しおりちゃんと再会するハンサム
朝の校舎は、まだ静かだった。
生徒たちがちらほらと登校し始める時間帯。
俺にしては珍しく早く学校へ来ていた。
いつもなら欠かさず行う「ハンサムチェック」も今日はやめ、まっすぐ教室へ向かう。
早く登校した理由は、サキュバスに会うためだ。
いつも通りの時間に登校すれば、校門で待ち伏せているファンたちに巻き込まれてしまい、彼女に会えないだろう。
だからこそ、ファンの群れが現れる前に登校し、しおりちゃんがいる 1-B組 の教室で待つつもりだった。
だが、その計画は甘かったらしい。
「おはようございます! 半寒先輩!」
涼やかな声が響く。
俺の前に立ちはだかったのは、横山しおり。
学校一の美少女にして、世界を滅ぼしかねないサキュバスだった。
朝の光を受け、しおりは透き通るような肌を輝かせていた。
サラサラの黒髪が微かに揺れ、その琥珀色の瞳には小悪魔的な光が宿っている。
「おはよう。俺も君に早く会いたかった」
それは嘘ではない。
俺は一刻も早く彼女に素顔を晒し、甘い言葉を囁きたかった。
それだけで、彼女は完全に俺に堕ちる。
世界の危機は、俺の顔面で解決されるのだ。
「わ、私に……会いたかった?」
一瞬、しおりの表情が揺らぐ。
目を大きく見開き、頬にじわりと紅が差す。
「そうだけど、何か問題があるのか?」
「ふ、ふーん……」
しおりはぷいっと顔を背けるが、その耳は赤いままだった。
もしかすると、俺が思っているよりも、しおりは既に俺に夢中になっているのかもしれない。
それなら話は早い。さっさと済ませてしまおう。
俺は覆面に手をかけた。
しかし、その瞬間――
「私ともう一度デートをしましょう」
しおりの綺麗な声が降りかかる。
デート? 時間の無駄だ。
そんなことをしなくても、俺が素顔を見せればすべて解決するのだから。
「その必要はない」
そう思い、覆面を脱ごうとしたが、失敗に終わった。
彼女が素早い動きで俺に接近し、驚くべき力で俺の腕を掴み、自由を奪ったからだ。
「貴方に拒否権はないわ」
色気を含んだセクシーな声が、俺の耳を刺激する。
それにしても、驚くべき腕力だ。
この華奢な腕からは想像もできないほどの強い力。
見た目はどこまでも麗しいが、やはり彼女は人間とは違う生物なのだと、改めて思い知らされる。
「私は、これでも貴方に譲歩してあげてるつもりよ」
しおりは軽く肩をすくめ、艶然と微笑む。
「その気になれば、貴方なんて簡単に殺せるもの」
確かに、その通りだ。
彼女が本気で俺の命を狙えば、瞬殺されることは間違いない。
「でも、それじゃあ私の気が収まらないのよ」
そう言うと、しおりは俺の袖をつまむ。
細くて白い指が、布をくしゃりと握りしめる。
「もし断れば、貴方も、貴方が大切にしているガールフレンドも、全員私が抹殺してあげるわ」
にっこりと、無邪気な笑顔を浮かべながら言い放つ。
その可憐な微笑みとは裏腹に、琥珀色の瞳は冷たく光っていた。
「この学校の生徒たちがどうなってもいいの?」
しおりはくすくすと笑いながら、俺の腕を軽く引き寄せる。
上目遣いで、艶やかな声を落とす。
「ねえ、先輩。私とデートするだけで、こんな面倒ごとは全部なくなるんですよ?」
顔が近い。
甘い香りが鼻をかすめ、理性がわずかに揺らぐ。
これは、サキュバスの魔法によるものか?
それとも、彼女本来の美しさが俺の心をときめかせているのか?
どちらなのかは分からないが、このまま魅了される訳にはいかない!
『やあ俺! サキュバスよりも、俺の方がハンサムだろ? 彼女の誘惑に負けるな!』
俺は脳内に、自分のハンサムフェイスを想像する。
そして、その美貌の力で彼女の色香を跳ね除け、冷静さを取り戻す。
「……仕方ない。今回だけだぞ」
「うふふ! 嬉しい!」
しおりは満足そうに微笑んだ。
その表情は、まるで獲物を狙う捕食者そのものだった。
「デートは今週末にしましょう。楽しみにしているわ、先輩」
小悪魔的な笑みを浮かべ、ウィンクをする。
そして、くるりと踵を返し、優雅に去っていく。
しかし、去り際に――
「あ、あと」
振り返らずに、軽やかな声が届いた。
「その間は、他のガールフレンドとは仲良くしないでね?」
「……」
「もし、したとしても……全力で邪魔をするから!」
そして、今度こそ、しおりは完璧に姿を消した。
「……早速、黒田に連絡だな」
今週末はしおりとデート。
その間、彼女は遺跡にはいない。
サキュバスの根城を襲撃するチャンスだ。
すぐに黒田へ連絡し、先ほどの件を伝える。
返ってきたのは、 「組織とは無関係を装いつつ、デート中にサキュバスを攻略しろ」 という指示だった。
※※※
この後は、特に変わりない普段通りのハンサムスクールライフを送ると思っていたが、現実は違った。
「半寒センパーイ! こんなところで何をしているんですか!」
授業中以外、しおりはどこにでも現れた。
俺とファンの間に割って入っては、徹底的に妨害を仕掛けてくる。
ある時は、廊下でファンの子と連絡先を交換している最中。
ひょっこりと現れたしおりは、俺の前に立ちはだかる。
「半寒先輩! 私とも連絡先を交換しましょうよ!」
「えっ、いや、今この子と連絡先を‥‥‥」
「ちなみに、ここ電波悪いですよ! おすすめのスポットがあります!」
言うが早いか、俺の手をぐいっと引っ張り、強制的にファンたちから引き離した。
「ここ、普通に電波入るんだけど?」
「気のせいですよ!」
俺のスマホの画面をじっと見つめながら、満面の笑みを浮かべるしおり。
明らかに、俺が他の女と連絡を取るのを阻止しようとしている。
※※※
別の休み時間、誕生日を迎えたファンのために、校庭のベンチでオリジナルバースデーソングを歌っていた時のこと。
「ハッピーバースデイートゥーユ〜」
心を込めて歌っていたその瞬間――
「ハッピーバースデイートゥーユ〜」
完璧な音程で、誰かがハモってきた。
俺の横を見ると、いつの間にかしおりが座っている。
「‥‥‥え、急にデュエット?」
「先輩の歌、素敵でしたので、つい」
ファンの子が「えっ、なんかすごい……」と困惑していたが、しおりは満面の笑みで俺を見つめていた。
※※※
「一緒に写真を撮ってください!」とお願いされた時もそうだ。
俺がファンと二人で写真を撮ろうとすると、どこからともなくしおりが現れ、自然にフレームイン。
気づけば、俺とファンのツーショットだったはずの写真が、しおりを挟んだ三人の写真に変わっていた。
「はい、チーズ!」
ファンの子が戸惑いながらもシャッターを押すと、しおりは大満足とばかりに微笑んでいた。
※※※
そんなことが続いたせいで、モテすぎて目をつけられた俺は、ある日、不良に呼び出された。
「お前、調子乗ってんじゃねえのか?」
「女にモテすぎるってのも考えもんだなぁ?」
どうやら、俺のハンサムフェイスが「女を独占している」と勘違いされ、嫉妬の標的にされたらしい。
まあ、いつもの事なので驚きはしない。
ちなみにこういうトラブルに巻き込まれた場合は抵抗せず早めに気を失っている。
「よし、やるか……」
そう言って、不良の一人が拳を振り上げた瞬間。
ドゴォッ!!
突如、不良の一人が吹き飛んだ。
「……あら? ここで何をしているのかしら?」
夕日に照らされた黒髪を揺らしながら、しおりが現れる。
琥珀色の瞳が鋭く輝き、彼女の背後で空気が歪んだように感じた。
「貴方たちが半寒先輩に手を出すなんて……身の程をわきまえなさい」
次の瞬間。
不良たちはボコボコにされていた。
そして、何事もなかったように俺の腕に抱きつくしおり。
「先輩ったら、もう少し気をつけてくださいね?」
可憐な微笑みを浮かべながら、彼女は俺を見上げる。
この笑顔は俺を落とそうとするサキュバスのプライドをかけた色仕掛けなのか、それとも純粋に俺と一緒にいたいという少女の恋心なのかは分からない。
どちらにせよーー
俺が他の女の子と仲良くすると、嫉妬したように近寄ってくるしおりの仕草は、普通に可愛い。
デート前だというのに、俺は少し堕ちそうになっていた。
※※※
その日の昼休み。
俺はトイレの個室にこもり、じっくりと用を足していた。
「……なんだか、しおりちゃん……めっちゃ可愛いんだけど!!」
思わず、独り言が漏れる。
だが、その瞬間――
コンコンッ
ノックの音が響いた。
「先輩! 今私の名前叫んでました?」
――は!?
男子トイレである。
絶対に女子が入ってきてはいけない場所だ。
だが、ドアの向こうからは確かにしおりの声がする。
「……おい、ここ男子トイレだぞ!!」
「大丈夫ですよ? 誰もいませんし」
いや、大丈夫じゃない。
「今、大してるんだが!?」
「ふふ、そうでしたか」
俺は顔を両手で覆いながら、頭を抱えた。
なぜだ……なぜ、こいつはここまで俺を監視している!?
……このままでは、俺のハンサムスクールライフがしおりちゃんに占領されてしまう。
いや、もうすでにされているのかもしれない。




