第0部 3章 1節 19話
スノートール王国、首都星「スノー」
その首都星にある王宮には、王太子誘拐事件の
対応のため、国の重鎮が集まっていた。
ただし、誘拐事件そのものは極秘事項とされ、
事件の発生を知る者は王宮関係者と軍の一部だけである。
事は慎重を要した。
「で、軍は何をしていたんだ?」
言葉の主は渦中の人、メイザー公爵である。
彼が招待したパーティへの参加途中で王子が誘拐されたのである。
彼的には、面目を潰されたと言ってよい。
「そうはおっしゃいますがな。メイザー公。
事件が起きたのは、貴方の領内、それもお膝元と言ってよい
惑星カリフでの出来事。
貴方の監督責任というものもありましょう。」
応えたのは、軍の最高責任者であるハッフ元帥である。
70近いご老体ながら、貫禄はメイザーを上回っている。
「そもそも領内での軍用機の護衛を許可しなかったのは、
メイザー公。貴方でありますぞ?。」
畳み掛けるように、老人はメイザーに詰め寄る。
メイザーは苦虫を噛み潰したような顔になった。
だが、これは半分は演技である。
ここでは、王太子誘拐の落ち度を責められるほうが良かった。
誘拐事件の主犯と疑いをかけられるよりは、
彼も被害者であることを前面に出したほうが良い。
近年の王宮では、王派とメイザー派の二つの派閥があり、
影で対立していた。
そんな中での王太子誘拐事件は、メイザーにとって
頭の痛い話である。
ましてや、彼が王子を呼び出し、彼の領内で
誘拐事件が起きた。
王と公爵の関係を知る者は、全ての者ががメイザー公爵を疑うであろう。
従って彼は、まずはその嫌疑を晴らす事を第一としたのである。
そのためには、ある程度今回の件でメイザーは責められる必要があった。
王子と同じく、被害者である必要があったのである。
王太子誘拐という事件で、一番得をした人物と思われないための策略と言っていい。
メイザーはしたたかな男だった。
そのしたたかさが、今日のメイザー公爵家を作りあげていた。
「で、犯人の要求は何と?」
責任問題は観念したような素振りでメイザーは話題を変える。
そんなメイザーを見て、ハッフ元帥の副官であるモントレ中将が
「ふん!」と鼻で笑った。
王宮における二つの派閥、王派は軍がバックについており、
メイザー派には貴族が背後にいた。
この二つは言うなれば、軍と貴族の主導権争いである。
従って、軍とメイザー公爵の関係も良いとは言えなかった。
「犯人は惑星ノーデルへの軍事行動を撤回するよう求めている。
情報が何処から漏れたかについては調査中だが、
軍、もしくは貴族院の関与も考慮しなければなるまい。」
モントレ中将が現状を説明した。
「王太子一向の航路に関しては軍に一任していたはずだが?
そこが狙われたということは、軍が怪しいのではないか?」
貴族院で若手を率いるジャルダ伯爵が口を挟む。
「航路については、メイザー公の領地内ということもあり、
メイザー公もご存知だっ!」
モントレの言葉にメイザーが咳払いをした。
「では、中将は私を疑っていると?」
メイザーの鋭い眼光にモントレは一瞬怯んだ。
「い、いずれにしろ、情報漏洩ついては調査中だ。
今はそこを議論する場ではない。」
モントレはハッフ元帥に助けを求めた。
ハッフはやれやれといった感じでモントレより視線を外す。
ハッフ元帥は現在の軍と貴族院が対立している状況をを好んでいない立場だった。
しかし若手将校を中心に、反貴族院の勢いは広がっており、
ハッフをしても抑えきれていないというのが実情である。
彼は軍の中でも穏健派だったのである。
「で、メイザー公。此度のノーデル進軍は公爵の提案だったわけですが、
最悪、白紙に戻すという事は了承いただけますかな?」
「無論だ。王太子の命には代えられん。」
メイザーは即答した。
「よろしい。では当面は交渉を続けるといたしましょう。」
ハッフは王へと視線を泳がせる。
一緒に住んでいないとはいえ、父としての愛情がないわけではない。
これまで沈黙を続けている王が何を考えているのか、ハッフは気になっていた。
10秒ほどの沈黙が部屋を支配する。
沈黙を破ったのはジャルダ伯爵であった。
「王よ!まさかこのままテロリズムに屈するという事はあるまいな?」
ジャルダは30歳と若く、貴族院の若手のリーダーとされる男である。
過激な言動が多い事でも有名だが、その歯に衣を着せぬ発言は、
一部の民衆に人気であった。
この時も直球を投げたのは彼であった。
「父として息子に愛があるのはわかりますが、貴方は王であります。
まずは王としてのご英断を期待したいところではありますな。」
カルス王はジャルダの言葉に片手を挙げ応えた。
それはジャルダに対して、発言を止めるよう求めたものだったが、
ジャルダはその素振りに苛立ちを感じる。
「これがメイザー公のご子息とあろうことなら、それこそ国家の大事。
国家100年の計のためにも何としてでもお救いいたすべきでございますが、
ウルス王子は何と言いますか、無色無臭の没個性。
感情に流されず・・・。」
「黙れ!ジャルダっ!そなたの発言は不敬であるっ!」
怒声によってジャルダを止めたのは、メイザー公であった。
「もう良い!下がっておれ!」
メイザーはジャルダに出て行くように指示した。
この間、ハッフもモントレも動くことが出来なかった。
それはジャルダ伯爵の言葉に反論出来なかったという事である。
ウルスに対し侮辱ともとれる言葉に反論出来なかったのである。
それほどジャルダの言葉はこの時代の大人たちの共通認識だった。
ウルス王子の没個性。
それは特段悪い事ではない。しかし、メイザー公爵の息子であるアトロは、
8歳で芸術コンクールにて入選し、10歳でハリアット競技で地区優勝するなど、
神童の名を欲しいままに、連日と言っていいほど公共の電波で
特集されるなど国民の人気も高い。
それに比べて、ウルスの影のなんと薄いことか。
ハッフもウルスと対面した事あるが、第一印象は「人の良さそうな坊や」であり、
それ以上でも以下でもなかった。
母譲りの美貌の片鱗は見せていたが、それも没個性と相まって
「人形」のイメージを作っていた。
軍の要人であるブレイク伯に預けられた事で、覇気のある若者へと
成長することを期待されてはいたが、当の本人は
周囲の期待に応えることなく、温厚な少年として育っていたのである。
王派である軍部も、そして王であり実の父であるカルス本人も、
ウルスの資質に何も期待することが出来なかったのだった。
ただ王の息子であるというだけの存在。
それがウルスの評価であり、ジャルダの暴言に反論できない根拠であった。
( ゜д゜)ノ次は2/26(土)更新予定です




