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美術館デートを満喫するハンサム

 静寂に包まれた展示室を進むと、ひときわ広い空間に出た。

 天井の高いホールには、歴代の美を記録した肖像画や彫刻、写真が並び、壁には『歴史を彩る美の記録』と大きく書かれている。


「‥‥‥なるほど。こうして見ると、美の基準って時代ごとに随分違うんですね」


 しおりちゃんが展示パネルを読みながら呟く。


 ギリシャ神話の神々を模した彫刻、中世の貴族たちの華美な肖像画。

 ルネサンスの理想的なプロポーション。

 19世紀の社交界の華と称された美女たち。

 時代とともに、「美の象徴」は変わり続けてきた。


「そりゃあな。人間はその時代ごとに美しいって思うものが違うんだろ」


「でも、それって奇妙じゃありませんか?」


 しおりちゃんがふと足を止め、展示された18世紀の貴婦人の肖像画を見上げた。


「美しさは本来、絶対のはずなのに。こうして変わり続けるなんて、まるで本当の美なんてものが存在しないみたいです」


「お前にとって、美は変わらないものなのか?」


 俺が尋ねると、しおりちゃんは少し考えるように目を細める。


「ええ。少なくとも、私たちサキュバスにとっては」


「どういうことだ?」


「……先輩、ここを見てください」


 彼女が指をさしたのは、「歴代の美の象徴」として飾られた王侯貴族の肖像画だった。

 壁一面に、時代ごとの「最も美しい者」として記録された肖像画が並ぶ。


「この肖像画たちは、歴代の王や貴族の中でも特に美を象徴する者たちを描いたものなんです」


「詳しいな。しおりちゃん」


「ええ。テーマが美である以上、私が無知な訳にはいきませんからね」


 美への探究心が強いサキュバスの性なのか、しおりちゃんは誇らしく笑った。


「当時の王は自分たちの美しさを歴史に残すことに意味を見出していたんです」

「……美の記録か」


 俺はじっと肖像画を見つめた。

 中には、写実的なものもあれば、妙に理想化されたものもある。


「つまり、権力者たちは俺こそが時代の美の象徴だって証明したかったってことか」


「そうですね。でも、面白いのは……」


 しおりちゃんは展示の最後の肖像画を指差す。


「これが最後の一枚になっていることです」


 俺は目を細めて説明文を読んだ。


「……19世紀の貴族か。それ以降は、肖像画が描かれなくなった?」


「ええ。美を記録するという文化は、ここで途切れているんです。 その後、写真技術が発展して、美しさは個人で確認するものになった」


「……なるほどな」


 俺は軽く顎に手を当てる。


「人間にとっての美ってのは、時代が変われば形も変わるし、記録する方法も変わるってことか」


「私達サキュバスにも似た文化があるんです」


 しおりちゃんは静かに微笑んだ。


「私たちにとって、美は力でもあり誇りでもあるんです。だから、歴代の中で誰が最も美しかったか記録を残して、永遠に語り継ぐ文化があるんですよ」


 しおりちゃんの声は、どこか誇り高く響いていた。


「サキュバスにもそんな文化があるのか?」


 俺が問いかけると、彼女は小さく頷いた。


「はい。歴代のサキュバスたちの肖像画は、どれも美しくて……まあ、先輩のお眼鏡にかなうかはわかりませんけどね」


 肩をすくめながらも、しおりちゃんの目はどこか楽しげだった。


「ちなみに、しおりちゃんは、どのサキュバスが一番美しいと思うんだ?」


 少し考えるように目を伏せた後、しおりちゃんは複雑そうな表情で口を開いた。


「……お母様、です」


「母親が一番だなんて、親思いだな。可愛いところあるじゃないか!」


 冗談めかしてそう言うと、しおりちゃんは照れたように顔を背け、けれどすぐに小さく首を振った。


「……私は、親の記憶がないんです。物心つく前に姿を消したと、姉様から聞かされました」


「……姉様?」


 思わず聞き返した俺に、しおりちゃんは小さく頷くだけで、それ以上は何も語らなかった。


 ――やはり、他にもサキュバスが……?


 黒田の話では、確認できたサキュバスは目の前の少女ただ一人のはずだったがどうやらそうではなかったらしい。

 まだ俺たちの知らない事実があるようだった。


 今頃黒田とみどりちゃんは遺跡ダンジョンに向かっている。

 カメラでサキュバスの不在を確認してから動いたはずだろうが、もし別個体に出くわしたら……

 まあ、ここで俺が心配をしても仕方がない。

 今は目の前の彼女との時間に集中しよう。


 しばらく沈黙が続いた後、しおりちゃんがぽつりと口を開いた。


「姉様は、とても気高くて、強い方です。誰にも心を許さない、孤高の存在で……笑っているところを、私は一度も見たことがありません」


 寂しげに視線を落とすその横顔には、淡い影が差していた。

 口調からは、厳格で遠い存在への尊敬と、手の届かない姉への憧れが静かに滲んでいた。


「その姉様が……一度だけ、幸せそうに微笑みながら私に言ってくれたんです」


 しおりちゃんはそっと胸に手を当てる。


「この世で一番美しいのは、お母様の無邪気な笑顔だったと」


「そうか……まあ、サキュバスってのは誰でも美しいんだろうけどな」


 俺の感想に、しおりちゃんは小さく微笑みながらも、どこか寂しげに続けた。


「ええ、その通りです。サキュバスは、どの種族よりも美しく、ずっと歴史に記録される存在でした」


 その声が、ふと少しだけ低くなった。


「本来なら……」


 俺はその言葉に、僅かに違和感を覚えた。


「本来なら?」


「……いえ。なんでもありません」


 しおりちゃんは小さく微笑むと、俺の袖を軽く引いた。


「先に進みましょう、先輩?」


 俺は微かに疑問を残しながらも、そのまま歩き出した。


 ※※※


 次の展示室には、「19世紀の貴族が愛用した美を誇張する鏡」が飾られていた。


 説明文にはこう書かれている。


『この鏡は、持ち主の美しさを最大限に引き出すように設計されたとされる。19世紀の貴族たちは、これを魔法の鏡と呼び、美の象徴として使っていた』


「……なるほどな。つまり、こいつに映ると、誰でも美しく見えるってわけか」


「ええ。でも、これって結局本当の美じゃないですよね」


 しおりが鏡を覗き込み、ふと表情を曇らせた。


「……?」


 俺も隣に立ち、鏡を覗き込む。


「……あれ?」


 しおりちゃんが僅かに眉をひそめる。


「この鏡、美を誇張するはずなのに……私の映り方、いつもと変わりません」


「……そりゃあ、お前の美は最初から完成されているからな。誇張しようがないってことだろ」


「……」


 しおりちゃんは黙り込んだあと、小さく笑った。


「ふふ、そうかもしれませんね」


 そして、ふと視線を俺へ向けた。


「では、先輩が映ったらどうなるんでしょう? 試してみません?」


「さあな。俺の美は、誇張しようがないと思うが」


 しおりちゃんの提案を、俺はやんわりと断った。

 何せ、今朝家の鏡を割ったばかりだ。

 俺の素顔に耐えられる鏡なんてあるはずがないのだ。


「試してください! お願いします!」


 手を合わせて可愛く懇願されてしまっては、断れなかった。

 相手は敵対しているサキュバスなのは承知しているが、それでもこの楽しい雰囲気を壊す気にはならなかった。

 そう思ってしまうなどには、俺もデートを楽しんでしまっているのだろう。


「……仕方ないな」


 俺は軽くため息をつきながら、鏡を覗き込んだ。

 まあ、今は覆面を被ってるし、割れることはない――


 バリッ……


 鏡の表面に、小さなヒビが入った。


「……」


「……」


 俺としおりちゃんは、無言で鏡を見つめる。


「……先輩?」


「しおりちゃん……魔法でこれ直せないか?」


「え、ええ!?」


 困惑しつつも、しおりちゃんは魔法で鏡を修復してくれた。

 覆面被った状態でも、俺ハンサムすぎるだろ……



 ※※※


 展示されている鏡を一通り眺めたあと、俺達は小休憩を取っていた。


「先輩、鏡を割るとは思いませんでした! あんな芸当は先輩にしか出来ませんね」


 鏡を割ってしまった事がツボにハマったようで、しおりちゃんはクスクスと笑っていた。


「美しすぎて、鏡が耐えられなかったのだろう」


 鏡すら魅了してしまう俺カッケー。


「それに比べて私はサキュバスなのに、何の反応もありませんでした」


 不機嫌そうに頬を膨らませる。

 いちいち表情が変わるその姿を見て、今度は俺が吹き出してしまった。


「本当に羨ましいですね。その美しさが」


 しおりちゃんは俺を見つめ、袖をなぞるように触れた。


「私にも、その美しさを分けてくれませんか?」


「は?」


「こうして触れていれば、少しは先輩の美のオーラが私に移るかもしれませんよ?」


 そう言いながら、身体を密着させる。

 束の間の雑談タイムが、いつの間にか誘惑タイムに変わったようだった。


「お前な……」


 俺が軽くため息をつくと、しおりちゃんはくすっと笑う。


「ふふ、冗談ですよ。でも、そうですね……もし先輩が私に落ちるなら、それはそれで面白いかもしれませんね?」


「俺を落とす気か?」


「ええ。だってそのためのデートですもの」


 しおりちゃんは挑戦的な笑みを浮かべ、言葉を足した。


「最も美しい者同士なら、それは最高の組み合わせでしょう?」


「生憎、俺の野望は世界にいる女性全てと恋をすることだからな。俺を独り占めできると思うな」


「……ムス」


 俺の返答が気に入らなかったのか、しおりちゃんは頬を膨らませ、俺の腕を掴んで接近してきた。


「ねえ、私と勝負してくれませんか? 先輩」


「勝負ってなんだよ」


 甘い声が聴覚をくすぐった。


「このデートで一度でも先輩の余裕を崩せたら、私の勝ち。先輩には素直に私に従ってもらいます」


 しおりちゃんは俺の腕に絡みつきながら、挑発するような笑みを浮かべる。

 その瞳はまるで獲物を狙う狡猾な猫のように輝いていた。


「でも、もし私が失敗したら、そのときは、先輩の言うことを聞いてあげます」


 俺の目をじっと見つめながら、わざと甘えたような声音を作る。

 まるで「どうしますか?」とでも言いたげに、ゆっくりと距離を詰めてくる。


 俺の言うことを聞く? それは願ってもない話だ。

 もともと俺は、地球をサキュバスから守るために組織へ入り、しおりちゃんとデートをしている。

 この勝負に勝てば、彼女を地球から退かせることができる。


 そうなれば、世界は平和を取り戻し、俺は組織を抜けて、再び一般人として穏やかな日常を手に入れられる。

 乗らない理由はない。

 美術館の静かな空間に、俺としおりちゃんの視線が交錯する。


「……いいだろう」


 俺は鼻を鳴らしながら余裕の笑みを浮かべた。


「勝負を受けてやるよ。ただし、後になってそんなつもりじゃなかったなんて言い訳はナシだぞ?」


「ふふっ、当然です。勝った方の言うことを聞く。それがルールですから」


 しおりちゃんは俺の返答を聞き、まるで勝利を確信したかのように妖艶な微笑みを浮かべる。

 サキュバスとしての自信がにじみ出たその表情。

 たしかに、今まで彼女は誘惑という分野で負けたことなどないのだろう。


 だが、相手が悪かったな。


 俺は美の究極に到達した存在。

 どんな女も俺を見ただけで落ちる。

 サキュバスの色仕掛けが通じるはずがない。


「それじゃあ、先輩?」


 しおりちゃんが一歩、俺に近づく。

 その仕草は慎重でありながらも、確実に間合いを詰めようとする捕食者のものだ。


「このデート、存分に楽しませてもらいますね」


 彼女の声が、甘く耳に絡みつく。

 美術館の展示などどうでもいいと言わんばかりのその目。

 俺を陥落させることにすべてを注ぎ込むつもりらしい。


「……お前が仕掛けるなら、俺もそれを楽しませてもらうぜ」


 この勝負、俺が勝つ。

 だが、それまでの過程は、俺自身、楽しませてもらうつもりだ。

お忙しい中、ここまで読んでいただきありがとうございます。

もし面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークを頂けますと励みになります。

 何卒、よろしくお願いいたします!

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