第0部 6章 1節 45話
中央広場では、カエデが通信機を使い、
各エアバイクのライダーたちに指示を出していた。
だが、広場の空気はなんとも言えない雰囲気に包まれている。
言うなれば、身心知った身内の中に、
部外者が一人入り込んで、氷ついた雰囲気に似ているだろうか。
その原因は言うまでもなく、ウルスである。
彼はじっとカエデらピュッセル海賊団の行動を見ていた。
ただ観ているだけではなく、監視されているような感覚に
彼らは感じている。
そんな中、カエデは仲間たちに的確に指示を送っていた。
撤退するにしても、グランベリー海賊団が易々と見逃してはくれないからだ。
部隊を少しずつ、撤退させる。
だが、カエデは一抹の不安を感じていた。
撤退作業が順調すぎるのである。
そう、グランベリー海賊団の追撃の手が緩いのだ。
奇襲する形で攻撃を仕掛けたピュッセル海賊団に、
やり返してこないというのは想定しにくかった。
逆襲があってしかるべきだった。
その疑問を口にしたのはルーパである。
彼はカエデに近付くと、疑問をぶつけるというよりは
確認をするために質問をした。
「グランベリーの奴らも撤退していないか?」
マラッサの街の上空を飛ぶエアバイクの数がどんどん減っていくのを
2人は感じている。
こちらの戦力が撤退しているのはわかっているが、
相手も退いているのでないと説明がつかない。
「奴らがやられっ放しで退くとは思えないのだが?」
ルーパは続けて言った。
カエデもその疑問を感じていたところである。
双眼鏡を取り出すと、東の空を見る。
グランベリーの旗艦「ノーライフデス」が停泊している海の方角だった。
海賊業界において、獲物の横取りはご法度である。
獲物は早い者勝ちが暗黙のルールだった。
しかも今回は横取りどころか、グランベリー海賊団の襲撃の邪魔をした。
ただでさえ報復を受ける場面であるはずなのに、
それをして来ないどころか、更なる理由もある。
「それに、ウルスはここに居る。」
カエデの思う事をルーパも感じており、口にする。
2人はグランベリー海賊団の真の目的が「ウルスの確保」だと睨んでいた。
つまりやつらはまだ目的を達成していないのである。
街の酸素はまだ十分残っており、活動する時間には余裕があった。
ここで退くとは2人には到底思えなかったのだった。
カエデはルーパを見た。
「同感だ。気味が悪いな。
何かを企んでいる・・・。警戒するか。」
そうは言ったカエデだったが、具体的に何かをするという案は浮かばなかった。
彼女は頭も良く、何かを計画・実行するに長けていたが、
明確な答えが無いものの対処は長けているとは言えなかった。
そもそも経験が足りていない。
そういう意味でルーパの存在が有難い。
「まずは敵の動きを掴む事だな。情報は俺らの専売特許だろ?」
ルーパのアドバイスにカエデは頷く。
カエデは周りを見渡して、手が空いている者を探す。
カエデ自身は撤退作業の指示を出していたし、
ルーパには側に居てもらわなければ困る。
視界にブレイク伯は写った。
彼はウルスの側にいるかと思っていたのだが、
微妙に距離を置いていた。
「無理もない。子どもの成長に親はいつもビックリするもんさ。」
カエデの視線の先にブレイクが居るのを見て、ルーパが言った。
「私たちでさえ、扱いに困るぐらいだからな。」
カエデは苦笑する。
そんな2人の視線に気付いたのか?笑われているのを気にしたのか?
ブレイクが2人の側に寄る。
「楽しそうだな。」
ブレイクは強がってみせていたが、それが強がりというのは
2人にはバレバレだった。
「大変だな。あんたも。」
ルーパがブレイクに言うと、伯爵は頭をかいた。
実のところ、彼は困っている。
ウルスは王の息子であるが、彼にもウルスと同じ歳の息子がいた。
実の息子は、今絶賛反抗期であった。
ウルスが間に入ってくれているお陰で辛うじてコミュニケーションを取れている状態である。
そのウルスまでも、養育係の手を離れようとしている。
彼は人格者ではあったが、厳しい家庭環境に育ってきた男だったので、
彼自身も厳格な父親だった。
だから反抗期の息子に手を焼いていたし、ウルスの変化にも戸惑いを隠せない。
「ま、それは帰ってからの話だ。
今、何か手伝える事はないか?
身体を動かしていないと落ち着かない。」
ブレイク伯の弱気な表情にカエデは笑う。
この男も弱い部分があるんだな。と少し安心した。
「そうだな。伯。
それならば、ちょっと偵察を頼みたい。
偵察といっても、上空から相手の動きを調べて欲しいだけなんだが。」
「ん?何か気がかりな事でもあるのか?」
ブレイクは即座にその話に乗った。
ブレイクの反応にカエデは質問に答える。
「どうも、向こうも撤退しているらしい。
やり返して来ない事が、疑問でね。
ここで引き下がる奴らとは思えないんだ。」
カエデは左手を口元に運ぶと口を隠す。
彼女はナイショ話をするときは、口を隠す癖があった。
「わかった。調べてみよう。」
ブレイクは片手をカエデに差し出した。
何かを渡せ。という仕草である。
カエデはその仕草の意味がわかると、双眼鏡をブレイクに手渡す。
ブレイクは双眼鏡を受け取ると、自分が乗ってきたエアバイクに向かった。
「無茶はしないでくれ。
あんたが居ないと、その・・・王子を説得出来そうにない。」
カエデのその言葉に、ブレイクは振り向いて答える。
「ああ、わかっている。」
そうは答えたものの、王子の説得にブレイクは自信がなかった。
むしろ逆説得されるのではないか?と不安になる。
「それもありか。」
彼はエアバイクに跨ると、ヘルメットを被った。
ウルス王子の成長は、彼の望む事である。
王子が今まさに成長し、殻を破ろうとしているのであれば、
伯にそれを止める道理はない。
ブレイクはエアバイクを垂直発進させると、ハンドルを切り、
東へ向いた。
グランベリー海賊団の動向を調べるには、もうちょっと近付く必要がある。
彼はエンジンを回した。
飛び去るブレイクを眺めていたカエデとルーパは終始無言だった。
ルーパは横目でカエデを見る。
心配そうに上空を見つめるカエデを見て、フゥーとため息をついた。
「お嬢。妻子持ちに、不倫はオススメしませんよ。」
「なっ!」
言われたカエデは、顔を赤らめ「ちがっちがっ」と慌てる。
「違う。そんなんじゃない。」
両手を振って必死に否定する姿がますます怪しい。
ルーパは胸ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。
「ま、お嬢も元々は表の人間・・・か。」
「ん?何か言ったか?」
ルーパの呟きが聞こえなかったのか、カエデは即座に話題を変えようとする。
そんなカエデを見て、ルーパはタバコに火を点けた。
フーと吐き出す息が煙を含み、空に広がっていった。
( ゜д゜)ノ次は、4/14(水)
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