺は答えること無く横を通り過ぎる。ルークは構わず俺に向かって言葉を紡ぐ。
「嬢ちゃんの想いを解ってやれ」
俺はその言葉に足を止めてルークをふり返る。
「そんなの解ってる」
「なら――」
「解ってるからって何。解ってても複雑だし恋しいんだよ」
俺は続ける。
「ずっと一緒にいたかった。けど、ようやく眠れるって思った香花さんに、そんなこと言えるわけないじゃん」
そう言えば、ルークは俺に何も言えなくなって黙る。
「俺は気持ちを押し殺した。他のヤツらもそうだと思うけど、俺の気持ちは誰にも解んないんだよ」
俺がどれだけ香花さんに救われて、どれだけ香花さんが大切なのか、その気持ちを理解しろとは言わない。
(……ごめん、香花さん。……まだ俺、前を向けそうにない)
俺は瞬間移動の魔法でその場を去った。
瞬間移動の魔法で城の屋上へやって来る。国が一望出来るその場所で、香花さんが、〈混沌の矛盾〉の団員が護ってきた王国の景色を見つめる。
思い出の溢れるこの国。香花さんと出逢って、香花さんが眠りに就いた王国。
ここに来れば、少しは気分も晴れるかと思った。
『――聖。この国を、世界をよろしくね』
香花さんのその言葉が、呼び起こされる。
「……解ってるよ」
約束は守るし、世界が厄災に見舞われるなら、それを取り払うよ。
――あんたの役目は、俺たちが引き継ぐから。独りで宿命なんて背負わせたりしないから。
「…………覚悟がないのに、何言ってんの……」
俺は口に出して自嘲する。
宿命が香花さんの意思だとしても、宿命から解放してあげられる術を持ちながら――俺はそれから逃げたのに。
(気分晴れるどころか、最悪)
俺はため息を吐いた。そのまま、瞬間移動の魔法で王都の中の自宅に移動する。そして、家事でもしようと思った。何かに取り組んでいれば少しは気が晴れるかもしれない、そう思ったからだ。
花壇に水をやりながら、雑草を取っていく。魔法でやってしまう事も出来るけど、敢えて自分の身体を使った。
その方が考え事を多少はしなくて済んだからだ。
そうして、むしゃくしゃした気分を時折味わいながら、1日が終わっていく。
「聖――聖〜」
ぼんやりとした意識が、覚醒していく。
「聖」
「――……香花さん……」
その人は、微笑みながら大きな瞳を開いたまま俺を見る。そして、口を開く。
「ほら、支度して。帰るよ」
「……帰る?」
「そう! せっかく休暇もらったんだから、家に帰るんだよっ」
「……休暇?」
俺は再び訊き返す。
「寝ぼけてるの? 聖」
そう言われて、やっと自分が国を守護する魔導騎士だったのを思い出した。なんで忘れてたんだ。そう俺は怪訝に思った。
「……それで、直で行くの」
「歩きに決まってるって」
俺の問いに答える香花さん。念のため確認したけど、いつも通りの回答が返ってきた。
「いつも通りってこと」
「よくわかってるね」
そう太陽のように笑うあんたに、そりゃそうだ、と思う。あんたの事なら、何でも知ってるつもりだと。
「当たり前」
そう答えれば、香花さんはうんうんっ、じゃ行こう! と、いつも通りの明るい声を放った。
俺は歩き始める香花さんの後ろを、いつも通りついて行く。得体の知れない違和感を抱えたまま。
香花さんは気分が良さそうに見える。鼻歌混じりに道を歩いて行く姿を見れば一目瞭然。
そうして、動物のいない砂漠を訪れた時、俺の中の違和感が確信に変わるんだ。