第0部 6章 1節 44話
グランベリーは旗艦「ノーライフデス」に戻った。
彼は人生で何番目かに数えるほどの苛立ちを感じている。
「カエデェ。俺サマにケンカを売るたぁいい度胸じゃねぇか。
優しく接していれば、調子に乗りやがって!」
ギリリと歯軋りの音がする。
ピュッセル海賊団を潰すのは容易い。
だが彼はこの20年で作り上げたピュッセル海賊団の情報網を
丸ごと手に入れたいと思っていた。
近年、急速に勢力を築き上げたグランベリーにとって、
情報網の構築は急務だったのである。
今から新しく築き上げるよりも、既存の勢力を丸ごと
組み込んだほうが効率がいい。
そこで白羽の矢が当たったのがピュッセル海賊団の情報網だったのである。
彼はかなり穏便に事を成そうとした。
その結論が、カエデをグランベリーの嫁に迎える事である。
女一人御するのは容易いと思っていたし、
何よりカエデ自身にメリットがあるとグランベリーは考えていたのである。
「それをあのアマぁ。」
グランベリーの嫁になると言う事は、巨大組織に成長した
グランベリー海賊団のナンバー2になるということだった。
子どもが産まれて来れば、その子どもが後を継ぐ。
拒否するメリットなど何処にもないのだ。
少なくともグランベリーはそう考えていた。
それがなんだ?
正面からケンカを売ってきたのである。
この辺りを支配下に置き、スノートール王国内でも屈指の巨大組織に成長した
グランベリー様にケンカを売ってきたのである。
甘く接していた分、彼の苛立ちは最高潮に達する。
飼い猫に手を噛まれた気分であったし、グランベリーは
飼い猫に手を噛まれるような事態を一番嫌っていた。
「潰すか。」
惜しいがな。とは思う。
惜しいというのはもちろんピュッセル海賊団の組織力・情報力である。
だが、頭を潰せば、残った組織を丸ごととは言えないまでも
取り込むことが可能になるだろう。
所詮、海賊風情が作り上げた組織である。
力で押さえつけるのは容易い。
「アレを使うぞ。Aゲートまでの距離は?
外壁まで突き破れるはずだ!」
グランベリーは配下に指示する。
「へいっ!Aゲート、更には外壁までは約3000キロほどです。
十分な距離ですざぁ。」
部下が応えると、グランベリーは満足そうだった。
「Aゲートごとぶっ飛ばして、外壁まで穴を空ける。
そこから外に出るぞ。船外に出している船員を回収しろ。
宇宙に投げ飛ばされたくなかったらな。ぐへへへへへ。」
ドカッ!とグランベリーは司令官用の椅子に座る。
豪快な笑いは艦橋に響き渡った。
「ボス。アレはまだ試射もやっておりませんが?」
側に控える部下がグランベリーに申告した。
グランベリーはこの手の進言を受け入れる器はあった。
「試射なら、王国さまでやってくれてるだろうよ。
国の機密兵器だぞ?ガルパン砲は。
不良品って訳はあるめぇよ。」
グランベリーの回答に部下は頷くと、次の質問に移る。
「ウルスのガキはどうします?
ガルパン砲を撃てば、ガキも無事とは言えませんが?」
「あいつは、地元のガキどもと一緒に逃げた。
今頃シェルターの中にでも退避しただろうよ。
奴を捕まえるのは次の機会だ。
ここで死んじまったんってんなら、
そうだな。それはそこまで男って話よ。」
再び惜しいがな。とグランベリーは思う。
だが、惜しいという感情の性質が、カエデに向けられたものとは
違っている。
そこには私情が占める割合が大きかった。
質問の回答を得た男は大きく頷くと、
ボスの命令を正確に仲間達に伝える。
「ガルパン砲発射準備!
船外に居るものたちは至急帰頭せよ。
目標Aゲート!そのまま宇宙に出る。撤収するぞ!」
男が叫ぶと、「よっしゃ!」という声と共にそれぞれが持ち場に付いた。
略奪の途中を邪魔された事で、グランベリーの部下たちも
ピュッセル海賊団に対して少なからず怒りがあった。
ガルパン砲と呼ばれる兵器は、それを吹き飛ばすほどの威力を持った
スノートール王国が誇る屈指の機密兵器である。
マラッサの街から、Aゲートに向けて放てば、Aゲートごと
つまりはピュッセル海賊団の船ごと吹き飛ばし、外壁にまで大きな穴を空ける。
外壁まで穴を空ければ、マラッサの街の空気は宇宙に投げ出されてしまうだろう。
船外に居るものは助かるはずもない。
つまりは敵を一網打尽にできる代物であった。
「ぐへへ。あの世で後悔するんだな。
ケンカを売った相手が悪すぎたことによぉ!」
グランベリーは勝ち誇ったように言った。
旗艦「ノーライフデス」の船首のハッチが左右に開く。
開いた大きな空間から、巨大な砲台が姿を現した。
実弾兵器ではなく、高粒子の光を集めて放つビームレーザーである。
そのビームは凄まじく高温で触れたものを瞬時に融解させる。
スノートールの対要塞砲である。
それが今、ピュッセル海賊団の船があるAゲートへと向けられようとしていた。
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