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壁ドンならぬ遺跡ドンをするハンサム

 作戦会議が終わる頃には、皆の目に迷いはなかった。


 必要な準備を整え、装備を確認した後、赤沢が出してくれた転移ゲートの前に全員が集まる。


「……じゃ、行こうか。第二ラウンドだ」


 仁科が笑いながら拳を鳴らす。

 サクライは静かに頷き、みどりと赤沢も気合を入れるように小さく深呼吸した。


 再突入の時が来た。

 俺たちは、もう一度、あの遺跡へ向かう。


 ※※※


 転移の閃光が消えると、そこは冷たい石造りの広間だった。

 俺たちは遺跡の下層入り口に転移していた。


「ここが……遺跡か。初めて来たぜ」


 薄暗い空間に、仁科の陽気な声がやけに響く。

 空気は重く淀んでおり、壁面の魔導刻印が淡く光を放っている。


「っと、出迎えが来たみたいだぜ」


 唸るような唸声と共に、影の中からゴブリンの群れが現れた。

 十体、二十体……いや、もっとか。

 その全てがこちらを睨み、ギラついた目で飛びかかってくる。


「行くぞ、サクライ!」


 仁科が地面に拳を突いた瞬間、石畳が振動し、衝撃波が奔る。

 群がるゴブリンたちが足を取られ、バランスを崩して次々と転倒していく。


「……斬る」


 サクライは静かに一歩踏み出したかと思うと、次の瞬間には五体のゴブリンが切り伏せられていた。

 彼の周囲には五本の剣が宙に浮き、まるで、風そのもののような自由に動き、相手を切り裂いている。


 左右の手に二本。そして異能顕現いのうけんげんで具現化させた五本の剣。合計七本の剣を操りながら、敵を切り倒して行く。


「すげぇな……あれが人形剣士かよ」


 俺も後方で構えながら、彼らの戦いぶりに舌を巻いた。

 仁科の振動が敵の動きを封じ、サクライが正確無比に仕留めていく。

 まるで息の合ったコンビネーションだった。


「油断しないで、まだ来ます!」


 みどりちゃんの警告と同時に、奥の通路からさらに一団の魔物が姿を現した。

 今度はオークの群れ。

 ゴブリンとは比べものにならない巨体が揺れる。


「よっしゃ、相手してやる!」


 仁科が豪快に笑い、今度は足元に大きな衝撃波を叩き込む。

 床が割れ、振動が波のように走ると、巨体のオークたちもぐらついた。


「今だ、みどりちゃん!」


「了解!」


 みどりが一歩、そしてもう一歩と地面を砕く勢いで加速しながら駆け出した。

 その両腕には、対サキュバス用に設計された特殊兵装ナックルガントレットが装着されている。


 振動を伝えるコアと魔力衝撃を拡散するフィールドを内蔵したそれは、文字通り魔の存在に特化した破壊兵器だ。

 彼女は狙いすましたタイミングで、オークの顎めがけて拳を突き上げる。


「クリムゾン・バースト!」



 刹那、拳の先端が白色に輝き、目にも止まらぬ速度で打ち上げられたオークの巨体が、まるで紙のように宙を舞った。

 空中で一瞬静止したかと思えば、そのまま重力に引かれて背中から地面に叩きつけられ、土煙が柱のように立ち上がる。


「分かってはいたが……こいつら、本当に異能力者なんだな」


 初めて対面する夜明けの会の戦闘員たちの動きを、後方から見守りながら、俺は思わず呟いた。

 ゴブリンもオークもまるで相手にならない。

 圧倒的な力で次々となぎ倒していくその姿は、もはや人間離れしている。

 それでもなお、彼らでさえサキュバスには敵わないという現実が、改めて恐ろしかった。


「なんだあのゴブリンとオーク……でっけえぞ!」


 戦場の奥から姿を現した魔物たちに、仁科が驚きの声を上げる。

 現れたのは、常にみどりちゃんたちが軽くいなしていたような雑魚とは明らかに別格の存在。

 その体格は通常種の倍以上あり、ただそこに立っているだけで周囲に圧を放っていた。


「……キングゴブリンにキングオーク。親玉クラスですね。図体は大きいですが、我々の敵では——」


 そう言いかけたみどりちゃんの言葉が、途中で途切れた。


「っ!? あれは……っ!」


 驚愕に目を見開いた彼女が指差す先には、さらに信じがたい光景が広がっていた。

 なんと、キング級の魔物たちの背後から、同種の魔物が続々と姿を現したのだ。


「そんな……前に来た時は、こんなにいなかったはずです」


 みどりが声を震わせる。


「たぶん、あれのせいだ」


 静かに呟いたサクライが、遺跡の高い天井を指差す。

 そこには、淡く輝く巨大な魔法陣が展開されていた。


「あの魔法陣……あれが奴らを転移させてるのか。キングゴブリンとキングオークを、次々にこの場へ送り込んでる……」


 仁科が歯噛みするように舌打ちをし、呟いた。


「なるほどな……数の暴力で少数精鋭の俺たちを潰す気か。抜かりのない作戦ってわけだ」


「くそっ……強行突破しかない! リフトまでは一直線に進むしかない。どうあってもこいつらを倒すしかねぇ!」


 仁科の叫びが戦場に響いた。返事の代わりに、みどりが一歩踏み出す。

 ナックルガントレットの機構が唸りを上げ、彼女の両腕に純白の光が収束する。


「《ガントレット・ゼロ》、フルチャージ」


 次の瞬間、みどりが地面を蹴り、一直線にキングゴブリンへ向かって駆け出した。


「退いてッ!」


 渾身の拳が空気を裂き、巨大な顎を打ち抜く。

 その一撃でキングゴブリンの顔面が大きく仰け反り、宙へと浮き上がる。


「ナイス!」


 仁科が叫び、すかさず地面を殴打。振動が連続で発動し、足元の床が激しくうねる。

 それに足を取られ、キングオークが膝を突く。その頭上に、今度はサクライが静かに現れた。


「斬撃一閃」


 血飛沫と共に、魔物の肩口に深く剣が食い込む。とどめには至らなかったが、十分な隙を作った。


「道が開いた、今だ!」


 仁科が叫び、後方の味方たちが一斉に前進を開始する。

 だがその瞬間だった。


 ――バキィンッ!


 天井の崩落片が落ち、避けきれなかった俺の肩に直撃。

 衝撃でバランスを崩した俺の頭から、覆面が滑り落ちた。


「しまっ……」


 視界が開ける。

 次の瞬間。


 ドシュゥゥン――!


 目の前にそびえていたキングゴブリンとキングオークの巨体が、突然ピタリと動きを止めた。


「な、何……?」


 みどりちゃんが困惑した声を漏らす。


 まるで時が止まったかのように、二体は目を見開いたまま固まっていた。

 そして、ありえない速度でその表情が変化する。

 頬を染め、胸元を押さえ、熱に浮かされたような瞳で、ゆっくりと俺の方へ一歩踏み出してきたのだ。


 ゴゴゴ……と唸り声をあげていたはずのキングゴブリンとキングオークの動きが、まるで魔法にかかったかのように止まる。

 やがて二体は、あり得ないほどの速度で顔を赤らめた。


「ゴ、ゴブゴブゴブ(めっちゃ私のタイプなんですけど)」

「オーク、オークオーク!(ま、マジィ? アタイと今すぐ繁殖活動をして貰いたいわ!)」


 困惑する味方陣営。


「えっ……何……どうなって……?」


「まさか……顔見せただけで……?」


「こいつら全員雌だったのか?」


 仁科、みどりちゃん、サクライが呆然と呟く中、俺は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。


「悪い、ちょっと派手に顔出しちまったな」


 まさか、ここまで手を焼かせた強敵が雌だったとはな。

 だがよく考えれば当然だ。

 女王であるサキュバスクイーンの配下ならば、その頂点に従うのもまた、同じく女性というわけか。


 血みどろの戦いは苦手だが、相手が女性。

 しかも恋の駆け引きとなれば話は別。

 俺は、そんな戦場なら百戦錬磨。

 負けた覚えは一度もない。


「フッ……おっかない魔物かと思えば、意外と可愛い顔してるじゃないか。もう少し、近くで見せてよ」


 甘く、囁くような声でそう言いながら、俺は一歩前へ踏み出す。


 キングゴブリンの赤らんだ頬がぴくりと震えた。

 巨体のくせに、まるで小娘のように後ずさりし、遺跡の壁へぴたりと背を預ける。


「ゴブ!? ゴブゴブ! ゴブッチャウ……! ゴブッチャウ!(む、無理無理無理……死んじゃう……!)」


 恐れと戸惑いで目を泳がせるその様子が、ますます俺を刺激した。


 逃がすものか。

 俺はキングゴブリンの顔すれすれに体を寄せ、片手をその頭の横。

 無骨な石壁に突き出す。

 低く乾いた音が、遺跡に響いた。


 ――これが、遺跡ドンだ。


「ゴ、ゴブ!? ゴブドン!? ゴブドン……!(う、嘘……!? これが噂の……遺跡ドン!?)」


 キングゴブリンの瞳が潤む。呼吸が浅くなり、肩が震える。


「こんなに可愛い子が、戦いなんて似合わないよ。俺たち、きっと分かり合える……な?」


 俺は耳元でささやき、すかさず唇を重ねる。

 唇が触れ合い、舌が絡む。

 ゴブリンの身体がビクリと跳ねた。

 だが、抗うことはない。

 いや、できない。

 すべては、俺の顔のせいだ。

 そして、唇を離すと同時に囁く。


「ねぇ……上層まで、案内してくれるよな?」


 キングゴブリンはふるふると頷いてくれた。


「ゴブリンにキス!?」


「な、なんて奴だ。気持ち悪くて普通はできないよ」


「う、羨ましい……」


 仁科とサクライはドン引きし、みどりちゃんは羨むように呟いていた。

 キングゴブリンといえども雌だ。

 女性には紳士的な対応をしないとな。

 それがハンサムというものだ。


「――君にも、お願いしたいんだけどな?」


 隣でじっとこちらを見つめていたキングオークに、俺は蠱惑的な視線を向けた。

 目が合った瞬間、彼女はピクリと肩を震わせたが、抗う素振りは見せない。

 俺がそっと顔を近づけると、キングオークはそのまま、俺の唇を静かに受け入れた。


「オ、オークにも……いったァアアア!!」


「な、なんてことを……! よくそんな真似ができるな……君、ほんとにすごいよ……!」


「魔物達も平等に愛するなんて……やはり半寒さんは素敵なお方!!」


 今にも吐きそうな顔で叫ぶ仁科。

 一方で、サクライは一周回って俺を尊敬し始めていた。なぜか感動している。

 俺のファンであるみどりちゃんは感極まって鼻血を出していた。


 やがて、キングゴブリンとキングオークの顔が信じられない速度で真っ赤に染まっていく。



「ゴブゴブ!(半寒様! 何なりとご命令を!)」

「ンンンンオーク! オーク!(私たちは半寒様の忠実なる下僕です!)」


 敵意は完全に霧散し、代わりに現れたのは――

 目をハートに輝かせた、恍惚とした恋慕のまなざし。

 俺に心を奪われた両キングは、配下の魔物たちに降伏を命じた。


 気づけば、その場にいたすべての魔物がひざまずき、恭しく道を空けてくれていた。

 しかも、全員目がハートになっている。

 魔物の群れが、完全に戦意を喪失した。


「おい、普通に真っすぐ歩けばリフトに辿り着けるぞ……」


「やっぱり凄いな……君の顔って……」


「半寒さんの顔ならこれくらい当然ですよ?」


 仁科、サクライは呆れたように呟き、みどりちゃんは当たり前のように流していた。


「まあ、俺にはこの顔しかないからな」


 そして今、俺はキングオークにお姫様抱っこをされていた。

 俺に体力を使わせたくなかったらしく、キングゴブリンと熱いじゃんけん勝負を繰り広げた末、キングオークがその栄誉を勝ち取ったらしい。


「道はできたな。進もう、上層へ」


 俺の言葉に無言で頷く仲間たち。

 目をハートにして見送る魔物たちを横目に、俺たちは静かにリフトへと向かった。

お忙しい中、ここまで読んでいただきありがとうございます。

もし面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークを頂けますと励みになります。

 何卒、よろしくお願いいたします!

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