表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
災厄魔女と優しい嘘の恋人契約  作者: 朝霧あさき
二章『穏やかな日常とその終わり』
16/16

3、自己紹介ですか?



 ぐいと背筋を伸ばして立ち上がる。自然とあくびが漏れた。

 視界がぼんやりと歪んでいる。ミリ単位の調合をしていたせいか、手元から視線を移動させるだけで一気に焦点が合わなくなったらしい。


 私は目を瞬かせながら調薬室からリビングへ移動した。

 今のところ成果はゼロ。前任の魔女たちが残した研究記録から、魔女に関わる何かが鍵になっていると踏んで、ウィッチドロップを乾燥させて粉にしたものや、絞った汁などを投入しているが、一切手ごたえがない。アプローチを変えた方が良いのだろうか。悩みどころである。


 リビングではお兄さんがソファに座って文庫本を広げていた。何を読んでいるのだろう。後ろから静かに近づいて覗き込んでみる。



「……バラ乙?」


「そ。一読くらいはしておこうかなって」



 お兄さんは驚いたそぶりも見せずページをめくった。どうやら気付かれていたらしい。一応足音は完全に殺したはずなのだけど、気配で察知されてしまったというわけか。さすがだ。

 私は回りこんでお兄さんの隣に座った。

顔を上げると優しげに細められた紺碧の瞳とかち合う。やはり顔が良い。美人は三日で飽きる、などというがあれは嘘だ。絶対。好きな顔は一生見続けても飽きない。現に私がそうである。お兄さんの顔なら一生見続けていても飽きない自信がある。


 ただ、最初の頃より慣れはした。

 見つめ合うなんて五秒が限界だったのに、今では一分くらいならば耐えられそうだ。二か月半も一緒に暮らしているのだから、当然と言えば当然かもしれないが。

 恋人なので傍にいるの宣言通り、本当に出ていかないで傍にいてくれる。

 有難いと思う反面、本当にいいのかなとも思ってしまう。私がお兄さんを縛り付けてやしないだろうか。

 出ていきたいのなら出ていってくれて構わない。そう何度か伝えているのだけれど、お兄さんは決まって首を横に振り「俺は君の恋人だよ? いなくならないってば」と言って笑ってくれる。どこまでが本心なのだろう。



「どう、です? 好みに合いましたか?」


「うーん、俺にはちょっと面白さが分かんないかなぁ。可愛い話だとは思うけど」

「その割にはガッツリ読んでません?」


「そりゃあ恋人が好きなものくらい知っておかなきゃね」



 そう言うと、読んでいたページにしおりを挟んでテーブルへ置いた。お兄さんが読んでいたのは十三巻。バラ乙は現在全十五巻で続刊中。速読にもほどがある。



「普段こういうの読まないから新鮮って言うか、読みやすいね。文体とか分量とか、一気に読み切っても疲れない程度になってるし」


「それにしたって早すぎます。あ、まさか結構前からちょくちょく読んでたり?」


「いや、昨日からかな?」


「昨日!? たった二日で!?」



 思わず前のめりになってしまう。昨日も今日もいつも通り家事をこなしてくれていた上に、日課のトレーニングとやらもきっちり終わらせていたはず。どういうことなの。

 バラ乙はいつでも手に取れるようリビングに全巻置いてあるので、わざわざ借りに行く手間を省いたとしても尋常じゃないスピードである。私は一冊読了まで平均二日かかるというのに。

 お兄さんは「普通だって」と私の頭を撫でた。なぜ撫でる必要があるのか。



「……普段は一体何読んでるんですか」


「んー? そうだなぁ。やっぱり俺みたいな流浪人は世界情勢とか知っておかなきゃだから、そういう新聞や雑誌。趣味でいくと歴史書とか経済書とかかな? 調薬室にある本も気になってるから、気が向いたら貸し出してくれると嬉しいな」


「せかいじょうせい……けいざい……?」



 ゆっくりと首をひねる。

 まるで初めて聞いた言葉のような反応をしてしまった。

 意味が分からないわけではない。言葉は理解できる。ただ、普段の飄々としたお兄さんの姿に直結しなくて思考が停止してしまったらしい。


 バラ乙は娯楽小説。知恵も知識も必要ない。新聞や経済書に比べたら格段に頭を使わなくて済む。だから読み終わるのも早い――と。そういう事か。さらりと頭の良さを見せつけてくる彼に、ズルいの言葉が喉元までせり上がってくる。

 積み上がっていく好感度の山に「実は頭も良い」まで上乗せされてしまうのか。悔しい。ズルいが人間の姿をとるならお兄さんの姿になるのではとさえ思ってしまう。



「どしたの? 大丈夫?」


「……なんでもないです。調薬室の本は啓典以外なら貸し出せます。いつでも言ってください。持ってきますから」


「ほんとに? 嬉しいな。ありがと、リディアちゃん! ところでちょっと聞きたいんだけど――」



 お兄さんはバラ乙を開いて登場人物紹介のページを私の前に差し出した。



「リディアちゃんは誰が好きなの?」


「え? それはユー……」



 言いかけて、はっと口を閉じる。駄目だ。ユーリーン王子と答えてしまったら、お兄さんが好みですと言っているみたいだ。それは困る。というか照れる。恥ずかしい。



「ゆ?」


「ゆ、ゆわなきゃダメなやつ、ですか!」


「ふふ、教えてもらえると嬉しいな。今後の参考のために」



 何の参考ですか。私は頬を膨らませながらも舐めるように人物欄へ視線を這わせていく。誰だ。誰の名前を挙げたら無難にやり過ごせる。

 考えに考えた末――。



「タ、タングスティン王子、です!」



 彼の名前を出すことに決めた。

 ユーリーン王子のお兄さんで真面目で品性方向、優しくて頼りがいのあるまさに絵に書いた王子様。人気投票でも毎回一位を掻っ攫っていた。ユーリーン王子とは真逆のような存在だ。つまりお兄さんとも真逆なのである。

 お兄さん以外になら大手を振ってユーリーン王子が大好きですと即答できるが、お兄さんだけにはどうしても隠し通したかった。隠れ蓑にしてしまってごめんなさいと心の中で手を合わせる。



「あ、やっぱり? 王道だよね。ヒロインちゃんが年下だから頼れるお兄さんって感じがしてさ。でもこのユーリーン王子ってキャラ? 彼じゃなくて良かったよ」


「え? な、なんでですか?」



 うっかり声が裏返りそうになった。

 お兄さんは顔を顰めてユーリーン王子の絵を指でトントンと叩く。



「いや、男の目線から見てもほんと碌でもないよこいつ。アイシャちゃん、だっけ? 相手の子の名前。付き合ってもいないのにアイシャちゃんの身体べたべた触るわ、本心隠して嘘ばっか並びたてるわ、好きだって囁くのもアイシャちゃんを利用しようとしてるからでしょ? 最低じゃない?」



 でしょ、と同意を求めてくるお兄さん。

 私は――。



「……自己紹介ですか?」



 どうしてもツッコまずにはいられなかった。


しばらくのんびりタイムが続きますー。

いつもお読みくださり、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お忙しいと思いますが続きを楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ