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アレッサ・サーキュベーター視点のハンサム

 記憶の奥底で眠っていた映像が、少しずつ蘇ってくる。

 アレッサと半寒の出会いは、こんなにも馬鹿馬鹿しく、だからこそ忘れがたかった。


「見て見て、しおりちゃん! 電柱ハンサム!」


「電柱に横たわる先輩も素敵です!」


 ……今でも思う。電柱ハンサムって何だったのだろう?

 当時、アレッサはまだサキュバスである正体を明かしていなかった。


 最近転校してきた可愛い後輩として、標的である彼に近づく必要があった。

 まだ素顔すら見せてもらっていなかった。

 本当にサキュバスを凌ぐ美貌を持つのかすら分からなかった。


 だから、あの奇妙な「電柱ハンサム」発言も意味不明だった。

 ただの覆面男が何を言っているのかと、呆れながらも笑顔で受け流していた。

 ……結局、その日はすぐに解散となった。彼がその後何をしていたのか、アレッサには分からない。


「しおりちゃんか……類稀なる愛らしさを持った、いい子じゃないか」


 ふいに響いたその言葉に、アレッサは耳を疑った。

 半寒は、アレッサのあらゆるアプローチを平然と受け流していた。

 だから、自分のことを可愛いなんて思っているはずがないと、そう確信していた。


 でも、今の発言はどうだ?

 それはアレッサに向けられた好意とも取れる。

 彼なりに、少しは意識していたのかもしれない。そう思うと、不思議と心が温かくなった。


 もっとも、しおりという少女は、本当のアレッサではない。

 地球に住む人間が好む理想的な後輩を演じていただけ。

 本当の自分は、そんな守られた存在ではない。


 誰かに庇われる必要などない、強さと美しさに貪欲な存在。

 しおりという存在は、本性を隠す仮面でしかなかった。

 だからもし、彼がしおりに惹かれたのだとしたら、それは幻であり、アレッサを選んだわけではない。


 ※※※


 次に浮かび上がったのは、校内でのやり取り。


「先輩! 私とも連絡先、交換しましょう! ここ電波、悪いですよ!」


 懐かしい。これはアレッサの正体がバレた後の場面だった。

 彼の美貌に初めて直面し、無意識に惹かれた。

 翻弄するつもりで近づいたはずが、気付けば自分の方が振り回されていた。


 でも、彼は違った。

 アレッサの情熱を前にしても、どこか醒めた表情で、他の女子と連絡先を交換していた。

 敵対勢力の一員として、当然の対応だ。どれだけ可愛かろうと、アレッサは敵なのだから。


「……危ない危ない。あまりにも美しすぎて、ニヤけてしまうところだった。そんな顔、このハンサムの俺が見せられるわけないだろ?」


 聞いたことのない彼の独り言に、胸がふるえた。

 内心では惹かれていたのだろうか? でも、それを認められなかった。

 そう思えば、これまでの塩対応も……少しだけ許せる気がした。


 ※※※


 その後の映像は、次々と切り替わっていく。

 ファンのために歌う彼に混ざり、

 写真撮影に混ざり、

 不良と喧嘩しようとする彼を、アレッサが助ける場面。


 彼は、自分よりも美しい存在なのに、それを他人のために惜しみなく使っていた。

 その誠実な姿勢に、アレッサは強く惹かれた。

 だから付き纏った。

 それが、アレッサなりの不器用な愛の形だった。


 だが、彼は気付かない。

 他の女子と仲良くする彼に、苛立ちも覚えた。

 何も伝えられず、ただ傍にいるだけの自分。

 何も気付かず、平然と日常を過ごす彼。

 どこかで腹立たしくもあった。


 ※※※


 映像が切り替わる。

 男子トイレで、彼は用を足しながら叫んでいた。


「……なんだか、しおりちゃん……めっちゃ可愛いんだけど!!」


 吹き出しそうになる。

 それでも、彼に伝わっていたのかもしれない。

 自分のアプローチが、ちゃんと届いていたのかもしれない。


 ※※※


 そして場面は、美術館デートの前に切り替わる。

 彼が自宅の鏡の前で、何やらぶつぶつと呟いていた。


「あれほどの美少女とデートは初めてだ。ここはいつもより早く起き、入念にハンサムチェックをしなくては……」


 ハンサムチェック?

 それ、私のビューティフルチェックと同じじゃない。


 アレッサも、地球の化粧品を駆使して彼とのデートに挑んだ。

 彼もまた、デートに備えて準備をしていたという事だ。

 しかし、両者が抱く目的は違っていただろう。


 彼はサキュバス攻略のため。

 アレッサは一人の少女として、デートを楽しみたかった。


「これでデート対策は完璧だ。攻略さえすれば俺の言いなりになり、地球からも手を引かせられる」


 やっぱり。

 彼にとって自分は、ただの任務対象でしかなかった。


「……だが、その後はどうなるんだろう。向こうが俺と一緒にいたいというのなら、別に俺はまあ……」


 照れたように頬を掻くその姿に、胸が締め付けられる。


 ……本当は、少しだけでも想ってくれていたのかもしれない。


 ※※※


 デートの記憶が流れ、舞台は遺跡へと移る。

 クイーンに叱責され、封印を宣告された自分の姿。

 あの時、浮かれた気持ちでメイクをしていた自分を、きっと彼は笑っている。

 まんまと俺の美貌に翻弄されて、バカな女だと見下しているだろう。

 そう思っていた。


 しかし、彼は怒っていた。

 アレッサの努力を侮辱するなと、クイーンに対して物凄い剣幕で怒鳴っていた。


 そして、封印されゆくアレッサに向かって、彼は叫んだ。


「必ず、お前を助ける!」


 その言葉が、胸を貫いた。

 その後、彼は本当に来た。

 あらゆる障害を乗り越えて、命を賭けて、再びここまで来てくれた。

 世界のためではない。

 自分のために。


 ※※※


「……そんな人を相手に、私は一体、何をしたの……?」


 記憶が甦る。拒絶、暴力、そして殺意。


 やっぱり私は、誰かを愛してはいけない存在なんだ。


 自分なんか、封印されていた方がマシだ。

 誰にも愛されず、ひとり静かに滅びていけばいい。


 涙が止まらなかった。

 どうしようもないほどに、自分自身が嫌いになりかけていた。

 罪悪感が胸を締めつけ、心が張り裂けそうになる。


 そのときだった。

 意志とは無関係に、桃色の魔力がアレッサの身体を包み、激しく炸裂した。


「うわあっ!」


「きゃっ!」


 爆風が半寒とエリリカを直撃し、二人の身体は勢いよく吹き飛ばされた。


 アレッサのために駆けつけてくれた、あの少年をまた傷つけてしまった。

 誰かと関わるのが怖かった。

 再び誰かを傷つけてしまう未来が怖い。

 希望や優しさに手を伸ばすことすら、できなかった。


『それで良い。サキュバスに、他者を愛する心など不要だ。他者は利用するための傀儡か、己の美しさを映えさせるための養分にすぎぬ』


 クイーンの冷たい声が、頭の奥に響いた。

 その言葉は、まるで過去のアレッサをなぞるように心に染み込んでくる。

 ただ己の美を信じていた頃の記憶。孤独と引き換えに得たサキュバスとしての誇り。


『誇るべきは、自らの美。その自己愛こそが、サキュバスを至高の種族へと導く力だ』


 確かに、そうだった。

 アレッサはそうやって、サキュバスクイーンの妹としての自分を保ってきた。

 誰にも頼らず、誰の手も取らず、誰も近づけさせなかった。


『心を乱す元凶……あの男を、この手で葬るのだ。そうすれば、お前は再びサキュバスとしての誇りを取り戻せる』


 ……そうだ。

 自分は、サキュバスとしての矜持を取り戻すために、あの男を殺さなければならない。


「アレッサ!」


「お姉様!」


 呼びかけが耳に届く中、アレッサはゆっくりと立ち上がり、邪魔者である少年をまっすぐに見据えた。

 彼がいる限り、アレッサはずっと恋や愛といったくだらない感情に囚われ続ける。

 彼を消さなければ、サキュバスとして先に進むことなどできない。


「アレッサ、大丈夫か?」


 半寒が緊迫した面持ちで、アレッサの身を案じる声を上げる。

 その声音に、エリリカを通じて辿ったあの優しく美しい記憶が重なる。

 ……けれど、それはもう遠ざかっていた。

 彼の想いに触れて溶けかけていた凍てついた記憶が、再び凍ろうとしている。


 ――それでいい。

 恋心など、サキュバスの本分から最も遠い感情。

 それは恥ずべき、アレッサの弱さそのものだった。

 ならばその思い出ごと、あの男を葬り去ればいい。すべてを、清算するのだ。


「お前を……殺す」


 アレッサは静かに手を掲げ、桃色の魔力を指先に集める。

 躊躇いのない殺意を込め、放たれた魔力が彼へと襲いかかる。


 ※※※


 ……だが、そのとき。

 心の奥深く、凍りついた記憶の底から、微かな声が聞こえた。


 やめて。

 助けて――。


 それは、記憶の中に眠っていたもう一人のアレッサ。

 無理やり記憶の奥深くに封じ込めた、もう一つの人格。

 彼との思い出を手放すことなく、一途に恋し続ける、もう一人のアレッサの声だった。

 思い出を奪われまいと、彼女は闇の底から、助けを求めて手を伸ばしていた。

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