私はたき火がしたいんです!!
『短編10本ノック企画』二作目。
大幅に遅刻してしまい申し訳ありません!
なんかしょうもない話になりました……。
「またそれ見てるの?」
友達が私の手元を覗き込んで言う。
スマホの画面には、暗闇の中でメラメラと燃えるたき火の動画が映し出されている。
「だって癒やされるんだもん」
朱く揺らめく火の姿。時折、火花が弾ける音がする。
不規則に動くその光景が私にはどうしようもなく魅力的に映るのだ。
「たしかにぼーっとする時はいいかもしれないけど、朱莉はいつでも見てるじゃん。飽きないの?」
「全然飽きない!」
「……そう。あ、それで大学も決めたんだっけ?」
「うん! 楽しみなんだよね! キャンプ同好会!」
高校三年ですでに受験も終わり、自由登校となった今だからこそこうしてのんびりスマホのたき火アプリを眺めていられるわけだ。
そして、進学する大学は学科もそうだが、それよりもキャンプ同好会があるかどうかで選んだ。
なぜなら――
「大学行ったらキャンプしてたき火するんだ!」
そう、たき火をしたいがためである。
たき火に目覚めたのは小学校の林間学校の時だった。
夜になって行われたのが、キャンプファイヤーだった。
井の字を作るように組まれた薪。中央にも薪の束が押し込められ、隙間には燃えやすいように新聞紙が詰め込まれた。
木のトーチから移された火は、新聞紙をあっという間に燃やし、次第に薪へと伝っていく。
独特の音を鳴らしながら強く大きくなっていく火を見て、私はなんて綺麗なんだろうと思った。
何がそんなに良いと思ったのかは、上手く言語化できない。
でも、燃え上がっていく火に猛烈に惹かれた。
それから私のたき火に対する熱は燃え上がっていく一方だ。
けれど、たき火をしようと思ってもする場所がない。私が住んでるのはマンションだし、そもそも家に庭があっても居住の自治体は野焼き禁止条例があるため、たき火ができない。
せめて火が見たいと思うけど、キッチンのコンロはIH……。
手頃に見られるものと探し回った結果、アロマキャンドルを買ってみたがこれじゃない感がすごい。
最終的にたどり着いたのが、たき火の映像がひたすら流れるアプリだというわけだ。
「大学行ってやりたいことあるならいいんじゃない? 私なんてさぁ……」
友人の進路についての愚痴がはじまる。
希望大学を選ぶ理由はいろいろだなぁと、あいかわらずたき火の映像を見ながら私は相づちをうった。
「い、いよいよか……!」
大学の入学式も終わり、念願のキャンプ同好会へ参加ができる。
事前に調べて降りたキャンプ同好会のサークル部室にたどり着いた私は、扉を前にして深呼吸した。
大きな期待と少しの不安が混じり、心臓がずっとドキドキしている。
それをどうにか沈めようと何度が呼吸してから「よし」と小声で呟いた。
覚悟を決めてドアノブを捻った瞬間――
「え」
少しの浮遊感と共に景色が一変した。
「おお!」
「成功したぞ……!」
一瞬で変わった景色に立ちくらみを起こした私はその場に座り込む。
そんな中、耳に入ってきたのは驚愕と喜びに沸く声。
ゆっくりと顔を上げると、赤いローブの人たちが何かを讃え合っていた。
「煉獄の聖女様」
こちらに向けられた声の主を見ると、一際装飾のあるローブを纏った男性が私の方に手を差し伸べていた。
綺麗なシルバーブロンドの髪に、深いワインレッドの瞳。
アイドルのように整った顔をしているので、この人はコスプレイヤーなんだろうか……?
「そこは汚れますのでどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
差し出された手をありがたく取り、立ち上がる。お尻の埃を払ってから、周囲を見回した。
わいわいしていたローブの人たちは落ち着いたようで、いつの間にか私の方を注目していてぎょっとする。
「えっと、ここは……?」
ようやく周囲の状況が飲み込めてきて、私は戸惑う。
つい一瞬前まで大学のサークル部室の前にいたはずだ。
それなのにローブを着た人たちがいる謎の部屋にいる。
「どうか力をお貸しください、煉獄の聖女様」
「……その煉獄の聖女って、もしかして私のことですか?」
「はい。異世界から呼ばせて頂きました」
「……え?」
異世界から呼んだ?
意味がわからない……。
「突然見知らぬ場所にきて混乱してると思いますので、場所を変えてゆっくり説明しましょう」
安心させるように笑みを浮かべ、私をその場から連れ出した。
「……ということは、炎で浄化するために私を呼んだということですか?」
「そうです。どうか力をお貸しいただけないでしょうか?」
「……元の世界には帰れないんですよね?」
「……はい、申し訳ないですが」
「そうなんですね……」
元の世界に帰れない、と言われてもいまいち実感がわかなかった。
というより、ここが異世界ということ自体に実感がなかった。
「もちろん、できうる限りのことはします! 不自由はさせませんので」
シリルと名乗った彼は、神官らしい。
私こと『煉獄の聖女』を召喚する責任者なのでそこそこ偉い人っぽい。
「それはありがたいですが、そもそもなんで私なんですか……? そんな特別な力なんてないのに……」
「いえ、召喚されたということはちゃんと浄化の炎を操る力があるはずです」
「浄化の炎……? 火を出せるんですか? 魔法みたいに?」
「はい、出せます」
異世界に召喚された特典なのか火が出せるという。
これはたき火をするために私に与えられた能力なのかも……!?
そう思うと途端に異世界に来て良かったんじゃないかと思えてきた。
「どうやれば出せるんですか⁉」
私は前のめりでシリルさんに問う。
態度が変わったからか、一瞬驚いた顔をした彼は、次いで破顔する。
「では、試してみましょうか」
シリルさんに連れられて、やってきたのは建物の裏手にある開けた場所だった。
見物なのか神官も多く集まっていて、なんだか少し恥ずかしい。
これでもし、私が火を出せなかったら聖女違いといわれてここから放り出されてしまうんじゃ……。
そこはかとない不安がこみ上げてきて、緊張してくる。
「では、聖女様、手をお出しください」
シリルさんが両掌を上に向けた状態で差し出してくる。そこに恐る恐る両手を重ねた。
「目を瞑って」
「はい」
「今から魔力を流します。それを感じてください」
「……はい」
魔力というファンタジックな言葉を言われても、緊張した私には反応する余裕がない。
言われるがまま、目を瞑る。
すると、次第にじわりと両手が熱くなってくる。
「感じますか?」
「……熱くなってきました」
「それが魔力の熱です。聖女様の体の中でその熱を巡らせるように想像してみてください」
体を巡らせるということは、血液のような感じかな?
手から腕、肩、胸へと流れるようなイメージを頭に思い浮かべる。
次第に体全体がぽかぽかとしてきた。
なんだか温泉にでもつかっているような気分だ。
「今度は体中の熱を手に集めるような想像をしてみてください」
シリルさんの言葉を聞いて、今度は体中を巡っていた熱を元のルートをたどって戻るようにイメージする。
そうすると、ぽかぽかしていた体の状態は元に戻り、手だけが熱くなった。
「はい、いいですよ。目を開けて」
目を開けると、思った以上に近い場所にシリルさんの顔があって、少し驚いてしまう。
そんな私に向かって、シリルさんはにこりと笑みを浮かべた。
「今のが魔力です。感じ取れましたか」
「はい。不思議……」
「これを今度は体から放出すると浄化魔法を出すことができます。やってみますか?」
「はい!」
不思議な現象を体感したからか緊張が解れた私は、期待に元気よく返事をする。
シリルさんは笑みを深め、今度は私の右横に並び立った。
「ひゃッ⁉」
左腕で腰を抱かれ、右手を持ち上げられる。
右半身がシリルさんとピタリと密着した状態だ。
掌を開いたまま、前に突き出した右手の甲に、シリルさんは自身の右手を重ねる。
「ではまた想像してください。さっきと同じ要領で今度は右手に魔力を集めて」
「は、はい」
有無を言わせないようなシリルさんの言葉に私は集中する。
さっきと同じように体の熱を右手に……。
じわりとどこかから湧き上がってくる熱を重なっている右手に向かって送り込むイメージをする。
どんどん熱が溜まって、右手がじんじんとしてくる。
でも、痛くはなくてただただ熱を感じる。
「火を想像して」
「はい!」
火をイメージするのは簡単だ。
毎日見続けたたき火。
ゆらゆらと何色もの朱がゆらめく姿。
「放て!」
鋭い声に私はそのまま手から放った。
その瞬間、朱い炎の束が吹き出した。
「……え」
火炎放射器のように大きな束になって吹き出した炎は、直線上の地面を真っ黒に焦がして消えた。
名残のように温められた空気がその場を包んでいる。
「すごいです! さすが煉獄の聖女様! これなら浄化もあっという間に進みますね!」
抱かれていた腰をぎゅっと引き寄せられ、耳元でシリルさんの喜びを声がする。
しかし、私はそれどころではなかった。
「……思ってたのと違う……」
私がイメージしていたのはたき火のような柔らかく優しい火だった。
こんな周囲をなぎ払う兵器みたいな炎ではない。
これはもしや……
「たき火、できないの……?」
小さく呟いた私の声は、喜びに沸くシリルさんや神官の声によって、響くことはなかった。
「あかり! またこんなところにいて!」
視線だけで声の方を見るとシリルがこちらに駆け寄ってくるところだった。
「今日こそやるんだから、ちょっと待ってて」
私はしゃがみ込んで、拾ってきた木の枝をせっせと組んでいた。
異世界に突然召喚された私は煉獄の聖女として、穢れた土地を浄化するため、シリルら神官たちと共に各地を巡る旅にでた。
その道中、街と街の間の野営をする日こそ私に与えられたチャンス。
そう、たき火チャンスだ。
「まったく、何度やってもたき火は無理だと思いますよ」
「いや、練習あるのみ! きっと今日こそちょうど良い火が出せる気がする……!」
「まあ、それで気がすむならいいんですけど……」
シリルはこれ見よがしにため息を吐いた。
その様子にムッとしながらも、木の最後の一本を組み終える。
「よし、じゃあ今日こそ!」
私はたき火に向かって右手をかざす。
イメージするのは、小さく小さく灯る火。
目を瞑り集中して頭の中をいっぱいにしてから、カッと目を開く。
そして――
ゴゥッ……という音と共に、木の塊は灰になった。
「わぁ、一瞬で浄化できましたね! さすが聖女様」
シリルは棒読みでそう言うと、パチパチと渇いた拍手を響かせる。
私は言葉もなくその場に崩れ落ちた。
ちなみにこのたき火チャレンジは全戦全敗中である。
今日こそはできると思ったのに……!
煉獄の聖女という名前の通り、私の出す火……というか炎の勢いはえげつない。
穢れた大地を浄化するにはとても効率はいいんだけど、たき火の点火に必要な程度の小さい火は未だかつて出せていなかった。
「いいじゃないですか、小さい範囲の浄化は神官でできるのですから、あかりはこの勢いで多くの場所を浄化したら」
「ううう……」
たしかに神官だけではできなかった大規模な浄化をすることで、各地の人たちにとても感謝された。
その人々の笑顔を思い出すと、納得できる部分はある。
でも――
「私はたき火がしたいんです!!」