第0部 4章 1節 26話
2人は大路地から脇の路地へと移動した。
ウルスの息使いが少し荒くなってくる。
路地に移動したのは、大路地が多少混乱状態にあったのと、
単純に近道のためであったが、
大路地よりも艦艇からのミサイル攻撃は受けにくいと言えた。
周りの建物が壁になってくれるからである。
その分人通りが少なく、見つかった場合は目立ってしまう。
ルーパはグランベリー海賊団がウルスを狙っているのではないか?
という当たりをつけていたので、目立つ行動は避けたかったが、
ここは路地での移動を選択したのであった。
町全体が停電していたため、路地に入るとその暗さは
大路地の比ではなかったが、まるで昼間のように移動するルーパと違い、
ウルスは慣れない暗さに戸惑いながら、後を付いていく。
集中力を要求されるため、疲労度は蓄積されていった。
「ウル。大丈夫か?」
ルーパが声をかける。
「はい。
伯が言っていましたが、ルーパさんたちが
輸送機に乗り込んできたのを、
軍の特殊部隊以上だと言っていました。」
はぁ。とウルスは一旦息を吐いた。
「本当ですね。」
はぁ。とまた息を吐く。
ウルスは運動神経がないわけではなく、
同世代の平均よりも上である。
しかし、極度の緊張とで大分疲れていたが、
ルーパは息切れ一つしていなかった。
「あんなもんは曲芸みたいなもんよ。」
とルーパは言うが、考えを直したように付け加える。
「曲芸みたいなもんだが、お嬢は1年近く訓練してたな。」
「カエデさんが!?」
ウルスは知らないが、カエデは大学卒業までは普通の暮らしをしていた。
在学中に特殊訓練をしていたわけではなく、
一般の学生生活をしていたのである。
従って海賊団に加入してから身体を鍛えたのだった。
もちろん、元々の運動神経は非常に高いレベルにあったというのは
言うまでもない。
ウルスからみるとプロポーション抜群なカエデが特訓していたというのは
少し意外であった。
なんでも出来る女性のように感じられたからである。
「そっか。そっか。」
ウルスはカエデに親近感を感じていた。自然に笑みも出る。
それをみたルーパは少し安堵した。
「なんだよ?気味が悪い奴。」
言葉は悪かったが、笑みがこぼれるぐらいには、元気が残っているのだと
彼は感じていた。
そして話を続ける。
「ウル。このまま一度、お嬢と合流する。
情報が足りてないしな。
いいな。」
「では、港へ?」
ウルスの問いにルーパは頷く。
ウルスとしても、街の人々も心配であったが、カエデらピュッセル海賊団の
メンバーも心配であったので異論はなかった。
むしろ、カエデに会いたい。とそう感じている。
「早まってなければいいが・・・。」
ルーパは呟いた。
グランベリー海賊団がマラッサの街を襲撃したことで、
一番行動が読めないのが他でもないピュッセル海賊団の動向である。
顔見知りの多いこの街を救おうと、カエデが動く可能性があった。
それは巨大な組織であるグランベリーにピュッセル海賊団が
敵対するという事に繋がる。
ルーパのような戦闘要員も少なくは無いが、
今やピュッセル海賊団は情報を売買する組織であって、
ガチガチの武装集団ではない。
正面からグランベリー海賊団に敵対するほどの戦力はないのである。
しかし。
カエデなら、街を救うために行動しかねなかった。
なんと言っても彼女自身が、被災した村で拾われた孤児だったのである。
そんな彼女が目の前で起きている惨劇を見過ごすとは思えない。
ルーパが合流を急ぐ理由は、そこにあった。
彼ならば、カエデを止められるからである。
だからであろうか、合流を急ぐルーパは一つのミスをした。
通常であれば避けるであろうルートを選択したのである。
路地から路地に抜ける中で、出来れば通りたくない路地に入った。
その路地は宝石店に近く、近くにグランベリー海賊団の船員が
いるであろうことは、予想できたのにである。
宝石店裏の路地を2人は走る。
必然、ルーパは集中力を高め、周りに注意する。
空気が変わったことをウルスも感じていた。
ウルスはルーパの一挙手一投足を見逃さないようにする。
ちょっとした合図でも自分が気付けるようにルーパの動きを追った。
ブオン!
エンジン音が聞こえる。
チッ!というルーパの舌打ちをウルスは耳にすると、壁沿いに身体を預けた。
暗闇の中である。壁沿いならば、影の中に入り身を隠す事ができると思ったからだ。
ルーパはウルスの行動を見ると注意を音のしたほうに集中させた。
右手が胸元に流れる。
瞬間、大通りからウルスらの居る路地へ1台のエアバイクが侵入してきた。
あまりにも無防備に侵入してきたので、ウルスらに気付いていたわけではないだろう。
エアバイクのライトが狭い路地を照らすと、
ルーパはその光を避けるように身体を横に捻る。
エアバイクに対し、側面を見せる形で、胸元から右手をエアバイクに突き出した。
手には黒い塊が握られており、
パン!と乾いた音が発せられる。
瞬間、エアバイクはバランスを崩し、地面に激突した。
走っていたため、バイクは地面を滑るようにこちらに向かってくる。
エアバイクの操縦者と思われる人物は、そこにはいない。
無人のエアバイクが滑ってくる。
ルーパの足元まできたとき、ルーパは足でエアバイクの勢いを止めると、
機体を起こした。
「良し!乗れるな。」
ルーパはエアバイクを起こし、跨るとウルスを見た。
瞬間、ウルスの様子がおかしいのに気付く。
彼は直立していた。
さきほど壁沿いに身を隠してから、動いていなかった。
そして、動こうともしなかった。
ウルスは見たのである。
ルーパがエアバイクのライトを避けるように身をかわし、
その流れのまま胸元から銃を取り出すのを。
その銃が、瞬時にして火を噴き、
そして、エアバイクに乗っていたであろう男の額を打ち抜いた。
路地の狭い壁で、反射した光が薄くその光景を
ウルスに見せた。
エアバイクの所有者は、そのまま後方に倒れ、地面に叩きつけられた。
それを見たウルスの最初の感想は、
「凄い!」
だった。
まるで映画のワンシーンのように、流れるような仕草で銃を抜き、
当たり前のように照準も碌につけず、ただ腕を伸ばした先が
標的の額を打ち抜く。
控えめに言って、神業である。
コンマ何秒でそれをやり遂げたルーパは、凄い。
天才の腕だった。
だが、その感情を押しつぶすような強烈な感情が
ウルスを下から突き上げる。
ウルスの脳裏が冷静に物事を判断していく。
ルーパは何をしたのか?
そう、今、彼は銃で打ち抜いたのである。
何を?
人の額を。
それは何を意味するのか?
額を打ち抜かれた男はどうなったのであろうか?
そう、人を殺したのである。
躊躇なく、美しいと感じるような流れる動作で、
彼、ルーパは・・・。
表情を変える事もなく、平然と・・・。
人を殺したのである。
( ゜д゜)ノ 次は3/10(水)更新予定です!




