第93話 邪神イャルドラ編 聖女と巫女
ヤスハさんの屋敷に招かれて豪華な食事を前に向かい合って座っている。
私の警戒心はまだ解けていない。
料理がテーブルの上に並べられているが、全て浄化を施し、周囲探索も怠っていない。
そもそもこの巫女と名乗っている女性ヤスハさんも何故なのかは分からないが心の何処かで信じきれていない。
冒険者の直感とでも言うものなのだろうか?
私はガザルの言葉を思い出して、どうにもならない状況なら流されてみるのも手だと考えている。
ギルドにはEMCを発信した。
優秀な秘書たちは私が音信不通になれば動いてくれると信じている。
後はこの局面をどう乗り切るか。
「豪華な食事ですね。
お招きに預かりありがとうございます。」
そもそもこの町はそれ程裕福には見えないが、この豪華な食事は大丈夫なのか?
こう言う所々にある違和感が気になって仕方がない。
「聖女様をお迎え出来て嬉しいのはこちらの方です。
お口に合うかはわかりませんが、御賞味下さい。」
巫女のヤスハさんは私を見てニコニコしている。
邪神教団と戦っている割には、緊張感が薄い。
そんなに結界に信頼を置いているのか?
聖女を連れ帰った時点で、私ならマックスの警戒するのだが。
「ところでヤスハさんは巫女と言う事ですが、何か使命の様なものがお有りなのですか?」
質問に対して、特に表情や仕草に変な感じは今のところ無い。
「巫女は人々を導くのが、使命なのです。
私の予言で危機や災害などを予見して守る事が使命なのです。」
「聖女様はどの様な使命がお有りですか?」
何故か私の名前を聞いてこない。
それを推測すると私の事に興味がない。
もしくは名前には興味がない。
何れにせよ、本当の意味で私の事に踏み込んでくる気はないようだ。
「私は好き勝手やらせて貰ってます。
周りには気まぐれな女だと思われているでしょうね。」
食事はとでも美味しい。
かなり高級な食材を使っていると思われる。
私の為に奮発したのだろうか?
「そうなのですね。
周りの人達が皆お優しいのですね。
とても、羨ましいです。」
「そうですか?
ここの人達もあなたを慕っている様に感じますが。」
ん?今少しだけ一瞬表情が固くなった様に見えた。
私は常日頃からどんなに心を繕っても顔に出る感情はそうそう隠せるものでは無いと思っている。
それは私が直ぐに顔に出てしまうと言う事も考えの要因にはあるのだが、この人が先程見せた微妙な感情が気になる。
「皆良い人ばかりです。
そうですね。
教団が勢力を伸ばして、皆怯えています。
私には危険を予知する事ぐらいしか出来ないのが歯痒いのです。」
なるほど、彼女自体大した能力が無いのは鑑定をして分かっている。
町を守っているのは私を連れ出した男性達だけなのだろうか?
「この世界の事をもう少し教えてもらえますか?
次第によってはお力になれますよ。」
『マスター。
解析が終わりました。』
転送された事や教皇と名乗る男の事や目の前にいる巫女と呼ばれている女性や待ちの人達、この世界に関するあらゆる事をイザナミに調べさせていた。
答えは後で聞くとして。
「そうですね。
それはお伝えしなくてはならないと思っておりました。
今私達が居る国はガブレエント王国と言います。
この町は王国の辺境地に位置していて、邪神イャルドラ教団の勢力が強くなって来た地域なのです。
邪神イャルドラ教団は30年ほど前から徐々に勢力を拡大してきました。
王国もその勢力には手を焼いています。」
苦しい状況になっているのが、ヤスハさんの表情から垣間見える。
「ここよりもっと安全な場所に移動した方が良いのでは無いですか?」
私なら真っ先にその方法を選択する。
教団の本拠地が近い場所で住んでいるのは、何のメリットもなくただ単に危険である。
敵対しているのであれば尚更だ。
「それは私も何度も考えました。
ですが、町の人達はここが故郷なのです。
誰一人として離れようとしないのです。」
それで先程表情が一瞬曇ったのか。
優しさは時に人を苦しめるもの。
町の人達は彼女を縛り付けている。
結界が張られている事に満足して。
「なるほど。
そうでしたか。
それにしても何故教皇は追いかけて来ないのでしょうね?
不思議に思いませんか?」
「それは恐らくいつでも自分の思い通りに事が進む事を知っているからだと思います。」
「それはどういう事ですか?」
「教皇イラミールは時間と空間を自在操る事が出来る力を持っています。
それに私達には全く関心が無いのです。
この結界の中ならば教皇の力も及びません。
隙を見て王都カラトマに向かわれる事をおすすめ致します。」
まあ、教皇がこの人達に関心が無いのは恐らく間違いないだろう。
こんな結界で守り切れる訳がない。
と言う事は、私を拘束する為に何かを仕掛けてくる事は考えられるが、その様子も今のところ無い。
一体何を考えているのか、分からないだけに手が出しにくい。
「教皇は時間と空間を操るとは、かなり厄介な相手の様ですね。
私を追ってくるわけでもなく、私をこの世界に連れて来た別の目的が有るのでは無いでしょうか?
それを探る為にも明日から少し動いてみようと思います。」
その夜はもう少しだけ話をして宿泊する家に戻った。
世話係の2人も帰って行き、私はシャワーを浴びてベッドに寝転がった。
ダブレットを取り出すとEMCの信号が来ている。
どうやら私の事に気がついたようだ。
違う世界に転送させられた事とこちらでも戻る手段を探す事を送った。
後は追跡の信号を出し続けるのだが、問題はダブレットの電源がいつまで持つか。
なるべく使用は控えていくしか無い。
そして、ベッドで眠りに着くと。
夢の中なのか、判断はできないが、突然私は教皇が居た屋敷の中で壁に両手を上げて頭上で拘束具で固定され、両足も開いて壁に固定されたまま動けなくなっていた。
どれだけ力を使っても外す事が出来ない。
冷静になって、これは現実では無く精神攻撃の一種であろうと推測した。
「とてもお似合いの格好だ。
でも、まだその時では無いですね。
もう少し熟成が必要です。
邪神の種をあなたに与えるのは、まだ早い。
この格好にさせられて、子宮に植え付けられる。
男達の慰めにされてね。」
どうやら私に恐怖を植え付けたいのであろう。
しかし、これは精神世界での干渉。
「残念だけど。
こんな事で私は恐怖したりしないわ。」
瞬間アヌノヒトミを発動。
教皇が作り出した精神世界ごと砕き散った。
私の拘束は解かれ、目の前には教皇イラミールが立っている。
「さすがは魔王を倒しただけな事はある。
私の精神支配を砕くとは、恐れ入りました。」
不気味に笑みを浮かべている。
「ふん!
くだらない。
消えなさい!」
精神世界を更に粉砕。
私は目を覚ました。
夢の中にアプローチして来るとは礼儀知らずな奴だ。
私は独自の結界をベッドの周りに展開して、ゆっくりと寝る事にした。