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ブチギレのハンサム

 「しおりちゃんじゃないか!」


 映像に映っていたのは、しおりちゃんだった。

 楽しそうに鼻歌を歌いながら、遺跡のどこかにある彼女の部屋をウロウロと歩き回っている。


「明日のデート、絶対あの男を虜にさせてみせるわ!」


 デート前日の映像だろう。

 そう意を決すると、しおりちゃんはクローゼットを開き、服を選び始めた。

 鏡の前で着替えては元の場所に服を戻し、また別の服に袖を通して確認する。

 そんな動作を何度も繰り返していた。

 そこに映るのは、男を翻弄するサキュバスではなく、デートを心から楽しみにしている少女そのものだった。


「やめてください! 姉様、すぐにこの映像を消してください!」


 しおりちゃんは必死に抗議するが、クイーンは手をひらりと払って彼女を黙らせる。

 俺は映像から目を離せなかった。

 ただの標的に過ぎない俺のために、ここまで嬉しそうにデートの準備をしてくれているその姿は、あまりにも美しかった。


「……ふふふ。完璧ね」


 しおりちゃんは慎重にリップを塗り、メイクを整え、髪を梳かし、鏡の前で何度も微笑みを確認する。


「メイクって初めてやったけど、いいものね。地球の美もなかなかやるじゃない」


 手元のメイク道具に称賛の言葉を向け、化粧を施した自分の顔をじっと見つめる。


「お姉様、見てないわよね? メイクなんてしているのがバレたらきっと私は殺されてしまうわ」


 恐ろしそうに周囲をキョロキョロと見渡す。

 クイーンが不在である事を確認すると、しおりちゃんは再び鏡の前へと座った。


「この髪型、地球では流行ってるらしいけど……果たしてあの男に通用するかしら?」


 少し考え込み、しかしすぐに得意げに笑う。


「まあ、こんなに可愛い私が、わざわざ向こうの価値観に合わせて地球流のファッションやメイクを取り入れてあげてるんだから、あの男も喜んでくれるわよね?」


 そう呟いた後、しおりちゃんはふと鏡を見つめる。

 今度は少し憂いを帯びた表情になっていた。


「今の私は横山しおり。地球の人間に合わせた仮の姿。本当の私を見たら、彼は一体どんな反応をするのかしら……」


 そう呟きながら、彼女の体が淡く光を放つ。

 瞬間——


 銀髪のツインテールと紅い瞳を持つ、アレッサ・サーキュベーターが鏡の前に立っていた。


「うん! やっぱりこっちの方が私は好きね! 黒髪なんて地味よ! 派手な色こそ私には似合う!」


 楽しそうに銀髪を指先でくるくると回す。

 しかし、すぐにその表情が曇った。


「私とデートしてくれるのは、しおりの見た目が好みだったからなのかな?」


 彼女は呟きながら、鏡の中の自分をじっと見つめる。

 一度目を閉じ、深呼吸すると、ゆっくりと瞼を開いた。


「アレッサとしての私を見て、彼はどう思うんだろう?」


 彼女は軽く首を傾げ、指で髪をくるりと巻いた。

 少し考えた後、唇を結びながら、静かに呟いた。


「どっちが好きなんだろう……」


 小さく呟き、少しだけ俯く。

 しかしすぐに、バツの悪さを誤魔化すように笑った。


「……なんてね! どっちの私も可愛いんだから、きっと両方好きになるに決まってるわ!」


 パチンと指を鳴らし、メイク道具を片付ける。


「さあ、メイクの練習も終わったことだし、明日はプライドを賭けた大切なデートなんだから、準備を済ませてもう寝ないと!」


 そう言いながら、アレッサはベッドへと寝転がった。

 そのまま数秒、天井を見つめ、やがて、ふっと口元を緩ませる。


「明日のデート、楽しみだなぁ……」


 その笑顔は、これまでに見たどんな微笑みよりも尊く美しく、心を打つものだった。

 地球の化粧品を手に取り、俺を喜ばせようと慣れないメイクに挑むサキュバスの少女。

 その健気な姿は、胸の奥深くに強く響いてくるものがあった。


「これは我々の鉄則から逸脱した反逆行為だ」


 俺が感動している隣で、クイーンが冷ややかに呟く。


「生まれながらの美で相手を魅了してこそ、サキュバスは唯一無二の存在。それを忘れ、人間基準の美しさに自ら迎合したお前は、自分で誇りを投げ捨てたのだ」


 彼女は怒りを滲ませながら、言葉を続ける。


「人間如きに媚を売る為に、下等な文化を取り込み、我々の歴史を冒涜したのだ!」


 怒りを抑えられないのか、身体から漆黒の魔力が溢れ出る。

 ビリビリと放たれるその魔力は凄まじく、空間全体を殺意で染めているようだった。


「元々この男を誘惑し、遺跡へ招くのはお前の役目だった。しかし、お前はもうこの男に心を惑わされてしまっている……だから、私が動いた。情けない妹だ」


「いえ、姉様! 私は……」


 しおりの肩が、小さく震えた。


「言い訳をするな!」


 威圧が存分に孕んだ叫び声が周囲に響く。

 しおりちゃんは恐怖で何も言えなかった。


「もともと、お前の行動には疑問を抱いていた」


 冷ややかな視線を向けながら、クイーンは言葉を紡いだ。


「サキュバスの本分は、美を極めること。他者を恐怖と快楽で支配し、それを糧とする存在……」


 少し間を置き、彼女は言葉を続けた。


「それなのにお前は、自らの意思でその役目を果たそうとしなかった。私に脅される形でしか生命を奪わなかった」


 吐き捨てるような口調には、あからさまな軽蔑が滲んでいる。


「日頃の行いに加え、お前は人間ごときを喜ばせようとサキュバスとしての誇りを捨て……さらには、生まれ持った美すらも投げ捨てた」


 彼女の目が細くなる。


「今のお前に、サキュバスを名乗る資格はない」


 クイーンの瞳が冷たく輝く。


「よって、お前を封印する」


「っ……!」


 しおりが息を呑み、一歩後ずさる。

 目の前の絶対的な存在に抗う術もなく、恐怖で体が震えていた。


「生まれ持った美を信じきれぬ者は、所詮、偽物だ」


 そう言い放ち、クイーンは俺に向かって微笑む。


「同じ天然由来の美しさを持つお前も、そう思うだろ?」


 その笑顔は、目を奪われるほど美しかった。

 だが、同時に否定を許さない圧倒的な威圧感を孕んでいた。

 クイーンにとって、美とは生まれ持った絶対的な力。

 最初から美しいサキュバスの価値観こそが全てであり、それ以外の劣等種族が生んだ美の文化など醜く、理解に値しない。

 それが彼女の考え方だった。


 俺は考えた。

 ここで適当に同調し、彼女の機嫌を損ねず逃げるのが最善だ。

 ここで俺が否定すれば、怒りを買ってしまうだろう。

 俺は一般人だ。

 サキュバス相手に勝てるはずがない。

 そうだ。彼女の怒りを買わないために、賛同して、一緒にしおりちゃんを侮辱するんだ。


 元々サキュバスは俺の敵だ。

 しおりちゃんがどうなろうと知ったことではない。

 首を縦に振るだけ。

 簡単な事だ。

 ……簡単なことだった。


「……ふざけるな」


 苛立ちを隠せず、静かに怒りをクイーンに向けるバカがいた。

 俺だった。

 この言動は悪手だと思っている。

 しかし、俺は抑えることができなかった。

 いったい、何故、彼女がこんな目に遭わなければならないのか?

 しおりちゃん、いやアレッサ・サーキュベーターは何一つ悪い事をしていない。


「……何の権利があって、彼女を裁く?」


 俺は低く呟き、ゆっくりとクイーンを見据えた。


 可愛いと思ってもらいたい。

 その一心で、彼女はサキュバスの誇りを捨て、俺を優先してくれた。

 勿論、サキュバスの誇りを取り戻す為のデートではあったろう。


 しかし、それだけではなかった。

 好きな人とデートをしたい。楽しみたい。可愛いと思ってもらいたい。

 そういう、純粋な乙女心が彼女にあったのだ。

 何故、彼女が糾弾されなくてはならない?

 何故、封印されなくてはならない?

 彼女はただデートを楽しみたかっただけなのに!


 クイーンは微笑を崩さず、静かに言った。


「私が、至高の存在だからよ」


 その瞬間——


 俺の中で、何かが弾けた。


「サキュバスの誇りを捨てた? ふざけんな! しおりちゃんは美をさらに磨こうとした最高の女だ! 生まれ持っただけの美しさに胡座をかいてるお前とは違う!」


 クイーン——いや、サキュバスの至高と名乗る彼女は、俺の言葉に目を細めた。


「私に対する侮辱と見做すぞ、今の発言」


 鋭い眼差しが俺を貫く。

 このまま好き勝手に喋れば、俺がただでは済まないことは明らかだ。

 それでも、俺は止まらなかった。

 更に美しくあろうと努力する者が侮辱された事が、とても悔しかった。


「誰かの為に可愛くなりたい、今よりもかっこよくなりたい。その原動力で地球の美はここまで進化してきたんだ! お前らが1000年間、メイクの一つも学ばず胡座を書いてた間もずっとな! 彼女は俺の為に可愛くあろうとしてくれたんだ! 彼女の努力を侮辱するな! 俺らの歴史を否定するな!」


 俺もかつては不細工だった。だからこそ、並々ならぬ努力を重ね、今の自分を手に入れたのだ。


 ただ生まれつき美しいだけの者とは違う。

 俺は、自らの手で理想の美を追求し、磨き上げてきた。

 サキュバスすら凌ぐこの美貌は、努力の末に辿り着いた成果に他ならない。


 もっとハンサムになりたい

 その想いが俺の原動力だった。

 試行錯誤を繰り返し、鍛錬を積み、完璧な顔面を作り上げるためにできることを徹底的にやった。

 そのすべてが、今の俺という存在を形作っている。

 だからこそ、ただ生まれつき美しかっただけのやつに、俺達の美が嘲笑う資格などない。


「妾に逆らうつもりか? 人間風情が」


「当然だ。俺は、サキュバスの鉄則なんざ、認めねえよ」


 俺は薄く笑い、余裕の色を崩さぬまま、静かに言葉を返す。

 気がつけば、クイーンの放つ圧倒的な殺気は、もう俺を縛っていなかった。

 彼女への怒りが、恐怖を押し返す力へと変わっていたのだ。

 硬直していた体も、いつの間にか自由に動くようになっていた。


 ――これで、いつでも素顔を晒せる。


「この下等生物め! もう養分としてもいらぬ。不愉快だから消してやろう」


 クイーンの瞳が、一瞬だけ鋭く光った。

 そして、遺跡が静かに揺れ始める。


「クソ、一か八かだが、やるしかねえな!」


 戦闘能力で勝てるとは思っていないが、俺にはどんな女でも攻略できるとびきりのハンサムフェイスがある。

 クイーンの攻撃よりも早く覆面を脱ぎ、素顔を見せれば俺の勝ちだ。


「くたばれ、哀れな男よ!」


 サキュバスクイーンが静かに手を挙げた瞬間——

 床が鳴った。

 鈍く、重い音が一度。続いて、小刻みに震えが走る。

 次の瞬間、下層の天井──つまり足元が、突如として爆ぜた。


 ドンッ!

 轟音とともに石片が吹き上がり、床が派手に裂ける。

 舞い上がる粉塵が視界を白く覆った。


「なっ……!?」


 咄嗟に身構えながら、俺は煙の中から現れた二つの人影に目を凝らす。

 一人は黒いローブを翻し、余裕の表情で立つ男。

 もう一人は、長い髪をなびかせながらこちらを見つめる可憐な少女。


「話が違ぇぞ……! なんでサキュバスがいる? しかも二人? デートはどうしたんだよ!」


「えっ、半寒さん!? どうしてここに……!?」


 そう――それは、遺跡の破壊任務中だった黒田と、みどりちゃんだった。

お忙しい中、ここまで読んでいただきありがとうございます。

もし面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークを頂けますと励みになります。

 何卒、よろしくお願いいたします!

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