第0部 2章 2節 13話
カエデがバツの悪そうな感じでいると、
ルーパが笑い出した。
「ははは。ウル。お前は人を信じすぎる。
そんなんで王宮暮らしが勤まるのかよ?」
「え?じゃあ、今までのは嘘!?」
動転しているウルスを尻目に、ルーパは食事を続けた。
全てが嘘ではないとしても、どこまでが真実なのだろう?
ウルスは考えた。
そして、結論を出す。
「自分が信じれると思えるものを信じるだけです。」
ひゅう!ルーパの口笛が店内に響く。
彼らと出会ってから、全てが新鮮だった。
自分が知らないことが沢山あった。
わからない事ばかりなのだから、今は
与えられた情報を信じるしかないのである。
「ま、いいや。
セリ。あっちにデザートがあるぞ?行くか?」
口の中一杯に鶏肉をほおばった状態で、
セリアは大きく頷いた。
ルーパが席を立つと、クックルがセリアの椅子を引く。
この大男は、すでにセリアのお付人状態である。
「セリアねぇ。ケーキ食べたいっ。」
クックルは笑顔で応える。
三人は、店内の奥へと去っていった。
そこでウルスは、残されたのがカエデと自分だけなのに気付く。
ウルスはカエデを見た。
少しお酒が入っているからであろうか、顔がほんのりと赤く、
ライダースーツを着ていたときは、逞しさを感じた身体が、
今はスラリとしたプロポーションの良さを感じさせる。
健康的な褐色的な肌は、美白の多い宮廷の人間とは
違った魅力を感じさせていた。
「綺麗だ。」
ウルスは生まれて初めての感情に気付く。
今まで、異性を好きになった事がないわけではない。
同じクラスのミーヤベル嬢は、小等部ながら
美しいと評判の美女である。
だが、そのミーヤベル嬢に感じていたのとは違う、
まるで至高の芸術品に出会ったような美しさを感じるのは、
今までにない感情である。
カエデはウルスの熱い視線を気にもせず、
決して上品とはいえない食事作法だったが、
食事とワインを口に運ぶしぐさにウルスは目を奪われていた。
彼女の動作一つ一つが、とても魅力的だったのである。
そんなウルスの視線にカエデはようやく気付く。
カエデは眉間にシワを寄せた。
「どうした?」
ウルスはハッと我にかえると、首を振る。
アルコールを飲酒したわけではないが、顔に熱を感じていた。
「ま、すまなかったな。
こんなところまで連れて来ちまって。」
カエデはテーブルに視線を戻した。
「見せたかったんだよ。将来、この国を背負う人間にさ。
この国一面をね。
王国に捨てられた街があるっていう現実をね。」
カエデは饒舌になっていた。元からおしゃべりなタイプではあったが、
ウルスの前だとどうにも、この子どもにいろんな事を話したくなる。
「ノーデルの移民計画は恐らく避けられないだろう。
だけど、こういう場所は他にもある。
ノーデルで終わりって事にはならない。
こういうのは続いていくんだ。
その街を見るってのは、知ってるってのは、
大事な事だと思う。
そこに住んでるのは、普通の人間なんだ。」
「わかります。」
ウルスは即答した。
自分とは違う世界にも、人が住んでおり、
そこにいるのは、自分らとなんら変わりがない人間なのだと、
ウルスは文字通り体験していた。
「ほんとかねぇ?」
カエデは半信半疑の目でウルスを見る。
目が合ったウルスは、恥ずかしくて視線を外した。
「あと三日で、軍がここに到着する。
その時にあんたらを引き渡す。
撤退を条件にね。
そうして時間を稼いでいる間に、
資産のあるやつはこの星から逃がす。
全員は無理だけどね。
あたしらはその手数料で儲かる。
あんたらは、軍に保護されて身の安全を保障される。
win-winだろ?」
カエデがウインクをしてみせる。
今のウルスには強烈な刺激すぎて、話の内容はほとんど入ってこず、
ただ赤面するだけだった。
「お嬢!」
2人の時間を遮ったのは、新たな声だった。
カエデを呼んだ声の主は、一目散にカエデに近付くと、
顔を近づけ、耳元でなにやら話していた。
何かが起きたことは、ウルスにもわかった。
ましてや、今は日常ではなく、彼らは犯罪者なのだ。
「グランペリーが?やつら、ここに軍が向かっているのを知らないのか?」
「いえ、知っているはずです。親父に話があると。」
「ちっ!何か嗅ぎ付けやがったか?さかしいねぇ。」
カエデは席を立った。
男に一緒に来るよう伝え、取り残されているウルスを見る。
「ウル。ちょっと席を外す。またな。」
彼女は急ぎ、テーブルを離れた。
ウルスは一人残された。
あまりにも突然の出来事に呆然としていた。
もっと会話をしたかった。というのが本音である。
そんなウルスの後ろからルーパの声が聞こえた。
「あれ?お嬢は?」
先ほどの緊張感には程遠い、間の抜けた声である。
「グランペリーって方がいらっしゃったと言ってました。」
「あん?グランペリー?グランペリー海賊団か!?
妙だな。ノーデルに軍が向かってるって情報は広めたはずだが・・・。」
ルーパはなにやら考える。
「親父さんに用事があるみたいですよ。」
ウルスの言葉にルーパは反応しない。
聞いてはいるようだったが、考え事に集中しているようだった。
「ウル、セリ。宿を変える。出るぞ!」
ルーパはケーキが乗った皿をテーブルに置くと、店員に会計を頼んだ。
「えー!まだケーキを食べていませんわっ!」
セリアが断固として抗議するが、ルーパは「後でまた買ってやるから」と
聞く耳を持たない。
王女であるセリアは拗ねた素振りを見せたが、ダダをこねる様子はなかった。
あのわがままセリアが?ウルスはちょっと驚いた。
ブレイク伯でも手に負えないわがままなセリアが、
彼らには従順なのである。
ウルスも席を立った。
彼は彼なりに、この誘拐犯たちの言うとおりに行動しようと
輸送機を制圧された時点で決めていた。
疑問点は沢山あるが、まずは言うとおりに行動することを
決めていたのである。
その思いは、一緒に行動する事で更に深まっていったのだが、
それが信頼という言葉で表現していいかはウルス自身にもわからなかった。
わからなかったが、彼は決めていたのである。
彼らを信じて一緒に行動する!と。
ウルスが、一度決めた事はなかなか譲らない頑固な一面を持っていた事は、
同時代を生きた多くの人間の共通認識であったが、
それはこの歳ですでに完成されていた人格なのであった。
次の更新は2/12(土)です( ゜д゜)ノ




