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クイーン視点のハンサム

 彼の顔を初めて目にしたとき、クイーンが抱いたのは圧倒的な敗北感だった。

 美の境地に達していたはずのクイーンですら、その美貌の前では、まるで無力だった。


 そして思い出す。

 クイーンが幼い頃に、同じような“美の暴力”を味わったことがあったことを。

 それは――母親、ユーラス・サーキュベーター。


 彼女は、美を誇るサキュバスの中でも別格の存在だった。

 何千というサキュバスたちが彼女を慈しみ、崇め、守り、そして憧れていた。

 サキュバスの栄華の象徴。栄光の中心に立つ、唯一無二の女王。

 肖像画にはその顔が描かれ、それまでのどの画よりも鮮烈な美を放っていた。

 自己愛に満ちたサキュバスでさえ、列をなしてその絵を一目見ようとしたほどだ。


 だが、彼女自身にその自覚はなかった。

 分け隔てなく接し、慈しみをもって誰にでも笑みを向けた。

 クイーンは、そんな母を誇りに思う一方で、どこか懐疑的でもあった。


 戦わない。奪わない。配下を持たない。美を武器にしない。

 その姿勢は、サキュバスとしては異端だった。

 彼女はサキュバス以外の種族にも優しく、誰の命も取らなかった。

 クイーンは、そんな母に納得がいかなかった。


 美とは、己を高めるためにある。

 他者の命を糧とし、己の価値を証明する。

 独善的であってこそ、サキュバスは強く美しくあれる。

 なのに――彼女はそのすべてを放棄した。


 それでも誰も責めなかった。

 なぜなら、彼女は“美しかった”から。


 サキュバスは、美を絶対の価値とする。

 その頂点に立った彼女は、もはや誰にも咎められなかった。

 苦労もせず、すべてを肯定される存在。

 クイーンはそんな母が目障りで、妬ましくて、嫌いだった。


 ……それでも。

 母は、クイーンたち娘に惜しみない愛情を注いでくれた。

 へそを曲げていた自分に、いつも笑顔を向けてくれた。


 その笑顔は太陽のように眩しく、

 クイーンの心の黒い塊を――綺麗に、優しく、溶かしてしまうのだ。

 嫌いなのに、笑顔を見るとつい笑ってしまう。

 そんな、不思議な人だった。


 ※※※


「好きな男ができたの」


 ある日、母はそう言い残して、クイーンたちを捨てて出ていった。


 冗談じゃない。

 男など、サキュバスにとっては搾取対象に過ぎない。

 男との結婚も、支配を独占する為の契約でしかない。

 そもそも、サキュバスはその気になれば子供を産むために男の力など必要としない。

 本来、成熟すれば自然と子を宿せる性質なのだ。

 現に、私達はそうやって生まれてきた。


 滑稽で醜い人間の男などに心を許すなど、理解できない。

 そのうえ、自分たち三姉妹を残していくなんて、到底許せることではなかった。


 その選択は、国全体をも巻き込む混乱を呼んだ。

 かつてサキュバスの頂点にいた彼女が去ったことで、崇拝のバランスは崩壊した。


 支配の正統性を失ったサーキュベーター家には、

 全サキュバスの怒りが集まり――戦争が始まった。


 クイーンは戦場に出る年齢だった。

 アレッサとエリリカは幼く、戦いに参加できなかった。


 そして、生き残ったのはクイーンと妹たち、たった3人だけだった。

 この戦争の真実を、クイーンは歴史から抹消した。

 アレッサとエリリカに、母の過去を伝えることはできなかった。

 サキュバスという誇り高き種族が、実質的に滅びを迎えた原因が実の母だったなどとは言えなかった――言える訳がなかった。


 だからクイーンは決意した。

 二度と同じ過ちを繰り返さないと。

 母のようにならないと。


 クイーンは、サキュバスとしての本分に殉じた。

 他者の命を糧とし、美しさを貪り、

 利用できるものは徹底的に手駒として扱った。


 全ては、“最も美しい存在”として肖像画に刻まれるため。

 それこそが、母を超えた証明だと思っていた。

 妹達と共に、美を極める。

 そう信じて、クイーンは心を鬼にして進んできた。


 ……なのに。


「それでも、私には届かぬと言うのか……」


 目の前に新たに現れた美の暴力を見つめながら、力なく囁く。

 母親のようにならぬよう、妹達に同じ道を歩ませぬ様、クイーンは精一杯頑張ったつもりだった。

 自分の行動はサキュバスの価値観として見たら、どれも正しい行いだったと思う。


 しかし、クイーンの夢は絶たれてしまった。

 人間という軟弱な種族が作った組織に。

 サキュバスのなり損ないに。

 血を分けた妹達に。

 そして大好きだった母親の笑顔すら記憶から霞んでしまうほどの美しさを持った人間に。


 ――ああ、どうしてだ。

 なぜお前が、その美を持つ?

 どうして、サキュバスですらない貴様が――私の夢を壊す?


 叫びたかった。喉元を裂いてやりたかった。

 だけど、もうクイーンは動けない。


 その美しさは、怒りすら呑み込んでいく。


 温かく、柔らかく、心に染み込んでいく。

 これは――なんだ……?


 脳裏に、母の声が蘇る。


『好きな男ができたの』


 アレッサの声も蘇る。


『今日のデート、楽しかったですか? 私は……可愛いって、思ってもらえたでしょうか……?』


 理解できなかった感情。

 何度も自分を苛立たせてきた感情。

 今ならわかる。


 ――これが……その感情なのか。


 胸が高鳴る。心が震える。

 クイーンはもう、意識を保てなくなっていた。


「お前にとって、“美”とはいったい何なのだ?」


 意識を手放す寸前、クイーンは声を振り絞り、目の前に立ちはだかる“美”そのものに問いかけた。


 少年はわずかに考え込むような素振りを見せた後、静かに答えを返した。


「誰かの心を縛る力じゃない。誰かの心を……解き放つ力だ」


 その言葉の意味は、クイーンにはすぐには理解できなかった。

 しかし、彼の美しさに、彼の生き様に心を打たれ、信念を変えた。

 或いは奮い立たせた者たちが現に存在する。それは紛れもない事実だった。


 そして、自分もまた……その中の一人となった。

 彼に立ち塞がろうとした自分は、多くの者たちによって阻まれ、敗れ去った。


 悔しいはずだった。しかし、胸の奥では鼓動が高鳴り続けていた。


 ただ彼の顔を見ただけで。

 その声を耳にしただけで。

 頭の中が熱を帯び、情報が洪水のように押し寄せ、理性が焼き切れていく。


 ――そうか。この感情こそが。


「“恋”……なのね」


 そう呟いた直後、クイーンは気を失った。


 恋という感情に、どれだけ自分の人生が振り回されたと思っている。そう怒りの声を上げる予定だったが、そんな感情は消え失せた。

 何故なら、胸に響くキュンとした感情が、あまりも心地良かったからだ。

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