エリリカ視点のハンサム
エリリカは、静かに一部始終を見守っていた。
もっとも、彼女の両眼は既に見えていない。
かつてアレッサと同じように――いや、それ以上に強く誰かを想い、美しさを糧とするサキュバスの本能を拒んだことで、クイーンの逆鱗に触れ封印されたのだ。
それでも想いを手放せず、抗い続けた結果、視力を失うという代償を支払うことになった。
だが、人の身体は不思議なもので、ひとつを失えば、別の感覚が研ぎ澄まされてゆく。
彼女は耳や鼻、肌で感じる空気の流れを通じて、視覚以上の情報を読み取る術を身につけていた。
「この男、中々やるわね〜」
その圧倒的な情報量をもとに、エリリカは先ほどの半寒とリトルアレッサたちとのやり取りをすべて感知していた。
そして内心で、予想を遥かに超える展開に、静かに拍手を送っていた。
まさか、ここまであっさりと突破するとは思っていなかった。
彼女のわがままで精神世界へと同行させてしまった以上、万が一の際には助太刀する覚悟もしていた。
しかし、その必要はまるでなかった。
この精神世界は、アレッサの記憶から半寒という存在を消し去るために構築された領域。
この中に生きる住人はすべて、彼にとって敵であり、味方など一人もいない。
極めて不利な状況。
にもかかわらず、アレッサの心に微かに残っていた彼への想いと、彼自身のまっすぐな気持ちが、この閉ざされた空間を切り拓こうとしていた。
――もちろん、それは彼だけの力ではない。
みどりを筆頭とした外部の仲間たちが、封印を構成する結界を着実に破壊していた。
そのサポートによって封印そのものの力が弱まりつつあるからこそ、精神世界においても半寒はここまでの成果を得られたのだろう。
「中々、いいチームじゃない」
人間がサキュバスの封印を解く。
そんな前例、過去には一度もなかった。
ご先祖様に報告したら鼻で笑われるような、突拍子もない話。
だが、その不可能に挑み、成し遂げようとしている。
だからこそ、エリリカは祈った。
――どうか、このままクイーン姉様に気付かれず、事が進みますように。
彼女には誰も敵わない。
今は気付かれていない。けれど、結界の力が衰えれば、やがて番人たちが姿を表し、戦闘が激化するだろう。
そうなれば、クイーンは確実に異変を感じ、動く。
その瞬間、すべてが終わる。
彼らはもちろん、エリリカやアレッサでさえ、クイーンには敵わない。
サキュバスには、あらゆる攻撃を無効化する強力な防御魔法が備わっている。
だが、相手が同じサキュバスとなると、その絶対の法則すら通用しなくなる。
サキュバスの力の源は、自らの美に対する絶対的な自信。
すなわち、「私は美しい」と疑わぬその自負が、魔力へと転化され、術式として発現する。
つまり、同じ“美の境地”に到達した者同士の戦いにおいては、より自信に満ちた者こそが、上位の存在となる。
クイーンは気高く、美しく、冷酷で、そして何より強い。
五百年前、サキュバス同士の内乱が勃発した。
その争いでほとんどのサキュバスが命を落とし、生き残ったのはわずか三人。
幼かったエリリカとアレッサはその戦いには関与していなかったが、クイーン姉様はその修羅場を生き延びた、真の猛者だった。
そして何より、彼女は、矜持の人だ。
サキュバスとしての誇りと規律を最も重んじる。
たとえ相手が実の妹であろうと、その掟を破れば容赦しない。
幼い頃から、その強さと正しさを目の当たりにしてきた二人にとって、
どう足掻こうとも、クイーンに勝てる未来は想像すらできなかった。
ただ、戦う情景を思い浮かべるだけで、恐怖に足がすくみ、身体が動かなくなってしまう。
――けれど。
エリリカは思う。
クイーン姉様は、決して“悪”ではない。
エリリカも、アレッサも、サキュバスの本分から外れた。
前者は「美しさを糧にする」という行為を放棄し、後者は「惑わすべき相手」に心を奪われた。
どちらも、サキュバスの理から逸脱した背信行為。
過激な一派なら処刑されていてもおかしくなかった。
だがクイーン姉様は、封印と記憶の消去という最も優しい罰で済ませてくれた。
それ以上の罰を望んだわけでもない。
視力を失ったのは、自分が勝手に抗った結果にすぎない。
あのとき、視覚はなかったが、クイーンが見せたあの気まずそうで、申し訳なさそうな表情だけは、今でもはっきりと覚えている。
だから、憎めないのだ。
「貴方なら、クイーン姉様すら、攻略できるかもね」
エリリカは、光を失った両眼で半寒の存在を見つめる。
彼は、サキュバスの美貌さえも凌駕する顔面を持っているらしい。
その全容を、彼女は知ることができない。
見える資格がないからだ。
それでも。
その言動、その信念、その優しさ。
すべてを見たエリリカは、そう確信していた。
戦争を勝ち抜き、もはやサキュバスの中で対抗できる存在は皆無になってしまったクイーンの牙城。
その鉄壁を揺るがす、前代未聞の存在。
この人間の登場が、サキュバスの歴史そのものを変えるかもしれない――
そんな期待に、彼女の胸は高鳴っていた。
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