死の平原を進む
絶句するジルベルトに、ハインツ団長は淡々と告げる。
「お前ら15人でかかれば、死の平原なんか、すぐ調べ尽くせるだろ」
「広さも解らないのに?」
思わず反抗するジルベルト・タンツを、団長は鼻で笑う。
「お前らにとっちゃ、遊びみたいなもんじゃないのか」
「そんな」
銀紐総員で死の平原を完全踏破する。これは、ハインリヒ・ハインツナーゲヤリ城塞騎士団長の中では、既に決定事項だ。当然、ジルベルト以下15名は、快く引き受ける脳内設定である。そして、彼らナーゲヤリの精鋭部隊は、易々と任務をこなす予定だ。
「騎士団本部との通信はどうするのです」
15人とも遠征に出てしまったら、通信の受け手がいなくなってしまう。
「ナーゲヤリ駐在の通信員は緑紐から出す」
ジルベルトの眉間に皺が寄る。
「ハイム隊員が適任だろう。素晴らしい分析官だ。これで戦闘適性があればな」
ゲオルクの恋人、シャルロット・ハイムも、実は銀紐隊員として狙われていたらしい。
「緑紐には言っておく。明日にでもミーティングをしておけ」
「明日?」
「一刻を争う事態だって解ってるだろ」
「それはそうですが」
ジルベルトは、もう何を言っても無駄だと解った。
せめて、今はまだ話題に出ていない愛妻ジンニーナの遠征協力が要請される前に、さりげなく退出することにした。
「では、頼んだ」
ジルベルト銀紐隊長は、団長が手渡す命令書を渋々受け取り、黙って頭を下げる。
ジルベルトが団長に背を向けて扉に向かう頃には、団長の興味は既に次の書類に移っていた。
(ジンニーナのことを、団長が思い出さなくて良かった)
ジンニーナ・タンツは、世界一の大魔法使いである。しかし、ジルベルトの大切な妻なのだ。実力は申し分ないとしても、危険な仕事に駆り出したくはない。
ナーゲヤリの街だとて、現状、安全とは思えないが、死の平原よりはマシである。
その日、ジルベルトは、ジンニーナの好物を買って帰った。ハズレの熊シチューである。通称ハズレと呼ばれる宿屋兼居酒屋は、テイクアウトもやっているのだ。
「何かあったの?」
好物の熊シチューを受け取りながら、ジンニーナはジルベルトの様子を伺った。心配そうな妻を宥めるように、ジルベルト隊長は、無理に笑う。
ただでさえ冷酷そうな顔に、ひきつった笑顔が張り付く。
「大丈夫?」
シチューをテーブルに置いて振り返った妻を、ジルベルトは強く抱き締めた。銀鬼と呼ばれた大男が、小さく震えている。
「ジン。暫く会えない」
「遠征ね?」
「ああ。死の平原を完全制覇する」
ジルベルトは、妻の赤毛に顔を埋めながら、悲痛な声で宣言した。
次回、魔女は待つ
よろしくお願い致します




