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春風戦争 外伝 ~王太子誘拐事件~  作者: ゆうはん
~無色王子~

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第0部 5章 1節 35話

ウルスの言葉が言霊になる。

グランベリーは逃げ去るウルスの背中に標準をつけたが、

引き金を引くことが出来ずにいた。

理屈ではない。

彼は感情で動く男である。

感情がウルスを撃つことを拒否していた。


「クソがぁ!!」


同時にその怒りの対象は西の空から飛来してくるエアバイクの集団に向けられる。

双方の銃撃戦は既に始まっており、グランベリーは

乗ってきたランチの物陰に隠れる。


「カエデぇ!」


ギリギリと歯軋りが止まらない。

グランベリーはカエデに好意を持ってはいたが、

それはピュッセル海賊団のキャプテンの娘というところが

大きな理由だった。

カエデ自身はやや釣り目気味の性格のきつそうなところを除けば、

一般的に美人の部類に入るし、プロポーションはモデル顔負けである。

普通の男性であれば、他意なくカエデに惚れる可能性は高かったが、

グランベリーはカエデに女性としての魅力を感じていなかった。

ましてや、ウルスを見た後である。

整った顔立ち、折れそうな腕、小さな身体。

中性的で女装が似合いそうな少年。

そんな少年をメチャクチャにすることに性的興奮を覚える性癖の

グランベリーは、天然の宝石を見つけた気分だったのである。

その輝く原石の前では、研きぬかれたカット済みのダイヤモンドも

その輝きを失う。

手に入れるに越した事はないが、それが原因で天然の原石を失うとなれば、

恨みもつもるのであった。


「ガシコン!ランチから機銃で打ち落とせ!」


「承知!」


ランチの天井部の屋根が開き、重機関砲が姿を現すと、

ドガガガガガガガッ!と光弾が線を引くように空を切り裂く。

だが、エアバイクの操縦者達は無軌道な動きで光弾を避けていった。

自動操縦で操られた機関銃は、対戦闘機用にプログラミングされており、

不規則な動きのエアバイクを捉える事が出来なかったのである。


「バカヤロウ!エアバイク相手に自動操縦で当たるわけねぇだろうが!

使えねぇ!ランチを発進させろ。銃は俺が撃つ!」


グランベリは巨漢に似合わぬ動きでランチの屋根に上ると、

屋根に備え付けられている重機関砲の取っ手を握った。

同時にランチに再びエンジンがかかり、ボワッっと空中に浮く。

地上で応戦していたグランベリーの配下たちが慌ててランチに飛び乗った。

グランベリーは重機関砲の標準を付けるが、既にエアバイクは

ランチを包囲するぐらいに近付いてきていた。

スコープにより拡大されたエアバイクの操縦者をハッキリと確認できる。


「カエデェェェェ!!!!」


ドガガガガガガガッ!グランベリーは激しい反動を押さえつけながら

重機関砲を操作する。

エアバイクのパイロットは女性だった。

ゴーグルをしていたが、燃えるような赤い髪。

ロングヘアなのであろうが、後ろで結んで纏められている。

細身の曲線が強調された身体。

海賊相手にエアバイクで突っ込んでくる女性はそう何人もいるわけではない。

銃撃を受けたエアバイクは、空中で円を描く様に回転すると

機関砲の光弾を優雅に避け、グランベリーに接近する。

撃墜することは敵わなかったが、エアバイクも回避するので精一杯で

反撃する事が出来なかった。

2人は至近距離で交差する。

その瞬間、グランベリーの乗るランチが動き出す。

ボワワワワワワ!!!

ランチのエンジンが鈍い音を出しながら、急速に回転しだした。

そして、ゴオオオオオオ!という爆音を共に、急速発進する。

馬力の点で言えば、ランチとエアバイクでは差があった。

小回りはエアバイクに優勢がつくが、スピードに乗ったランチには

エアバイクでは追いつけない。

ランチは一気に横を通り過ぎようとするエアバイクを抜き去ると、

包囲網を脱した。


「チッ!仕留めそこなったか!」


カエデが舌打ちする。

こうなると一気に形成は逆転されたようなものである。

ランチを追いかけるにしても、逃げていく高速の物体に

銃弾を当てるのは難しい。

ましてや、追いかけられるランチからの重機関砲は、

向かってくる敵に対して撃ち込む事になり、その弾速は

体感で倍以上の速さとなるのである。

単純に追いかけるのは無謀だった。

それに、グランベリーが乗るランチである。

装甲が薄いはずもなく、高火力の武器を携帯していないカエデたちが

ランチを墜とせるとも思えなかった。

カエデは全員に、追うのを止めるように指示する。

カエデはゴーグルを額の高さまでずらすと、戦場となった公園を見た。

カエデらに撃たれた海賊の死体のほかに、子どもの死体が2体ほど見える。

唇を噛み締めるカエデにブレイク伯のエアバイクが近付いた。


「やつらはここで何を!?」


ブレイクも公園の子どもの死体を見て、驚きを隠せなかった。


「さぁね。さっきの煙幕といい、ここで何かがあったのは確かなんだろうけど。」


カエデは曖昧に答えた。

だがカエデは薄々、気付いていた。

倒れている二人の子どもは、いずれもウルスと同年代ぐらいで男の子である。

グランベリーがわざわざ出向いてまで、無意味な事をするとは思えない。

だとすると、グランベリーが直接出向くほどの事は何か?という話になる。

たかだか街の襲撃で、組織のボスが出張ってくるはずはない。

それほどの理由があるのだ。

そして、今このマラッサの街で、グランベリーが直接出向くような案件は、

カエデは一つしか思いつかなかった。

やはり奴は王子、ウルス王子がこの街にいる事を知っている!?

何故?という疑問は沸くが、状況証拠がそれを物語っていた。


「野生の本能かねぇ・・・。」


カエデがそう呟くと、ブレイク伯は首を傾げる。

カエデは黙ったまま、更に思考を張り巡らせた。

奴らは王子を狙ってるとして、だが、まだ王子の確保には至っていないはずだ。

もし王子を捕まえていたのであれば、先ほどの場面でグランベリーは

逃げることをしなかったはずである。

狡猾なあの男であれば、王子を盾にしていたであろう。

王子とピュッセル海賊団に接点がなかったとしても、

12歳の少年を盾にされては、カエデたちも手が出しにくい。

ましてやそれが国の王子であるならば、王族殺しの罪を

カエデたちは背負う事になる。

グランベリーなら躊躇はしないかも知れないが、

カエデは別である。

攻撃の手を止めざるを得ない。

グランベリーならそういう手段をとってくるはずであった。

それをやらなかったということは、ウルスはまだグランベリーの手中に

落ちていないという事を示唆していたのである。


カエデらは既にルーパと合流し、ウルスの捜索を始めている。

グランベリーと事を構えるのに反対だったルーパも、

ウルスが行方不明とあっては、自重しろと言える立場になかった。

ウルスを捜索するためには街中をエアバイクで飛行する必要があったからである。

必然、グランベリー海賊団との衝突は避けられない。

そうなると話は早い。

カエデらが陽動としてグランベリーの船を襲撃し、その間にウルスの捜索を

行う手筈であり、その途中でこの現場に遭遇したのだった。

ブレイク伯が捜索隊ではなく、陽動グループに組まれているのは銃の腕を買われての事である。


「しかし、ひどいもんですな。

悪魔の所業と言える。」


ブレイクが赤く燃える街並を見て言った。

カエデは黙っている。ブレイクの言葉に言い返したい気持ちを抑えた。

その表情をブレイクは予想していたのであろうか、言葉を続ける。


「これと同じ事を我々はやったのですな。

貴方の住む街で・・・。本当にすまない・・・。」


男は深々を頭を垂れた。

20年前、スノートール王国軍は中惑星カンドを攻撃した。

海賊の資金源である麻薬の生産工場があったからである。

カエデは当時2歳であり、中惑星カンドのことも、攻撃を受けたときのことも

覚えていない。もちろんそこで命を失った父や母のことも。

むしろ、ピュッセルの親分に拾われたことで、

彼女自身は幸運を掴んだと言えた。

だが、逆にそのことが彼女自身を追い詰める結果となる。


「自分だけ幸せになっていいのか!?」


幼い頃よりカンドも悲劇の話を聞かされてきたカエデにとって、

顔も知らぬ父や母に対して負い目を感じていた。

実のところ、カエデが海賊家業に率先して身を落としたのも、

グランベリーのちょっかいがあったからではなく、

自分自身が幸せになってはいけないと感じていたからである。

海賊家業が裏だとすれば、表の世界に出て行くことが怖かったからである。

カンドの事件は忘れられない事件になった。

カエデの心に深く傷を残す事件になった。

だからこそ、主犯であるメイザー公爵を失墜させるために

彼女は労力を使ってきたのだった。

それこそが、父や母、カンドの住人たちの供養になると信じて。


しかし、当時の参謀本部に勤めていたブレイクからの正式な謝罪に、

カエデは湧き上がる感情を抑え切れないでいた。

目頭が熱くなり、唇が震える。


「あ・・・あんたが謝ることじゃないさ。」


精一杯の強がりは、この場面では哀れみさえ感じる。

少女は顔を上にあげ、赤色に染まる岩石惑星の天井を見た。

彼女は22歳と少女であるというには微妙な年齢であったが、

ブレイクにはその姿が6歳ぐらいの少女に感じられたのである。

マラッサを覆う赤い炎に包まれて、彼女は肩を震わせ、目を瞑る。

赤い空が瞳を覆う水分で滲むのがわかったからだった。

彼女自身想像していなかった展開であり、

たった一人の、たった一人の男の謝罪であったが、

カエデが背負ってきた大きな呪いが、涙と共にカエデの身体から

流れ落ちるのを、彼女は感じていた。

そんな彼女にブレイクはそっと肩に手をかける。

エアバイクに搭乗していなければ抱きしめていただろう。

カエデは観念したように顔を下に向けると、

大粒の涙が、キラリと輝きながら彼女にふとともに滴り落ちるのだった。





( ゜д゜)ノ次は3/31(水)

更新予定です

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