第0部 3章 2節 23話
街外れの安宿の窓から、街の中心部が赤く染まるのが見える。
岩石惑星の内部をくり抜いて作られたマラッサの街に
昼や夜の概念はなかったが、擬似太陽によって人工的に昼や夜は作られる。
今は時間的には夜の時間帯ではあったが、通常は真っ暗ではない。
生活の明かりが岩盤の空に反射し、うっすらと明るいものである。
しかし今は、生活の明かりは見えなかった。
電力を供給する発電所もやられ、白い光源は一つも見えなかった。
代わりに街並みを照らしているのは、真っ赤な炎である。
街の至るところで炎が赤く、岩盤の空に反射され街並みを映し出していた。
ただの火事では、ここまで炎の勢いは強くならないはずで、
ガソリン系の燃料が込められた焼夷弾の類が、
街を襲ったと想像できる。
人工的に作られた街とはいえ、広大な空間であったが、
電気が止められたマラッサの街での大規模火災は、
深刻な問題であった。
「こりゃ、やべぇな。」
ルーパが呟く。
「何がやばいんですか?」
ルーパの隣で街並みを見ていたウルスが聞き返した。
「電気が止まっているマラッサは、今、空気・・・。
酸素の供給も止まっているはずだ。
そこにこの火災。酸素を大量に消費しているし、
熱での上昇気流が密閉された岩石の空から勢いを逃がせずに、
地上に降り注いでいる。
熱風の嵐が街の中心部では吹き荒れているはずだ。」
「そんな・・・。」
ウルスは絶句した。
「ま、この手の街には、地下シェルターが複数避難場所として用意されているから、
そこに逃げ込めば、酸素の供給もあるから大丈夫なんだが・・・。」
問題は空中を飛ぶエアバイクである。
彼らはおそらく、宝石店などの貴金属を扱う店などを襲っている最中だと予想できたが、
「それにしては広範囲に広がって飛んでいる。
まるで何を探しているかのように。」
必然、避難所に向かう市民の安全も危惧された。
「クックル。お前はウルとセリを連れて近くのシェルターに向かってくれ。
何かあったときのために港近くの宿にしたが、
Aゲートは恐らくもう既に奴らの手に落ちている。」
ルーパの言葉にクックルは頷いた。
「港が?カエデさんたちは無事なのですか?」
ウルスは港にカエデたちがいるものだと思っていたので、
思わず反応する。
「Aゲートにお嬢らはいないさ。民間用の港だからな。
ここに来た時に乗ってきた船は偽装を解いて、Bゲートに移動している。
今Aゲートには民間の商船しか居ないはずだ。
だからこそ、そこが狙らわれる。
恐らくだが、奴らはAゲートから脱出するはずだ。
金になる貨物もAゲートにはたんまりあるし、民間用の港だから警備も甘い。
要するに、奴らが真っ先に狙うのはAゲートの占領さ。
BゲートからAゲートに移動するには、一度外に出るか、
マラッサの街を通過する必要がある。
今、ここにやつらがいるのはそういうこと。
街を襲ってるのは、そのついでさ。」
ルーパはそう言いながら、本当にそうか?と自問自答していた。
その割には、エアバイクが広範囲に展開しているのも不自然であるし、
船から打たれたであろうミサイル攻撃が、町の中心部だけではなく、
無差別に住宅地にまで広がっている説明がつかなかった。
そう、町全体が燃えているのである。
ミサイルは消耗品とは言え、決して安くはない。
海賊家業ではなお更である。
あのグランベリーが、ミサイルの無駄打ちするなど到底考えられなかった。
「クックル。急げ。やつらだってシェルターの中までは踏み込んでこない。」
クックルは寝ぼけ眼のセリアを背中に担ぐと、ルーパとウルスを見た。
大柄な体型のくせに、動きは素早い。
「待ってください。ルーパさんはどうするんですか?」
ウルスはクックルから視線を外すとルーパを見た。
話の流れ的に、ルーパは同行しないように感じられたからである。
「俺は街を見に行く。顔見知りも沢山いるからな。」
それ以外にも、グランベリー海賊団が何を狙っているのか調べるという理由もあったが、
ウルスにはそれは伏せた。
伝える必要性を感じなかったからである。
「私も一緒に行きますっ!」
それは、誘拐されてより今まで彼らの指示通りに行動してきたウルスの
初めての反抗だった。
だが、その事に気付いた者はいない。
「駄目だ。足手まといだ。」
ルーパはウルスのその言葉をまるで予見していたように、
返す言葉を予め用意していたように、自然と拒否した。
「私にも、顔見知りがいます!リュカやメルボルンのおばさまが心配です!」
思わずルーパはウルスの顔を覗き込んだ。
(こいつ・・・名前を・・・)
今日、初めて会った相手である。
正式な自己紹介をしたわけでもなく、今後の付き合いがある相手でもない。
街で声をかけてきただけの少年リュカ。
服屋で変装の手伝いをしてくれたメルボルンばあさん。
それだけの関係である二人の名前が出てきた事にルーパは驚いた。
「ルーパさんっ!」
ウルスの声でルーパは我に返った。
クックルがセリアを背に担いだまま、扉のほうへ向かう。
「おい!?クックル。」
口数の少ないクックルが行動で自分の意思を伝えようとするのはいつもの事である。
それを察するのもルーパの日常であった。
クックルはセリアのみを担いだまま、扉の前で振り向くと、
片手で親指を突き立て、goodのサインを送る。
そしてニカッと笑って外へ出て行った。
「・・・ったく、どいつもこいつも・・・。」
額に右手をあてがいながらルーパは独語した。
彼は観念したように、顔を上げる。
窓の外の赤く染まった街を見た。
左手でウルスの頭を掴むように自分の隣に引き寄せる。
「ウル、お前が一番優先すべきことは何かわかってるな?」
空気が熱で歪む街並を見ながらルーパは問いかけた。
「はい。自分の命です!」
ルーパはコクリと頷いた。
「着替えろ!1分だ。直ぐに出る。」
「はいっ!」
少年は翻ると、ベッド脇に走る。
そんなウルスを見て、俺も甘いなとルーパは思った。
「だが、ウルとセリを別行動させんのは、リスクヘッジの面でもありか?
さて、吉と出るか凶と出るか?
上手く行ったら、王太子ウルスの大冒険って映画でも作りましょうかね。」
ルーパはヘヘッと笑いながら、街の上空を飛ぶエアバイクを
睨み付けるのであった。
( ゜д゜)ノ次は3/8(月)
更新予定です
3/8はセリアの誕生日!
一気に3話(0時12時21時)予定です!




