3人のアレッサと1人のハンサム
三人のリトルアレッサが、俺を囲むように静かに佇んでいた。
一人は、ぎゅっと小さな拳を握りしめ、俺を睨みつけるように見つめている。
一人は、不安げに視線をさまよわせ、足元ばかりを見つめている。
そしてもう一人は、無言のまま、じっと俺を観察するように見ていた。
その表情に怒りも敵意もなかった。
ただ淡い哀しみと、どこか覚悟のような色が浮かんでいた。
「私たちは……アレッサの最初の気持ちなの」
口を開いたのは、視線を逸らしていた少女。
どこか頼りなく、声もか細い。
「サキュバスとして生まれ、まだ恋を知らなかった頃。あなたに興味を持って……この気持ちの意味を知った、あの頃の私たち」
「だけど……」
拳を握っていた少女が言葉を継ぐ。
「その希望ごと裏切られた。信じようとした気持ちを踏みにじられて、私たちはただ、怯えることしかできなくなったの」
「……怖かったのよ、あなたのことが」
観察していた三人目が、ゆっくりと歩み寄り、小さな手を俺の胸にそっと当てた。
「あなたの顔が好きになりそうで、それが何よりも怖かった」
「私たちはサキュバス。人間に惹かれてはいけない。愛してはいけない。そう教えられてきたから」
「けど、それでも、あなたと過ごした時間はあたたかくて。心が、ふわっとしたの」
「……そのせいで、私たちは壊れたの」
握りしめた拳が微かに震えていた。
足元ばかり見ていた少女の瞳には、涙が溜まっていた。
「だからここにいるの。あなたを拒絶するために。想いを断ち切るために」
「アレッサがサキュバスに戻るために、私たちはこの精神世界の門番になったのよ」
風が吹き、モノクロだった空が、ほんのりと夕暮れのような朱色に染まり始める。
それでも、彼女たちの表情にはわずかな揺らぎがあった。
俺は、三人のリトルアレッサを見渡す。
小さな身体に詰め込まれたアレッサの最初の想い。
その記憶のかけらたちは、サキュバスとしての誇りと、人としての愛情の狭間で、今もなお揺れ続けていた。
「……怖がらせて、すまなかった」
口を突いて出た言葉は、不思議と素直だった。
「でもな。俺はお前の敵じゃない。アレッサを本気で、愛している」
少女たちの表情がわずかに揺れる。
「じゃあ、なんで――」
拳を握った少女が問いただす。
「組織の人間であることを隠してたの? あなたは、結局私を騙してたじゃない!」
痛烈な一言だった。
それが、彼女が最も怒っている理由だったのだろう。
確かに俺は、敵対する組織の人間だった。
最初は命令通り、アレッサを攻略するために動いていた。
サキュバスは人類にとって危険な存在だと教えられ、それを疑わなかった。
しかし、予想していなかったのは、アレッサが俺に恋をし、そして俺もまた彼女に惹かれてしまったことだった。
「……サキュバスが人類の敵だという認識は、今も変わらない。けど、それとアレッサという一人の女の子を好きになったことは、別の話だ。俺の気持ちは本物だ」
俺は、はっきりとそう言い切った。
「お前が誰かなんて関係なかった。ただ、目の前にいた一人の女の子が美しかった。それだけだ」
少女の拳が、ゆっくりと解けていく。
不安げだった少女が、ぽつりと呟いた。
「……あの時、その言葉が欲しかった」
「あの時?」
「そう……あの時、それさえ言ってくれれば、私は……全部を敵に回してでも、あなたについていけたのに」
何を指しているのか分からなかった。
いつ言えばよかったのか――どの瞬間、どんな言葉をかければ救えたのか。
普段の俺は、困ったときは顔一つで女を虜にし、何とかなってきた。
心を読む必要も、細やかに察する必要もなかった。
だが今、武器である顔が通用しない状況に置かれ、俺はあまりにも無力だった。
「……信じられない。信じたら、壊れそうで。もう、傷つきたくないの」
彼女の声が震えていた。
瞳に浮かぶ涙が、ぽたりと地に落ちる。
俺は――考える。
未熟で、鈍感で、空気の読めない俺が、どうすればこの涙を止められるのか。
いつもは顔でどうにかなっていた。
けれど今、それが通用しないなら――
「どうか、泣かないでくれ」
俺は、そっとリトルアレッサの頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
それが、意味のある行為かは分からなかった。
けれど、泣いている彼女を前に、俺は何かせずにはいられなかった。
「俺は鈍感で、顔が無ければ乙女心を分からないどうしようもない男だ……でも、俺はアレッサに会いたい。あの子は俺の為に犠牲になった。必ず助ける……そう約束したのだから」
「やめてよ! そんなことしても、あなたが私を騙したことは変わらない!」
リトルアレッサは涙をこぼしながら俺の手を払い、そのまま叩こうとする。
だが、その瞬間――
ずっと下を向いていたもう一人の少女が、そっとその腕を止めた。
「やめなよ。貴女も、本当は分かってるはずだよ。この人が、ただの嘘つきじゃないって」
優しく、穏やかな声だった。
「本当のところは分からない。でも……彼は、どんな女性にも誠実に向き合って、全力で応えようとする人。私たち、知ってるよね?」
その言葉が、空気を変えた。
涙を浮かべていたリトルアレッサは、振り上げた手をそっと下ろす。
「なんで、貴女がこの男を庇うのよ……私たちは、彼を許すためにここにいるんじゃない。これは、この男を拒絶する儀式だったはずでしょ?」
「うん、そうだね。でも……なぜか、あたたかい記憶が蘇ってきたの。今なら、この人の顔もちゃんと見える」
三人のリトルアレッサが、そろって俺の顔を見つめる。
なぜ彼女たちが視えるようになったのか、その理由は分からなかった。
「封印が、少しずつ解けてきてる。……外部で何かあったのかもしれない」
遠くを見つめるように、アレッサの一人が呟いた。
――きっと、みどりちゃんたちが結界を破壊しているのだろう。
そのとき、リトルアレッサの一人が問う。
「……アレッサのこと、好きなの?」
俺は、迷わず答える。
「当たり前だろ。大好きだよ」
その言葉を聞き、彼女たちは満足げに微笑んだ。
「だったら……責任取って、本人にちゃんとその言葉を伝えてあげて……もう一度――アレッサを、惚れさせてあげて」
次の瞬間、三人の身体が淡い光に包まれ、空気中に溶けるようにして消えていった。
そして、俺の目の前に、透明な階段が現れる。
どこまでも続く、光の階段。
その先に、アレッサがいる。
「……行くか」
「そうだね〜」
エリリカが、すべてを見届けたような表情で頷いた。
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