第0部 6章 2節 49話
カエデはエアバイクの乗ったままウルスを見つめた。
「ブレイク伯は、残念な事になったな。」
バツが悪そうに彼女は言う。
「だが・・・。」
たまらずカエデはウルスから目を逸らした。
「だが、彼のお陰でピュッセルの家族たちを救うことが出来た。
感謝しても、し足りないぐらいだ。
最後まで立派な人だった。
この借りは、必ず返す。」
最後の言葉には力が無かった。
それは、彼女らが海賊であり、借りを返すと言っても
何をしていいかわからないからだった。
ウルスはカエデをじっと見つめたままだった。
ブレイク伯が亡くなって、悲しんでいるのは
むしろカエデのほうに思える。
「止めましょう。そんな貸し借り。
海賊には、似合いませんよ。そんな台詞。」
ウルスも力なく言った。
「しかし!君は、彼の死の責任を感じているのではないか?
人の死の責任を背負うには、ウルス!君はまだ若すぎる。」
カエデは貸し借りという言葉で、ウルスの心の負担を
分け合おうと言っているのであった。
カエデの中には、ブレイクの死を無駄にしたくないという気持ちがあった。
彼の死で、ピュッセル海賊団とウルスが繋がるのであれば、
それは彼の功績となる。
「君は、命を・・・。
命を狙われている。恐らくこれからも。
ブレイク伯はそれを一番心配していた。
彼は君が、歴史に名を残すような王にならなくてもいい。
ただ、国内が平和で、市民が笑って暮らせる世界の王として、
生きてくれればいいと願っていた。
彼に命を救われた我々は、君を守る義務があるっ!」
心なしか、カエデの声が震えていた。
彼女は滅茶苦茶な事を言っている。
王族と海賊。
助け合うには壁がありすぎた。
ウルスの命を守ると言っても、身辺警護を出来る立場ではない。
だが、ブレイク伯の死を無駄にしたくないカエデの本心だった。
「君は・・・。王になる男だろう?
君の命は君だけのものじゃない。
私たちが安全に王宮に君を届ける。
私たちを頼ってくれ!」
なるほど。とウルスは思った。
確かに、今このマラッサから脱出するのに一番安全な道は
ピュッセル海賊団と共に脱出する道だ。
まずは、ここから始めようとカエデは言っているのだった。
そして、これがブレイク伯が自らの命を賭してまで切り開いた道なのだと、
カエデの瞳が訴えかけていた。
「来い!次世代の王よ!!」
カエデは右手をウルスに差し出した。
どこかで見た光景だと、少年は感じた。
「そうか・・・輸送機から飛び降りるときの・・・。」
カエデたちが乗り込んできた輸送機から飛び降りる時、
彼女は少年をいざなった。
少年の度胸を試し、それに応えたウルスに彼女は満足した。
だが、今は同じ台詞であったが、意味が違う。
前回が王族としての度胸を試されたのであったのであれば、
今は王族としての決断を試されているのだとウルスは感じた。
それならば、もう答えは出ている。
「自分の命さえ、自由に出来ないなんて、
王族って不自由な生き物なんですね。」
自嘲交じりにウルスは応える。
権力のあるはずの王が、実は一番不自由なのだ。
だが、民主王政。王は民に尽くす存在として君臨するスノートール王国に於いて、
その価値観は正しい。
だが待て!とウルスは思う。
不自由に生きる王のために、死んでいった者たちはどうなる?
彼らは、ウルスが不自由に生きる事を望んで、その身を捧げたのか?
リュカは?リュカが守ったウルスは、ただ惰性で生きる人間でいいのか?
それは違う!
ウルスはその身を捧げた人間たちの分まで、生きるべきだと感じていた。
背負う!とはそういうものだと感じていた。
だから、答える。カエデの問いに。
少年は今にも泣きそうなカエデを見て、じっと目を見て答える。
「僕は、カエデさんたちとは生きません。」
「何故だ!?こんなところで犬死していいのか?」
「僕には、僕の立つ場所があります。」
少年は静かに首を振ると、その決意の固さをカエデに伝えた。
「いつか、同じ場所に立てるといいですね。」
ウルスはそう言うと、踵を返しカエデに背を向けた。
今までのように走り去るのではなく、ゆっくりと歩き出す。
カエデは、養育係という身近な人間を失った少年の心が読めなかった。
だから、追いかける事も出来ない。
少年が本当に何を望んでいるのかわからなかった。
大学で才女と呼ばれた頭脳をもってしてもわからなかった。
「ちくしょう・・・。」
彼女は唇を噛む。
そしてウルスはカエデの視界から消えると、走り出した。
走り出したいのを我慢していたのだ。
彼はあの場所へと戻りたくて仕方なかったのだ。
リュカの待つ、あのシェルター前へと。
少年はがむしゃらに走り出していた。
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