第0部 5章 1節 34話
中央広場に姿を現したウルスに対し、
海賊達は銃を構えた。
子ども一人とは言え、親分を撃たれた直後である。
警戒されて当然だったが、当のグランベリーは部下たちに銃を下げさせた。
「ぐへへ。無色王子と聞いていたが、
こりゃなかなかのべっぴんさんじゃねーか。」
悪寒が走るような笑いでグランベリーはウルスの全身を視線で嘗め回す。
黄金の髪、小さい顔に大きな金の瞳。
細く折れそうな首に、若干なで肩の体。
6頭身の体は小学生にしては小顔である。
そして長い足と優雅な腕。
グランベリーは彼がウルス王子であると瞬時に理解していた。
前もって写真を見ていたのもあるが、一般の子どもと違うオーラを
確かに感じていたのである。
「何してる!逃げろっ。」
グランベリーに捕まれたまま身動きできないリュカが叫ぶが、
首根っこを締め付けられ、その後の言葉が出ない。
「うう…放せよ・・・。」
力のない声で抵抗するが無力だった。
ウルスは緊張で重くなった身体を無理矢理動かし、前に出た。
自分が無防備であることを伝えるためである。
少年が自分の正面に来るのをじっと見ていたグランベリーは、
口元を吊り上げ満足そうな笑みを見せる。
「いいねぇ。責任ある立場の人間こそ、前線に出なきゃならねぇ。
後方でふんぞり返って威張り散らしてる奴らなんざクソだ。
貴族や王のようにな。
お前もそう思うだろ?無色王子。」
ウルスはグランベリーの言葉を聞き、リュカを見た。
「うん。僕もそう思います。」
その言葉は、リュカに向けられたものだったが、グランベリーは
その返答に上機嫌である。
「そうさ。こうして前線に出る事で、新たな出会いもある。
まどろっこしいのはナシだ。
お前は、こいつを助けたい。そうだろ?」
グランベリーは掴んでいたリュカの頭を片手で持ち上げ、
自分の正面に掲げた。
「うわぁぁ。」
なんという握力なのであろうか。子どもとはいえ、
人間一人を片手で、しかも頭を掴んだまま持ち上げたのである。
リュカは空中でグランベリーの右手を振りほどこうとするが、
がっちり捕まれた頭部は微動だにしない。
力を誇示するパフォーマンスとしては十分であった。
しかし、ウルスにとってそれはパフォーマンスにならない。
何故なら、銃を構えたグランベリーの配下に囲まれ、
リュカの生殺与奪の権利を握られている状況だからだ、
気圧されるも何も、既に絶望状態である。
「そこで提案だ。」
この大男はよっぽど芝居じみた事が好きなのであろう。
タメを作るそのしゃべりかたは、まるで映画のワンシーンのようだった。
「俺と手を組め。無色王子。」
決め台詞を言うかのようにグランベリーは言った。
「手を組む?」
ウルスはオウム返しに男を言葉をなぞる。
「おうよ。この世界を見てみろ!
軍は一般市民の住む街を襲撃し、その財産を奪い、
住人は労働力として強制労働させられる。
貴族どもは私腹を肥やし、世界の混乱に王は見て見ぬふりだ。
だから俺様のような怪物が出現する!!!
お前と俺がここにいるのは偶然じゃねぇ。
ぐへへ。
無色王子よ!俺と手を組め!
お前を俺様色に染めてやる。
俺カラーにしてやるぞ!」
グランベリーは言い終わると、大きな声で笑った。
豪快な笑いだった。
「ふざけるな!ウルスは俺たちの仲間だっ!」
頭を捕まれたままのリュカが叫ぶ。
その声を聞いたグランベリーはリュカを片手で右側面に投げ捨てた。
投げ飛ばされたリュカが地面を転がる。
4メートルは飛んだであろうか。
受身を取りつつ、なんとかリュカは立ち上がった。
グランベリーは哀れみの表情でリュカを見た。
「仲間かよ。
知らぬ。ってのは罪だな。
自分も同じ舞台に立っていると錯覚しておる。
自分の立ち位置をわきまえぬ小僧が。」
「お前がどの場所に立っているって言うんだっ!」
リュカは言い返した。
「ふん!仲間か。
仲間の縁を今、切ってやってもいいんだぞ?」
グランベリーは片手をリュカにかざした。
その動作にグランベリーの部下たちが銃をリュカに向ける。
「ま、待てっ!!!」
慌ててウルスが叫んだ。
なんだろうこの感じ。とウルスは思う。
つい5時間ぐらい前までは、ピュッセル海賊団のルーパと共にいた。
目新しい事の連続で、少年にとっては小さな冒険をしているようだった。
今は、マラッサの街の少年リュカと共に行動している。
同じ歳ぐらいの少年なのに、行動力と決断力があり、
仲間を率いている。
ルーパはカッコイイと思ったが、リュカに対しては憧れを感じた。
ルーパにはなれないが、リュカのようになりたいと思った。
リュカを失ってはならないと、ウルスは直感で感じていた。
ウルスは王子である。
彼の目の前で、彼を差し置いてリーダーシップを発揮するような同年代はいない。
皆が皆、ウルスに遠慮し、ウルスを中心にしようとする。
人並みにリーダーシップは発揮していると思っていたが、
実のところ、皆がウルスを立てていてくれていたにすぎないのだと、
リュカとその仲間たちを見て思った。
違うのだ。ウルスの周りは、王子に対して配慮しているだけなのに対し、
リュカの周りは、リュカに全幅の信頼を置いていた。
「ああ、人の上に立つ人間ってのは、こういうのを言うんだな。」
ウルスはそう感じ取っていた。
そして今度はグランベリーと行動を共にしようとしている。
彼はルーパともリュカとも違う。
もちろん、ウルスとも。
彼もリーダーではあるが、彼は恐怖で人々を支配していた。
今もウルスやリュカを暴力で支配しようとしている。
この短時間に三者三様の生き様を見せ付けられたウルスは、
自分が如何に狭い世界で生きてきたかを思い知った。
そしてルーパやリュカだけではなく、目の前の大男、
グランベリーにも自分は劣っていると感じていたのだった。
先ほど彼はリュカに対して、「立ち位置」というワードを吐いた。
違う!とウルスは思う。
むしろ、グランベリーと対等の位置に立っているのはリュカのほうだ。
自分はただ王の息子、王子というだけである。
この場に居てはいけないのは、ウルスのほうなのだ。
だが・・・。
王子という肩書きが、自分の立ち位置であるのであれば、それを甘んじて受けよう。
ウルスはそう考える。
だから、ウルスは王子として、グランベリーと同じ高さにいる人間として
振舞う必要があったのだ。
「グランベリー。貴方が何を望んでいるのかは私は知らない。
だけど、彼を見逃してくれるのなら、貴方に協力しよう。」
ウルスは自分の足が小刻みに震えるのを感じていた。
それを必死で耐えようとする。
精一杯の強がりだった。
「だめだ!そんな奴の言う事を聞いちゃダメだ!」
リュカがウルスの元まで走ってきた。
とっさの行動に、海賊たちは慌てて銃を構えたが、
グランベリーは余裕の表情でリュカの行動を制止しなかった。
彼はしたたかな男だ。
もう結論は判っていたのだ。
この場面でウルスの選択が、グランベリーの軍門に降るしかないことを
彼は結論付けていたのである。
むしろ、心の通い合った友人2人が、運命によって離れ離れになる
この感動的なシーンを堪能しているかのようである。
グランベリーはウルスとリュカの前に歩み出ると、
右手をウルスの顔の前に差し出した。
「グランベリー海賊団の創始者にして、偉大なるキャプテン。
グランベリー=ハワードだ。」
グランベリーは握手を求めてきた。
この手を握り返せば、リュカはウルスから引き離されるであろう。
だけど、それでいい。
ウルスは倍近くある身長の大男の顔を見た。
上目使いではあったが、睨んでいた。
ニヤリと大男は笑う。
勝ち誇った笑みである。
「スノー・・・。」
「親分っ!!!」
ウルスがグランベリーに合わせて自己紹介をしようとした瞬間、
海賊の一人が声を上げた。
「なんでぃ!今、いいところだろうがよっ!!!」
グランベリーが怒鳴る。
自分がプロデュースしている映画の
名シーンをぶち壊されたプロデューサーのようである。
「西から・・・西の空から、エアバイクが10台以上こっちに向かって!!!!!」
配下の男が空を指差す。
「あん?」
グランベリーが指された方向を見た瞬間、
ババババッバババババッ!
という銃声と共に、ウルスらの周囲の地面から火花が上がる。
撃たれた!とウルスが感じたときには、
グランベリーの配下の海賊が3人、地面に倒れる。
「ピュッセルだぁ。ピュッセル海賊団だぁ~!!!!」
間の抜けた声でグランベリーの配下が叫んだ。
「リュカ!こっちっ!!!!」
ウルスは自分でも信じられない速さで、行動を即決した。
彼はリュカの身体を押し、走らせたのだった。
そしてその後に自分も走る。
まるでリュカを庇うように、リュカの真後ろで走る。
「ガキィ!」
グランベリーが銃を抜くが、ウルスの背中がリュカの姿を隠す。
ウルスは一か八かの賭けにでたのだった。
「グランベリーは僕を撃てない!」
何の根拠もなかった。
だが、さきほどまで過剰な演出で場を仕切っていた男である。
この場面で、ウルスを撃てるとは思えなかった。
彼は、王子を手の内に入れたがっている。
「グランベリーは僕を打てないっ!!!!」
走りながら、ウルスはその言葉を何度も何度も口にしていた。
まるで呪文のように、反復したのである。
( ゜д゜)ノ次は3/39(月)更新でぇす!




