第0部 6章 1節 43話
中央公園までは、エアバイクなら5分もかからない距離である。
炎による上昇気流を避けながら、ルーパはエアバイクを走らせる。
「ウル!」
ルーパはこの短時間の内に伝えたいことがあった。
「さっきは、なんだ。すまなかったな。
お前の気持ちを考えていなかった。」
エンジンの爆音と、風を切る音でかき消されそうな状況であったが、
ウルスの耳にそれはしっかりと届く。
ウルスは腰を上げ、ルーパの耳元まで背を伸ばすと言った。
「やるべきことをやったんですよね?
だったら、謝らないでください。」
「お、おう。」
少年はそう言うと、再び座席も戻る。
ルーパはこの時、この言葉の意味を深く考えなかったが、
この後、少年の真意を知る事になる。
2人はその後は会話もなく、目的地の中央公園に到着した。
ちょっと先で細長い光が交錯しているのがわかる。
ウルスは見た事がなかったが、銃撃による光弾だった。
ピュッセル海賊団とグランベリー海賊団の船員が小競り合いをしているようだ。
ルーパはハンドルを若干左に切り、迂回する感じでカエデの元へと到着した。
エンジンを止め、地上に着陸させる。
着陸地点には、カエデとピュッセル海賊団のメンバーが7人、そしてブレイク伯が居た。
ルーパはエアバイクを完全に停止させた。
「着いたぜ。」
ウルスはその言葉を受け、バイクを降りる。
ルーパは何か言われるかと身構えたが、少年は後ろを振り返ることなく、
カエデたちの下へと歩き出した。
ルーパもバイクを降り、ウルスに続く。
ウルスを先に見つけたのは、ブレイク伯だった。
「王子!ご無事でっ!」
その声にカエデらも反応する。
周囲の視線がウルスに集まった。
一人だけ、カエデは視線をウルスからルーパに向ける。
「ルーパ、なんで連れて来た?」
カエデの質問はごもっともであろう。
ここは今グランベリー海賊団と戦闘をしている地点である。
王子を連れてくるのは得策ではない。
カエデの怒声をルーパは両手を左右に掲げて「さぁ?」という素振りをして応える。
その仕草で、ルーパの意思でここに連れて来たのではない事を周囲は悟る。
ルーパの意思でないとすれば、ウルスの意思でしかない。
カエデは改めて、ウルスへ視線を戻した。
「ブレイク伯!」
ウルスは養育係である伯の名を呼ぶ。
呼ばれたブレイクは、違和感を感じながら「ハッ!」と応えた。
ワード自体はいつもの伯を呼ぶときのワードである。
ただ、アクセントが違った。
いつもの王子の、ちょっと遠慮気味にブレイクを呼ぶときのアクセントではなく、
まるでそう、教師が生徒をを呼ぶときのような威圧的な、
そう、これは王がブレイク伯を呼ぶときの感覚に似ている。
つい、宮勤めの長いブレイクはいつもの癖で反応してしまう。
「この状況で、軍はどう動くか?
ノーデル星への突入はあるか?」
「ハッ!」
改めて、ブレイクは背筋を伸ばした。
違う。今までの王子とは全く違う違和感を抱きつつ、回答する。
「ノーデル星侵攻作戦の第8艦隊司令官のリューン中将は、若くして
艦隊指揮官になった優秀な男です。
本部との交信に3時間はかかる状況で手をこまねく人物ではありません。
マラッサから救援信号を受信したとなれば、彼は上層部の反対を押しきってでも
突入してくるでしょう。」
「時間は?」
ウルスの矢継ぎ早の質問にブレイクは一瞬気圧されする。
「ハッ、殿下。
3日後には。」
周囲も空気が変わったことを察した。
目の前にいるのは、誘拐してきた国の王子ではない事に気付く。
「わかった。
カエデさん、聞いての通りです。
ピュッセル海賊団は撤退してください。
後は軍が処理します。」
ウルスの言葉に、カエデを含むピュッセル海賊団の面々は、
呆気に取られていた。
カエデの隣に居たドルパは、目を見開いたままルーパを見る。
彼はウルスの変化がルーパの差し金かと予想したのだったが、
ルーパ自身も驚きの表情でウルスを見据えていた。
ウルスはカエデの反応がないため、言葉を続ける。
「街の住民、市民の避難はほとんど終っています。
これ以上、犠牲を出す必要はありません。
海賊は・・・。海賊は軍が対処します。
全ての海賊を潰します。
カエデさんたちも退いてください。」
少年の言葉に、大人たちは無反応である。
その言葉の中に、無視できないワードがあった事が
更なる硬直を生んだ。
痺れを切らしてドルパが前に出る。表情には、怒りと困惑が入り混じっていた。
「ちょっと待てよ、王子。
グランベリーの野郎を潰すってのはわかる。
だが、全ての海賊を潰すって言ってる意味がわかってるのか!?」
ドルパは出来るだけ笑おうとしたが、その笑いは引きつっている。
そのドルパの問いにウルスは、釣られて笑うことはなかった。
真顔で言う。
「わかってます。全てです。」
「おいおい、全てって、この国にどれだけの海賊が存在しているのか
わかってねーだろう?
山ほどいるぜ?大きいのから小さいのまでよ~。」
ドルパはそう言うが、彼が本当に言いたい事はそうじゃない。
だが、彼は核心に触れる事を回避した。
日和ったと言ってもいい。
ドルパの言葉に、周囲は無言であったが、彼の言う全ての海賊の討伐は
「不可能ではない」とカエデは思う。
宇宙海賊の存在意義は既に薄れてきている。
宇宙海賊は、広大なこの銀河、琥珀銀河が開拓されていく中で
その存在意義を持った。
宇宙は広大であり、未開拓地が大量に存在した。
王国の領地内であっても、王国の手が届かない場所が存在したのである。
そんな未開拓の星域で活動していたのが宇宙海賊であり、
海賊が活動することによって、未開拓地が発展していった側面がある。
流通や交易が生まれ、都市が形成されていく。
云わば宇宙海賊とは、未開拓地の開拓民のような存在であった。
だが、スノートール王国の領内でもはや未開拓な星域は存在しなくなり、
50年ほど前より、国内の平定へと舵が切られ始めていた。
つまり海賊の討伐に力を注がれたのである。
海賊の存在とは国内の平定度合いを映す鏡なのである。
ピュッセル海賊団が地下に潜ったのも、海賊の時代の終わりを
感じたからであり、このまま国内平定の流れが進めば、
ウルスが王になる頃には、海賊は完全に鎮圧され、
スノートール王国は領内を完全に支配するであろう。
つまり、ウルスが全ての海賊を潰すと宣言するのは
あながち誇大妄想とは言えない。
むしろ実現されるであろう未来であった。
だから、問題はそこではなかった。
「海賊は許されません!大きいのも小さいのも。
全て潰します。必ずですっ!」
ウルスはドルパを睨みながら言う。
まるでその潰す対象にドルパが含まれていると訴えかけるように。
「ちょっと待てよ。王子。
海賊の中には俺らも含まれるんだぜ?
違うだろ?悪いのはグランベリーの奴らだろ?」
うろたえながらドルパが言う。
ようやく彼は、話の核心部分に触れる。
その言葉にウルスは一度小さく首を振る。
「いえ、全てです。」
小さく応えた。
ドルパは忘れていたが、彼らは王太子ウルスを誘拐した
犯罪集団である。
彼らがどの口で、自分らは悪い海賊ではないと言えると言うのであろうか。
ブレイクは2人のやり取りをじっと聞いていた。
あのウルス王子がこうもはっきりと自分の意見を言う事に
驚きもし、海賊を殲滅すると宣言するに至った王子に困惑していた。
この短時間の間に、何がウルスをこうも変えたのであろうか。
(男子、三日会わざれば活目して見よ)とは言うが、
この王子の変わり様は、ブレイクの理解の範疇を超えていた。
2人の間に入りたいのだが、体が動かなかった。
割ってはいるにしても、どうすれば、何を言えばいいのかわからなかったからである。
ブレイクが動かないのを見て、カエデが前に進み出る。
「ドルパ、もう止せ。
ウルス。撤退には賛成だ。
後で話がある。」
カエデは腰にぶら下げていた照明弾をベルトから外すと、
上空に掲げ、信号弾を発射した。
撤退の合図である。
その信号弾を確認したのか、中央公園付近を飛行していたエアバイクが
一斉にUターンする。
「私らも退くぞ。」
ドルパの肩をポンッと叩き、カエデはウルスにも顔で合図する。
顎で指した先にはルーパがおり、彼の後部座席に乗れという指示だった。
しかし、ウルスは首を振る。
「私は行きません。」
その言葉はカエデもブレイクも想定外だった。
ウルスに違和感を感じていた2人だったが、それでも意外な回答だった。
「私は皆さんと一緒には行きません。
ここでお別れです。」
ウルスは改めて、自分の気持ちを伝える。
カエデは流石にこのウルスの発言には語気が荒ぶる。
「後で話があると言っただろ。
まずは一緒に来い。王国にはきちんと返してやる。
私らと一緒に脱出するほうが安全だ。
今は我侭を言うな!」
我侭と言われ、感情が逆なでされたウルスだったが、
無理矢理その感情を押さえ込んだ。
グッと我慢し冷静さを装い、ウルスは再度同じ事を言う。
「私の居場所は、そっちではありません。
だから行きません。
どちらが安全か危険かとかじゃないんです。」
その言葉にブレイクがハッ!とする。
カエデらと一緒に脱出しないということは、
マラッサのシェルターに避難するという事である。
それはつまり、マラッサの市民と共に避難すると言う事である。
つまりウルスは、市民と共にこの危機を乗り越えようと言うのだった。
カエデたちと退避する事よりも、安全が確保される選択よりも、
ウルスは市民と共にシェルターへ避難する事を選んだのである。
そしてその選択は、ウルスの我侭などではなく、
王族として、王太子としての選択なのであろう。
その決断こそが、今目の前にいる少年の変化なのだとブレイクは感じていた。
「殿下・・・。」
ブレイクは自分を恥じた。
軍務尚書まで登りつめ、今は王太子の教育係の任まで任された国の要人の自分が、
マラッサの市民ではなく、ピュッセル海賊団を優先して考えていた。
そして自分の厚顔さを恥じた。
自分が教育すべき対象に、逆に教わることになった事実を恥じた。
「殿下・・・。よくぞそこまで・・・。」
ブレイクは誰にも聞こえないような小声で、
そう呟いたのだった。
次は4/10(土)更新予定です
( ゜д゜)ノ




