時代は肉食系ハンサム
じゃあまたね。といい、彼女は曲がり角を曲がった。
彼女の名前は青空みどり。我が高校、船頭高校のマドンナだ。
「すげええ! あれが青空さんか」
「本物を見るのは始めてだ!」
「青空さんかわゆすー」
行きかう人々があまりの美貌に溜息をもらす。異性はその途方もない美しさに感嘆し、同性は同じ女性としての格の差に絶望の色を表情に浮かべる。
それほどまでに、彼女は美しかった。
ギャルゲーでいうメインヒロイン。漫画でいう人気キャラ。同人誌でいう抜きキャラ。そういった称号が様になるほど、彼女は魅惑的な容貌を備えていた。
彼女を手玉に取れる人間など、主人公レベルの補正か、よほどのイケメンじゃない限り無理だろう。
少なくとも、一般学生じゃ無理だ。
しかし、俺は違う。
「……行くか」
銀行強盗でお馴染の覆面を被っている俺は、そのマスクを外そうとしないでそのまま群衆の中心にいる彼女の方へと歩く。
その理由は単純明快で、青空みどりを我が物にするためだ。
一歩一歩彼女の元へと歩く。黄色い歓声や、男の下心丸出しの声が聴覚に一層響く。
全く。モテない男はこれだから無様だ。
自ら醜くアプローチしなければ、美少女一人落とせないなんて。哀れな生き物である。
「え? なんだよこの覆面。だっせえええ」
金髪の男が嘲笑を浮かべる。しかし、俺は無視して歩く。
その着飾った髪の毛の方が、世間は憐れむだろう。
「おいおい、気持ち悪いな」
ワックスで髪を立たせている男が指をさしてきた。
しかし、俺は構わず進む。
その髪と同様に立っている下半身を、お前は最後まで満足させることはないだろう。
「うわあ。こないで」
パーマをかけているギャルが汚物を見るような視線で俺を見つめた。
少し傷付くが俺は止まらない。
親にもらった髪の毛を弄り、傷付けるなんて神経を疑う。そんなことをしても、不細工は不細工のままだ。
世の中、手軽に容姿を優れさせることが出きる時代になった。
整形したりお洒落な服を着こなしたり、カッコいい髪形にしたり、美容のために顔を小さくしたりもする。
だが、そんなもの俺からしてみれば不細工の言い訳だ。
素材で勝負することから逃げた負け犬だ。
現実を見ない敗者だ。
そんなやつに馬鹿にされても俺は特別な感情など持たない。
憐れみすら覚えない。
俺は、【本物】だからだ。
「えっと、何その覆面? 似合ってるね」
突然現れた怪しい覆面野郎に顔を強張らせる、それでも笑顔を作って親しみやすい雰囲気を出す青空みどり。
他の二流とは違い、一流の彼女は第一印象で全てを判断するという愚行はしない。
立派だ。やはりいい女だ。
だからこそ、こいつは俺に落とされるべきだ。
ゆっくりと、覆面に触れる。そして、一気に俺の素顔を彼女に見せた。
瞬間、雷鳴が周囲に轟いた。
天候がいきなり変わったわけではない。夕立でもない。
天気は晴れのままだ。雷は、彼女の心に落ちたのだ。
頬を赤くし、目をハートの形にし、パンツをビショビショに濡らした彼女は、俺に抱きついてこういった。
「なんて素敵な顔なの! 抱いて。今すぐ抱いて!」
攻略、完了。
我ながら大したイケメンフェイスだ。などと浮かれていると、頭部に石が直撃した。
最も、顔だけは何人たりとも傷付けさせないので直ぐに治癒されるが。
「てめえ! 青空さんになにしやがった?」
俺は直ぐに覆面を顔に覆い、投石した男を見る。さっきの金髪だ。
「ふはあ。彼女は、この俺に落とされただけさ。身も……心もね」
再度石を投げつけられた。
「ふざけんな覆面。消えろ!」
「そうだ。気持ち悪い奴だ」
「覆面なんてしてるから不細工に決まってる」
ここで不細工コールが沸き起こった。
本当、痛快だ。不細工どもが俺に嫉妬している。俺は怒ることなどない。無様に顔を赤くすることなどない。そう。絶対、ない。
「うるせえええ。誰が不細工だ。てめえらよりはマシな面してるわボケええ! バーカ。バーカバーカ」
我を忘れて限界まで怒り狂う男がいた。俺だった。
「うるせえんだよ、この不細工ども。母ちゃんにもう一度美形に産んでもらって来いよ。遺伝子操作しろやあああ」
瞬間、ビンビンに殺意が感じられた。
憤った彼ら取り巻きが、教科書や石、カッターを持って俺の元に走り込んできたのだ。
「うわあああああ!」
必死に青空みどりを抱えて逃げる俺。彼女は俺の美貌によって気を失っている。
「待てやごらああああああああああ!」
がむしゃらに俺を追いかける数十人の青空ファン。
俺の名前は半寒池麺
女を落としてきた数は五千人。
そして、そいつらのファンに嫉妬され、ボコボコニされた回数はその倍だ。