第0部 1章 2節 5話
ウルスら一行は、襲撃地点より北に位置する港町ゲルーロより
誘拐事件発生後、4時間後には宇宙へと出港していた。
技術力の進んだこの時代であっても広大な宇宙へと逃げた逃亡者を
追跡する術はなく、彼らの襲撃計画は成功したと言って良い。
ウルスらは大型の宇宙船の中で、行動に不自由はあったが、
豪華な客室に軟禁されていた。
もちろん、客室への出入り口は見張られていたが、
縛られたりなどの身体的な拘束はなく、
客室の中ではくつろげるほどの余裕があった。
子どもがいるからであろうか?
ブレイクはそう考えたが、答えは謎のままである。
「しかし、王子。
輸送機から飛び降りた際は、寿命が縮まりましたぞ!」
ブレイクは、ウルスに小言を言う。
ウルスは教育係であるブレイク伯に真顔で応える。
いつだってウルスはこの養育係に素直に応えるようにしていた。
「王族としての器量を試されている気がしたんです。
ご心配をおかけしたのでしたら、謝ります。」
言葉使いなどは、変わってはいないが、
長年ウルスを見てきたブレイクは、ウルスの態度が
少し変わった事に気付く。
子どもにしては厳しい顔立ちに似合わず、この王子は
優しい子に育っていた。
今までであれば、何かするにでもブレイクの顔色を伺って行動したものである。
自ら決断して何かをしたと言えば、
ブレイクの息子であり、兄弟同然に育ってきているゲイリと、
悪戯をして怒られたときに、ゲイリを庇った時ぐらいであろうか。
それもウルスの優しい一面からの行動であったが、
今回の行動に優しさという要素はない。
むしろ、この誘拐事件に協力的な素振りが感じられた。
何がウルスをそう動かしているのかまでは、ブレイクは知るよしもなかったが、
明らかに彼は、今何か変わろうとしていたのである。
誘拐事件という非日常にありながら、
ブレイクは教育担当として、ウルスの変化に注意を払っていたのであった。
「ところで、伯。
ピュッセル海賊団という名前をご存知ですか?」
ウルスは何か考え事をしているかのように、ブレイクに問う。
「ピュッセル海賊団といえば、20年ほど前は王国を悩ませた海賊団の一つですな。
近年はめっきり名前を聞かなくなりましたが、軍に討伐されたという話も聞いておりません。
ピュッセル海賊団が何か?」
「いえ…。彼らがそう名乗っていたものですから。」
そう答えると、ウルスはブレイクを見た。
ブレイクは今はウルスらの教育係ではあるが、そもそも
スノーロール王国の軍務尚書を歴任した王国の重要人物の1人である。
いくつかの情報を与えれば、そこから推理し答えを導く能力はあった。
「彼らが、ピュッセル海賊団と…。なるほど。
あながち嘘をついているとも思えませんな。
わざわざ、引退同然の彼らに罪を擦り付ける意味がない。
とすると・・・。」
ブレイクはウルスが答えを求めているのを感じていた。
この王子は好奇心は旺盛で、何か疑問点があるとすぐにブレイクに聞いてくる癖があった。
もちろん、その多くは自分で考えさせるようにブレイクは答えるのであったが、
ここで求められているのは、豊富な知識を持つ軍務尚書としての経験であって、
そこから導き出される答えなのは、ブレイクも自覚していた。
「落ちぶれた海賊団が、再び力をつけるために・・・。
いや、それはリスクが大きすぎる。」
ブレイクは自ら否定した。
王位継承権第1位の王子を誘拐などすれば、
力をつけるどころか、潰されてしまう可能性のほうが高い。
ましてや、最近は名前も聞かない弱小勢力である。
国家にケンカを売っていい勢力とは思えなかった。
「そーゆーくだらない理由なら、話は簡単なんだけどねぇ。」
いつの間にか入口のドアが開かれ、そこに男が立っていた。
顔に見覚えがある。輸送機ワルワラガイドに乗り込んできた1人である。
「因みに、名を聞かなくなった理由は、親父に娘が出来たって理由さ。
それ以来、危ない橋を渡らなくなったってだけの話。
ありきたりな、平凡な話さ。」
男は部屋の中に入ってきながら、話を続けた。
太い眉をキュッと吊り上げると、憎めない笑顔でウルスに微笑んだ。
「そんな頑固な親父なんだが、一人娘だけには頭があがらない。
そう、この計画は、親父の一人娘が立てた計画でね。
親父は渋々納得したって代物なんだよね。」
ここで言う親父とは、世間一般に言われる親父ではない事が
言葉から読み解ける。
何故なら、彼が親父の息子であれば、一人娘とは言わずに
妹と言ったはずだからである。
彼の言う親父とは、海賊の親分、キャプテンの事だろう。
海賊団をファミリーと見立てる海賊は多く、
その場合、キャプテンを親父と呼ぶのは特別不思議な事ではない。
「キャプテン・リッケシャルカンに娘がいたとは初耳だな。
結婚はおろか、愛人の1人も居なかったと記憶しているが?」
情報通のブレイク伯が口を挟む。
その言葉に、男はニヤーと笑った。この時の笑顔は何やら含む、
嫌悪感を感じる笑顔だった。
「拾ったのさ。惑星カンドでね。」
ブレイクは、その笑いの意味を知る。
惑星カンド。その名前はスノートール王国史でも黒歴史に刻まれる。
麻薬として名高いブラックマジッパーの生産地であった惑星カンドは、
スノートール王国軍によって、武力制圧された過去があった。
黒歴史と言われるのも、その攻撃が無差別攻撃であり、
地元の住民なども巻き込んだ激しい攻撃だったからである。
死者は30万人とも言われている。
それが20年前の話である。
麻薬生産拠点であったカンドは、海賊たちの拠点の一つでもあり、
ピュッセル海賊団と縁があったとしても不思議ではない。
軍に攻撃され壊滅した町か村で、孤児になった娘を引き取ったという事だろう。
「つまり、この計画の立案者は、軍を、スノートール王国を
憎んでいるということか?」
話についていけないウルスを尻目に、ブレイクは話を続けた。
この誘拐劇が、怨恨によって仕組まれたのだと判断したからである。
だとすると、ウルスやセリアの命は奪われるという結末になりかねない。
「お嬢はさ、そりゃいい娘に育ったんだよ。
海賊に拾われた癖にさ、正義感が強く、弱者を守る。
頑固なのは親父譲りで困ったもんだが、本当にいい娘でさ。
俺たちは皆、お嬢に惚れてる。カリスマって言うのは
ああいうのを言うんだな。って判る。」
ブレイク伯は、咄嗟にウルスの前に立ちふさがった。
彼の言葉は、色んな意味に取れる。
正義感があるならば、怨恨でまったく関係のないウルスを巻き込むはずがない。
だが、王国が行った無差別攻撃が完全な悪であるならば、
その正義感の矛先が、王国の王子に向けられても不思議ではなく、
そして、この男がその娘に心酔しているのであれば、
躊躇なく、娘の指示を実行する事がブレイクにはわかったからである。
ブレイクは感じ取ったのだ。
この男は危険だと。
彼は幼い子どもであっても、命令であるならば殺す事が出来るだろう。
緊迫感が客室に充満した。
その空気を読んだウルスは、椅子から立ち上がると、
目の前に立ちふさがったブレイク伯の隣に進みでた。
「お嬢とは、カエデさんのことですか?。」
ウルスは男の目を凝視した。
視線を逸らすことはない。
男が口を開きかけた瞬間、その後方から新たな声がする。
「ルーパ。あんたはいつもお喋りがすぎるって何度言えばいいんだいっ!」
女性の声である。
ウルスの瞳に輝きが満ちる。
声の主はカエデだった。
お供を3人連れて彼女は再び、ウルスらの前に姿を現したのである。
本日(25日)は3話更新です( ゜д゜)ノ