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サキュバスクイーンとハンサム

 一瞬の浮遊感、そして急激な重力の変化。


 俺は反射的に身を固める。

 先ほどまでの美術館の静寂は消え去り、代わりに、冷たく湿った空気が肌を撫でた。

 突然、俺の足元が消えた。

 いや、正確には空間そのものが俺を拒絶し、勢いよく投げ飛ばされた。


「待て! こういうのはゆっくり落ちるもんだろ!?」


 そんな俺の抗議をよそに、バンジーのような勢いで宙を降下。

 重力の概念はどこかへ吹っ飛び、被っていた覆面は脱ぎ落ち、俺の体は横回転、縦回転、スクリュー回転の三重コンボを決めながら猛スピードで落下していった。


「ぐわあああああ!」


 そして——


 ズドンッ!!


 俺は見事に地面に突っ込み、美しい顔面から着地した。


「先輩!? 大丈夫ですか!?」


 上から降ってきたしおりちゃんが、俺のすぐ横にふんわりと着地する。

 対して、俺はうつ伏せのまま、地面に顔をめり込ませていた。

 しばしの沈黙の後、俺はゆっくりと顔を引き抜き、ぼそりと呟く。


「……俺の顔の形、地面に彫刻されてるんだが?」


「先輩、まさか!」


 しおりが驚いたように俺の着地跡を覗き込み、そしてうっとりとした表情を浮かべる。


「まさか、着地の跡までハンサムなんですね……」


 そう、そこには俺の顔を完璧に再現した凹みができていた。

 しおりちゃんは、その凹みに熱烈な視線を浴びせた後、鼻血を垂らしてしまった。


 おいおい、着地の跡だけでもこの威力かよ、俺のハンサムフェイス

 まあ、そりゃそうか。

 俺に関わるものは全て美しくなければいけない。

 こんな事、造作もない。


「それより、ここはどこだ?」


 近くに落ちていた覆面を被り、俺はすぐに状況を確認するため、周囲を見回す。


 薄暗い空間。

 石造りの壁に刻まれた不気味な文様。

 並び立つ無数の石像。


 天井は高く、壁際には朽ちかけた燭台が並び、微かな青白い炎を灯している。


「……っ、ここ……!」


 しおりが震えた声を漏らす。


「知ってるのか?」


 彼女は唇を噛みしめ、小さく頷いた。


「……ここは、サキュバスの遺跡……」


「遺跡?」


「……サキュバスの歴史が刻まれた場所……私たちの、美の根源……」


 俺は軽く息を吐く。

 なるほどな。

 つまり、俺はサキュバスの本拠地に飛ばされたってわけか。


「しかし、一体誰がこんな事を?」


 ここがサキュバスの遺跡だとして、誰が何のために俺達をワープさせたんだ?

 俺の問いに、しおりちゃんは体を震わせて小さな声で答えた。


「お姉様である、サキュバスクイーンの仕業だと思います」

「サキュバスクイーン?」


 しおりちゃん以外にもサキュバスが存在することは、すでに把握していた。

 だが、自分の拠点にまで呼び寄せた理由がわからない。

 いや、そもそもここに呼び出したということは、

 クイーン本人が、この遺跡ダンジョンのどこかにいるってことになるよな?


「くそ、黒田たちが先に来てるはずなんだが……」


 俺は心の中で舌打ちした。

 黒田とみどりちゃんは、もともと俺たちのデート中に遺跡を破壊する計画を立てていた。

 当然、俺もそれを知っていた。


 サキュバスと黒田たちは敵対関係にある。

 あいつらがすでに遺跡へ辿り着いているかは分からないが、もし破壊を始めていたら最悪だ。

 そこで俺が組織の関係者だとバレたら、どうなるか。


 考えるだけで恐ろしい。

 せっかく、しおりちゃんといい感じの雰囲気になり、あと少しで落とせていたのに、敵組織に属していたとバレたら、その苦労も水の泡だ。


 同様に、しおりちゃんの親玉であるサキュバスクイーンとの接触も避けたい。

 サキュバスクイーンが余計なことを吹き込み、しおりちゃんとの関係をリセットされかねない。

 下手をすれば、俺がそいつに殺される可能性だってある。


 まあ、俺が覆面を脱いでハンサムフェイスを晒せばクイーンも従順になるだろうが、今度は逆に俺を巡る殺し合いがサキュバス同士で行われそうだ。

 その面倒な争いに巻き込まれたくない。


 そんなリスクを冒さなくても、今日のデートで勝てばサキュバスは地球から消える。

 今ここで黒田たちやサキュバスクイーンと出くわすのは最悪の展開だ。

 ここにいても損だ。早めに美術館へ戻らなくては。

 ——そう思った、その瞬間。


 コツ……コツ……


 空間に響く足音があった。

 高貴な気配を纏い、冷徹な視線がこちらを射抜く。


「ようやく会えたわね。半寒池麺」


 低く、冷たい声が響いた。


 その声に驚くように、俺は勢いよく振り向く。

 そこにいたのは、圧倒的な美貌を持つ、サキュバスの女王。


「……姉上……」


 しおりちゃんが息を呑む。


 なるほど、こいつがサキュバスクイーンか。

 どうやら、俺や黒田がカメラ越しに見てきたサキュバスは、しおりちゃんではなく、こいつのようだ。

 直接お目にかかるのは初めてだが、何度も目に焼き付けたその美貌が、目の前に存在していた。


 漆黒のドレスは重力を無視するかのように舞い、全身からは人を微睡へと誘惑する甘美な瘴気が溢れている。

 肌は白く、瞳は紅玉のように妖しく輝く。

 長い銀髪をゆるやかにかきあげる動作はとても魅惑的で、眼を合わせれば全てを奪われそうな圧倒的な美がそこにあった。

 完璧なまでに計算された美を備え、まるでこの場の空気そのものを支配するような圧倒的な存在感を放っていた。


「妾は、お前を待っていた」


 クイーンと目を合わせたその瞬間、俺の全身が異様な感覚に包まれた。

 サキュバスクイーンは、漆黒の輝きを纏っていた。

 ただの「黒」ではない。月光すら飲み込むような、底知れぬ闇の艶だ。


 その闇は、まるで煙のようにゆらめきながら、空気に溶けて広がっていく。

 甘く、濃密で、ほんのりと熱を帯びた色香が空間を満たしていくのが分かった。

 それは「美しさ」や「妖艶」などという単語では表しきれない。

 理性ごと沈めてくる、“黒い誘惑”そのものだった。

 その闇が、言葉もなく俺の心を支配しようとする。


「クッ――」


 まるで、魂ごと射抜かれるような重圧が俺の身体を襲う。

 花火大会の時、味わった命を吸い取られるような感覚だ。

 このままでは、俺の魂が吸い取られてしまう。

 抵抗する為に、俺は目の前のサキュバスより美しい存在――自分のハンサムフェイスを思い浮かべる。


『やあ俺! 気を保て。この俺が、美で押されるはずがないだろ?』


 歯に星を煌めかせながらセクシーに笑う俺が脳裏をよぎり、サキュバスの攻撃を防いだ。

 ナイスだ、俺。

 そしてフォーエバー、ハンサムフェイス


「ずいぶん手荒な歓迎だな」


 俺は深く息を吸い込み、余裕の笑みを浮かべた。


「ほう。妾の色香を跳ね除けるとは、やはり面白い男だな」


 クイーンは微かに目を細め、興味深げに俺を見つめる。


「なら、今度はこちらの番だ」 


 一瞬だけ焦ったが、ここでサキュバスの親玉に出会えたことは僥倖だった。

 このまま素顔をさらせば、彼女もまた、俺に惚れるはずだ。

 サキュバスのボスを落とすことができれば、その眷属すべてを支配したも同然。

 そんな淡い期待が胸をかすめる。


 俺はゆっくりと、マスクに手をかけ――


 その時だった。


「……何の真似だ、人間」


 低く、冷徹な声が耳元をかすめた。

 空気が変わる。

 再び、全身を貫くような異様な感覚。

 だがそれは、色香ではない。


 ――殺気だ。


 その場からわずかにでも動けば、即座に命を奪われる。

 理屈ではない、本能がそう告げていた。

 息を呑む暇すらない。

 恐怖が全身を締め上げ、指一本動かすことすらできなかった。


 脳裏で自分のハンサムフェイスを思い描くが、今回ばかりは跳ね除けることができなかった。

 俺は美しいかもしれないが、強いわけではないのだ。

 サキュバスを魅了する術はあっても、サキュバスの殺意を止める術はない。


「従順であることは美徳だ。妾も、できればお前を殺したくはないのだ。お前は花婿なのだからな」


「生憎だが、俺は全ての女性を愛する男。お前と婚姻は結べないな」


 クイーンは静かに微笑み、俺を見据えた。


「勘違いするな。サキュバスにとって“結婚”とは、人間のような愛や誓いの象徴ではない。

それは、永遠に相手を独占し、支配する権利を手に入れるための――ただの契約だ」


「……っ!」


 しおりちゃんの表情が強張る。


「貴様は我らにとって、あまりに不都合な存在だ。ゆえにこそ、その美を取り込み、我がものとせねばならぬ。野放しにはできん」



「不都合な存在だと……どういうことだ?」


 言っている事が分からず、俺を眉をひそめる。


 ゆっくりと歩を進めながら、クイーンは壁に並ぶ肖像画へと手を向けた。

 彼女の指先が空をなぞると、まるで魔力が反応するかのように、壁画の一部が淡く光を放つ。

 その光の中に映し出されるのは、美の頂点に君臨してきたサキュバスたち——

 恐らくこれは、美術館でしおりちゃんが誇らしそうに話していた、サキュバスの肖像画だろう。

 時代を超えて描かれてきた歴代のサキュバスたちの姿が並んでいた。



「この肖像画は、1000年に一度、その時代で最も美しい存在を記録するためのもの」


 クイーンの声が、静寂に包まれた遺跡内に響く。

 彼女の視線はまっすぐに俺を射抜いていた。


「よって、この肖像画に刻まれるのは、常にサキュバスだった。本来なら、この世にサキュバス以上に美しい者など存在しない……そのはずだった」


 クイーンの瞳が冷たく光る。


 彼女が再び指を振るうと、光はより強く輝き、最新の肖像画が映し出された。


「だが今回、肖像画に描かれたのは……地球に住むただの人間だった」


 ――そこに描かれていたのは、俺だった。


「サキュバスたちは、この異常事態を看過できなかった」


 クイーンはゆっくりと振り向き、堂々とした態度で語り続ける。


「そこで妾たちは、地球へ向かった」


 壁に映し出された光景が変わる。

 サキュバスたちが地球に降り立ち、人間の世界へ潜伏する様子が映し出される。


「美しき者を見つけるため、花婿を探しに行った」


 静かに語るクイーンの横顔には、冷徹な決意が滲んでいた。


「だが、サキュバスの存在は表に出せるものではない。人間たちの大半は、我々のことを知らぬまま日常を過ごしている」


 映像の中では、闇の中で活動するサキュバスたちの姿が映る。

 一部の人間——政府関係者や秘密組織の者たちだけが、その存在を知り、密かに対応に追われていた。


「組織に属する人間たちは、我々の存在を知りながらも、それを公にはできず、慎重に対処しようとしていた」


 クイーンが指を動かすと、映像は変わり、黒田やみどり、赤沢たちがサキュバスと戦闘をしている様子が映し出される。

 彼らは戦闘を経てサキュバスの脅威を認識し、夜明けの会を創設したのだ。


「だがそんなこと、妾にとっては取るに足らぬ瑣末事。目的はただ一つ。最も美しき存在を見出し、花婿としてその身も心も縛り上げたのち、その美を我らの糧とするのみ」


 クイーンの声が、より冷たさを増す。

 映像の中では、サキュバスたちが裏で情報を集め、美しき者を探し求めていた。


「そして、ついに我々は肖像画に記された最も美しい者に辿り着けた」


 クイーンは満足げに頷くと、ゆっくりと俺へと向き直る。

 その紅い瞳が、俺を射抜く。


「それが——お前だったのだ」


 静寂が訪れる。


 俺はクイーンをじっと見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。


「つまり、お前らは俺の命を吸い取って、自分たちの美貌の糧にするつもりだった……ってことか?」


 クイーンは微笑む。


「ふふ……その美はサキュバスが奪ってこそ価値がある」


「……ずいぶん自分勝手な話だな」


 俺が冷ややかに言うと、クイーンは少しだけ眉を上げた。


「いいえ、それこそがサキュバスの摂理。生まれながらの美だけが価値を持ち、その輝きを保つために他者の命を喰らう……それが我々に課された、美の鉄則なのだ」



 俺は無言でクイーンを見つめた。


「けれど……」


 クイーンの視線が、俺からしおりちゃんへと移る。


「アレッサ・サーキュベーターお前は、その掟を破った」


「……え?」


 しおりちゃん……いや、アレッサ・サーキュベーターの体が、一瞬だけ震える。


「見せてあげましょう」


 クイーンが再び手をかざすと、壁に映像が映し出された。


 そこに映っていたのは——


 デート前日、しおりちゃんが服を選び、メイクを整えている姿だった。


「……!」

お忙しい中、ここまで読んでいただきありがとうございます。

もし面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークを頂けますと励みになります。

 何卒、よろしくお願いいたします!

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