猛特訓
AM7時。
2DKの自宅にて。
俺とカムニャは2人で食卓を囲んでいた。
俺はひとり暮らしだったので他には誰もいない。
中学生でひとり暮らしというのは割とめずらしいと思うが、後見人の許可と保証人がいれば意外とできるものだ。
……というか両親の亡きあとに後見人になった叔父夫妻によって、中学入学後に家を追い出されるようにしてこのマンションをあてがわれたわけなのだが。
まあ今はそれが幸いして、こうして突然カムニャが家に来ても誰にも文句を言われることはない。
「お口に合いますかにゃ?」
「うん、美味しいよ」
テーブルに置かれたご飯に焼き魚、おひたし、そしてお味噌汁。
それらはすべてカムニャが腕を振るって作ってくれたものだ。
自分以外の作った料理を口にするのは久しぶりで、心がじんわりと温かくなる。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末様でしたにゃ」
食後のお茶をすする。
こんな生活、両親が生きていたころ以来だ。
感動しつつ、ほんわかした気分でいると、
「さて、夜彦様。さっそくですがこれをご覧くださいにゃ!」
「えっ? これは……」
唐突に手渡されたA4用紙。
なんだ? この灰色の紙……いや、違う。
元が白の紙に鉛筆でビッチリと書き込みがされているのだ。
「まさか……うわぁ、これぜんぶ特訓の内容?」
「はいですにゃ! 明日からはこれに沿って特訓に励んでいただきますにゃ」
朝の5時から夜の21時までの間に筋トレ、体力作り、仮眠などが分単位でスケジューリングされている。
軍学校かなにかかとでも思ってしまうほどのトレーニング量だ。
「……というか、あれ? このスケジュールじゃ俺学校に行けないんだけど……」
「学校……必要ですかにゃ?」
「えっ? 必要ですかって……どういうこと?」
「昨日お聞きしましたが、夜彦様は舞浜高専を受験したいのですよね?」
「うん、そうだけど……」
「にゃので私もそこの試験について調べてみたのです。確かに一定の学力は必要みたいですがそれ以上に重要視されるのが実技試験。ならばまずは体を鍛え上げるのと実戦経験を積むのが先決かと」
「でも、学校を休んでまで? まだ習ってない部分の勉強が心配なんだけど……」
「ご安心を。私実はけっこう頭がいいんですにゃ。夜彦様がトレーニングに慣れてきたら私が専属家庭教師になって手取り足取りお勉強を教えて差し上げますにゃ」
「いやいや、そうは言ってもさすがに666年のブランクがあるでしょ?」
「現代における必修科目は高校3年分まですべて、2か月ほどでマスターしましたにゃ」
「なにそれ頭良すぎるっ!」
「というわけで、学校はお休みしてトレーニングに注力すべきかと思ったわけにゃのですが……ダメでしょうかにゃ?」
「う、うーん……」
確かにこんな優秀な家庭教師がいるんじゃなぁ。
わざわざ学校に出向いて勉強する意味なんてない気もしてくる。
それに、考えてみれば俺は昨日古矢に殺されかけているのだ。
にもかかわらず今日も元気いっぱいにクラスに顔を出したら……。
うん、絶対めんどくさいことになる。
間違いない。
「……よし、決めた。学校はしばらく休むことにするよ」
「それならよかったですにゃ。徹夜でメニューを考えた甲斐がありましたにゃ!」
「じゃあ、さっそく今日から張り切るとするかな」
「はいですにゃ。たぶん初めて1か月はかなりキツいかと思いますが、そこを乗り切ればきっと基礎体力がついてくると思いますにゃ」
「オッケー、がんばるよ」
「にゃふふ……本当にキツいのでお覚悟を……! ですにゃ」
そんなわけでカムニャ考案の【舞浜高専絶対合格特訓メニュー】が始まった。
それは開始から1か月で基礎筋力をしっかり固め、そして2か月で一般的な男子中学生の肉体を同年代のトップアスリート並みにすることを目指した超追い込み型のもの。
確かに過酷なメニューだった。
朝の5時から夜の20時まで行われるトレーニング。
開始から数日はへばりにへばる。
メニューを終えたら疲れで吐きそうになりながらもご飯を胃に詰め込み、そして気絶するように眠りこけた。
──そして、あっという間に1週間。
AM11時。
「さて、今日のメニューはこれで終わりかな」
「…………はにゃ?」
俺はその過酷なメニューを午前中の6時間で終わらせることができるようになっていた。
「よ、夜彦様……? 終わったって、トレーニングメニューをですかにゃ?」
「え、うん。朝のランニング20キロ、上半身追い込みサーキットAを5セット、下半身追い込みサーキットBを5セットからの坂道ダッシュ50本、全身運動サーキットCを5セット、クールダウンも済ませたし……これで終わりだと思うけど」
「た、確かに……いやでも、ありえないですにゃ! 普通人間は筋力や体力がつくのにもっと時間がかかるはずですにゃ!」
「あー……でも俺、普段からけっこう体は鍛えてたから」
「え、そうなんですにゃ?」
「うん。だからメニューのリズムに慣れてきたら意外にサクっとこなせたというか」
なにか部活やスポーツで実績を残したことがあるかといえばそんなことはないが、それでもスポーツテストでは毎年学年1位。
無能力者でもダンジョンで活躍するんだと心に誓っていたから毎日体力作りも筋トレも欠かさなかったのだ。
「にゃるほど。それはうれしい誤算でしたにゃ」
「そう?」
「はいですにゃ。3週間ほど予定を前倒しましょう」
カムニャはそう言うと、ポケットから鍵を取り出して、
「【実戦訓練】を始めますにゃ」
ニヤリとそう言った。
* * *
PM13時。
朝の特訓から少し休憩を入れた後のこと。
俺とカムニャは再びうす暗いダンジョンの広いスペースへとやってきた。
「さて、夜彦様にはこれから夕飯までの間、ひたすら私と実戦を行ってもらいますにゃ」
「カムニャと、実戦……」
全身に緊張感がみなぎる。
なにせカムニャは以前、俺が命からがらに倒したモンスターを複数相手にして、音もなく一瞬で片づけた超実力者なのだから。
「夜彦様、どうかそんなに体を硬くせずに。別に正面から殴り合って私を倒せなどと言うつもりはありませんにゃ」
「そ、そうなの?」
「まあ、それよりキツい試練かとも思いますが……」
「……んっ?」
「実戦のルールはシンプル。夜彦様はいっさい攻撃してはダメ。ネコダマシも禁止。そのうえで私の攻撃をただひたすら避け続けること、それだけですにゃ」
「はいっ……?」
攻撃せずに避け続ける、だって?
なにを言ってるんだ、それじゃ勝てないじゃないか。
そんな当たり前の疑問が顔に出てしまっていたのだろう、にゃははとカムニャが笑う。
「勝たなくていいんですにゃ。なぜなら夜彦様が第一に覚えるべきことは攻撃手段ではなく、どんな状況でも相手の攻撃を避けて生き延びることにゃのですから──」
スッ、と。
音もなく突然、目の前からカムニャの姿が消えた。
「後ろですにゃ、夜彦様」
「かはっ⁉」
ズダンっ!
振り返った瞬間、腹のど真ん中に鉛玉が撃ち込まれたと思う衝撃。
俺は2メートルほど転がった。
「ってぇッ……!」
「申し訳ございません、夜彦様。この実戦訓練においては私も心を鬼にしますにゃ。あらゆる生物は痛みがあるからこそ、それを避ける術を必死に追い求めるもの。ですから、痛みの伴わない訓練に意味はないのですにゃ」
「はぁっ……はぁっ……!」
俺はなんとか立ち上がる。
いまのたった一発を喰らっただけで、すでに体は泥を被ったような重さだ。
「もうグロッキーですかにゃ? お夕飯まであと5時間ありますにゃ。まだまだ打ち込ませていただきますよ?」
「……じょ、上等! 今から全部避け切ってやる……!」
「さすが夜彦様ですにゃ。ガッツありますにゃ!」
俺は歯を食いしばり笑って見せる。
そしてそれから5時間。
当然のごとく、俺は徹底的にタコ殴りに遭ったのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
この画面の下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。