エリリカとハンサム
ギィィ……ン。
鉄製のリフトが、遺跡の壁に沿って軋む音を響かせながらゆっくりと上昇していく。狭く圧迫感のある空間。周囲を囲む黒曜石の柱には、古代文字がびっしりと刻まれていた。
「いやあ、さすがです、半寒さん。まさかキング級の魔物を顔だけで攻略してしまうなんて!」
みどりちゃんが拍手を送ってくる。俺は、少し照れながら頭をかく。
「まあ、俺にはこれしかないからな。……それより、お前ら、よくあんな化け物と正面から戦えるよな」
俺の言葉に、仁科とサクライが引きつった笑みを浮かべた。
「いや、敵を倒すくらいなら異能顕現を使えば簡単だがな……」
「流石にキスで倒すのは無理だよ。僕たちには荷が重い」
どうやら二人とも、キングゴブリンとキングオークに熱いキスをかました俺にドン引きしているらしい。
まあ、アレッサのことを思うと、あれは浮気にあたるんじゃないかと少し後ろめたくもなるが……
とはいえ、他に突破口がなかったんだから仕方ないだろ。
「彼らは、サキュバスの美貌と力に忠誠を誓う従僕です。その彼らを従わせた半寒さんは、やはり……サキュバスに匹敵する美しさの持ち主ということですね」
みどりちゃんは、変わらず笑顔を向けて俺を褒め称えてくる。
「みどりちゃんも半分サキュバスみたいなものなんだかは、魔物を従えられたりするんじゃないか? 実際、見た目はサキュバス並に美しいし」
「……それが、ですね」
みどりちゃんは少し表情を曇らせた。
良く見ると、仁科やサクライにも不穏な空気が流れている。あれ、これ触れちゃいけない話題だったのかもしれない。
「私がサキュバスの領域に踏み込めた所は、身体能力まででした。サキュバスの本当の強さは、自分の美しさを疑わない圧倒的な自信。その自信があるからこそ、防御魔法も、誘惑の魔法も成立するんです。でも、私には……それがありません」
そうだったのか。確かに、彼女は恐ろしく強いが、それでもアレッサやエリリカには及んでいなかった。
「中途半端な力しか身に付けられなくて、すみません」
無理に笑おうとするみどりちゃん。
気まずい空気が流れる。
このままでは士気が下がるし、何よりファンであるみどりちゃんを元気付けたかった。
色々考えた末に、俺はハンサムスマイルを彼女に向けた。
「そんなことないさ。みどりちゃんは美しいよ。足りないのは自信だけだ。それさえあれば君はきっと、サキュバスと同じくらい強くなれる」
これは、偽りのない本心だった。
アレッサは、みどりちゃんをサキュバスにも、人間にもなりきれない半端者として憐れんでいた。
けれど俺にとっての彼女は、誰よりも信頼できる仲間であり、サキュバスにだって引けを取らない美しさを持った、夜明けの会のファン一号だ。
あとは、自分を信じる勇気さえあれば、きっと、サキュバスにだって届く。
彼女なら、必ずそこまで辿り着ける。
「……ありがとうございます」
頬を赤らめたみどりちゃんが、はにかんだ笑みを浮かべる。
それを見た仁科とサクライが、すかさず茶化してきた。
「また半寒が女の子を口説いてるな~」
「出た出た、顔面チート」
そんな冗談に場が和み、明るい空気が広がった。
しかし、そのムードは長くは続かなかった。
ひやりとした冷気が、肌を撫でる、
「……何か、感じる。気配が変わった」
みどりが背筋を伸ばし、ぴたりと動きを止めた。
彼女の直感は鋭い。俺も思わず息を呑む。
──その時だった。
ギィ……カン。
リフトがガタンと揺れ、制御盤の明かりがふっと消えた。そして動きが止まる。
「故障か? いや、違う……誰かが止めたな」
サクライが低く唸る。
直後、コツ……コツ……と、硬質な足音が天井に続く梯子の奥から聞こえてきた。
光源のないはずの空間に、銀色の髪がふわりと現れる。
「お久しぶり……とは言えないかしら〜初対面の方もいるみたいね」
その声は、柔らかくもどこか哀しみを含んでいた。
姿を現したのは、一人の少女。
金髪のロングヘア。閉じられた瞳。
黒い喪服のようなローブを纏い、静かな気配をまとっている。その口元には、どこか諦めたような微笑が浮かんでいた。
「君は……」
「エリリカ。サキュバスが誇るミステリアスな末っ子よ〜」
長い髪を生き物のように操り、俺を拘束した少女だ。
あの時、黒田がいなければ俺もみどりちゃんも危なかった。
――だが、待て。彼女がここにいるなら、黒田はどうなってる?
「黒田は無事なんだろうな?」
俺が睨むと、彼女は頬をゆるめ、どこか間の抜けた調子で答えた。
「ボコボコにはしたけど、命までは取っていないわ〜あなた達の態度次第では、そのまま返してあげてもいい」
「ずいぶん気前がいいな」
「だってあのおじさん、美しくもなければ強くもないし……需要がないもの〜」
「そうか……」
哀れな男、黒田。でも、生きてるならそれでいい。
「半寒、こいつもサキュバスなのか?」
「こいつが、人類の敵! 許せない!」
仁科とサクライが目をハートにしながら威勢よく吠える。
既にエリリカの美貌に魅了されているらしい。
無理もない。サキュバスとは、存在するだけで他者を誘惑する種族なのだ。
本人はどこ吹く風といった顔で、涼しげに俺たちを見下ろしている。それが無性に気に入らない。
――どうして、お前は俺の素顔を見ても平気なんだ?
彼女は、俺の素顔を見てもまるで動じなかった。
魅了される気配すらない。
サキュバスの中で唯一、このハンサムフェイスが通じない女と言っていいだろう。
いったい、どうして? なぜこの顔を前にして平然としていられるんだ?
その疑問が表情に出たのか、エリリカはふっと微笑み、揺れる髪を肩越しに払ってこう告げた。
「私、目が見えないの。だから、あなたの誘惑は効かないわ」
「な、なんだと……!」
目が見えないのなら、俺の顔も認識できない。
つまり、顔面による魅了攻撃が効かない。
理屈は単純だ。
だが、これは初めてのケースだった。
人間、魔物、果ては女性用パンティーにすら効果を発揮するこの顔が、まったく通用しないなんて……!
「半寒さんの天敵……ここは私が行くしかないようですね」
みどりちゃんが一歩前に出て構える。
俺も仁科もサクライも戦力外。今、頼れるのは彼女だけだ。
「そんな物騒なもの、私に向けるのはやめてね〜」
エリリカはその場で優雅に黄色の光を纏った髪を操り、みどりのナックルガントレットを拘束した。
その滑らかな動作は、彼女が美貌だけでなく戦闘力も異常な存在だと再認識させられる。
「黒田を返してもらおう。お前の目的は何だ?」
俺が問いかけると、エリリカはわずかに顔を伏せて答えた。
「あなた達にとって〜あのおじさんは大切な仲間なんだよね?」
「もちろんだ。あいつはこの組織のリーダーで、俺の恩人でもある」
あいつがいなければ、数時間前に俺は死んでいた。
「仲間一人のために、またこの遺跡に来るなんて……無謀にもほどがあるわ〜」
エリリカは小さく笑った。その目は閉じられているが、どこか寂しげな色を感じた。
「まあ、俺の目的はそれだけじゃない。黒田を助けるのも、アレッサを救うのも、どちらも必須条件だ」
俺の言葉に、エリリカの表情がわずかに強張る。
「俺からすれば、姉が封印されてるのに、何も感じないようなお前らの価値観の方が分からないぜ」
「――私をクイーン姉さんと一緒にしないで!」
声が、鋭く空間に響いた。さっきまでの柔らかい雰囲気は霧散し、彼女の全身から怒気にも似た気迫があふれ出す。
「なら、俺の質問にちゃんと答えろ。なんで黒田を解放する? 何が目的だ? どうして俺たちの前に現れた?」
沈黙の中で、糸目の少女はそっと口を開いた。声は、懇願するように震えていた。
「アレッサお姉様を、助けて――」
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