第0部 4章 1節 29話
ルーパと行動を共にしていた時は、
集中を周囲に向けていたウルスだったが、
今は自分の思考に嵌ってしまったせいで
周りの声は頭に入ってきていない。
視界もただ前方を向いているだけで、記憶に残っていない。
ウルスは考える。
恐らくこのまま、シェルターの中に入り、
3日後ぐらいには軍に救出されるのであろう。
カエデやルーパたちには2度と会うことはなく、
ウルスには日常が戻り、今まで通り。
ウルスの小冒険はここで終ってしまうのであろう。
ガッカリである。
この考え自体が、命の危険があるこの場面では
楽観的な考え方だったのであるが、
ウルス自身は不思議とここで命を落とすとは思っていない。
若さ故であろうか、死を実感していなかった。
その為、比較的冷静でいられたのである。
だが、冷静だからといって周りが見えているわけではなかった。
他人から見れば、冷静とは言えないのかも知れない。
そんな状況だったのである。
避難する民衆の列の中、子ども一人で歩くウルスを気にする者はいなかった。
子どもとはいえ12歳である。
一人で行動できる年齢なのもあったが、このノーデル星では
12歳はもう十分、自分で物事を考えられる年齢として
認識されている。
12歳であれば仕事もするし、自らで判断して生き抜く歳である。
少年らで徒党を組む事も可能な年齢だった。
その為、避難民の中にウルスが一人で歩いていても、
気に止める人間はほぼいなかった。
気に止めるとすれば、顔見知りだけである。
だからウルスに声をかけてくる人物というのは限られた。
ここで誰か顔見知りに会う確率はほとんどなかった。
しかしそれは良い意味で裏切られる。
「おい?お前!?カエデ姉さんと、はぐれたのか!?」
ウルスは「カエデ」という名詞に反応した。
ウルスにとって、今一番会いたい人の名前だったからである。
振り向くと少年が心配そうにウルスを見ていた。
マラッサの街に来て初めて会った少年。
「リュカ?」
その少年の名前をウルスは呟くと、リュカは驚いたような顔になる。
「名前?何で知ってるんだよ。カエデ姉さんに聞いたのか?」
ウルスは頷いた。
「まぁいいや。で、どうしたんだよ、こんな所で?」
リュカはウルスがこの街の住人ではない事を知っている。
そのウルスが一人で歩いているのは、とても不自然だった。
この街の12歳は一人前の認識であったが、それは地元の子どもの話である。
他の地域から来た訪問者が、子ども一人で出歩くのはおかしいのである。
何故ならここは海賊を商売相手にするノーデル星の街マラッサであって、
普通の街ではない。
どちらかと言うと暗黒街に属する街である。
この街の12歳が一人前と見られるのも、治安がいい安全な街ではないからである。
他の街から来た子どもにはとても危険な場所だと言えた。
だからリュカにとって、ウルスが一人で出歩いているのは、
普通ではなかった。ましてや今は非常事態である。
リュカにとってウルスはほっておけない存在に写ったのである。
ここには悪い大人も沢山いるのだから。
「ちょっと皆さんと逸れてしまいまして。
港に行きたいんだけど、場所が・・・。」
ウルスは適当な事を言った。
今更港に行って、どんな顔をしてルーパに会えばいいというのか。
彼はめちゃくちゃ怒るであろう。
許してくれるとは思うが、そもそもウルスは誘拐されたのである。
誘拐犯から逃げ出した被害者が、誘拐犯の元に戻る。というのも
変な話だった。
だが、リュカと話を合わせるために嘘をついたのである。
別に誰かが困る嘘ではない。
「Bゲートか・・・。ちょっと遠いな。」
リュカはウルスの言葉を全く疑ってはいなかった。
ちょっと遠い。という言葉にウルスは安心する。
嘘がすぐばれる事はないからだ。
リュカは言葉を続けた。
「だけど、子ども一人で今出歩くのはまずいんだ。
あいつら、一人でいる子どもを狙って攫っている。
数人でいれば、見逃されるみたいなんだけど・・・。」
そう言いつつ、遠くの空を飛ぶエアバイクを見た。
「俺の仲間・・・友達も2人、捕まってる。」
リュカは鋭い目線でエアバイクを睨んだ。
捕まっている。という言葉を聞いた瞬間、ウルスはたじろいだ。
ウルスはこれまでの流れから、グランベリー海賊団の狙いがわかっていた。
子どもを襲っているのは、きっと自分を探しているのだと予想していた。
彼らに捕まらないようにと考えていたが、
ウルスの身代わりに捕まっている子どもがいるということを
しっかりとは認識していなかった。
だから、リュカの仲間が捕まっているという事実にたじろいだのである。
身近に、自分のために被害に合っている人間がいるということを
把握したのである。
ウルスの思考が悪いほうへ悪いほうへと流される。
子どもが攫われているのは、自分のせいなんじゃないだろうか?
マラッサの街が襲われているのも、自分のせいじゃないのだろうか?
ミサイル攻撃で街が燃え、死者が出ているのも自分のせいなんじゃないだろうか?
ウルスが王の息子というだけで、これだけの被害が出ているのではないだろうか?
ウルスは考える。
もし、自分が輸送機が襲撃された時点で戦う事を決断したのなら、
この悲劇は起こっていない。
ブレイク伯やセリアには悪いとは思うが、
輸送機にハイジャック犯が侵入してきた時点で、
抵抗していれば、マラッサの街が赤く燃える事は避けられたのではないか?
思考が泥沼に嵌っていく。
自分の存在が、今を引き起こしているのだとしたら、
なんと罪作りなのであろうか。
血の気が引いていくのが判る。
ウルスは今、どん底にいた。
自分のせいであるのに、何も出来ない自分の無力さを恨む。
「大丈夫か?顔色悪いぞ?」
そんなウルスを見かねてリュカが声をかけた。
「あ、うん、大丈夫。」
「まぁ、仕方ねぇか。こんなんだからな。」
リュカは周りを見渡した。
避難する人々は皆、前かがみで俯き加減に歩いている。
少し目線を上げると、炎が天井に届くかの勢いで揺れ動いている。
血を流しながら歩いている者、他人の肩を借りながら歩いている者、
涙が止まらない者。
こんな光景で、平常心でいられるほうが珍しいだろう。
一見平常心に見えるリュカも、内心は穏やかではない。
ただ、彼は強くあらなければならない理由があった。
「お前、一緒に来いよ。子ども一人でいると奴らに狙われるけど、
俺らと一緒なら大丈夫だからさ。」
「え!?」
「可能なら港まで連れてってやるぜ?どうだ?」
リュカは後ろを振り返る。
リュカの視線の先をウルスも追うと、そこには同じ年頃の子どもが3人ほどいた。
「俺らは、仲間は守るぜ?」
それがリュカが強くあらなければならない理由なのだろう。
リュカはウルスに向き直ると笑顔を見せる。
それを聞いていた後ろの3人も同じく笑った。
リュカの提案に、一人で心細かったウルスに選択肢はない。
ウルスは頷くと、避難民の列から一歩踏み出た。
「名前は?」
リュカがウルスに尋ねる。
「ウ・・・ウルス。」
ウルスは偽名ではなく本名を名乗った。
一緒に行動するからには、嘘は良くないと思ったからだ。
「よし、ウルス。まずは奴らに攫われた俺らの仲間を助ける。
港に送り届けるのはその後だ。いいな?」
リュカは言った。
ウルスの名前に何の疑問も持っていないようだった。
ウルス自信は気付いていなかったが、ここで本名を晒すというのは
危険を伴っている。
リュカの仲間たちがグランベリー海賊団に捕まったとき、
ウルスの存在が海賊にばれる危険性があった。
だが無意識に本名を名乗ったのは、ウルス自身が一つの決断をしたことを物語っている。
もう逃げも隠れもしないという事。
ここで起きている惨劇に向き合うという事。
全てを受け入れる準備がほんの少しずつ、
ウルスの中に芽生えだしていたのである。
( ゜д゜)ノ次は3/17(水)
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