第0部 5章 2節 41話
土煙の中、苦痛にもだえるリュカの表情が見て取れる。
生きてる!
ウルスはリュカの後頭部に手を回し、彼の頭を持ち上げた。
「リュカ!大丈夫!?リュカ!」
「うう・・・。」
意識があることを確認したウルスは、少し落ち着きを取り戻した。
周囲では悲鳴やら怒声やらが入り混じる。
シェルター前にいたのは50人近くを数えたはずで、
そこに直撃したミサイルの被害は想像できた。
自分がほぼ無傷なのは奇跡である。
否、リュカが身を挺して守ってくれたからである。
「リュカ、シェルターの中に入ろう!」
ウルスは彼を抱えあげようとするが、血のぬめりで上手く抱える事ができない。
「う・・・ウルス、無事だったかい?」
薄目をあけてリュカがウルスに問いかけた。
「僕は大丈夫。リュカ、早く手当てしないと!」
少年はリュカの顔を見る事もなく、この場をなんとかしようと躍起になっていた。
止まらない血を止めようと、掌で傷口を押さえたり、
なんとかこの場から動かそうと、腕をリュカの首筋に回したり。
だが、その行動は何の根拠も無く、何をしようとしているのかは
定かではなかった。
「血が、血が止まらないよ!リュカ。」
リュカの全身から流れ出す血が、地面に血溜まりを広げていく。
リュカの背中には無数の破片が突き刺さっており、至るところから
出血していたのであって、ウルスは気付かなかったが、
わき腹に大きな切り傷があり、メインの出血はそこであった。
「ぐふっ。」
血が肺に入ったのであろうか、リュカが口からも血を吐き出す。
ようやく、ウルスはリュカの顔を見た。
生きていると安心したのも束の間、予断を許さない状況であると
医学の知識のないウルスでもわかった。
しかし、ウルスが見たリュカの表情は何かしら安らぎを感じさせる。
「王都の学校に行く約束、ごめんな。無理そうだ。」
「大丈夫だよ。リュカ!
王都へ行けば優秀なお医者さんもいる。大丈夫だから!
こんな傷、大丈夫だから!」
ウルスは自分でも何を言っているのかわかっていなかった。
王都に行けば傷は治る。だが、傷のせいで王都に行けないのだ。
そんな簡単な矛盾も気付かないぐらい混乱している。
だが、リュカはウルスの言葉を聞くと笑顔で頷いた。
その笑顔にウルスは一瞬緊張感を解き、そしてそれを後悔した。
リュカは静かに目を閉じ、力なくうな垂れたからである。
「リュカ!?リュカ!!!
返事をして!?リュカ!!!」
少年は動かなくなった電動オモチャを扱うかのように、
激しくリュカの身体を揺さぶる。
リュカの身体が上下に揺れた。
次第に晴れてくる土煙の中、人影が判るようになる。
多くの人間が倒れていた。立っているものは数えるほどしかいない。
自警団のハルビンは、爆発の混乱の中ウルスを探した。
この中で王太子が一番の重要人物だからである。
ハルビンはウルスを見つけると声をかけた。
「殿下。ご無事でございましたか!?」
ハルビンの声に少年は反応せず、ただ、抱きかかえたリュカを激しくゆすっている。
「殿下、ケガ人を激しくゆすってはなりません。
まずは止血をしま・・・。」
そこまで言うと、ハルビンは言葉を止めた。
ウルスが抱きかかえているモノを視認したからである。
それは、激しくゆすっていけないモノではなかった。
それはケガ人でもなかった。
いや、もはや人でもなかった。
王子とそのモノの周りに広がるおびただしい量の出血と、
何より、吹き飛ばされたであろう右足の消失。
わき腹にあるえぐれた大きな傷口。
力なくうなだれる両腕。
ウルスの激しい揺さぶりに反応しない身体。
ハルビンは被っていた帽子の唾に手をやると、静かに目を閉じた。
黙祷を捧げる。
ハルビンは、直ぐにでもウルスを避難させる立場にあったが、
既に人ではなくなった遺体を激しく揺さぶり、声をかけ続けている
この幼い少年を止める事ができなかった。
ハルビンはリュカの事を知っている。
この街ではなかなかの有名人で、自警団も手を焼いていた
少年グループのリーダーである。
そのリュカとウルスの関係が何なのか?はハルビンは知らない。
だがこの国の王子が、このしがない街の住人のために激しい嗚咽と共に
号泣している姿を見て止める事が出来なかった。
不謹慎ながら感動していたのである。
王国に、王に見捨てられた街の住人のために泣いてくれる王太子に
彼は感動したのだった。
「リュカ・・・リュカァ・・・。」
号泣は次第に勢いを無くす。
現実を受け止めようとしているのがわかる。
小さな身体が更に小さく、丸まろうとしている。
「う・・・う・・・。」
嗚咽に似た叫びも無くなり、ウルスはリュカを抱きしめた。
タイミングを計っていたハルビンがウルスに声をかける。
「殿下、シェルターへ。」
彼は少年の肩に手を置いた。
王子に対して、気軽に肩に手をかけるというのは不敬ではあったが、
王子と市民ではなく、子どもと大人としての対応である。
大人は傷ついた子どもを優しく誘導する責務があった。
ウルスは肩にかけられた手に視線を移すと、ハルビンを睨む。
その瞳は涙に包まれていたが、しっかりとした意思を持って、
ハルビンを睨んだ。
怒りがハルビンにも伝わってくる。
邪魔をするな!という意思を受け取るが、ここで引く訳にはいかない。
「殿下!!!」
彼は強い意志でウルスを睨み返したつもりであったが、その瞳には
同情と優しさを隠しきれない。
「殿下・・・。」
ウルスは聞き分けのいい子どもである。
大人の忠告には素直に従ってきた。
頭もいい子どもである。大人の言い分を理解できた。
だから、今ハルビンが言う事もウルスは理解している。
理解はしている・・・が。
ウルスはリュカの安らかな笑顔をもう一度見る。
やりきった!という表情であろうか。
満足げなその顔が、今のウルスには憎らしい。
リュカはウルスの盾になり爆風から、彼を守った。
無事だったウルスの姿を見て、安堵した顔なのだろう。
それがウルスには憎らしい。
「なんで・・・君が・・・。」
一度勢いを失った涙腺が、再び激しい衝動をもって荒ぶる。
何故、リュカはウルスを身を挺して庇ったのか?
その疑問をウルスは自問自答する。
それは、ウルスが王太子だからだ、
否、リュカはウルスが王太子でなくとも守ろうとしたのではないか?
リュカはそういう男である。
ウルスはこの街の住人ではなく、部外者である。
だから、守ったのか?街の住人として、巻き込まれた形の観光客を守ったのか?
違う!
それも違う。
リュカにとって、ウルスは仲間だった。仲間だと言ってくれた。
だから守ったのか?
それは大きな理由だったかも知れないが、それだけではないとウルスは思う。
マーガイアを追っ払ったからか?
その借りを返そうとしたのか?
そんな殊勝な人間であろうかリュカは。
立派だとは思うが、そんなちっぽけな理由ではない気がした。
リュカは。
リュカはきっと、側にいた守らなければならない存在をほっておけない人間なんだ。
彼より年少な子どもがいたならば、
リュカは同じように年少者を庇っていただろう。
ウルスはそう感じる。
それがたまたま、今回はウルスだっただけなんだろう。
リュカはそういう男なんだ。
つまり、リュカから見てウルスは「守らなきゃいけない存在」だったのだ。
王子だからというのではない、彼より弱い存在だと思われていたからだ。
「敵わないな。君には・・・。」
ウルスは静かに、リュカの遺体を地面に降ろした。
ウルスの身体中をリュカの赤い血が染め上げている。
「敵わない存在のまま、手の届かない場所に行くなんて、ずるいよ。」
ウルスはそう言うと立ち上がった。
あまりにもあっさりと立ち上がったウルスにハルビンは驚いた。
もっと時間がかかるかと思っていたからである。
「殿下!?」
ハルビンの呼びかけに、ウルスは彼の顔を見ると笑顔を返した。
先ほどリュカが見せた笑顔とはまた違う笑顔を。
「ハルビン、けが人を優先でシェルターへ。
ギャブ!君は大丈夫かい?」
ウルスは周りを見渡すと、肩を押さえて蹲っているギャブを見つけ声をかけた。
「ウルス、無事だったか。俺もなんとかな。」
ギャブはウルスを見たあと、その足元に倒れるリュカを見つける。
「リュカ・・・?ウルス、リュカは?」
ギャブの言葉に、ウルスは首を左右に振る。
また、涙が流れそうだ。
「ギャブ、皆を頼むよ。」
「ああ・・・。」
ギャブも何が起きているのかを理解し、
返事はしたが、ウルスの言葉に違和感を感じる。
「ウルス!?」
その呼びかけに反応したかのように、ウルスは歩き出した。
ウルスの行動に驚いたのはハルビンである。
「殿下!どちらへ?シェルターはこっちです。」
ウルスは後姿で右手を挙げて応える。
「やることがあるから・・・。」
その言葉は、ハルビンにもギャブにも届いていない。
そしてウルスは走り出した。
シェルターとは別の方向へ。
来た道を引き返すかのように。
「殿下ー!?」
後方からの声がウルスにも届いたが、彼はむしろ走るスピードを上げた。
ルーパから逃げ出した時とは違う。
今度は追いかけて欲しいわけではなく、
行き先がわからない状態でもない。
しっかりとした意識で、向かうべき場所へ。
ウルスは再び走り出していた。
次は4/5(月)
更新予定です( ゜д゜)ノ
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