第0部 4章 1節 28話
駆け出したウルスは、実は冷静だった。
もちろん、逃げ出した事自体は冷静な行動だったとは言えない。
だが、走りながら冷静さを取り戻していったと言える。
ウルスはそのまま大路地に出る。
列を作る人々が視界に入った瞬間、少年は足を止めた。
ふと後ろを振り返る。
「追ってこない!?」
追っ手とはルーパの事である。
彼は逃げ出したが、ルーパが追ってくるものだと
信じていた。
ウルスに追いつき、嫌がる彼を無理矢理エアバイクに乗せ、
拉致ってくれるものだと信じていた。
そう、輸送機から誘拐したように強引に。
だが、ウルスの希望は打ち砕かれた。
ルーパは追ってこず、ウルスは完全に彼とはぐれ、
一人、マラッサの市民の列に加わる。
「なんで?なんでこうなった?」
ウルスの自問が始まる。
いや、追ってくるだろう?普通。
王子だぞ?この国の王太子だぞ?
追ってこない道理はなかった。
少なくともウルスに、追ってこない理由は見当付かない。
一つだけ思いつくことがあるとすれば、
「見限られた。」かなという思いだけである。
ウルスは彼との約束を破った。
自分のいう事を聞けという約束を破った。
それで見限られたのかと落胆する。
ウルスは市民の列の中で、俯きながら街の中心部から離れていく。
こうなると、ルーパと合流するのは至難なのはウルスにも理解できた。
もし彼がエアバイクで空中から探しているのであれば、
それは可能だろう。
だが、グランベリー海賊団という敵対する勢力の中で
それを実行することは現実的ではない。
ウルスは、自分の決断に後悔すると共に、
追ってこないルーパを恨んだ。
「こんなのは、望んでいないっ!」
彼の本心である。
さっきまでまるで遠足にでかけた子どものように
ウキウキしてた少年は、一気に感情を低下させた。
全ての光景を目に焼き付けようとしていた集中力も削がれ、
前を向いて歩くことさえままならない。
この感情の起伏を情緒不安定だと言う者もいるだろうが、
ウルスはまだ少年であり、感情の制御が出来る年齢とは言いがたかった。
彼は同時期の12歳に比べ、実はまだ幼稚である。
彼は父王や周りの家臣たちが望む人間になろうとしていた。
彼らがウルスに何を望み、何を期待しているのかを
子どもなりに汲み取り、それを実践していた。
成績は悪くなく、運動も苦手ではなかった。
だが、そこに個性はない。
彼は一般的に言われる「良い子」であろうとし、
実際それを実践した。
父王や母である王妃が喜ぶであろう少年像を自分に当てはめた。
その過程において、ウルスの個人は存在しない。
父が喜ぶであろう。母が満足するであろう王子像を、
演じて見せていたのだ。
だが、それはウルス自身がそう望んでいたのではあったが、
実のところ、計算されて行われていたというよりは、
ウルス自身は何も考えず、ただ、父や母や家臣が喜んでくれる。
という一点のみで行われていたのである。
従って、自身の感情を押し殺すという一点においては
他の同世代の少年よりも抜きん出ていたのであったが、
根本的な感情の制御が出来るとは言いがたかった。
つまり、感情を押し殺すことには長けていたが、
一旦、強烈な感情、推し殺す事ができないほどの感情が
自身の中に沸き出てきた時に、それを制御する技量を持ち合わせていなかったのである。
これまで、自身の感情を制御できないほどの場面に出くわした事はなかった。
ふと、実の母や父に会いたい、甘えたいという感情が出てくる事はあったが、
それぐらいなものである。
その感情は、教育係であるブレイク夫妻が代用してくれたし、
自分より幼いセリアさえも我慢しているという現状が
ウルスを我慢させた。
王子として産まれたのだから。
そういう気持ちもあった。
我慢できたのである。
しかし、今のコレは違った。
非日常にドキドキし、ワクワクしていたのにも関わらず、
自分の決断でそれを手放してしまった。
追ってこないルーパにガッカリもし、逃げ出した自分にも腹立たしい。
更に言えば、生命の危険があるこの瞬間に、
ウルスの命を守るものは何も存在せず、
今、死んでしまうかも知れないという恐怖もあった。
彼の感情は、一箇所に留まることをせず、
右に左に、上に下にかなりの揺れ幅をもって、
文字通り暴れ回っていた。
一歩、右足を進める毎に、自分のした行いに後悔をし、
左足を前に出す時には、今の現状を呪った。
「こんなはずじゃなかった。」
と悔やむと同時に、今何をすべきなのか考えた。
もちろん明確な答えが出るわけでもなく、
ただただ惰性で、避難するマラッサの住人の列に加わり、
どうすることもできず、歩いているだけである。
自分が今何をすべきなのか、自問自答しては、
未来のことではなく、過去の事を悔いる。
「なんで、なんで、なんで・・・。」
その答えは、見つからない。
ただし、これはパニックではなかった。
頭の中の思考は万華鏡のようにぐるぐると回っていた。
整理が出来そうになかった。
だが、これはパニックではなく、実のところ
彼は冷静だった。
答えが見えていないだけだったのである。
次は3/15(月)
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