待ち合わせとハンサム
「ハンサムチェック完了」
デート当日。
いつもより早起きして、入念に日課をこなす。ハンサムな俺に油断という言葉はない。
しおりちゃん対策は万全に。どんな瞬間でもハンサムでいるため、シミュレーションに余念はなかった。
今日、俺はサキュバスの少女を落とす。そして、すべてを終わらせる。
「……だが、その後はどうなるんだろう。向こうが俺と一緒にいたいというのなら、別に俺はまあ……」
――はっ! 危ない。油断していた。
相手は美少女だが、あくまでも敵。俺は世界平和のため、組織のために、このデートをこなすのだ。
気を取り直し、俺は鏡に映る己のイケメン具合を確認する。
そこに映っていたのは、完璧な造形美を持つ男だった。
漆黒の髪は艶やかに光を反射し、適当に流すだけで自然なスタイルが決まる。
額から頬にかけての骨格は非の打ちどころがなく、どの角度から見ても黄金比を超越したバランスを保っている。
すっと通った鼻梁は彫刻のように端正で、くっきりとした二重の瞳はまるで深海のような奥行きを持つ。
視線を向けるだけで相手の心を射抜きかねないほどの吸引力があり、憂いを帯びた表情ひとつで物語を生み出すほどだ。
全てのハンサムを過去の産物にしてしまうほどの、究極のハンサム。
この世に存在する「美」の概念すら、俺の前では霞むほどだった。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは俺か?」
昔から伝わる童話の台詞を何気なく呟いても、俺なら堂に入る。
「……」
鏡は当然ながら黙ったままだったが、次の瞬間——
バリンッ!
鏡はピンク色に染まり、ついには粉々に砕け散った。
……どうやら、俺の美しさに耐えきれなかったらしい。
「ちょっと! また鏡を壊したの!? もう壊すなって言ったでしょうが!」
怒号とともに、背後から母が現れた。
「ご、ごめんなさい。ママ……」
鏡を壊すのは俺の美貌の宿命だが、買い直すのは親の仕事。
怒られるのも日常茶飯事だった。
とりあえず割れた破片を片付け、俺はデート先へ向かうことにした。
確か、美術館だったな。
しおりちゃんがそうリクエストしたのだった。
※※※
週末の昼下がり。俺は美術館のエントランスへと足を踏み入れた。
大理石の床に反射する淡い陽光。
高い天井にはシャンデリアが煌めき、静かで上品な空気が漂っている。
ちらりと館内の案内板に目をやると、大きなポスターが目に入った。
『美の歴史――人類が追い求めた理想の形』
なるほど、今日の特別展は「美の歴史」か。
これほど俺に相応しいテーマもないな。
しおりちゃんも分かっているじゃないか。
ああ。ちなみにチケット代は既に俺が払っておいた。
女性に払わせるなんてノットハンサムだからな。
「お待たせしました、先輩」
静かな声に振り向くと、少し離れた場所にしおりちゃんが立っていた。
前回会った時とは雰囲気が違う。
落ち着いた服装に、ゆるく巻かれた髪。
ベージュのニットトップスに黒のタイトスカート。
余計な装飾はないが、それがむしろ彼女の美しさを際立たせていた。
「少し遅れてしまってすみません!」
しおりちゃんはいつも通り、朗らかな笑みを浮かべているのに、なぜか今日はやけに大人びて見える。
何だろう。髪型か? 服装のせいか?
……いや、違う。
視線を向けたとき、ふと気付いた。
肌はファンデーションひと塗りのように自然で、薄く引かれたアイラインが、目元にほどよい陰影を与えている。
目を凝らしてみると、唇もほんのりと桜色に色づいていた。
――もしかして、化粧してるのか?
そう思った瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
いつもと変わらない笑顔のはずなのに、どこか触れてはいけないような艶が滲んで見える。
持って生まれた美しさだけでも桁違いなのに、そこに化粧が加わったしおりちゃんは文字通り“美”そのものだった。
え? 俺の為にこんな綺麗にしてきてくれたのか?
と、頬が緩んでしまいそうになるのを抑え、俺は余裕を見せつける為に平静を装う。
「‥‥‥意外だな」
俺は腕を組みながら、彼女を上から下までじっくりと眺めた。
「何がですか?」
「サキュバスなんだから、もっと派手な格好で来るかと思ったが‥‥‥意外と落ち着いてるんだな」
しおりはふっと微笑む。
「美術館は静かで知的な場所ですから。それに、今日のテーマに合わせてみました」
「美の歴史、か」
俺は改めてポスターを見上げる。
「人類が求めた理想の形展示‥‥なるほど、しおりちゃんが興味を持ちそうな内容だな」
「ええ、とても。美しさというものが、時代とともにどう変わってきたのか。先輩も、知っておいたほうがいいと思いますよ?」
「俺に美を学ばせるのか?」
「当然です。だって先輩は‥‥‥」
しおりちゃんは俺を見つめ、わずかに口角を上げる。
「美そのものの体現者ですから」
さらっと言ってのける。
だが、その瞳には、前回のような駆け引きの色は薄い。
純粋に、俺を美しいと評価しているように思えた。
サキュバスに美しさを認められるのは、なんとなく誇らしい。
だが、それ以上に、その言葉を口にしたしおりちゃんが、妙に可愛かった。
「まあいい。せっかく来たんだ、付き合ってやるよ」
俺が肩をすくめると、しおりちゃんは優雅に一歩前へ出た。
「では、行きましょう。先輩に、美とは何かを教えてさしあげます」
そう言って、彼女は俺の腕を取るでもなく、けれど自然に寄り添うような距離感で歩き出す。
※※※
ちなみに、この間、俺は聞こえないフリをしていたが、周囲の男共からのブーイングがすごかった。
「なんであんな可愛い子と覆面野郎がデートしてんだ!?」
「顔隠してるくせに美を学ぶとかどういうつもりだ!?」
「覆面くさそう」
などと好き勝手言われていたが、俺は華麗にスルー。
本音を言えば、さっさと素顔をさらして完璧に惚れさせ、堂々とデートを終わらせたいところだった。
だが、それは叶いそうにない。
ここは美術館。人の気配は絶えず、何より場の静けさを大事にする空間だ。
もし俺がマスクを外したら、女性たちが騒ぎ出してしまうだろう。それだけで展示室が修羅場と化すのは目に見えている。
……そして何より。
しおりちゃんが、それを黙って見ているはずがない。
俺が覆面に手をかけた瞬間、きっと一瞬で止めに入るだろう。
彼女の機嫌次第では、そのまま処理される可能性すらある。冗談抜きで。
顔面では俺に軍配が上がったとはいえ、身体能力では向こうが遥かに上。
花火大会のときは、俺の素顔がまだ警戒されていなかったのと、しおりちゃん自身が動揺していた
――その隙を突けただけに過ぎない。
「しおりちゃんも策士だな
人が大勢いる美術館なら、俺が素顔を出せないって読んで、わざわざここを選んだのか?」
そう言うと、しおりちゃんはふわりと微笑んだ。
「ふふ。そんなこと、考えてませんよ? 私はただ、先輩と美術館に行きたかっただけです」
嘘か本当か、読み取れない。
そのあどけない笑みに気を取られていると、彼女の指先が俺の腕にそっと触れた。
すっと袖をなぞる仕草が、無言の誘いのように感じられる。
「美とは、何か――」
囁くような声が、耳元に吹き込まれる。
「ゆっくり教えてあげますね、先輩?」
もう、戦いは始まっていた。
サキュバスの誘惑は、言葉ではなく空気から滲み出してくる。
俺は鼻で笑い、軽くその空気を払いのけた。
「――俺を落とせると思うなよ?」
「ふふっ。それはどうかしら?」
しおりちゃんは挑発的な笑みを浮かべたまま、静寂の美術館へと歩を進める。
俺たちの奇妙なデートは、まだ始まったばかりだった。
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