第0部 2章 1節 9話
「けっ!行こうぜ!クックル!」
ルーパは近くにいた大柄の男に合図した。
クックルと呼ばれたのは輸送機からダイブする際に、
セリアを抱えて飛んだ大男である。
彼は無言で頷くと、ルーパの後に続く。
「待てルーパ!
ウルスらを連れてってくれ。私は伯と話がある。」
カエデがルーパを止めた。
ルーパは一瞬眉を潜めたが、すぐにニタァといやらしい笑いを浮かべる。
何かを思いついたようだ。
「ふん!ぼっちゃん、嬢ちゃん!付いてきな!」
呼ばれたセリアがそそくさと大男の後ろに並ぶ。
絶叫ダイブを強要された相手なのであるが、
どうにも懐いているようだった。
ウルスはカエデと別れる事を惜しんだが、他ならぬ彼女の命令である。
ゆっくりとセリアに続いた。
4人は、先行してウルスらの服を買いに行ったドルパを追った。
マラッサの街は、ルーパらピュッセル海賊団のメンバーからすると
庭のようなものである。
子供用の服を買いに行くなら、メルボルンばあさんの店であるだろうと
予測し、4人はそこに向かった。
メルボルンばあさんお店はこじんまりとした大衆向けの店であったが、
案の定、ドルパが店の中で悪戦苦闘しているのが見えた。
「ドルパー、決まったかぁ?」
先ほどの剣幕とは対照的に、間の抜けた声でルーパが
店の中に入る。
「あ、いや、兄貴。女の子向けの服とかよくわからねぇんでさ。」
「だから、私が選んだやつにしとけって言ってるだろぅ?」
ドルパの隣に、恰幅のいい女性が可愛らしい服を手に取りながら、
これよこれ!とアピールする。
どうやら彼女が店の主人のメルボルンばあさんであるらしい。
「ばぁさん!それは派手すぎるんじゃねーか?
本人連れてきたからよ。選ばさせてやってくれ。」
ルーパの言葉を受け、クックルは横にスライドし後ろに隠れていた
セリアの姿をメルボルンに見せた。
「あら・・・かわいい。こりゃこの服じゃダメだね。
元がいいなら、服は質素にしなきゃ!」
ばあさんは満面の笑みでセリアを見た。
セリアは話についていけず、きょとん!としている。
「あと、この坊やのもだ。」
ルーパがウルスの背中を押した。
ウルスはメルボルンに一礼する。
「2人とも綺麗な黄金の髪をしているねぇ。
手入れもきちんとなされてるようだ。
どこのぼっちゃん、嬢ちゃんなのさ?」
女主人は上玉の2人を見て、浮かれていた。
「それなんだ。良くも悪くも目立ちすぎる。」
ルーパが右手を口元にもっていき、何か考えてるようだった。
「だったら、髪を茶色に染めちまえばいいよ。
髪染めもうちに置いてあるから、ちょっとお2人さん、こっちおいで!」
呼ばれた二人は、メルボルンばあさんの前にでた。
ウルスとカエデは、王の子どもたちである。
母であるメイア王妃は細身で美しい女性であった。
実の母ではあるが、子育てをしていたわけではないので、
ウルスもカエデも母の事はよく知らない。
ブレイク伯の家に預けられてからは、伯の妻であるロギンナが母代わりであったが、
残念ながらと言うか当たり前であるが、
母として接してはくれなかった。
だから、メルボルンの押しの強さが新鮮だった。
彼らを普通の子どもとして接してくれる大人は、
2人の周りにいなかったからである。
2人がメルボルンに理想の母としてのイメージを抱くのに、
10分もかからなかった。
「綺麗な髪で、染めるのは嫌だろうけどねぇ。
だけどここでそんな上品な髪で出歩いていたら、
誘拐されちまうよ!」
メルボルンの何気ない「誘拐」というワードに
ルーパは苦笑した。
「構いません!可愛くしてください!」
セリアが真顔で言う。
その台詞に、一同はびっくりした。
女性にとって、髪は大切な部位である。
セリアが一番嫌がると思っていたのだが、あっさり受け入れた事が意外だったのである。
ウルスは妹が、他の娘よりも好奇心が旺盛な活発な少女であることを
知っていたので、この答えにも納得していたが。
「こりゃまた・・・ふふふ。お嬢ちゃん。
かわいい貴方を可愛くないようにするんだけど・・・。
おばちゃんに任せておきな!
可愛くないけど、可愛らしくしてあげるよ。」
メルボルンが訳のわからない事を言ったが、
セリアには通じていた。
「はいっ!お願いします!!!」
頭を撫でられながら、セリアは上機嫌である。
「あーあ、もう懐いちまってる。ちょろいガキだぜ。」
ルーパの独語を他所に、2人は奥の部屋へと案内された。
20分ほどして、2人はメルボルンに連れられて、
店内に戻ってきた。
「ほー。」
ドルパの感嘆の声が漏れる。
メルボルンばあさんの仕立ては完璧だった。
茶色に染められ、少しくせっ毛交じりの髪。
透明で透き通るような白い肌にも、薄く化粧がほどこされ、
血行が良さそうな肌になっている。
服装も工場で働いても問題ないような動きやすい格好であり、
どこをどうみても、労働者の星、カンドの住人に見えた。
「素材がいいと、料理のし甲斐があるねぇ。」
メルボルンはご満悦の様子である。
「ばぁさんには、スタイリストの才能まであったのかよ。」
ルーパが茶化す。
「若い子らの間で、別人になりきる変装?みたいな文化があってね。
そういうのを手伝ってるんだよ。
その子らに評判がいいんだよ?私は!」
メルボルンがドヤ顔で言う。
「そうかいそうかい。満足のいく仕上がりだ。」
そういうとルーパは札束を渡した。
相場よりもかなり多めの額であるが、メルボルンはそれが
口止め料込みなのを理解した。
海賊が連れてきた身なりのいい子ども2人。
なにやら訳アリなのは、メルボルンでも判る。
海賊が拠点とする街の住人である。
こういう事は1度や2度ではない。
「毎度ありっ。」
メルボルンは札束を数えながら、5人を見送る。
店を出る際、セリアがメルボルンに手を振った。
この時、ウルスはある事に気付く。
この一連の誘拐劇、セリアは楽しんでいるのではないか?と。
いつもはうるさいぐらいにはしゃぐ妹が、
大人しく控えめに行動するのは、誘拐された恐怖からだと思っていたが、
どうもそれはウルスの杞憂に感じられた。
そうではなく、彼女は彼らに気に入られようと、
猫を被っているのではないか!?
そういう考えが脳裡に浮かんだのだった。
そしてなにより、彼女は今も楽しんでいるかのように見える。
一瞬考え、すぐに脳裏から消えた疑問であったが、
兄の妹を見る考察は、正しかったのである。
次は水曜(2/3)更新予定です( ゜д゜)ノ