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18/35

吠えるハンサム

 ピンチに陥っていた俺の前に、この遺跡を襲撃していた黒田とみどりちゃんが、絶妙なタイミングで現れた。


「しかし、お前ら来るのが遅すぎんだろ? 先に遺跡に入ってたのはそっちのはずだよな?」


 俺の問いかけに、黒田が苛立ったように肩をすくめる。


「仕方ねえだろ。下層にはサキュバスの配下が山ほどいた。そいつらと小競り合いしてたんだよ」


「そうだな。黒田、血だらけだもんな」


 ご自慢のグラサンにまで血が滴っている黒田を見つめる。

 裏でそんな死闘を繰り広げていたとは……


「いや、これは敵の返り血だ。しかも俺はほぼ戦ってない。基本的にみどりちゃんに任せてた」


「威張っていうことではないな」


 みどりちゃん、強すぎる。そして黒田、お前頼りなさすぎる。グラサンかけてるだけじゃねえか。


「それより……」


 と、みどりちゃんが少し眉をひそめた。


「デート中だったはずのハンサムさんが、なぜここに?」


「クイーン様に招かれたのさ」


 俺は顎をしゃくり、俺としおりをここへ飛ばした張本人であるサキュバスクイーンに視線を送った。


「あの銀髪に赤い瞳に黒のドレス……俺達が知ってるサキュバスじゃねえか」


「それでは、半寒さんがデートしてたサキュバスは……」


「ああ。別個体ということになる。サキュバスは複数人いたんだ」


 一体ですら手を焼く相手だというのに、それが二人もいたんだ。

 黒田とみどりちゃんは内心、頭を抱えているに違いない。


「ほお……見た事ある顔が二人いるな」


 クイーンは薄く笑いながら立ち上がり、冷ややかな目を俺たちに向ける。


「誰かと思えば……妾たちに楯突く反逆者どもか。なるほど、貴様らはグルだったというわけね。アレッサに接触したのも、すべて組織の指示か」


「そんな……」


「哀れな妹。お前が愛していた人間は、今この瞬間もお前を出し抜こうと騙していたのだ。それを見抜られないとは情けない」


 彼女の赤い瞳がしおり——いや、アレッサを射抜く。

 確かに、最初に近づいてきたのは彼女のほうだったが……騙していたことには違いない。

 本来なら、このままデートして、彼女を籠絡してハッピーエンド。それで終わっていた話だったのにな。


「そうだ。だが、悪く思うな。お互い様ってやつだ。しおりちゃんも俺を“美の供物”にするために近づいてきたわけだからな」


 そう、俺たちはそれぞれの目的のために、デートという形で接触した。そこに、感情なんてなかった。


 俺は彼女に目をやる。

 彼女は一瞬だけ目を伏せ、寂しげに微笑んだ。そして、強がるように顔を上げる。


「ええ、そうよ。私たちはもともと人間とサキュバス。即ち敵同士。デートも……互いの利益のためだけに行ったもの」


 そう呟いた直後、彼女の姿が変わる。

 制服姿の可愛らしい後輩、横山しおりの仮面は崩れ去り、長い銀髪をツインテールに結った、男心を狂わせる本来の姿へと変貌した。


「姉様……私に、もう一度だけチャンスをください。あの男と、その仲間たちを排除してみせます。サキュバスの誇りを取り戻してみせます」


 鋭い決意を湛え、アレッサ・サーキュベーターはその場に膝をつくようにして頭を垂れた。

 サキュバスクイーンは一瞬だけ考える素振りを見せたが、やがて嗤うように言った。


「よかろう。あの男が死ねば、我らが再び美の頂点に返り咲くこともできる。やってみせよ、アレッサ」


 クイーンが指を弾くと、空間の一角に金と紫の魔法陣が浮かび上がり、豪奢な椅子が現れる。彼女はゆったりと腰を下ろし、女王らしい態度で我々を見下ろした。


 黒田が小声で俺の耳に囁く。


「お前……さっきまでデートしてたんだよな? 何かヘマでもやらかしたのか?」


「いや、むしろ順調だった。あのクイーンが割り込んでくるまではな……」


 俺が苦い顔で応えると、みどりちゃんの鋭い声が空間を裂いた。


「言い訳は後です! 来ます!」


 その瞬間、アレッサの手から桃色のビームが放たれる。

 鋭く、熱を帯びた光の刃が、俺たち三人を一直線に狙ってきた。


「光のルクス・イージス!」


 みどりちゃんが両手をかざすと、目の前に純白の魔法陣が展開され、眩い光の盾が生成される。

 その魔力の結晶は大気を震わせ、轟音とともにアレッサのビームと正面からぶつかり合った。


「サキュバスの魔法と酷似しているわね……でも「無色」私の敵ではないわ!」


 だが、ビームの圧力の方が凄まじかった。


「くっ……! 強すぎます!」


 みどりの盾は一瞬で砕け散り、破片となって四方に飛び散った。衝撃波に煽られ、俺たちは地面を転がる。


「ただの人間なら、即貫通の魔法なのじゃが、やるではないか。流石はサキュバスもどきの女」


 高みの見物と言わんばかりに、クイーンは楽しむ様に戦闘を眺めていた。


「今の攻撃で仕留め切れないなんて……さては貴女が噂の“半端者”ね。サキュバスにもなれず、人間にもなれない半端な強さを持った哀れな女」


 心底見下しながらそれだけを呟くと、アレッサはみどりに興味をなくした様で、視線を俺に移した。


「まずは……貴方からよ!」


 再びアレッサが手を翳す。その指先から放たれた桃色の矢は、俺の顔目掛けて一直線に飛び、避ける間も無く頬を貫いた。


 しかし——


「……ん?」


 破れた覆面の下から現れた、俺の顔は無傷だった。


「どういうこと……? あの攻撃が効かない……?」


 困惑に目を見開くアレッサを、サキュバスクイーンが面白そうに見つめる。


「ほう……我々と同じ“防御魔法”を持っておるとはな」


「は? 魔法なんて使えた覚えはないぞ。俺はただのハンサムだ」


「いや、貴様は妾たちと同じ魔法を、無意識のうちに得てしまっているのだ。人間の分際でな」


 クイーンは冷たく言い放ち、視線を細めた。


「サキュバスには、どんな攻撃も通用しない。それは、妾たちが自らの美に絶対的な自信を抱いているからだ」


 一歩、彼女が前へ出るたびに、空気が張り詰めていく。


「美しい存在が、醜いものによる攻撃で傷つくはずがない。その確信がやがて魔法へと昇華し、絶対的な防御力を生むのだ」


 その語り口には、誇りと威圧がにじんでいた。


「妾たちは、自分が他者よりも美しいという真実を知っている。誰にも害されることのない、“美の境地”にいる存在。ゆえに、その力を手に入れたのだ」


 そして、クイーンは再び俺を見据えた。


「サキュバスが何万年という歳月をかけて到達した“美の境地”……その領域に、お前はたった数年で辿り着いた。まったく、恐ろしい男だ」


「もっとも、顔以外は軟弱な人間だ。アレッサ、奴の素顔に気を付けろ。覆面を取る余裕を与えるな」


「ええ、わかっています」


 そう答え、アレッサは両手に光を纏わせた。

 俺が少しでも動けば、魔法を放出させる気だろう。

 こうなっては、切り札のハンサムフェイスも出さないぞ。


「何が“美の境地”だ! 格好付けやがって。ようはただのナルシストだろうが! クソサキュバス! これでも喰らえ!」


 黒田が叫ぶと同時に、手にしていた円筒型の小型爆弾を床に叩きつけた。


 パンッという乾いた音のあと、爆音とともに濃厚な黒煙が炸裂。

 視界が一瞬で闇に包まれ、辺りの輪郭すら見えなくなった。

 硝煙の匂いが鼻を突き、爆煙の中で周囲の気配すら掴めなくなる。


「半寒に気を取られてる間に煙幕を放てたぜ。視界は封じた。お前、この間に覆面を取ってしまえ」


 黒田の低く鋭い声が、濃い煙の中で響く。

 視界は完全に塞がれ、敵の気配すら曖昧になる中で、その冷静さはまさにプロの仕事だった。


「なるほど、その手があったか! 冴えてるな黒田!」


 俺は思わず声を上げた。

 見直したぜ黒田。伊達にグラサンをかけている訳ではないな。

 状況を瞬時に見抜き、俺の武器を最大限に活かす手段を打ってくれる。


「煙幕なんて……せこい真似を……!」


 咳き込みながらアレッサが苛立ちを露わにする。その目は、怒りと焦りにわずかに揺れていた。


「エリリカ! 出番よ!」


 アレッサが声を張り上げ、何者かを呼び出した。



「は〜いっ!」


 遺跡の天井の裂け目から、風を裂く音と共に一人の少女が降ってきた。

 ドスンッと地面に着地したのは、向日葵のように明るい金髪ロングヘアーで糸目の少女。

 切れ長の目元はほとんど閉じているのに、どこか見透かすような雰囲気を漂わせている。

 小柄ながら引き締まった身体、真っ白な肌に、地面に届くほどの長髪が印象的だった。


「初めまして、私はエリリカ。この髪はねぇお友達ぃ〜」


 その髪はまるで意思を持つかのようにうねり、黄色の光を纏いながら、周囲の空気を切り裂くように動いていた。


「お姉様たちの邪魔をする奴らは〜、私が殲滅するよ〜」


 呑気で抑揚のない口調。

 だが次の瞬間、その長髪が刃のように変形し、煙幕の中を正確に切り裂いてくる。


「嘘だろ……!? 三体目のサキュバスかよ!」


「煙で視界は潰してるはずなのに、まるでこっちが見えてるみたいだぞ!」


「半寒さん、私の近くに来てください。……守ります!」


 剣山のように鋭利な髪の束が、嵐のように降り注ぐ。

 本来、目眩ましが効いているはずのこの状況で、彼女は正確に俺たちの位置を把握していた。

 覆面を取る隙などどこにもない。これでは完全に防戦一方だ。


「私にとって、煙幕なんて無意味だからね〜」


 一閃。黒田の右肩を髪が貫き、鮮血が飛び散る。


「ぐっ……!」


 続けてみどりちゃんの腹部にも鋭い一撃が入り、大量の血が宙を舞い、軽く吹き飛ぶ。

 だがそのまま倒れ伏せる事はなく、即座に構えを取り直していた。


特殊兵装ナックルガントレット――起動!」


 みどりちゃんが鋭く踏み込む。

 両腕のガントレットが重低音を轟かせ、純白の魔力が振動となって拳に集束していく。


 一瞬の跳躍から、渾身のストレートが、エリリカの胴を穿った。


「フルバーストッ!!」


 魔力の震動は外殻を貫通し、黒く硬質な装甲の内側にまで衝撃が到達する。

 破砕音。亀裂。砕ける感触。

 続けざまに繰り出される連撃が、閃光のように炸裂した。


 ――だが。


 その全ては、次の瞬間、しなやかな黄金色の髪に包まれていた。


「人間にしては、なかなかの火力ね〜。毛先がジンと痺れたわ……。単純な腕力だけなら、私たちサキュバスに並ぶかも」


 余裕の笑みを浮かべながら、エリリカはその髪に黄色の輝きを包ませ、巨大な拳のような形に変形させる。

 狙われている……このままでは、みどりちゃんがやられる!


 俺は躊躇なく走り出し、エリリカとの距離を詰める。


「サキュバス。こっちを見ろ!」


 覆面を剥ぎ取る。


 露わになる、神が造形美にのみ全ステータスを振り切った奇跡の顔面。

 見る者すべてが、理屈よりも先に【惚れる】顔だった。


 煙幕の中なのではっきりとは見えないだろうが、それでも至近距離で見せている。効果は覿面のはず。


「……ごめんね〜。私には、()()通用しないんだ〜」


 俺のハンサムフェイスに無関心というような表情を見せた後、サキュバスの少女はみどりちゃんに顔を向ける。


「サキュバスの真価はね、身体能力と魔法を重ねてこそ発揮されるのよ〜?」


 その言葉が終わるより早く、黄色の光を纏った髪の拳が唸りを上げて襲いかかる。

 みどりちゃんの放った連打を、まるで倍返しにするかのように、何度も、容赦なく、叩きつけた。


「――がっ……!」


 呻き声とともに、みどりちゃんの身体が地面に崩れ落ちる。


「サキュバスの魔法はね、自分の素質を象徴する「色」を纏ったとき、初めて真に目覚めるの。でも貴女はまだ「無色」……サキュバスの魔法とは言えないわ〜」


 エリリカは楽しげに笑いながら、歌うような口調で語りかける。

 その声音には、圧倒的な実力者の余裕が滲んでいた。

 夜明けの会の最高戦力でさえ、歯が立たない。

 これが、純血のサキュバスが持つ本物の戦闘力なのか。


「大丈夫かみどりちゃん! お前、良くもやってくれたな!」


 横たわるみどりちゃんに駆け寄り、俺はエリリカを鋭く睨んだ

 彼女は俺の視線を軽く受け流し、獰猛な笑みを向ける。


「じゃあ、次は君の番ね〜」


 呑気な声と共に、今度は俺が標的にされた。

 長い髪が蛇のようにうねり、あっという間に俺の体を縛り上げる。

 縄のように太く変形した髪は、俺の筋力では到底引き裂けない。


「く……クソ! 体が動かねぇ!」


「これは返してあげる〜私には効かないけど、お姉様達には一番有効な武器だもの」


 落ちていた覆面を強引に被してきた。

 身体の自由が奪われている為、抵抗することもできず、俺はこの場を覆せる唯一の武器を封じられてしまった。


「今だよ〜、アレッサ姉様〜。さっさとトドメ、刺しちゃって〜」


 煙が晴れていく。アレッサの姿が視界に戻る。

 その銀色の瞳がまっすぐ俺を見つめ、感情のない顔がゆっくりと近づいてくる。

 ほんの数時間前まで、あれほど表情豊かだった彼女は、今や完璧な無表情。

 手を俺の胸元に掲げ、魔力が淡く光り始める。次の瞬間、命を奪われると本能で理解する。


 だが――


「…………」


 アレッサの指先が震える。


 魔法が放たれることはなかった。

 無表情を貫いていた彼女の目尻から、一筋の涙がつっと零れ落ちた。

 その姿を見て、俺はかすかに息を飲んだ。


「……どうして……こんなに美しいのに、あなたは人間として生まれてきたの?」


 アレッサの声はかすれていたが、その一言には計り知れない悲しみと切なさが詰まっていた。

 それは憂い、哀傷、そして喪失感。 

 彼女の瞳が、答えのない問いを静かに投げかけてくる。


 ——もし、俺が人間ではなく、サキュバスとして生まれていたら。

 きっと、敵対する運命をたどることはなかった。

 その想いが、アレッサの視線に宿っていた。


「クソッ! 半寒さんに手を出すな!」


 みどりちゃんが、ふらつきながらも立ち上がり、震える手で隠し持っていた銃を構えた。


 銃口がアレッサを捉え、引き金が引かれる。

 場の誰もが思った——無駄だ、と。


 サキュバスは、物理攻撃が通用しない存在。

 自分以下の生き物に傷つけられるはずがないという絶対的な自信が、魔法となり身を守る。

 当然、その弾丸も弾かれるはずだった。


「くっ……!」


 だが、次の瞬間。


 銃声とともに放たれた弾丸は、アレッサの腕を貫いた。

 鮮血が、静かな遺跡の空間に滴り落ちる。

 慣れない激痛に耐える事ができなかったのか、アレッサはその場で力無く倒れてしまった。


「……やはり、お前はサキュバス失格のようじゃな」


 サキュバスクイーンの声は、どこか呆れたようだった。

 彼女は優雅に立ち上がり、アレッサに冷ややかな視線を送る。


「お前はこの人間に心を奪われ、自らサキュバスとしての誇りを手放した。その時点で、存在意義を失っているのだ」


 魔力とは、信じる心から生まれる。

 サキュバスが美の絶対性を信じることで得た魔力。

 だが、アレッサの中にその信念はもう残っていなかった。


「やはりお前を封印する」


 その一言が発せられた瞬間、空気が凍りついた。


 クイーンの声は静かだった。

 まるで感情を捨て去った機械のような音色。

 それが、かえって恐ろしく思えた。


 彼女がゆっくりと顔を上げる。

 瞳には、微塵の情も戸惑いもない。

 ただ、掟を破った者を粛清するという絶対の意志が、紅い輝きとなって宿っていた。


「クイーン姉様、それはあんまりです……!」


 エリリカが驚愕の声を上げる。

 その瞬間、俺の体を縛っていた彼女の髪が緩んだ。


「今だ……!」


 その隙をついて、俺は髪の拘束を振りほどき、跳ねるように立ち上がる。


「アレッサが封印されてしまう……! なんとかしないと!」


 敵であるはずの彼女。  

 だが、俺を殺すことができなかった。

 いや、殺さなかったのだ。

 そのせいで、封印されてしまう。


「じゃーん、転移ゲート完成!」


 地面に倒れたままだった黒田が、うめくように声をあげ、両手で透明なゲートを形成する。


「なにそれ、させないよ〜」


 エリリカがぴょんと跳ねながら黒田に近づき、黄色く発光する髪の束を、鋭利に変えて飛ばしてきた。


「くっ!」


 黒田は両手で作った自家製の盾でそれを受け止める。

 だが防ぎきれず、額から血が流れ落ちる。


「みどり! 半寒! 逃げろ!!」


 黒田の声が空間を震わせた。


「サキュバスは三体いて、こいつに至っては半寒の顔が効かねえ。みどりちゃんも負傷しちまってる。今の状況はあまりにも不利だ!」


 黒田はエリリカを睨み、盾で攻撃を押し返す。


「足止めくらい、俺にだって出来る。お前らは生きろ! 半寒はこの組織の希望。みどりちゃんは最高戦力。ここで犠牲になるのは俺だけで十分だ!」


 黒田は血を滲ませながら、俺たちの前に立ち塞がった。

 その背中は、どこまでも頼もしかった。


「お前らによってこれまでどれだけの同志が死んできたと思う!? 俺はお前らが憎くて仕方ねえ! 必ずお前を倒す!」


 怒りと悔しさが混ざった声が、暗闇に響き渡る。

 彼の視線の先には、ただ一体のサキュバス——敵がいた。


「黒田さん……!」


 みどりちゃんが決意を込めて俺の腕を掴む。


「必ず、貴方を助けてみせます!」


 だが俺はその手を振り払い、反射的にクイーンの方へと走り出していた。


「アレッサを封印させるわけにはいかない……!」


 阻止するには、俺の素顔を見せてクイーンを惚れさせるしかない。

 確実に仕留める為に、至近距離で見せる必要がある。


「よく見ておけ、人間よ。お前に惚れてしまった哀れな女の末路を!」


 ――しかし、間に合わなかった。


 俺が近付き、覆面を取るよりも速くクイーンは封印の魔法を唱えてしまった。


「封絶、発動」  


 その言葉とともに、漆黒の魔力を纏った闇色の光柱が天へ向かって突き抜ける

 クイーンが右手を掲げる。

 その指先が空間をなぞると、空気が歪み、魔紋が彼女の足元から螺旋状に広がった。


 ガギィィィィン!


 轟音とともに、結界が発動された。


 無数の光の鎖がアレッサの体を絡め取り、彼女を宙へと持ち上げる。

 目を見開いたまま、彼女は抵抗しようとするが、すでにその体は動かない。


「その身は、掟を裏切りし者。その汚れた記憶を永久に封ず」


 天井に広がった魔法陣が激しく輝き、封印結界が完成していく。


「やめろ! クイーン!!」


 俺は叫んだ。だが、届かない。


「やめてください……! ここは……逃げなきゃ……!」


 みどりちゃんが必死に俺の腕を掴んで引き戻そうとする。


「半寒先輩……」


 封印される寸前、目を覚ましたアレッサと目が合った。

 彼女の体の一部は氷細工のように白く固まり、徐々に結晶のように硬化していく。


「今日のデート、楽しかったですか? 私は……可愛いって、思ってもらえたでしょうか……?」


 なんてこった。

 こんな状況で、そんなことを気にしているのかよ。


「楽しかったさ……可愛かったさ……!」


 俺は涙を堪えきれず、声を震わせながら答えた。


「良かった……」


 アレッサは、満足そうに小さく頷く。

 しかし、封印は彼女の感情とは無関係に進行していく。

 球状の透明な結界がアレッサを中心に形成され、まるで時の流れから切り離されたように空気が停止した。

 その中で、アレッサはまばたき一つせず、美しい人形のように凍らせた。


「そんな……」


 力無く笑ったまま、無慈悲に封印されていく彼女を、直視できなかった。

 何故、彼女がこんな目に合わなければならないのか。

 サキュバスの脅威だとか、地球の平和だとか、組織の使命だとか、そんなものは、今の俺にとってどうでもよかった。

 ただ、目の前の少女を救いたいと願った。

 一人の男として。それだけだった。


「ちくしょう……」


 俺の中の何かが、音を立てて弾けた。

 ああ、そういえば。

 デート中に、しおりちゃんと勝負をしていたっけな。

 余裕を崩したらアレッサの勝ち、最後まで崩さなければ俺の勝ち。


 ——その勝負、どうやら俺の負けらしい。


「アレッサ・サーキュベーター!」


 俺は叫んだ。

 いつもはクールで華麗で、イケメンボイスを響かせる俺が——

 喉が潰れるほどの声量で、名前を呼んだ。


 黒田は宣言した。「お前を倒す」と。

 みどりちゃんは誓った。「貴方を助ける」と。

 そして、俺はこう叫んだ。

 届くはずのない存在に対して、ハンサムらしくない裏返った声を放ちながら約束した。


「必ず、お前を助ける!!」


お忙しい中、ここまで読んでいただきありがとうございます。

もし面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークを頂けますと励みになります。

 何卒、よろしくお願いいたします!

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