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モーニングルーティンとハンサム

 ハンサムの朝は早い。

 自分のイケメンボイスが流れる目覚まし時計(89番目の彼女に作ってもらった)を止め、静かに起床する。

 朝5時だった。登校時間は8時なので、余裕はたっぷりあった。


「よし・・・やるか」


 静かにハニカミ、俺はパンツを脱ぐ。

そして、昨夜繰り広げた青空みどりとのムフフな行為を思い出し、1発抜く。

 それでまず30分使う。


 フィニッシュを迎えたあと我に返り、「何をやってんだ俺は」と反省しながら風呂場へ直行し、優雅なシャワータイムを堪能する。

 汗と共に、俺の煩悩によって生まれた白濁液も水によって流してもらうのだ。

 美しい四肢が水を鮮やかに弾く。

 ふと鏡を眺める。そこに写っていたのは水も滴る良い男。 


 そう、俺だ。

 この美しさは何と表現すれば良いのか?もはや水も滴るというレベルではなかった。

 水が、俺を滴らせがっているという方が適切だろう。

 ずっと眺めていたい。水が肌に優しく触れ流れ落ちる様を見ていたい。


 そう思い、長い間頭から水を浴びすぎていたせいか、最終的には窒息しそうになった。

 これでまた30分使う。


 風呂から出た頃にはもう時計は6時を回っていた。

 登校時間は8時で、家からは徒歩5分で着く。

 まだ時間はたっぷりあった。

 俺は冷えない内に身体を拭き、全裸のままドライヤーで髪を乾かしたあと、洗顔クリームで顔を念入りに洗ってからようやく下着と制服を纏う。

 これは10分くらいでささっと済ませた。


 現在の時刻は6時10分。母親が起きてきて飯の支度をしてくれるのが7時くらいだ。

 つまり、50分も暇な時間があるということだ。

 普通なら予習復習をしたり、ゲームや読書等の趣味の時間に費やすだろう。

 しかし、俺は違う。


「ハンサムチェックするか」


 これは、モーニングルーティンのメインイベントだ。

 俺のモットーは常にハンサムであることだ。

 どんな時でも、どの瞬間でも常に格好良くてはならない。


 例えば、気が緩んでて間抜けな顔をしていた時に女子から話しかけられたらどうなると思う?

 俺は間違いなく間抜けな顔をしたままその子の方へ顔をむけてしまうだろう。

 そうなると、女子はどう言った心情を抱くと思う?


「え?もしかしてこの人、そんなに格好良くない?」と幻滅してしまうのだ。


 例えば、ファンに盗撮された際に、変な顔をしていたらどうなると思う?

 俺だって人間だ。

 居眠りを我慢しているときは白目を剥いているし、鼻を穿ってる時もある。


 その光景を撮られてしまった時はもう大変だ。

 俺の醜い姿を見た女子はがっかりし、最悪その写真が色んな人に広まってしまう恐れがあるのだ。

 そんな事態は避けたい。俺はどんな瞬間でも美しく、いつ撮られても奇跡の一枚でいなくてはならないのだ。

 その為の特訓がハンサムチェックだ。


「まずは鼻を穿っている時」


 俺は拳を握ったあと、小指だけを立たせ、鼻の穴に入れる。

 普通なら人差し指で鼻をほじるだろう。

 それがもう下品だ。

 とてもハンサムではない。


 小指で鼻をほじることによって他とは違った上品さをアピールするのだ。

 そして左目を瞑り、ウィンクをする。

 これで鼻をほじっている所を目撃されても


「え?あのイケメンで有名の人が鼻クソを追い求めてる!?」という反応から

「鼻腔とのワルツを嗜んでいらっしゃる!素敵!」に代わるのだ。


 ただ鼻をほじっているだけなのに、美しすぎて背景には花々が咲いているのかと錯覚するような上品さがあった。

 俺はその気品溢れる鼻クソほじりで一目惚れされ25人は落とした。


 もちろん、それでも鼻をほじっているという絵面は醜いものだ。

 上質な雰囲気を醸し出せるのは正面で目撃された時だけだろう。


 いくらウィンクしながら小指で鼻をほじっていても、寝そべっていた状態なら間抜けに見えるのは明らかだ。

 しかし、俺はどの角度でも常にイケメンでなければならない。

 なので、角度別でベストな表情を見出す必要があるのだ。


「まずは0度!」


 寝そべっている状態の時はこの表情で、状態をちょっと起こしている時はあの表情。

 こうして角度別でも自分の最高の状態を模索し、イケメン度合いを極めていく。

 このハンサムチェックで1時間は毎回費やす。

 これは、かかせないのだ。


 何度も確認している、右で穿るバージョンを早めに済ませ、次に左で穿ってるバージョンを終えたところで7時になり、母が目覚めた。


「おはよういっくん。ご飯サクッと作っちゃうね!」

「おはよう。ママ、時間はたっぷりとあるからゆっくりで良いよ」


 ワハーと可愛らしい表情を浮かべながら、母はパジャマの上にエプロンを着て調理を始めた。

 子である立場から言うのも恥ずかしいが、うちの母親は可愛い。

 40歳を超えるというのに、肌はとても綺麗で身体も引き締まっている。

 全体的にスリムだが、出る所は出ていてスタイルはモデル並みに抜群。


 顔も非常に整っていて、皺一つ存在しない。

 常に笑顔で、細目がとてもチャーミングだ。

 全体的におっとりとしていて声のトーンや動作も静かでとても穏やかだ。

 何だか小動物のような安心感と癒しを与えてくれる。


 そんな癒し系みたいな人に、幼い頃はゴミを見るような視線を向けられ、毛嫌いされていたのだから心理的なショックは大きかった。

 まあ、今ではこの通り仲良しだ。

 過去の事は水に流そう。

 悲しいことは沢山あったがそれら全て俺のイケメンフェイスを見たらちっぽけな物だと思ってしまう。

 それほどまでに、俺の顔はハンサムだった。


「今日はいっ君の好きな卵焼きだよー」

「ありがとう。ママ」


 目の前には白米と真っ黒に焦げた自称、卵焼きが置かれていた。

 ウチの母は、米を炊くのはうまいが、それ以外は基本下手くそだ。

 そもそも卵焼きを好きだと言った事は一度もない。


 だが、母が良い方向に成長していく俺を見て親心を取り戻し、わざわざ俺の為に作ってくれた初めての料理が卵焼だったのは覚えている。

 感動のあまり泣きながら食べていたから事から、俺の好物は卵焼きだという印象を抱いたのだろう。


 味はめっちゃ不味いが、長年育児放棄をされ与えられたのはインスタント商品ばかりだった俺は親が作ってくれた料理に飢えている。

 これも勿論、ありがたく頂くつもりだ。


「もうこんな時間か」


 母との会話を楽しみながら朝食を済ます。

 時計を見ると7時40分だった。

 俺は最後の仕上げとして歯を磨き、香水を適量体に付ける。


「じゃあママ。行ってきます」

「いってらっしゃーい!早く帰ってきてね!」


 俺の姿が見えなくなるまで、母は俺に手を振ってくれていた。

 昔は俺を見るだけで深いため息をつき、視界に入れる事すら拒んでいたというのに。

 やはり、人間は外見が重要なのだと思わせられる。


 道徳的に考えればその考えは正しくないと思っているが、俺の歩んできた人生が事実そうなのだ。

 だが、俺は今更過去の事は恨んだりしていない。俺だって昔の自分に戻りたいと考えていない。


 昔受けた屈辱も、辛い出来事も全て己の顔と、女に囲まれまくっている現実を見れば忘れることができる。

 ちなみに、男友達はいない。 

 同性ともバカ騒ぎしたい気持ちは勿論ある。いつか出来ればいいなと思う。



「ハハ!今日は天気がいいなあ」


 ふと、空を見上げる。

 空は快晴。雲一つ存在しない深い青空が俺を見下ろしていた。

 美しすぎて溜息を漏らし、立ち止まって見入っていた。


「フィルムに収めたい」


 写真を撮り、次にソイッターというSNSの画面を開いた。

 俺にはフォロワーが600万人いる。その殆どが女性垢だ。

 彼女達は、俺が投稿するたびに称賛してくれている。

 この景色も共有したいと考えた俺は、画像を載せ文字を添えた。


「イケメンなう」


 これは俺に向けたのではなく、俺並みに美しく、イケてる空に向けた投稿だった。


 秒でファンから称賛コメが返ってきた。

 沢山送られたコメントを縦にスクロールしてニヤニヤと眺め、その内容を順番に呟く。


「いい景色ですね。顔だけじゃなくて写真も美しい。最高!学校頑張ってください。大好きです・・・文字と画像何も関係ねえじゃん。女に媚びすぎてきしょい・・・」


 まあ、これだけフォロワーがいれば称賛コメばかりではない。

 冴えない男から嫉妬によるコメントも送られてくる

 所謂アンチという存在だ。

 まあ、ネットのコメントに怒る程俺は幼くないからな。好きに書いてくれて構わない。


「お前も昇天しろ。朝から不快なツイートするな。写真ブレブレで草。いいね少くて笑う。大人しく顔だけ投稿してろや」


 ま、まあ別に俺はアンチコメントくらいでムキになるほどアホではない。

 ましては反論なんて時間の無駄だ・・・

 それにしてもアンチコメ多くね? 

 もっとスクロールしたらこれまで通り称賛コメがあるのか?

 再度スクロールし、真っ先に出てきたコメントがこれだった


「こいつそんなイケメンか?女の感性はわからん。むしろ不細工じゃね?」


 ・・・まあ、犬や猫が絵画の美しさを理解できないように、レベルが違いすぎるとどれだけ優れてるか推量れない。

 怒りどころか俺はこのコメントをしてきた奴に哀れみすら覚える。

 放っておこう。可哀想なやつだ。反論なんて大人気ない。本当に、それはやってはいけな・・・


「あああああああ!クソォぉ!論破したるぅぅぅぅ!!」


 穏やかな天候の中、あちらこちらから奏でられる蝉の鳴き声に負けないくらいの声量で怒りをぶちまける奴がいた。  

 そう、俺だった。


 もはや学校へ向かうのも忘れ、近くにあったベンチに座り、応戦体制に入る。

 そして俺の事をブサイクだと的外れなコメントを送ってきた不届き者に対して言い返し、熱いレスバトルを繰り広げた。


 俺の名は半寒池麺

 アカウント名はいっ君@風を感じて

 ソイッターのフォロワーは600万。

 各投稿のコメントは平均300。

 称賛コメは100。 

 アンチコメはその倍だ。


 ちなみに、勝負の結果は俺がいかにイケメンであるか画像付きで説き伏せ、最終的に向こうがやや引きながら謝ってきた。

 自撮り効果もありフォロワーは伸びたが、学校には遅刻した。

 やっぱ男なんて俺には必要ない!

 バカ騒ぎして遅刻なんてしたくないしな!


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