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サキュバス視点のハンサム

「アレは……ありえない……何あの顔、反則でしょ!」


 流血する鼻を抑えてサキュバスは住処である遺跡へと帰った

 古びた石造りの廃墟が広がり、壁には無数の古代文字が刻まれている。


 だが、ただの遺跡ではない。

 黒田達が監視できているのはここまでなのだ。

 奥には、サキュバスの魔力を通さないと入れない秘密の空間がある。


 サキュバスは己の魔力を壁に伝え、その奥へと進んだ。

 淡く妖しい紫の光が、どこからともなく空間を照らし、

 その光に照らされた空気には甘い花の香りが漂っている。


 空気が揺れるたび、どこかから囁くような声が聞こえた。

 それは、この地に眠る古きサキュバスたちの残響。

 人の理性を溶かし、快楽へと誘う誘惑の魔力が、空間そのものに染みついていた。


 中央には巨大な石の祭壇が鎮座している。

 その表面には、サキュバスの始祖の時代から受け継がれる魔術の紋章が浮かび上がっていた。


 周囲には黒曜石で作られた椅子やテーブルが並び、

 サキュバスたちが優雅に腰を下ろし、獲物について話し合う場となっている。

 もっともそれはサキュバスが栄えていた数千年前の時代の話であり、今では自分を含めて三人しかいないが。


 人口減少の原因は500年前に起こったサキュバス同士の戦争なのは間違いないが、その詳細を教えて貰える時は来ないだろう。

 唯一、戦争に参加してきた姉は、この件については口を固く閉ざしている。


 つまり、サキュバスはこのままでは近い未来に絶滅する事が確定している悲しい種族なのだ。


「だからこそ、花婿を探していた。我らに相応しい美しい存在を探していた。この遺跡から出たのもちょうど良い奴がいるとこの鏡が教えてくれたから」



 壁には無数の大きな鏡が掛けられているが、

 それはただの鏡ではなく、欲望の監視装置。

 この鏡を通して、人間の欲望を覗き、心の隙を見つけるのだ。


 しかし、その中心に立つしおりの表情は、いつもの余裕とは違っていた。


「……まずは、この出血を止めないと」


 サキュバスの少女はそっと自分の鼻先に指を当てる。桃色の魔法がふわりと広がり、じんわりとした光が鼻血を穏やかに鎮めていった。


 サキュバスの魔法には、色が纏われる。

 例え同じ魔法であっても、術者の素質によって色が変わるのだ。

 少女の色は桃色。

 男を魅了する事に特化した、魅惑の色だ。


「これで元通りね」


 流血を止め、本来の美しさを取り戻す。

 しかし、肉体的な傷は癒ても精神的な傷は癒せない。

 いや、サキュバスは知らないのだ。この胸の高鳴りを抑える魔法も、それがどんな傷なのかも。

 彼女の指先には、まだ微かに震えが残っている。


「ただの人間に、私が惑わされるなんて。美の女王が聞いて笑うわ!」


 あらゆる生き物を魅了し、狂わせる美の女王がサキュバスという種族。

 その心を思うがままに操る存在が、ただの人間に魅力で負けてしまった事で、彼女の心はボロボロだった。


「治らない。この胸の痛みはなんなの!」


 あの男の顔を思い出しただけで、胸がざわつく。

 夢魔の遺跡でさえも、彼の存在を拭い去ることはできなかった。


「私は最も美しいサキュバスのはず。どんな男も、私の前では無力だったのに」


 それなのに、あの男は魅了されなかったのだ。

 それどころか、逆にわたしを魅了しようとすらしていた。

 彼の美しすぎる素顔を、覚えている。


 あのの顔は、まさに芸術作品のようだった。

 高い鼻筋が気品を与え、深い漆黒の瞳と長い睫毛が神秘的な輝きを放っていた。


 浮き上がった頬骨と薄い唇が洗練された印象を添え、透き通る白い肌。

 シャープな顎のラインが少年らしさと男らしさを融合させている完璧な美がそこにはあった。


 その顔は、見る者を一瞬で虜にするほどの完璧さを持ちながら、どこか儚げで近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。

 彼の素顔が脳裏をよぎるたびに、私の心はどうにかなってしまいそうだ。


「待って、また鼻血が出てしまったわ」


 鼻から赤色の液体を噴き出したので、サキュバスは慌てて拭き取る。

 これ以上、血を出すのは危険だと思った。


 サキュバスは基本的にあらゆる攻撃を防ぐ。

 それは防御魔法によるものだが、防御魔法は自己洗脳の高さでその精度を上げているのだ。

 自分は“美の境地”に到達した特別な存在だと自認している。


 その麗しい身体を傷付けようとする愚か者などいるはずがない。

 いたとしても、その相手は自分の色香で理性を失う愚か者だ。

 そんな弱者の攻撃が自分に通用するはずがない。


 “美の境地”に達した者だけが抱ける自尊心の高さが、サキュバスの強さの裏付けなのだ。

 逆をいえば、例えサキュバスでも自分に自信を持てない者は、魔法を使いこなせずただの人間にも負けてしまう。


 あるいは、相手の事を格上だと認めていまえば、例えそれが小さな虫であっても攻撃されれば致命傷となってしまうのだ。

 今回、サキュバスは半寒の素顔を見て、本能的に負けてしまったと判断してしまった。

 なので、血が出たのだ。



「悔しい! とても悔しいのよ!」


 血を出すということは、サキュバスにとっては精神的に敗北したと同じ意味である。

 子供の様に地団駄を踏み、彼女は悔しさを全身で表現した。


「やっぱこの格好が失敗だったのかしらね? 日本人ウケを狙って黒髪清楚にしたのだけれど。彼には通用しなかったわ。私の本当のプリティーな姿を見せた方が良かったのかしら?」


 そう囁き、桃色の光に身を包ませ、本当の姿を解放した。

 黒髪の女子高生が一瞬にして姿を変えた。

 肩まで伸びていた漆黒の髪が光を帯び、まるで月光を浴びたように輝きながら銀色へと染まっていく。


 髪はふわりと広がり、両サイドで結ばれてツインテールに形を変えた。

 銀髪は彼女の妖艶な魅力を引き立て、サキュバスとしての正体を露わにする。


 瞳には妖しい紅が宿り、制服の下から覗く肌は一層白く、現実の物とは思えない神秘的な容姿をしていた。


「次こそは、絶対に惚れさせてやるわ!」


 力強く右拳を握り、声高らかに宣言する。

 横山しおり、――彼女の本当の名は。

 アレッサ・サーキュベーター

 魂の味は飽きるほど味わい尽くしているものの、恋の味はまだ知らないお年頃である。

お忙しい中、ここまで読んでいただきありがとうございます。

もし面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークを頂けますと励みになります。

 何卒、よろしくお願いいたします!

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